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5.弟は暴走中
「えーっと……ごめんね」
ディアナはここまで本気で怒られるとは思っていなかったため、とりあえず謝る事にした。これは【何が悪かったのかは分からないけどとりあえず謝っとけばなんとかなる】の典型的なパターンだが、何もしないよりはましに思ったのだ。
だがそんな行動も、彼の怒りに油を注ぐことになるとも知らずに。
ナインは先程の迫力とは打って変わって、落ち着いた様子で口を開いた。
「姉様は自分がなにを言っているのか分かっていらっしゃるのですか」
「……ええ、もちろん。しっかりと考えた上での発言よ」
ディアナはしっかりと肯定する。
以前から考えていた計画なのだ。怒られただけで簡単に折れるわけにもいかなかった。
(それにしても、さっきの怒り方は凄まじかったわ)
普段穏やかな雰囲気のナインの底力を見せられ、全身に冷や汗をかいてしまった。いまだ心臓は、驚きによってばくばくと高鳴りを見せている。
「姉様。あなたが旅に出たいという理由の根源には、運命の人を見つけたいという思いがあるんですよね」
ナインの質問にディアナはこくりと首を縦に振った。
なにも、ただ目的なく旅に出たい訳ではないのだ。
(私の一番の願いは大好きな人と幸せな結婚をしたい。それだけなのよ)
今までが不幸せだったとは言えない。むしろ世界中に恵まれない人たちが多くいる中で、自分は幸せな暮らしを出来ている人間と言えるだろう。
両親は不在で殆ど屋敷にはいないものの、大好きな義弟と暮らすことができ、金の心配もない。婚約者には恵まれなかったが、傷物になる前の状態で婚約破棄された為、望めば次の婚約者を見つける事も可能だろう。
(だけど、私は自分の選んだ人と添い遂げたいの。……例え、貴族令嬢という身分を失ったとしても)
それほどまでにディアナの決心は固かった。自分で認めることも釈ではあるが、ダニエルとの婚約破棄が心に燻っているのは確かだった。理解も納得も出来ているが、一生心に残る跡となるだろう。
ナインは、目の前で考え込む義姉を一瞥し、大きく溜息をついた。その後なにか決意したのか、じっと目の前の義姉を見つめた。
ディアナはそんな義弟の視線に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
ーーーーそして、彼の表情をみて思わず息が止まった。何故なら、その顔は弟が姉に向けるような親愛ではなく。
「運命の人、それって僕でも構わないですよね」
(…………え)
「僕、姉様のこと愛していますし」
(…………ん!?)
「一生大切にしますよ」
(そりゃあ嬉しい限りね…………って違うわよ!!!)
ーーまるで恋する男のそれだったのだ。
ディアナは目を白黒させ、豹変した義弟を見つめた。いつものような柔らかなものでも、先程のような怒りを感じさせるものでもない雰囲気を身に纏っている。そう、これは雄が雌に向ける深々とした執着だった。
(なに……一体どうしたのよ!?いつもの可愛い私の弟はどこへ行ってしまったの)
可愛い弟が雄へと変化する様など見たくなかったディアナは、挙動不審に視線を彷徨わせた。出来ることならなかったことにさせて欲しい。記憶から抹消したい出来事だ。
「聞いていますか、姉様」
「え、えぇ、聞いているわよ。あ、あなたもそんな冗談言ったりするのね。一瞬、本気にしてしまいそうになったわ」
とりあえず、ディアナは冗談で済ますという安易な方法をとることを決断した。
(酷い姉でごめんなさいね)
心の中で、東国の人々が謝る際に用いるという土下座というものを実践し、どうかなかったことにと願いを込める。だが、その願いは目の前でぐしゃりと握り潰された。
「僕は本気ですよ、ね・え・さ・ま」
ナインの本気具合を確かめたかった訳ではない。すべて綺麗さっぱり水に流そうとしていたのだ。しかし彼は、そんなディアナの安易な誤魔化しなど通用しないとばかりに言葉を突きつけてくる。
「あなたを愛し続けますから、どうか僕を運命の人に選んでくれませんか」
「えっと……そうね。それもいいかも知れないのだけれど、でもね!!!あなたは私の弟なのよ!!」
ディアナは正論を叩きつける。だが、残念なことに恋に狂った男には全く通用しない手であった。
「知ってますよ。ですが所詮、義理ですから。どうにでもなります」
その答えを聞き、ディアナは渋い顔をする。
確かに彼は全てにおいてハイスペックだ。容姿も良ければ勉学の成績も良い。さらに話術も得意で友人も多い。短所など、怒った時に口が悪くなることだけとも言える。
だが弟だ。どう足掻いても弟で、恋愛対象にみることは難しい。
(ナインは私の大切な弟……運命の相手だなんてあり得ないわ)
そう思いながら真剣な眼差しで見つめてくる義弟を一瞥した。彼のヘーゼルの瞳には粘りつくような執着と恋慕が浮かんでいる。
ディアナはぶるりと体を震わせた。
「僕のものになってくれないのなら、監禁してもいいですか」
背中を冷たい空気が通り過ぎる。ナインの声色は真剣みを帯びているように感じたのだから。
一体何がどうなって、そういう結論にたどり着いたのだろう。ディアナは一度、ナインの思考を覗いてみたい気持ちになった。
だがそんな心とは裏腹に、体は危機感を覚えているらしい。ディアナの「だ、だめよ」と訴える声は、まるで萎んだ風船のようにしょぼくれたものだった。
(この子、恐ろしい子っ)
そう心の中で呟いたことは、ディアナだけの秘密だ。
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