絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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償いの方法【アレックスside】

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ルーシアが屋敷を出ていき、俺はしばらくの間呆然と廊下に立っていた。何分その場にいたのか分からない。ふと我に帰ったのは、俺の方を肩叩く人間がいたからだった。

「おい、どうしたんだ?」

「……?」

俺がゆっくりと振り返ると、不思議そうな顔をした兄がいた。
二人は恐ろしいほどに正反対で、顔立ちも似ていない。繊細な造形のアレクに比べ、兄アレンは男らしい男性的な顔立ちだった。さらに兄はとても生真面目な性格で、性格も似ていない。だからと言って仲が悪いわけではなく、むしろ兄弟仲は良好である。

現バード家公爵である兄は、怪我が治ってからというもの溜まっていた仕事のために王城に留まることが多かった。従って会うのは久々である。

「アレク、お前一体どうしたんだ」

「……なんでもない」

「なんでもないって顔じゃないだろ。お前がそんな情けない顔をしているなんて珍しい。よっぽどの事があったのか」

「…………」

とても、誰かに話せる心理状態ではなかった。

ーーもし、このままルーシアと離れることになれば。もし、彼女が俺を拒めば。

簡単にこの関係は崩れゆくだろう。いや、もうとっくに崩れ落ちたのかもしれない。俺の所為で。

「お前、顔真っ青だぞ」

「部屋に戻る」

「おい!」

俺は兄の言葉を無視し、背を向け自室に向かって歩き出した。すると、後ろから俺に対して兄は大声で叫んだ。

「悩みがあるんなら、子供の頃行った教会に行け!あそこでなら罪を償う方法も、罰を受ける方法も教えてくれる!」

兄の言うことはいつも突拍子も無いが、昔から勘の鋭いことを言う事が多かった。

(なんで俺が罪を償う方法を探してるって分かるんだよ。それに信仰深くも無い俺が、教会だなんて。……お笑い種に決まってる)

そう思いながらも、俺は兄の言う教会という存在に何故か心揺さぶられた。 罪を償い、罰を受ければルーシアは帰ってきてくれるかもしれない。

俺は自室に向かう事なく、屋敷の外へ駆け出していた。





(ここ、か)

城下町を抜け、近くの森を抜けるとひっそりと、古ぼけた教会が建っていた。ここを訪ねることは子供の頃、兄に連れてこられて以来である。

両開きの扉を開くと、高い天井と輝くステンドグラスが目に入った。周りを見渡すと、柱頭の繊細な彫刻が目に入り、ここは聖堂なのだと分かる。

俺は祭壇の前に人を見つけた。

(ーー神父か?)

一瞬そう思ったが、瞬間的に違うとわかる。何故ならそこにいる人間は見るからに野生的で、素人目にも只者でないオーラが漂っていたからだ。

俺は不思議とその人物に惹きつけられるよう、ゆっくりと歩を進めた。相手近くまで行くと、その人間は振り返った。そしてそいつは。

「待っていたぞ、若造」

バリトンボイスで言った。

(誰だこの男?俺の事を待ってたって、どういう事だ?)

突然見知らぬ怪しい男に話しかけられ、アレックスは困惑していた。

「えっと……あの。一体どちら様ですか?俺の事を知っているみたいですので」

敬語を使う必要なんてないと思われたが、目の前の男が不思議なオーラを漂わせているため、自然と畏まった口調になる。

「ははっ!まぁ、てめぇが俺の事をしらねぇもんも無理はねえ。なにせ俺は一丁前に名前だけは知られていても、顔はほとんどのやつが知られてねぇからな」

「……?」

(名前は有名だけど、顔は知られていないって、いったい何なんだこの男)

俺は若干引き気味な笑いを堪えつつ、男を眺めた。

彼は2メートル近い巨体に鋭い瞳、肩幅は普通の人の二倍はあるんじゃないだろうかと思われる程広い。まるで熊のような男だった。
さらにその上の首は太く、全体的に筋肉が盛り上がっており、子供が見たら泣きだすであろう姿だ。

服装は、旅人がつけるようなボロボロのえんじ色のマントを引っ掛け、胸まで開けたシャツにだらっとしたズボンを履いている。

誰が見ても怪しく、そしてだらしがない。俺の感想はその一言であった。

「……てめぇ、今俺の事バカにしやがっただろ」

「いいえ、そんなことはありませんよ」

貴公子然とした態度を取り繕い、柔和な微笑みを浮かべて否定をする。

「まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、俺の名はハリソン。占星術師だ」

俺は耳を疑った。聞き間違いだと思い、もう一度尋ねる。

「えっと、もう一度お名前を教えてくださいませんか」

「だからハリソンだって言ってんだろ、このボケが」

(ハリソンだって言ったか!?ハリソンって、あの自伝書を書いてるハリソンか?俺がゲームをするきっかけになった本の作者……そんな馬鹿な)

そう思いつつ、横目で自称ハリソンを名乗る男を眺める。

「あー、多分てめぇが思ってる人物と同じだ」

「……はい?」

「もう、めんどくせぇ。どうだっていいじゃねぇか。そんなことより、今日はてめぇに会いに来てやったんだ。感謝しろよ」

俺の頭は、ほとんどパンク寸前だった。

(ーーあの冒険家が目の前の男?)

