ヴァーチャル・ゾンビ・パンデミック

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第3話

二人の時間

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 三時間後、ロビー――

「ふい~、疲れたぁ」
 椅子に深く腰掛けながら、Jが心の底からといった感じで呟く。

 ここは、ロビーと呼ばれる場所だ。VRの各ゲームに用意されている場所で、開始前にメンバーを募ったり、待ち合わせの場所として利用する空間である。雰囲気は、お洒落な駅前広場といった感じで、様々な商店や公園なんかもある。そこで、俺達は今日の反省会を開いていた。

「とりあえず、今日のノルマは消化できたな」
「うん、もしかしたら次回にズレ込むかもと思ってたけど、何とかなったね」
 俺の言葉にハックが同意する。
「まあ、俺様のお陰だな。あのボス戦での俺の活躍がなければ、今頃は全滅していただろう」
 ふんぞり返りながら、Jが偉そうに言う。まあ、確かに彼の活躍は認めるところなのだが。

「な~に言ってんのよ。Jが暴れ回ったせいで弾不足になったんじゃない。そこんところは責任を感じてよね」
 そうなのだ。あまりにもボス戦で派手に戦ったため、その後に建物から逃走する際、かなり辛い目に遭ったのである。その責任がJにあることも明らかなのだ。
「ハハハ……ま、まあ、いいじゃねえか、そんな昔のこと」
「十分も経ってないってのッ」
 レイカの激しいツッコミに、さすがのJも仰け反る。

「おっと、もう十時を過ぎてるじゃないか。良い子は寝る時間だから、俺は帰るぜ」
 わざとらしく芝居口調で言うと、Jは最後に笑みを残してログアウトしてしまった。瞬間、今まで目の前に居た彼の姿が霧散し、座っていた椅子だけが残された。

「もう、逃げ足は速いんだから」
「ハハハッ、Jらしいよね」
 楽しげに言うハック。レイカのほうも、気分を害した様子はなく、笑みを浮かべている。
「それじゃ、僕も帰るよ。今日は宿題が多くてさ」
「そういうのは終わらせてから来いよ」
「楽しいことを後回しにしちゃうと、気が散っちゃうタイプなんだよね」
 それは、何となく分かる気がする。まあ、楽しんでる途中で憂鬱な時間を思ってしまい、気分がダウンしてしまうこともあるが。

「じゃあ、またね」
「ああ、それじゃな」
「宿題、頑張ってね」
 俺達からの別れの言葉を聞き終えると、ハックもログアウトして姿を消した。

 自然、後には俺とレイカだけが残る。まだ周りには相当数のプレイヤー達が居るが、その喧騒も気にはならなかった。
「ねえ、――はどうするの?」
 何気無い質問。普通に考えれば今後の予定を聞いているだけだが、そこに彼女が別の意味を込めていることに、俺は気付いていた。

「ううん、どうすっかな……帰っても、まだ眠れそうもないしなぁ」
 だから、俺は彼女が望む言葉を口にする。何もかもを男がしなければならないとは思わないが、お膳立てぐらいはするべきだろう。
「そうなんだ……それじゃさ、少し歩きながら話さない?」
「ああ、いいよ」
 迷うことなく頷くと、俺は立ち上がる。レイカも笑みを浮かべながら椅子から立つと、俺の隣に並んだ。

 そのまま、ロビーのメインストリートへと進む。そこには様々な店舗が並び、買い物が楽しめるようになっている。しかし、レイカはショッピングに興味がないのか、いつも通りに素通りするだけだ。

(相変わらずだな……)
 俺は心の中で呟く。そんな感想を抱くぐらい、俺達は二人で散歩するのが恒例になっていた。

 きっかけは、チームを組んで一ヶ月ぐらいした頃だろうか。珍しく、集合の日にJとハックが急用で来れなくなり、俺とレイカだけになった時があった。さすがに二人だけで進めるわけにもいかないので、解散しようかという話の流れになったのだ。

 しかし、どうにもレイカは帰りたくない様子だった。なので、俺は他のことをして遊ぼうかと誘ったのだ。
 まるでナンパのような誘い言葉だから、俺は断られることを覚悟していた。だが、彼女は予想外なことに、すんなりと了承してくれた。それも、嬉しそうに。

