絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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大舞踏会

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ルーシアはハイリを連れ、会場の前に着いた。

ルーシアはハイリを連れ、会場の前に着いた。
すでに相手の人物は来ており、こちらにゆっくりと歩を進めてくる。

「……ルーシア…………とっても……綺麗だ」

「あ、りがとうございます」

アレックスはうっとりとした表情でこちらを見つめるため、ルーシアは少し居た堪れない気持ちになる。
彼の方を見るといつも以上に貴公子然とした姿で、今度はルーシアがうっとりと見つめてしまった。

いつも白い燕尾服を着ることが多いアレックスが、今夜は黒い燕尾服を着ている。茶色の柔らかそうな髪も、軽く後ろで流し、キリリとしているが優しげな眉を覗かせていた。

(なんだかアレク、色っぽいわ……。閨の時以上に……)

こんなときに何を考えているのかと、自分では思いながらも、心は正直だった。
ーーーー今日のアレクは大人の色気がすごくて、こちらが当てられてしまいそうだ。

ゆっくりとこちらに手を出し、エスコートを促すアレックスを眺めながら、ルーシアはそんなことを考えていた。







「今夜は存分に楽しんでいってくれ」

王の挨拶が終わると、辺りは賑やかに談笑する人で賑わった。
ルーシアは先に、王である父と妃である母に挨拶をする事にし、アレックスにそれを伝えた。

「今から父様と母様の所へ挨拶に行ってきますので、アレクは自由にしていてくださらない?」

「…………」

「アレク?」

「いや、俺も一緒に王様と妃様へ挨拶させてもらえないかい?」

「え?いい、けれど……」

ルーシアには一つ、不安なことがあった。
それは父が、アレックスと私がお付き合いしていることを知れば、必ず結婚について言及してくるに違いないからだ。

(アレクはそのことを理解していらっしゃるのかしら?)

仮の婚約者であるジョセフ様について、先日ルーシアの方から婚約のお断りをさせてもらった。
こちらから頼んだのに申し訳ないとは思ったが、ジョセフ様は笑顔ですゆるしてくださった。
向こうも王からの頼みということで受け入れただけあって、結婚には乗り気でなかったためだ。

ようやく一人娘が身を固めるかも知れないということで、浮き足立っていた王は肩を落としていたのだ。そして、次の相手を見つけようと躍起になっていると母から聞いた。

「それじゃあ、行こうか」

「そうね」

不安に思いながらも、ルーシアは玉座へと歩き出した。







「お父様、お母様、ご機嫌よう」

「ああ、愛しのルーシアよ。今日の姿を近くで見せておくれ」

「あなた、ルーシアの顔が引いておりますよ」

「そ、そうか?悪い悪い」

ルーシアがブルーのドレスの裾を掴み美しくお辞儀をすると、父と母は優しく声をかけてくれた。
母は父を尻に敷いており、いつも通りの光景に思わず頰を緩まる。
その隣では、アレックスが悠然と微笑み、深々とお辞儀をしながら言った。

「御前を失礼致します。王様、妃様。私、バード公爵家次男、アレックスと申します。王女殿下とは……良いお付き合いをさせていただいております」

「……ほう。顔を上げなされ、バード伯爵家の次男坊」

「はっ」

「それで……良いお付き合いとはそれはいかようなものか」

父は直球で聞きにきた。怒っているようには見えないが、喜んでいるようにも見えない。形容しがたい表情で、二人の間を交互に眺めている。

ルーシアは焦りながら、アレックスの顔を見つめた。すると、アレックスはなぜか何かを画策した笑みを浮かべながら、

「それは後ほど分かりますよ」

そう言って優雅に微笑んだ。
その美しさに母は若干頰を染め、父は顔を強張らせた。

(何が分かるのかしら……私にはついていけないわ)

自分を置いて進む会話に、呆れながら心で呟く。あまり良い空気とは言えなくなったこの場に居座りたくなかったルーシアは、早口に告げる。

「そろそろワルツが始まる頃ですわね。私、早く踊りたいです」

「そうだね。俺も早く君と踊りたい」

余計場の空気を悪化させるだけだというのに、アレックスは一言多くものを言った。
これはまずい、そう思ったルーシアは父と母に手早く挨拶をした後、アレックスの手を引いて、会場の中央付近へと目指した。すでに他の曲で踊っている男女も多い。途中、

「今日の君は、いつも以上に積極的だね」

と彼が声をかけてきたが、「ふふっ」と微笑むだけで済ました。

(一体、何を考えていらっしゃるのかしら?初めてともに踊ったあの舞踏会と同じくらい、分からないわ)

心中では思いつつ、体はまっすぐ会場の中央へと向かう。

広い会場の中央に着くと、ちょうどワルツが始まった。心地よい三拍子が聞こえ、体が自然と拍を刻んだ。

するとアレックスは優しげな笑顔で手を差し伸べた。

「お相手願えますか?」

「もちろん」

アレックスが囁いたことを皮切りに、エスコートされるままに中央へ躍り出る。

ルーシアはアレックスの肩に手を添え、アレックスはルーシアの腰に手を添える。二人はワルツに身を任せ、軽やかにステップを踏む。
ルーシアのドレスのスカートが、回るたびにふわりと広がり、その光景はまるでお伽話の世界のようであった。

