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城での邂逅
しおりを挟むその日、ルーシアは城で思わぬ人物の後ろ姿を見つけた。
「アレク様」
茶色の柔らかな髪が優雅な様子で後ろを振り返る。
「やぁ、ルーシア姫。数日ぶりだね」
「ええ、そうですわね」
穏やかな笑みでこちらを一瞥し、白い正装を身に纏っていたアレックスはまるで異国の王子様のようだった。普段よりも貴公子ぶりに磨きがかかり、表情が固めなのは城にいるからであろうか。
(アレク様が王城にいらっしゃるなんて珍しいわ。なんのようなのかしら?)
ルーシアはふと疑問に思ったが政治的な用であれば面倒であるし、個人的な用であれば下世話な詮索をする女だと思われてしまう。そんなことを思い、疑問を飲み込んだ。
だがその必要はなかった。アレックス自身から、その理由が語られたのだ。
「兄に用があって、久しぶりに城を訪ねたんだ」
「そうなんですの」
確かにアレックスの兄であるバード公爵は、仕事柄王城にいることが多い。というのは、彼の家系は外交に深く関わる仕事をしているらしい。
政治にはあまり関わるな、と父親言い聞かせられているルーシアはその方面の知識が乏しかった。ルーシアがやらなければならない政治的な仕事は、要人の名前を覚え、目の前で高尚に微笑むことだけだ。もちろん、作り笑いではあるが。
「至急、資料をって頼まれてしまって。といけない!早く届けないと」
焦った様子で言葉を連ね、アレックスはルーシアに柔らかく微笑んだ後背を向けた。彼女も踵を返し、自室へ戻ろうとドレスを翻した。すると。
「ルーシア姫!また、あとで」
「……?」
アレックスは意味深な言葉を残し、背を向け去っていった。
(またあとでって、一体どう言う意味かしら)
解決しない疑問に頭をひねりながらも、今度こそ自室へと足を踏み出して行った。
*
部屋に着くと、ルーシアはソファへと腰を沈める。一人でリラックスをしていると、部屋の扉がノックされた。
ーーーーコンコン
ルーシアが「どうぞ」と入室を許可すれば侍女のハイリが金髪の髪を揺らしながら入ってきた。その手にはなにか紙が握られており、彼女はすこぶる上機嫌であった。
「ルーシア様!!」
「ええ、どうしたの」
いつも落ち着きのあるハイリがそのような様子になることは珍しい。ルーシアは目を丸くしながら、身を乗り出し興奮した様子のハイリを見つめた。
「アレックス様からルーシア様宛のお手紙です!きっと、逢瀬のお誘いですよ!」
「えぇ!?」
予想もしない事柄に胸はばくばくと高鳴りを見せた。目を丸くしながらも手紙を受け取り、封を開け中身を取り出す。
ーーーー親愛なるルーシアへ
突然の手紙、それに呼び捨てはかなり失礼で不躾だったかな?
久しぶりに城に行く事になったから、ルーシアに会えるかなと思って、手紙を書いたんだ。
もし良ければ、俺の用事が終わったあと庭園で待っている。
ーーーーアレックス・バード
(アレク様が庭園で待ってる?さっき「またあとで」と言っていたのは、この事だったのね)
ハイリの言うことが見事に当たっていた。逢瀬なのかは分からないが、二人で会う約束事なのだ。
世間からいえば、それこそが逢瀬とも言えるのかもしれないが。
手紙を読み終え顔を上げると、輝いた表情で見つめるハイリがこちらの様子を伺っていた。彼女は鼻息を荒くして、ルーシアの言葉を待っている。
「ちょっと庭園へ行ってくるわ」
「庭園で逢瀬ですか!素晴らしいです!早速、新しいドレスを選びましょうね」
彼女はルーシアの制止も聞かず、そそくさと部屋の外へと出て行ってしまった。
アレックスのお屋敷へと行くようになってからというもの、ハイリは毎回気合を入れてドレスを選ばせようとする。少しでも興味のない態度でいると、「ルーシア様の魅力でアレックス様をメロメロにしなければいけないんですよ」と、ものすごい剣幕で言ってくるのだ。
ルーシアにとっても、少しでもアレックスによく見られるよう服装には気を使いたいと思ってはいたが、ハイリの迫力を前にして苦笑いを覚える他なかった。
