絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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幸せになってほしい

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王城へと戻り自室の扉を閉めると、ブルーサファイアの視界は零れ落ちそうになる涙によって揺れる。そして一粒。頰を伝い、口の端を伝い、さらに顎を伝って、胸元へとこぼれ落ちた。

それがきっかけのようにして、次々と涙が滝のように流れ始める。ルーシアはその場にうずくまった。

「うっ……」

嗚咽を漏らし、もう何も考たくないと意思表示するかのように頭を抱え込む。くぐもった声が、部屋に響いた。

(辛い。悲しい。痛い)

様々な負の思いが心に渦巻き、ルーシアは止まらない涙を流し続ける。すると、そんなルーシアの心の扉を開けるかのように自室の扉が開けられた。

ガチャッ。
ルーシアは抱え込んだ頭をゆっくりと上げ、開かれたドアの先にいる人物を一瞥した。

「ハ、イリ………」

「……っ!?  ルーシア様!どうかなさいましたか!!」

ハイリは涙を流し続けるルーシアを見て、一目散に小走りで近づいてくる。

「いいえ。なんでも…………ないわ」

「ルーシア様、そんな嘘でこのハイリを騙すことなんて出来ませんよ。……無理には聞きません。ですが、いつでも悩みは聞きますからね」

ハイリは背中を優しく撫りながら、心配そうな面持ちで呟いた。

「……ありがとう」

ルーシアは自然とお礼の言葉を口にし、小さく微笑んだ。ブルーサファイアの瞳は真っ赤に染まり、涙の跡が頰に刻まれている。ハイリはそれをポケットから取り出したハンカチーフで拭い、ルーシアの手に持たせた。

「私はいつでもルーシア様の味方ですからね」

ハイリの真っ直ぐ突き刺さってくる言葉に「もう何も信じることが出来ない」と思っていたルーシアの心は、まるで雪解けのようにゆるやかにと溶けていく。しばらくすると、気づけば涙は止まっていた。

ルーシアはハイリの翠眼を見て、ゆっくりと言葉を紡儀始める。

「アレクの言うことを信じられなくなってるしまったの。彼は私を裏切っていた。今はそうでないとおっしゃってるけど、裏切った事実のせいで何を信じればいいのかわからないのよ……」
「……そう、ですか」

言葉を聞いたあと、ハイリは難しそうな表情で考え込み、困ったような、そして申し訳なさそうな面持ちを浮かべる。そして唇を噛み締め、ルーシアのブルーサファイアの瞳を見つめ、真剣な顔で言葉を述べた。

「あなたは幸せになるべき人間です。人の上に立つ立場でありながら、権力に溺れず、謙虚で、それでも威厳もあって。皆、あなたについていきたいと思える器を持っています。ですが、貴女様はあまりご自分の幸せに頓着のないご様子でした。そんなルーシア様は、あの方との距離が近づいてから少しずつ変わっていきました。以前よりも親しみやすく、温かな女性に。私はずっと側で見ていたからこそ思うのです。ルーシア様には幸せになってほしい。本当に……そう、思うのです」

「……………」

「あなたが一番幸せなのは誰の側ですか?」

ハイリはルーシアに問をぶつける。

(私は、誰のそばにいる時が一番幸せ?)

思い浮かぶ人はあの男だ。裏切られても、彼のそばにいたい。挫けそうになっても、彼のそばにから離れたくない。



ーー何故なら、アレックスの事が誰よりも何よりも大切で、大好きで…………愛しているから。



ルーシアの心にすとんと落ちたその感情は、とても甘く、切なく、ときには苦しいものだった。
その感情を持つことは、心が落ち着かなくなる。しかし、ルーシアにとっての〝それ〟は捨てがたいものだった。その感情を捨ててしまえば、自分の心は空っぽになってしまうだろう。

そう分かった途端、目の前の淀んでいた空気がみるみるうちに晴れていったような気がした。
ハイリの方を見ると、心が伝わったのか優しく包み込むような表情で微笑んでくれた。

「ハイリ、ありがとう。私、自分の心の在り処が分からなかった。でもあなたのおかげで見つけられたような気がするわ」

「ふふっ。どういたしましてでございます!」

二人の間を流れる空気は明るく、ルーシアが前を向いたことを感じさせられるようだった。

(もう一度アレックスと話し合って、自分の思いを伝えたいわ)

ルーシアは心を決め、ひっそりと胸の前で拳を握りしめていたのだった。


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