ワールドマテリアルズ~転生先は、自分が原作者の異世界でした。

依槻

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第二部

65:天を裂く光

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 鋼の災厄に対抗しうる唯一の手段ともいえる、禁呪と称された大魔法。その扱い方は遥か昔に失われていたものの、設定を考えたシノ自身はもちろんそれを知っていた。
 だが、禁呪というのはそんな簡単に使っていいものではない。発動の負荷によって命さえ落としかねないということがわかっていたからだ。

(私は一体、どうすればいいの……?)

 鋼の災厄との戦いが続く最中、シノは葛藤を抱く。ここで自分が動かなければ、この戦いを終わらせることは極めて難しくなるだろう。だがその代償は、自らの命になるかもしれない。いくらシノが能力の高いペリアエルフだからといっても、不死などではないからだ。

「くっ……攻撃が効いていない! どういうことなの!?」

「固まるとやられるぞ! 距離を取って散らばるんだ!」

「これが、かつて王都を壊滅させた災厄の力だってのか……!?」

 当然、そんなことで相手は待ってなどくれない。先ほど飛んでいった黒竜は、既に反対方向の者達を攻撃し始めている。
 巨大な腕を振るい。尻尾を振るい。時にはその口から放たれた黒き炎で辺りを薙ぎ払う。徐々に戦えなくなる者が増えていくのが、走りながらでも容易に確認できた。
 シノが葛藤に答えを出せないまま四人がしばらく移動していると、戦っている者達の中に見慣れた人影を見つける。砲撃部隊や白兵部隊に最前線で指示を出している、王立騎士団長のグレンの姿だ。
 その表情には焦りと緊迫が入り混じっており、まさに気が気でないといった感じが伺える。


「胴体への攻撃は意味がない! 頭に狙いをつけるんだ! 次弾発射、用意――――――」


 無暗な攻撃に意味がないことを既に悟っていたのか、より効果があるであろう黒竜の顔面を狙うように指示を飛ばす。
 だが砲台が次の弾を放つ前に、鋼の災厄が騎士団の存在に気付きこちらを向いた。そしてすぐさま口を開くと火炎の準備を始め、近くにいたシノ達ごと一帯を焼き払おうとしている。


「……っ! 危ない! 逃げて!!!」


 シノの声に気づいたグレンが反応しようとしたものの、回避が間に合わないのは明らかであった。数秒の後には火炎が放たれ絶望的かと思われたが、その時――――――

「――――――――お願い、間に合って……っ!!!」

 グレンを含む騎士団がいる場所へとリエルが飛び込み、精一杯の力を高めた掛け声と共に記憶陣を発動してみせる。半径二十メートルはあろうかという範囲が魔法陣によって覆われ、一瞬で全員の姿がその場から掻き消えた。
 そして、直後に放たれた火炎は無情にも何もないところを通り過ぎる。まさに間一髪であった。

「……今のは、転移魔術なのか……!? あれほどの大規模をわずか一瞬で……」

 百メートルほど離れたところに転移が行われると、今起きたことに対してグレンは思わず驚嘆の声をあげる。まさかあそこまでの大規模転移を行うことが出来るとは、シノやセリアも驚きの表情を隠せない。
 そんな中、まるで気絶するかのように隣にいたシノへとリエルが思いっきり倒れ掛かってくる。

「……うぐっ……はぁ……はぁ……!」

「リエル、大丈夫!? しっかりして!!!」

 二人、もしくは三人ほどの転移でも疲労困憊になるほどだというのに、あれほどの大人数を一瞬で転移させた反動は想像に難くない。シノが知る限り、この疲れ様は今までとは比べ物にならないだろう。

「ちょ、ちょっと……無理を、し過ぎて……ゴホッ!」

 何とか喋ろうとしたリエルであったが、咳込んだと同時に血を吐いてしまった。それを見て思わずシノは回復魔法をかけてしまったが、能力による疲弊にはあまり効果がないのだろうか。
 これはいち早く休ませてあげなければと思い、リエルを後ろへと下げようとしたその直後、