そうこう考えているうちに、鼻息を荒くしたハイリは色鮮やかなドレスを三着持ってきた。黄色、青色、赤色。どれもはっきりとした色合いで上品な上、見るからに高級そうな品ばかりだ。
その中から青いものを手に取るとハイリは、
「やっぱりルーシア様にはブルーのドレスが一番お似合いになられますね」
としみじみ述べた。
ルーシアは青という色を身につけていると、なぜだかしっくりくる。それ故に、青色のドレスを選ぶことが多かった。
鮮やかな青のドレスに身を包むと、何故だか新鮮な気持ちになった。着るものを替えただけでハイリの迫力が感染したかのように気合が入ってくる。
(庭園でアレク様とお会いするだけなのに、なんでこんなに気合をいれているのかしら)
不思議に思いつつも、浮き足立つ心で庭園へと向かって行った。
*
庭園に着くと、まだ誰もいなかった。
薔薇の花がところせましと咲き誇り、真ん中には大きめの噴水がある。噴水の上には天使がトランペットを吹いており、幼い頃は姿がお気に入りだったことを思い出した。
しばらく天使を眺めていると、こちらへと近づく足音が聞こえてきた。顔を見ずとも、誰がきたのかは一目瞭然だ。
ルーシアは振り返り、その人物の姿を目で捉える。
「ご機嫌よう、アレク様」
「やぁ。さっきぶりだね、ルーシア姫」
お互いの姿と声を確認し合い、挨拶を交わした。
「お手紙ありがとうございます。誘ってもらえて、嬉しかったですわ」
「こちらこそ、不躾な誘いに応じて頂いて光栄だよ。君とこうして薔薇の園で過ごせるなんて、夢みたいだ」
アレックスは翠色の瞳を細めながら、優雅に言った。
王城の庭園。通称、
ーーーー【薔薇の園】
美しく咲き誇る薔薇園は、他国の王族や貴族たちが外国からわざわざやってくるほどの高名な観光地であった。手入れの行き届いた庭は、見ただけで相当の金と苦労がかかっていることが分かる。
「それは恋人にいう言葉ではないかしら?私たちはただの友人のはずですけれど」
呼び出されて意気揚々と出てきたはいいものの、所詮二人は友人同士だ。恋人ではない。
そんな気持ちもあってか、ルーシアは少し挑発するよう語尾を強めて言った。
(それに、まだアレックスが私に近づいてきた理由も検討がついていなわ。……理由なんて、ない方が絶対にいいのだけれど)
彼の言動からは何かしらの目的も感じ取ることができず、本当にルーシアと友人になるために近づいてきたのだと思えるほどだ。そしてルーシアは、その気持ちを信じたかった。
考えを巡らせていると、アレックスが困ったように語りかけてくる。
「ルーシア姫は手厳しいな」
「そうね」
二人は目線を合わし、どちらからともなく笑い出す。しばらくの間笑ったあと、アレックスが何かをポケットから取り出し、ルーシアの前に差し出した。
「この箱は一体なんですの?」
「とりあえず開けてみてくれないか」
言われてルーシアは箱を受け取り、蓋を開いた。
その中には、ダイアモンドの涙型イヤリングが入っていた。大きさは小指の爪程度で王女がつけるには小ぶりではある。だがしかし、その宝石の純度や透明度は非常に高いもので、相当の品だと分かった。
「ルーシア姫。これは君へのプレゼントだ。どうか貰ってはいただけないだろうか」
「……」
ルーシアは困惑した。確かにこのダイアモンドは美しい。宝石の中でも一級品だ。だが。
(ここまで高価なプレゼントを受けとったりするのは、友人関係と言えるのかしら。なんの利害関係もない中で)
疑問に思ったルーシアの口からは、断りの言葉が飛び出してきていた。
「ごめんなさい、いただけないですわ」
「…………え」
王女の自分へと貢物を送ってくださる殿方は少なくない。いちいち頂くことを断っていたらキリがないため、受け取ってはいる。
タンスの肥やしになってはいるけれど。
しかし、アレックスからの贈り物はどうしても受け取りたくなかった。受け取ってしまえば、なにか壊れるような気がしたから。
「……せっかく準備してくださったのに、ごめんなさい」
「……いや、いいんだ」
アレックスは、どこか平坦で、感情のこもらない声で言葉を紡いだ。
