呪われ少女と傲慢令息の結婚契約録

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新たな一面 ②

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 ごほん、とフランツが咳をし、緩んだ空気に気づいたのか引き締める。
 まだ集合時刻までは時間あるはずなのに、わざわざエリィを呼びに来たということには理由があるはずなのだ。そしてその理由とは、一つしか見当たらない。

「検査の結果はどうだった?あの方はなにか仰っていたか?」

「…………」

 エリィは迷いを覚えた。
 先ほどレイには「誰にも話してはいけない」と言われたあの事実。その真相や思惑は分からないが、あの男は嘘をついていないだろう。瞳にはエリィのことを素直に心配する心情が宿っといたのだから。もちろんそれ以外にも、呪いを危険な思っているといった感情も感じ取れたのだが。

「……レイ様にはこの呪いについては秘密にしなければならないという事を言われました」

「それだけか?」

 フランツは探るような目で見つめて来る。
 本当の事を言ってはいるのだが、曖昧に誤魔化しているということは薄々勘付かれていることだろう。彼は非常に勘の鋭い男らしい。

「いいえ、他にも言われたことはあります。ですが、それこそ誰にも言ってはいけないこと。もし周囲に流出すれば、危険性も伴うらしいですから」

 嘘をつくことは簡単である。だがエリィは、どうしてか夫に嘘をつきたくないと思ったのだ。
ある意味仮面夫婦とも言える二人なのに、これ以上互いの溝を深めたくない。せっかく結婚したのだから、互いのことを分かり合えるような夫婦になりたいと思っていた。

「……そうか。あの方がそう仰るのならば、俺はそれに従うほかないな」

「従うほかない? やっぱりレイ様はすごく身分の高い方でいらっしゃるのですか?」

 エリィは密かに疑問に思っていたことを何気なく口にする。フランツの恭しさの伴うあの態度やレイ自身のなんとも言えぬあの風格。とても一介の魔術研究者とはとても思えない。
 エリィとしては、軽く疑問を口にした程度であった。だが、一方のフランツは。

「……そんなこと、お前が知ってどうする」

 エリィを一瞥したあと、冷徹な声で切り捨てた。そんなフランツの様子に思わず唾を飲み込んだ。
 先程までの柔らかな空気が嘘だったかのように、執務室に冷たいものが走る。エリィは見知らぬうちに地雷を踏んでしまったのだろうか。

「あの人に取り入ろうとするならやめとく事だな。痛い目を見るぞ」
「なにを仰っているのか、意味がわかりません」

「何? お前、あの方が気に入ったから知りたいんじゃないのか?」

 エリィの額にピキリと青筋が走る。自分はどれだけ尻軽女に思われているのだろうか。それとも、心が移ろいやすい単純な女と思われているのか。
 いや、どちらでも変わらない。そんな風に思われているのことこそ、心外のほかならない。

「そんなわけないですよ!! 私はただ、ふと疑問に思ったことを口にしただけです」

「ふん。口ではどうとでも言える。女というものは所詮、男の金と権力に目がないからな」

「なんですか、それ。…………っ女がみんな同じだと思わないで!!」

 思わず語彙が強くなる。
 そんなエリィに釣られたのか、普段は隙などを見せることなどないフランツは声を荒げて言う。

「うるさい! お前だって所詮、そこらの女と変わらない。その面の下で、いつ男を誑かそうか機会を狙ってるんだろ!」

「…………っ」

 女を見下しているにしても、やはりフランツの偏見の目は異常だ。エリィはそんな風に思った。この男が、こんな些細なことで取り乱すなさだなんで思いもよらなかった。
 フランツの声を荒げる姿をみて、エリィは逆に冷静になった。自分よりも冷静でない人をみると、不思議と落ち着いてくる。
 この人の偏見の目をどうにかしてやりたい。そう思うことは、傲慢だろうか。いや、傲慢であろうと夫を支えるのが妻の役目とも言える。エリィはゆっくりと言葉を口にした。

「私は金やら権力やら、そんな無常のものは好きではありません。些細なことで簡単に崩れ去ってしまうものに執着したって……意味なんてないですから。……それに女性にだって、男性と同じように色々な人がいるんです。全部一色単にしないで」

 諭すような口調で述べると、フランツは少しずつ冷静さを取り戻していく。そして完全に正気を取り戻したときには、酷く暗い表情を浮かべていた。

「……っすまない。取り乱した」

 普段から謝ることのほとんどない彼は、後悔したように髪をぐしゃりとする。

 その日は、夫の新たな一面を垣間見た一日となったのだ。


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