「マズい、次の一撃がくるぞ!!!」


 グレンが叫ぶと同時に竜の咆哮が響き渡り、再びその口からこちらへ向けた火炎が放たれようとしていた。先ほどのようにリエルの能力で回避することはもはやできないし、走って離脱するのは絶対に無理だ。
 今度こそ万事休すかと思われた。が――――――


「――――――ここは私が抑えるわ! 早くあっちへ逃げるのよ!!!」


 鋼の災厄とシノ達の間に、小さな影が立ち塞がる。その正体は紛れもなくセリアであった。直後に襲い掛かった火炎は皆を焼き尽くすことは無く、その全てが極星の盾によって弾かれる。
 さすがに片手というわけにはいかず、両手突き出した形で能力を発動したセリアは黒い火炎と真っ向から衝突していた。


 ズゴオォォォォォーーー!!!


 物凄い轟音と共に放たれる火炎の中、先ほどのように苦悶の表情が浮かぶセリアは必死に耐える。目の前全てが黒い炎に覆われ、後方に弾かれていった余波が辺り一帯をあっという間に焦がし始めた。
 一体いつになったら攻撃が止むのだろうかと思う中、彼女の目が更なる驚きに見開かれる。


「……そんな、嘘でしょ!!?」


 火炎を受け続けていた極星の盾に、僅かだが亀裂が生じ始めているのを見てしまったからだ。それは、相手の力がどれだけ馬鹿げたものかを嫌でも感じさせる光景であった。
 亀裂はどんどん広がってゆき、ようやくあちらの攻撃も一旦止むかと思われたその時、



「――――――――きゃあぁぁぁぁぁっ!!!!」



 火炎が止まったとほぼ同時に極星の盾が消滅し、セリアの悲痛な声と同時に硝子の砕け散ったような音が辺りに響き渡った。小さな身体が勢いよく後方へ吹き飛ばされ、地面を何度も転がって止まる。
 それを見てトドメを刺す好機だと思ったのか、鋼の災厄は追撃の突進を繰り出そうと姿勢を低くした。


「セリア!? このままじゃいけない! ステラさん!!!」

「ええ、任せて……!!!」


 なんとか攻撃を中断させるしかないと思ったシノは、ステラに呼びかけると即座に行動を起こす。シノが前方に杖を突きだすとステラがそれに手を添えて魔力を送った。やがて二人の足元に魔法陣が出現すると、上級魔法が発動する。


「――――――エクスプロージョン!!!」


 巨大な火球が渦のごとく炎を巻き込みながら一直線に撃ち出され、顔面に直撃した。それを食らった鋼の災厄は大きく仰け反り、突進の動作を中断する。
 先ほどまでの状況を見る限りでは上級魔法であっても怯むはずはないのだが、ペリアエルフ二人の力が合わさった故の威力ということだろう。


――――――ズドドドドォーンッ!!!!


 その直後、魔法の直撃と入れ替わるように、無数の砲弾が竜の背中へと次々に着弾。すぐさま身体の向きを変えると、新たに敵と認識した側へと襲い掛かっていった。

「わ、私の防御が……押し負けるなんてね……あはは……」

「セリア、大丈夫!?」

「なんとか、ね……。でも、背負って貰わないとちょっと無理かも……」

 あまりにとてつもない存在を目の当たりにしてしまったセリアは、若干自嘲するように笑う。彼女ですらこんなになってしまうのだから、鋼の災厄がどれだけ馬鹿げた存在か嫌でもわかるというものだろう。
 しかし状況としては相変わらず、一時的にその場を凌いだに過ぎない。このまま戦いを続けていても勝てないのは明白だ。


(私が……私が、覚悟を決めないと……)


 精霊の力すらも遠く及ばないことを知り、シノは再び葛藤する。確実に倒すには、自分自身がやるしかない。宮廷魔術師数人がかりと言っていたが、恐らく彼女であれば一人でも禁呪の発動は可能だろう。
 だがその代償を考えると、どうしても決意が揺らいでしまうのも確かだ。


 ……もし倒せたとしてもその後は? 自分がいなくなったらリエル達や、村にいるみんなはどうなる?


