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第4話
悪意の発露
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翌日ーーー
「早く来すぎたかな……」
先日、クリアしたばかりの警察署をバックに、俺は辺りを見渡す。しかし、仲間の姿は何処にも見当たらなかった。
「銃の練習でもしてるか」
そう呟き、ハンドガンを取り出して構えを取る。
と、その時――
『―――ッ!』
「うおっ……!」
響き渡る破裂音。同時に俺の身体が前方へと吹き飛ばされる。
撃たれたか――武器持ちのゾンビか、それとも、新手のクリーチャーか。だが、今はそれを確かめているときではない。俺は体勢を立て直すと、敵が居ると思われる方向へと迷うことなく銃口を向けた。
だが――
「あん……?」
「えっ、ええっ?」
その瞬間、俺は面食らった。何故なら、俺の視線の先に居たのは、同じように銃を構え、驚きの表情を浮かべたハックだったからだ。
「ど、どうして……?」
戸惑いの声を上げるハック。どうやら、彼は理由を知っているらしい。
「ハック?」
「ゴ、ゴメンッ! 本当にゴメンッ!」
仕事に失敗した会社員のように、大きく何度も頭を下げるハック。その様子から、わざと撃ったわけではないことが窺えた。
「いや、謝んなくていいからよ、何があったか説明してくれ」
銃をホルスターに収めつつ優しい口調で言うと、彼も安心したのか、マシンガンを仕舞いながら口を開いた。
「驚かそうとしてキミのことを撃ったら、弾が当たっちゃったんだ」
返ってきたのは、予想外の言葉。
「当たっちゃったって……フレンドリー・ファイアはオフにしてあるだろ?」
「もちろんだよッ」
俺の問い掛けに、ハックが大きく頷く。
フレンドリー・ファイア――FFとも表記される。簡単に言えば、仲間に自分の銃弾が当たるかどうかを決める設定名のことだ。もちろん、当たった場合は体力も減る。リアル感を追求するプレイヤー達は、これをオンにしている場合が多い。
しかし、俺達は上級者でもなければ、リアル感を求めているわけでもない。だから、オフにしているはずなのだが。
(ちょっと見てみるか)
心の中で呟きながら、俺はメニュー画面を呼び出し、コンフィグ画面を表示した。
「あ、あれ……?」
俺の隣で、ハックが間の抜けた声を上げる。だが、俺も同じ気分だった。
「オンになってる……」
そう、FFの設定がオンになっていたのだ。
「誰かオンにしたのか?」
このゲームは、チーム単位で設定を決める。なので、誰かがオンにすれば、他のメンバーの設定もオンになってしまうのだ。
「とりあえず、オフにしておこうぜ」
「うん、そうだね」
俺の言葉に頷くと、ハックが慣れた手付きで変更しようとする。
しかし――
「あれ、出来ない……」
ハックが呟く。
「んなバカな」
苦笑しながら、俺も設定の変更を行う。だが、彼の言う通り、どうやってもオフにすることが出来なかった。
「どうなってんだよ?」
「また、バグったのかな」
ありえる話だ。
DF社のゲームは爆発的に人気が出たため、たまに運営側のコンピューターの処理が追い付かず、思いも寄らないバグが発生するのだ。今回のことも、それが原因かもしれない。
「どうする? 今日は止めとく?」
ハックの問い掛けに、俺は頭を悩ませた。
FFがオンになっていると、かなり難易度が上がる。襲われている仲間を助けるにしても、相手に弾が当たらないようにしなければならないからだ。
「とりあえず、他の二人が来るまで待とうぜ。それから決めよう」
「うん、そうだね」
「それより、回復アイテム持ってるか? 腕が動かなくなっちまった」
先程の銃弾が与えたダメージで、腕の自由が奪われてしまった。痛みはなく痺れを感じる程度だが、それでも不自由には変わりない。
「あっ、ゴメン」
申し訳なさを再燃させたのか、恐縮した様子で、ハックが回復アイテムを使う。すると、腕の痺れが取れ、動かせるようになった。
「よお、二人とも早いな」
そこへ、呑気な声と共にJが現れた。
「お待たせ」
直後、レイカも入ってきた。これで、いつものメンバーが揃ったことになる。
「どうしたの、ハック? 何か落ち込んでるけど」
様子の違いに気付いたレイカが問い掛ける。そんな彼女とJに、俺は事情を説明した。
「またかよ。ここんところ多くねえか?」
Jがボヤく。
確かに、ここ二ヶ月ほどはバグが頻発している。取るに足らないものが大半だが、中にはゲーム進行に関わる重大なものもあった。
「どうする?」
ハックと同じ質問をレイカがする。
「気にしなくていいんじゃねえか? お互いに撃たねえようにすりゃいいだけだろ」
確かにそうだが、その結果としてゲームオーバーになってしまうと、この場所からやり直しになってしまう。そんな面倒、出来れば避けたいところだ。
「ハック、これからの道程って厳しいのか?」
「いや、そうでもないよ。ボス戦で使ったアイテムの補充って意味で、探索がメインになるから」
「じゃあ、大丈夫か」
ゲームの特色から戦闘は避けられないだろうが、それがメインの場面でないのならば、Jの言う通り気を付ければ何とかなるだろう。
「それじゃ、行くか」
そう言うと、俺は荒れ果てた街を歩き始めた。
「…………」
無言のままに歩を進める俺達。ハックの言う通り、普段ならゾンビが飛び出してきそうな暗がりも、雰囲気だけで何もなかった。
そうして歩くこと十数分ほど。不意に前方から話し声のようなものが聞こえてきた。