(私、贈り物を目の前で拒否するなんていう酷いことしてる。それなのに、なぜこの方はこんなにも落ち着いていらっしゃるのかしら)
アレックスは、まるで珍しいものを見るかのような顔をしていた。その双眼は、ルーシアを観察しているようにも見える。
ルーシアは不思議に思いながらも、アレックスに対して言葉を言い放った。
「アレク様の気持ちは大変嬉しいですわ。……でも、私たちは友人です。そういうものは、恋人に贈ってはいかがですか」
恋人という言葉に、なせだかチクリと胸が痛んだ気がした。だがルーシアは知らないふりをする。
すると、アレックスはルーシアに質問を問いかけてきた。
「一つ尋ねてもいいかな?」
「……ええ、どうぞ」
「君は、俺の心が読めているのかい?」
「……?そんなことありえないですわ」
ルーシアがよく分からぬまま否定の意を伝えると、アレックスは「だよね」と言って笑った。
なにか吹っ切れたような笑みだな、とルーシアはそう感じた。
「少し、歩かないかい?」
彼がルーシアを誘う。
今日は非常に良い天気だ。この優美な庭園を歩けば、良い気分になるはずだ。迷うことなく頷く。
「喜んで」
短く答えると、アレックスはルーシアをエスコートするため手を差し出す。それに応じてルーシアは手を重ね合わせ、二人はゆったりと歩き出した。
芳しい香りの漂う薔薇の園は、いつも以上に輝いて見える。ルーシアはそう思った。
隣にいるアレックスの横顔を見ると、その瞳は何か考え込んでいるようにも見える。ルーシアは不安に思った。
「アレク様?どうかいたしましたの?」
美しくカーブを描く眉を八の字にし、不安そうに尋ねる。
(アレク様、薔薇の園なんて興味なかったかしら。ずっと気もそぞろのような気もするけれど)
「いや、庭が美しすぎて心奪われていたんだよ」
「……そうなんですの」
「……ああ」
アレックスは質問を問われてから一瞬にしていつも通りの調子を取り戻し、答えた。
彼は嘘をついている。ルーシアは直感的に分かった。
だが、ここで問いつめるつもりはない。共に薔薇を楽しんでいるというのに、水を差すような真似をするのは野暮であろうから。
ルーシアはそう思い、足を前に踏み出す。だが運悪く、足場がぬかるんでいたのか。
「きゃっ」
体がゆっくりと前に倒れていく。
ーーーー(つまずいた)
一瞬にしてそう理解したが、体は反応出来なかった。
ルーシアは覚悟して、ぎゅっと目を閉じると。
ぱふっと何か温かくて、硬いものによって受け止められた。
ルーシアが強く閉じていた目をゆっくりと開くと、近くにはアレックスの顔があった。
「……あっ」
「……きゃっ」
互い視線が間近で合うと、驚いた様子で二人は瞳をを大きくする。ルーシアは驚いて後ろに飛び退いた。
淑女にあるまじき行動だとは分かっていたが、今はそれよりも目の前の事態に混乱していた。
「ア、アレク様……」
「……」
いきなり近づいた顔の距離に、ルーシアは胸を高鳴らせていた。
ドクッドクッと心臓の音が耳まで伝わり、周囲に聞こえないか心配になる程だった。
アレックスの方を見ることが出来ず、普段は無表情な白磁の顔も桃色に染めあげている。
アレックスは何も言わない。
恐る恐るではあるが、桃色の顔をあげた。
「アレク様?」
眼前のアレックスはなにごとか、秀麗な美顔を微かに赤く染めていたのだ。
ルーシアは言葉を紡ごうとしていたが、口ごもる。
「えっ……と」
「ルーシア姫、もうそろそろ時間だ。お先に失礼するよ」
アレックスは早口でまくしたてると、桃色に染め上げ困惑している表情のルーシアを残し、逃げるように去って行った。
後ろから見る彼の耳も、熟れたリンゴのように真っ赤だった。
アレックスの後ろ姿が見えなくなると、一人取り残されたルーシアは己の手で頰を扇ぐ。
(アレク様、もしかして照れていらっしゃった?……って、あの百戦錬磨の彼がありえないわよね)
「ありえない……わよ」
自ら呟く言葉になぜだか胸を締め付けられ、言葉は風に溶けていった。
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