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世界一不幸な少女 ③

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 そこからの記憶はない。
 エリィはあまりのことに気を失ってしまったらしい。次に目を覚ました場所は、近所の病院のベッドの上だった。
彼女が目を開けると、紙のように真っ白な顔色をした院長の姿があった。彼の蒼白な顔は、元々老年ではあったがここ数日で何年も歳をとったかのようにやつれ、老けてしまっていた。

 そんな彼からエリィはことの詳細を聞かされた。

 火事の原因は、孤児院の子供の一人が秘密でに煙草を吸っていたことで引き起こされたらしい。煙草の火が完全に消されていないままの状態であったために、建物に引火したとのことだった。
 建物内にいた子供達は一人も助からなかった。もちろん、エリィの妹も。
 ちょうど院長と、最年長であるエリィが買物のに出ていた時に起こった出来事だったのだ。――本当に《不幸》な出来事だと、周囲の人は口々に言った。

 だがその言葉によって、エリィはっと目が覚める思いだった。

――――《不幸の呪い》

 ああ、やっぱりこの呪いのせいか。
 パズルのピースがぴったりとハマるように、ストンとその答えが心に落ちてくる。

 すべて、自分のせいだ。
 エリィ自身の孤児院での幸せな生活との対価によって、子供たちはその身を焼き尽くされたのだ。

 もちろん悲しみもあった。最愛の妹が死んだと聞かされた時は、地面から崩れ落ちていきそうなほどの絶望を感じた。
 正直、いまだに信じきることが出来ない。妹はひょっこり帰ってくるのではないだろうか。
 なぜならエリィは、この目で妹の死を確認する事は出来ていないのだから。すべて、燃えて灰になってしまったのである。

 そしてそれは……エリィ自身の責任だ。自分はやはり不幸を撒き散らす。誰かのそばにいてはならない。

 そんなことはずっと心の何処かで分かっていた。だが、エリィは1人になりたくなかったのだ。5歳まで孤独の檻という名の屋敷で過ごした日々。冷たくて、寂しく、自らの存在を認めてもらえぬ場所。そんな人生にはもう戻りたくなかったのだ。
 だが、そんな自分の甘えが人を殺した。

 涙は出てこなかった。自らを責めるような自責の念が押し寄せた後、最後に残ったのは諦めの気持ちでだった。

 自分の人生を終わらせよう。

 最終的に心に残ったのは、この呪いを断ち切る強い意志だった。

 エリィは強い少女だ。それは肉体的にも、精神的にも。自分の意思の前では自らの肉体を捨てるという行為にも戸惑いを覚えぬほどの心の持ち主で、それは周りで見ているものも危ういと感じさせるほどだった。

 エリィは死ぬと決めたが今まで自死を考えた事など一度もなく、方法に頭を悩ませた。
 そして最終的にたどり着いたのは首を吊る事で、ロープを調達し、自らが現在入院しているこの病院で死ぬことに決めた。病院での死ともあれば毎日当たり前のようなもので、さっさと遺体を葬ってくれるだろう。そう考えてのことだった。

 だが、この計画も失敗に終わる。普段見回りのない時間帯をあえて選択したはずであったのに、運の悪いことに見つかってしまったのだった。

 これによって、エリィは精神的な病に侵されているのではと勘違いされた。それは、彼女にとって自死を行う環境を困難にさせることとなる。

 それでも諦めきれなかったエリィは、包囲網からくぐり抜けるように多くの自死を試した。毒、入水、刃物。だがいずれも、なにかしらの《不幸》によって阻まれてしまった。


何度も繰り返していると、ある日院長はエリィに向かって聞いてきた。

「君はどうして死にたいのかい?」

 彼女は信頼出来る院長ならばと心のうちを話した。15歳の心にとどめおくには、正直いっぱいいっぱいであったのだ。
 涙を瞳に貯めながら懸命に言葉を紡ぐエリィ。院長は真剣な眼差しで相槌をうった。すべてを話し終わったあとの彼は、なにか黙々と考え込んでいるようであった。
 しばらくの間、2人の間を沈黙が貫く。エリィはなぜだかそわそわした気持ちを覚え、やけに病院の薬品の香りが気になって仕方がなかった。そんな彼女を前に、院長はようやく口を開いた。
 その言葉は、おもわず目を瞬かせるほどとんでもないことだった。


「君が死ねば、恐らく世界に不幸が撒き散らされる。だから、死んではならないよ」


 院長は確信を持った表情で言葉を紡いでいた。
 何故かは分からないが、その言葉は真実であるように感じられる自分自身がいた。

 不幸が撒き散らされるとは、一体どういうことなのだろうか。エリィはやりきれない気持ちを抱いたまま、ひたいに皺を寄せる。

 考えこむエリィを前に、院長は言葉を続けた。

「君は君自身の《不幸の呪い》について知るべきだ。もしかすれば、それを解決する方法が見つかる可能性だってある」

 解決して、一体どうすることが正しい? エリィにはすでに家族もいなければ、現世に残っているものといえば罪のほか何もない。自分の甘えによって亡くなった孤児院の子供たちのため、何か償いをしていていってほしいということなのだろうか。はたまた自分に呪いをかけた魔術師を探し出し、当の本人は死んでしまっている故にその親族に復讐でもしてやれということなのか。

 エリィにはもう何も分からなかった。
 幼子のように視線を彷徨わせ、咽び泣く。そんな彼女の手を院長は優しく握った。

「君は幸運にならねばならない。未来を自分の手で掴むんだ」

 涙に濡れた顔を上げると、優しげな院長と目が合う。その瞳は、エリィの幸運を信じて疑わないとという強い瞳であった。


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