 とはいっても、あの黒き竜を倒せなくても結局は同じことなのかもしれない。再び王都を壊滅させた後は他の地域へその魔手が伸びることになるのだから。
 ならば、ここで押し留めるのが最善の選択なはずだ。たとえ犠牲を払うことになったとしても。
 そんなシノの胸中を察したのかはわからないが、いつの間にかこっちを向いていたステラが無言で頷くのが見えた。

「……何か考えがあるのね? シノさん」

「……はい」

「それなら私は、その意見を尊重するわ」

 銀色の瞳の中に確かな覚悟を感じ取ったステラは、シノの肩にゆっくりと手を置くと静かな声で語りかける。彼女はそれに頷きで返すと、前方で暴れている鋼の災厄へと目を向けた。



 ……この世界は私が作り出してしまったようなものだ。それならば、私が責任を持って守るべきじゃないか。



 今度こそ覚悟を決めたシノは、騎士団に指示を飛ばし続けるグレンに歩み寄っていく。そんな彼女に気付いた彼もまた、今までにない恩師の様子を見て驚いたようだ。


「グレン、私があれを何とかするよ。だから……少しだけ時間を稼いでほしいの」

「何とかするって言ったって……あれじゃあどうしようも――――――」

「お願い! 全ての責任は私が負うから!」

「……! 分かった……他ならない先生の頼みだ、何とかしてみせる」

「ありがとう、グレン! やっぱりあなたは自慢の教え子だよ」

「そんな立派なもんじゃないさ。何をするのかはわからないが……気をつけろよ、先生!」


 禁呪の詠唱には上級魔法以上の時間を要する。しかも途中で中断すら許されないため、絶対にシノに攻撃が向くようなことがあってはならない。
 一人の教師とその元教え子は互いに頷き合うと、それぞれが逆方向へと走り出した。


「近辺に残っている全員に伝えろ! 魔砲鎖まほうじょう一斉発射の準備だ、急げ!!!」


 グレンは騎士団に指示を飛ばすと自身も時間を稼ぐための陽動を行うために動き出す。
 丘から。山林から。平原から。残った砲台の準備が開始され、その中央部分で冒険者達や騎士団と戦っている鋼の災厄に向けて狙いが定められる。

「セリア。リエルの様子を見てもらってていい?」

「そ、それは構わないけど……あんたはどうするのっていうのよ?」

「私には、やらなきゃいけないことがあるから――――――頼んだよ!」

 ステラと共にリエルを介抱しているセリアに言葉をかけるとシノは小高い丘の方へと走り去ってゆき、彼女が何をするのか理解出来ていないセリアは、それを見送るしかなかった。
 平原の方を見ると未だ鋼の災厄は衰えすら見せない動きで暴れ回っており、唯一幸いなのが王都方面へ飛び立ったりする様子がないといったぐらいか。
 やがて丘の頂上――――――確実に攻撃を当てることができる位置まで到達したシノは辺りを見渡す。


「何かの偶然だったとしても……私が作り出してしまった災厄は、私の手で終わらせる!」


 決意を込めた言葉を口にした彼女は、両手でしっかりと杖を構えた。その姿を下から視認したグレンは大きく手を上げ、全員に合図を送る。


「――――――魔砲鎖まほうじょう、撃てぇーーーーっ!!!」


 その瞬間、残っていた百を超える砲台から一斉に鎖が放たれ、数百本にものぼるそれが鋼の災厄へと隙間なく纏わりつき絡みつく。
 当然ながらただの鎖ではなく、魔法によって強化がなされたものだ。一本なら簡単に破壊されてしまうかもしれないが、あの数ならば一分……いや、二分は動きを止められるだろう。
 それを確認したシノは杖を大きく頭上へ掲げると目を閉じ、ついに禁呪の詠唱を開始した。



 『我、極光に願い奉る。天より降り注ぐ煌めきよ、地より立ち上る輝きよ。世界をあまねく照らすその姿を、今ここに顕現させたまえ――――――――』
 


 詠唱と共に、シノの周囲にかつてないほどの力の奔流が生まれ始め、周囲にいた全員が思わず息を呑む。彼女の身体そのものが輝き始め、まるでそこに小さな星でもあるかのような光景だ。