 それから、俺達は二人で行動することが多くなった。みんなが集まる前だったり、今のように解散した後だったりと状況は様々だが、こうして短い時間を二人きりで散歩に費やしているのだ。

(でも、ホントに飽きないよな)
 まったく変わらないコース。だが、彼女は変わらず喜びを感じてくれている。散歩が好きなのか、電脳空間に居るだけで満足なのか……理由は分からないが、俺はレイカの望む通りにしていた。それが最善の選択だと思えるから。

 しばらく、そうして歩いていると、目の前に草花が目に優しい公園が広がる。所詮は全てが虚構の作り物だが、それでも心が和む効果は十分だった。
「綺麗だよね……」
「ああ、そうだな」
 飾り気のない会話。それを理解していながらも、俺は無理に口を開こうとはしなかった。
 普通、女性が男性を誘い二人きりになれば、何かしら甘ったるい展開になることを期待する。そこまで持っていく腕前があるかどうかは別にして、そうした考えが頭に浮かぶのは必然だろう。
 しかし、彼女を相手にしていると、そのような考えが頭を過ることはない。最初は胸が高鳴ったりもしたものだが、今では、常と変わらぬ精神状態を維持できるまでになった。
 そうなるに至った理由は簡単なものだ。彼女に『その気』が無いと気付いたからだ。

 別段、告白してフラれたわけでも、ハッキリとした拒絶の意思を見せられたわけでもない。彼女と共に過ごす時間の中で、それを理解したのである。
 だから、俺は彼女との距離を詰めようとはしない。何が目的で俺と居ることを望んでいるのかは分からないが、そういったことが狙いでないのなら、普通に接するのが一番であると思うのだ。

「どうしたの?」
「えっ……」
 レイカが小首を傾げながら俺に問い掛けてくる。どうやら、思考の渦に飲み込まれ、相槌を打ち忘れていたらしい。
「いや、何でもないよ」
 少しの焦りを隠しながら、俺は苦笑を浮かべる。今の考えを口にするのは、さすがに出来ないと思ったのだ。

「もしかして、退屈?」
「そう思ってるなら、適当な理由を付けて帰ってるよ」
「そっか……良かった」
 俺の言葉に、レイカが安堵の表情を浮かべる。それは、彼女の内心が分かっていても、思わず見惚れてしまうものだった。
(まあ、これは仕方ねえよな……)
 自分への言い訳を心の中で呟きながら、俺は彼女から視線を逸らした。

 そんな風にして、微かな胸の高鳴りを隠しながら歩くこと一時間ほど。時刻が十一時を過ぎた頃、レイカの歩みが止まった。
「そろそろ帰ろうか?」
「そうだな。もう、いい時間だし」
 もう一、二時間は起きていられるが、彼女の主導に任せている散歩なので、それを伝えるつもりはなかった。
「今日もありがとう。それじゃ、またね」
「ああ、じゃあな」
 その会話を最後に、レイカの姿が目の前から消える。少しばかり寂しさを感じながら、俺もメニュー画面を呼び出してログアウトした。

 瞬間、俺の視界が黒く染まる。だが、それも一瞬のことで、すぐに目の前が明るくなった。
「ウッ……眩しい」
 目に突き刺さる照明の光に、俺は目を細める。その際に感じた軽い痛みに、ここが現実世界なのだと認識した。
(戻ってきたのか……)
 心中で呟きながら、俺はベッドの上に座り込む。そして、頭に被っていたヘッドギアを外すと、ずっと稼働中だったパソコンに目を向ける。すると、一件のメールが届いていた。

(差出人は……Jか)
 それを確認すると、見なくてもいいかという思いが胸を過ったが、とりあえず読むことにした。

『よお、兄弟。今日のデートはどうだった? イケないことまでしちゃったんなら、現実世界との違いを詳しく聞かせてくれよ』

 予想通り、下らない内容だった。しかし、あまりに彼らしい文面に、俺は自然と笑みを浮かべていた。
(でも、次に会ったら折檻だ)
 そんなことを思いながら、俺はパソコンの電源を落としたーーー
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