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移り変わる心【アレックスside】
しおりを挟む最近、俺はなんか変だ。
その一言に尽きる。
時々、胸が落ち着かなくなるのだ。
薔薇の園で贈ったプレゼントは貰い物だった。家族内に女のいない俺は、ダイアモンドのイヤリングなんてものは必要としていない。そのため、周囲の適当な女に「出会った記念に」と言って渡すつもりだった。
その時ちょうど兄に呼び出され、城へ赴くことになったのだ。俺は、近頃落とすべく近づいている王女様に渡すことに決めた。
プレゼントと称した、女の喜ぶ道具を。
どんな女も光り物、さらには一級品の品を前にすれば瞳が輝く。王女も例外に漏れないはずだ。どんなに身分が高かろうとも、素晴らしい品を貰おうとしないものなどいないだろう。ゆえに、拒否されることなどありえない。俺は、そう考えていた。
だが、ルーシア姫は受け取らなかった。
あのブルーサファイアの瞳は見透かしているように見えた。これは、相手のことを考えて送る品ではない偽りのプレゼントだったということを。
だからつい、彼女に尋ねてしまったのだ。
「心が読めるのかい」と。
世界には、不思議が多く溢れている。魔術師や占い師、先読みの力を持つものなど。彼女もその一人なのではないかと、本気で考えたのだ。
まあ、そんなはずはないと9割方は分かっていたが。
直感で感じ取ったのか、プレゼント受け取ることのなかったルーシアは、申し訳なさそうに俺を見つめていた。
俺は正直、この女を甘く身過ぎていたのだ。そう気づいて、注意深く観察した。今後、俺が落とすにはどうするべきなのか。
集中して考え込んでいたために、彼女に声をかけられるまで素の自分でいただろう。
彼女には、どの女にも見られたことのない姿を沢山見せてしまっている気がして、これ以上調子が狂わされないようにしなければならないのに。
だが、それも彼女の前では呆気なく崩れ落ちていた。
ルーシアが桐の木の前で微笑むのを見たとき。俺と家族の関係が良好だと知ったとき。
ーーーーこの胸で、ルーシアの柔らかな体を受け止めたとき。
彼女の体からは、周囲の花さえ霞むほどの芳香を漂わせていた。柔らかな白い肌が、予期せず己に近づいてきたときは混乱したものだ。
そう、それは姫を置いて帰ってしまうほどに。
情けなく思うが、あのときは自分が自分でないように感じたのだ。
全身の血が沸騰したかのように燃えたぎり、顔なんて絶対に赤くなっていただろう。
(女の前で赤面なんてした事なかったのに、どうしたんだよ俺)
彼女は、俺と舞踏会で踊っていたときもニコリともしなかった。まるで鉄の仮面を被ったかのように。
今まで、俺の手を握って踊った令嬢たちは、皆頰を染め、嬉しそうにはしゃいでいた。そして、毎度それを近くで馬鹿にしながら見てきた。
初めての屈辱だった。百戦錬磨と呼ばれている『秀麗の貴公子』の面目に関わる。
それほどまでに絶対零度は伊達ではなかった。彼女と友人になった日の俺に、教えてやりたい。
だが彼女との交流の中で生まれる胸の疼きは、決して嫌なものではなかった。むしろ心地よいものだ。
(桐の木を見に来ませんか、なんて半分嘘に決まってるだろ。2人になるための常套じゃないか)
それなのに。
ルーシアという存在は、純粋にアレクと友人になったつもりでいたのだ。だが、それをどこか喜ばしく思う自分もいたのだ。
(ルーシア姫、あんな微笑みを持ってるだなんて反則だろ。あの姫も17の女の子、なんだよな。…………ってなんでそんなこと考えんてんだよ)
俺は自分の心に突っ込みを入れ、思わず苦笑する。
ルーシアに対して敬語を使わなくなってから、以前よりも距離が近くなった気がした。それが良いことが悪いことなのかまだ分からない。
だが、アレクはそんな移りゆく心に、少しだけ恐怖を感じていた。
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