「災厄だかなんだか知らないけど……これ以上好き勝手にはさせないわよ!」

「さぁ、来なさい! シノさんには指一本触れさせはしない!」

 その間もセリアとステラは攻撃を続け、シノに注意が向かないようにしていた。冒険者達の攻撃も継続しており、これなら彼女に横槍が入ったりすることはないだろう。



『災厄と相対せし席に我は在り。汝の居場所は裁きの席に在り。そしてこの一手は、救済への道標とならん――――――』



 詠唱が続くにつれシノの足元も輝き出し、幾つもの小さな魔法陣が繋がって巨大なものへと変化してゆく。そうまでしても尚、鋼の災厄はシノに気付くことはない。何故ならば、

「さぁどうした!? 俺達はまだ生きているぞ! 王立騎士団の底力を見せてやろう!」

「おぉぉぉーーーっ!!!!」

 グレンを含む騎士団の面々も大挙し、彼女に注意を向ける暇がないほどの攻撃を繰り出し続けていたからだ。それは同時に、反撃を受けるたびに戦える人数が減っていくことに他ならない。
 だが、彼らは国を守るために戦うことを誓った者達だ。そんなことは百も千も承知の上だろう。



『開け、かの者へ断罪を下す天の扉よ。今ここに、大いなる輝きを示せ――――――』



 やがてシノは銀色に光を放つ瞳を見開くと、両手で構えた杖を鋼の災厄へと向けた。動きを止めていた数百の鎖も、ちょうどその全てが破壊されようとしていたが――――――時、既に遅し。



「――――――――セレスティアル・ヘヴンズロアー!!!」



 全ての詠唱が終わった瞬間、鋼の災厄の真上にあった暗い空が文字通り真っ二つに割れ、巨大な七色の魔法陣が出現する。それらは同じ色の輝きをまるでレーザー砲のごとく撃ち出し、巨大な黒い身体へと次々に直撃させる。
 だが、それだけでは終わらない。今度は足元にも同様の魔法陣が姿を現し、そこからは巨大な光の柱が立ち昇ると光の奔流でその身体を足元から一気に飲み込んだ。


「ヴオォォォォー………!!!」


 その全てを光に呑み込まれた黒き竜は、天まで響き渡るであろう断末魔を残してその身体を崩壊させてゆく。数十秒も経った後、巨大な存在がいたなんて欠片も感じさせないほど、その姿は跡形もなくなっていた。
 暗くなっていた辺り一帯の空は元通り晴れ渡り、昼下がりの太陽が平原を照らしている。その光景はまさに、あるべき平和そのものであった。


「で、伝令致します!!! 鋼の災厄の完全消滅を確認!」

「おお、そうか! 皆、本当によくやってくれた……!!!」


 すぐさま王宮にも伝令が届き、国王を含む国の重鎮達は喜びに沸きあがる。
 それはもちろん現地でも同じで、そこに居た全員が歓喜し、瞬く間に辺り一帯には勝どきの声が響き渡った。騎士団も。冒険者達も。皆手を取り合ったり抱き合ったりして喜んでおり、場の雰囲気は勝利一色だ。


「シノさん、やりましたよ! 勝ったんですよ、私達!!!」

「ちょっ……リエル! あんまり無理して動かないでよ!」


 セリアが介抱したことによってなんとか回復したリエルはその喜びを伝えるため、セリアの静止を振り切ってシノの方へと駆け寄っていく。
 その顔は誰がどう見ても今までで一番喜んでおり、セリアですらあんな顔を見たことはないのだろう。当のシノはというと、魔法を発動した後は杖を支えにしてよりかかるような体勢で丘の上に立っていた。


「よかった……勝ったん……だ……ね――――――――」


 駆け寄ってきたリエルに対して、ひどく疲れた様子で言葉をかけたシノであったが――――――――


「えっ……シノさ――――――――」


 リエルが手を伸ばす暇もなく、彼女は支えを失った棒のように大地へと倒れこんでしまったのであった。
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