確かに彼は異様なほどのオーラとエネルギーを発しており、ハリソンだと言われても遜色のないほどだ。だが、簡単には信じられない。

(もういい。この際、この男がハリソンだと定義づけよう。それよりも占星術師って言ってなかったか?)

疑問に思ったことは、すぐさま口から放たれていた。

「占星術師って、一体」

「それこそ、どうでもいいじゃねぇか。ま、簡単に説明するとだな」

(説明してくれるのかっ!)

俺は数時間前まで、完全に人生の谷底まで気を落としていた。しかし今はそれも分からないほどの、鋭い突っ込みを心の中で浴びせている最中だ。
人生、一体何があるか分からない。

「星で占う奴らって事だ。それは百発百中当たる。以上!」

「……」

(簡単すぎないか、説明)

俺は肩をがっくりと落とした。
正直、このハリソンのよく分からない性格に多少の疲れを覚える。そう思い、苦笑いしていると。

「それよりも若造。なんか悩みがあってここへ来たんじゃねぇのか」

「え、えぇまぁ」

「俺がいっちょ解決してやるから、話してみろよ」

ハリソンは得意げに分厚い胸を張り、ニヤリと俺に笑いかけた。

(一人で悩んでいても、解決なんかしないよな。こんな怪しい男でも相談に乗ってくれるって言ってるわけだから、話して……みるか)

アレックスは短い間考えたあと口を開き、ルーシアと自分の間にあった出来事を話した。


「はっ若造が。ゲーム?なんだその滑稽なもん」

「……」

「そんなもんのために遊ばれた女は、哀れだよな。まぁ、女に対してはてめぇの目は節穴かって言いたくなるくらいには男の趣味わりぃと思うがな」

ハハッと笑い飛ばすハリソンを目の前にして俺は項垂れる。それを見て、男は再度言い放った。

「てめぇが一番悪りぃ。それは己が一番分かってるわけだな」

「……はい」

「それじゃあもうあれしかないな。相手の女にすがれ。これでもかってぐらいに惨めにすがりやがれ」

ハリソンは皮肉を浮かべた笑みで、俺の方を見た。
対する俺は唇を噛み、瞳を閉じ、瞼の裏に浮かぶ愛しい女の影を思い出す。

「…………」

「てめぇが謝った後に出来ることはまずそれだ。その後向こうが許す、または受け入れると言わねぇ限り、てめぇはその罪とともに一生過ごすんだ」

「……そう、ですよね」

分かっていたことだった。俺が出来るのはルーシアの温情にすがることだけ。その為の努力は、謝り続けるのとでしかないのかもしれない。

「だが」

「……?」

「心配するな。てめぇの女は強い。お前は精魂込めて……あ、い……を伝えりゃいいんだ」

(……あ、い?……あぁ、愛のことか)

俺は一瞬考えたが、ハリソンの言ったことに思い至った。

(この男、愛って口にするのが恥ずかしいのか?)

まじまじとハリソンを見る。彼は、居心地の悪そうな表情で目線を逸らした。
俺はやっぱりな、と心の中で確信しハリソンに向かって言った。

「……あ、い?」

「……は?」

「だからあ、い?って何でしょうか」

口元を弧の字にしてニヤリとする。

「それら……あ、……いだよ。分かんねぇのかボケが」

「ええ、分かりませんねぇ」

「ああもう!だから愛だよ愛!!てめぇはてめぇの女にありったけの愛を囁くんだよ!本心でな!!!」

ハリソンはどこか吹っ切れたように言葉を紡いだ。
アレックスは真剣な顔へと戻り、改めてどうしていきたいのか考えた。

(……愛。俺はルーシアを心の底から愛しているんだ。だから)

「分かりました。俺、ルーシアにしつこいと思われるまで、いや思われてからも何度も謝り続けます。そして、それとともに愛を伝えます」

「……ああ、分かりゃいいんだよ。占星術師からのアドバイスだからな。きっと上手くいくぜ」

(占星術師からの?ハリソンからのではなく、占星術でわざわざ占ってくれたのか?それに最初からの疑問だけど、この男なんで俺のこと知ってんだ?)

俺は足元を見ながら頭の中でぐるぐると思案する。
そして疑問を問おうと目の前の男を見るため、顔を上げた。だが、



ーーーーそこにはもう、誰もいなかった。



それはまるで幻のように。

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