周囲の貴族たちも、『絶対零度の王女』と『秀麗の貴公子』が仲睦まじげに踊る姿に目を離すことが出来ず、二人は自然と注目を集めていた。

二人はまるで世界から断絶されたかのように、異彩な空気を纏っている。

「あの二人……!美しいな」

「アレク様と王女様、悔しいけどお似合いだわ」

「微笑ましいな。俺たちも若い頃は……」

恋人。そう公言せずとも、不思議とわかってしまう甘い空気を醸し出していた二人は、ワルツに合わせて踊る。

周りには自然とダンスをしている人達がいなくなり、変わりに二人の美しい人間が戯れる姿を眺めるひとが増えてくる。

「ねぇ、アレク。私たちなんだか見られていないかしら?それに周り、今誰も踊っていないわ」

「そうだね。きっと皆、君の美しさに見惚れているんだろう」

「もう、何言ってるのですか。それを言うならアレクの方でしょ」

二人は軽い会話をしながらも、二人の世界にいるようだった。さらに会話を続ける。

「ルーシア……そのネックレス、それにドレスも。本当に似合っているよ。まるでこの世のものとは思えないほどだ」

「…………なぁにそれ。この世のものとは思えないほど、醜いかしら?」

ルーシアが笑いながら、アレックスを挑発する。それは苦笑いし、彼は愛しいものを愛でるような目線を送った。そして熱のこもった口調で言葉を紡ぐ。

「綺麗、だよ。この場からすぐに攫ってしまいたいくらいだ」

「攫ってどこへ行くの?」

「どこでもいいよ、君となら。でも、強いて言えば……二人きりの部屋のベッド、かな?」

その言葉にルーシアは白磁の頰を桃色な染め上げる。そして怒った様子で、

「アレクの馬鹿」

そう呟いた。
その頰を膨らませて拗ねる様子に、アレックスはさらに愛しげに目を細める。


そうしているうちに幾分か時間が経ち、そろそろ体が休みを欲していると感じたルーシアは小さく言った。

「そろそろ踊ることにも疲れてきたわ」

「そうか、それなら……」

アレックスは踊る事を突然やめた。

(ど、どうしたのかしら?私が疲れたと言ったから?にしても、こんな真ん中で……)

会場の中央。さらに踊っていたのは、ルーシアとアレックスだけ。
二人だけしか踊っていない状況だったが、ルーシアはやめようと思っていなかった。注目を浴びることには慣れているし、周りの人たちが自分たちを見る目は、少なくとも負の感情は含まれていなかったからだ。

だが、今は踊る事もしないでただ立っているだけ。


目の前のアレクは、何故か緊張しい様子で深呼吸をしている。
周囲の人間は「どうしたのだろう」というような疑問を浮かべた表情や、「もう踊らないのかしら、残念」というような落胆した表情を浮かべている。

ルーシアが一人困惑していると、アレックスは決意したように顔を上げた。
ーーーーそして大きな声で言葉を放った。

「ルーシア!!!」

周りの空気は、その声に圧倒されたかのようにシンと静まり返った。
先ほどまで口を開いていた人達も、驚くような表情でアレックスを眺めている。

そんな注目を集めているアレックスは、今度は普段の声のボリュームで言葉を紡いだ。


「君を愛してる」

「……!!!」

周囲は一瞬ざわめく。だがアレックスの決意を決めた表情を見て、そのざわめきはすぐに収まった。
そして、彼は口を開いた。






「俺と、結婚してください」






ルーシアは唖然とした。

(結婚?今、アレク結婚って……)

そんな彼女の様子を尻目に、アレックスは懐から小さな手のひらサイズの箱を取り出す。以前、ネックレスを貰った時と同じデザインのものだった。

彼はその箱を開いて、ブルーサファイアの宝石がついたシルバーの指輪を見せる。ネックレスと対となるデザインのものだった。

その様子を眺めていたルーシアの心に、これまでで1番大きな喜びの波が押し寄せてくる。頰を桃色に染め、期待のこもった眼差しで彼の翠目を見つめた。

(っ結婚……!そんなのもちろん!!!)





「はい!」





ルーシアは透き通るような声で言葉を紡いだ。その途端、


ーーーーパチパチパチ


周囲を拍手が包み込み、「おめでとう」と叫ぶ声も聞こえる。
目の前のアレックスは、泣きそうな、でも嬉しそうな表情で笑っていた。そしてルーシアの腕を引き寄せて、

「嬉しい、愛してるよ」

そう言って優しくキスをした。

ルーシアとアレックスは拍手喝采を浴び、お互いの目を見つめあって微笑み合う。

雲ひとつない空からは月の光がこぼれ落ち、会場の窓から二人を優しく照らしているのだった。


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