「何か賑やかだな」
近付くにつれて、それは次第に大きくなり、今まで辺りを包んでいた不気味ささえ吹き飛ばすまでになった。そして、喧騒の発生源に辿り着いた俺達は、思わず足を止めてしまった。
「うわぁ……一杯、居るね」
レイカが呟く。その言葉通りに、目の前には50人以上のプレイヤーが集まっていた。
「ありゃ、何だ?」
「武器やアイテムのトレードをしてるんだよ。ここは中盤以降で唯一、敵の心配をしないで交流できる場所だから」
その説明を証明するように、集まったプレイヤー達は自分の足元に所有しているアイテムを並べていた。
「にしても、多すぎねえか?」
エスケープでは、参加者の上限は200人と決まっている。それを越えた場合、以降の参加者は別のサーバーで遊ぶことになる。つまり、ここだけで4分の1の人間が集まっていることになるのだ。
「アイテム不足になって、ここからやり直す人もいるからね」
「なるほどね」
このゲームの特色の一つとして、クリアした場所であれば自由に再戦することが出来るというものがある。その機能を利用して、アイテムの補充をしているということなのだろう。
「俺達もやるか?」
Jの言葉に、俺は手持ちのアイテムを確認した。回復アイテムは余分にあるが、ボス戦で使いすぎたのか、マグナムの弾が不足していた。他のメンバーも、弾数に不安が残るようだった。
「ちょっと顔を出すか」
俺の提案に、三人が頷く。こうした行為も、ネットゲームの醍醐味だろう。
「すんませ~ん、ちょっといいっすか?」
率先して、Jがトレード待ちのプレイヤーに声を掛ける。こういう時、彼の社交的な性格は助かるものだ。
「回復アイテムと弾を交換してもらいたいんだけど、いいかな?」
「オッケー。色々と揃えてるから見てってよ」
慣れているのか、ノリの良い返事で迎えてもらえる。その言葉に甘えて見てみると、俺達が必要とする弾丸も置かれていた。
「どうするか……」
「とりあえず、マグナムとライフルの弾を交換しておきなよ。マシンガンとショットガンの弾は、この先で手に入るから」
クリア経験者のハックが、適切なアドバイスをくれる。それに従い、俺はマグナムとスナイパーライフルの弾を受け取り、回復アイテムを渡した。
「毎度あり~。また見掛けたら、よろしくねぇ」
愛想よく見送られ、その場を離れる。予想外の場所で必要なアイテムが手に入り、俺達の足取りも軽くなった。
「どうする? もうちょっと交換してく?」
「ううん、でも出せるのはハンドガンの弾ぐらい――」
そこまで言いかけた時――
『クククッ……随分と緊張感を欠いているな、プレイヤーの諸君』
いきなり、辺りに不気味な声が響き渡った。それは高く低く、意識的に変えられたものだった。
「何だ? これも此処の特徴か?」
「多分、違うと思う。前に来たときはなかったから」
ならば、何なのだろうか。運営側が、突発的なイベントでも企画したのだろうか。
『そんなキミ達に、私が刺激を与えてあげよう。存分に楽しんでくれたまえ』
人を見下したような口調。かなりの苛立ちを感じたが、何か嫌な予感がして、それを爆発させることは出来なかった。
『では、ゲームスタートだッ』
響き渡る声。しかし、それは次第に薄れ、闇夜の中に消えていった。
「どういうことだよ……」
「演出じゃねえの……」
「何か怖い……」
変わりに聞こえてきたのは、居合わせたプレイヤー達の囁き合うような声。
「一体――」
俺は口を開きながらメンバーに振り返ろうとした。
だが――
「アァ~ッ……!」
「ウァ~ッ……ガッ、アァ~ッ……!」
どこからともなく、呻き声が聞こえてきた。それは、重なり、増幅していき、耳を塞ぎたくなるほどになっていった。
「お、おい、あれッ!」
一人のプレイヤーが前方を指差す。全員が視線を向けると、そこには見たこともないほどのゾンビの群れが押し寄せてきていた。
「こ、こっちからもだッ!」
「向こうにもいるぞッ!」
至る所から声が上がる。周りを見渡せば、四方八方からゾンビの群れが迫ってきていた。
「冗談じゃねえぞ、おいッ!」
Jが毒づく。俺も同じ気持ちだが、今は、そんな場合じゃない。
「ボーッとしてるなッ、逃げるぞッ!」
俺が怒鳴るように言うと、呆然としていたレイカ達が我に帰った。それに同調したのか、周りにいた十数人のプレイヤー達も一斉に武器を構えた。
「兄弟、逃げるはいいけど、どこに行くよ?」
俺と背中を合わせながら、Jが問い掛けてくる。
「それは――」
言いながら、辺りを見渡す。
すると、視界の端にショッピングモールが映った。距離はあるが、他に逃げ込めそうな場所はない。
「あそこだッ、あそこに行くぞッ!」
「ゾンビ物でショッピングモールって……ちょっとベタ過ぎねえか、兄弟?」
「そう思うなら、一人でゾンビの餌になってろッ」
厳しく言い捨てると、俺はレイカとハックを伴って、モールへと走り出した。ゾンビの群れは、もう目の前まで迫っていた。
『―――ッ!! ―――ッ!!』
『―――――――――ッ!!!』
響き渡る銃声と爆発音。これでは、ホラーではなく戦争だ。
「ウワアアアアアッ!」
「イヤアアアアアアッ!」
続いて聞こえてくる悲鳴。だが、助けている余裕も、振り返っている暇もない。今は、走ることしか出来なかった。
「ハアッ……ハアッ……!」
切れる息。
動かすことさえ億劫になる足。
こんな時ばかりは、リアル感の追求が恨めしかった。
と、その時――
「キャアッ!」
俺の隣で悲鳴が上がった。反射的に振り向くと、レイカがゾンビに押し倒されていた。
「このッ……!」
急いでいた足を止め、彼女に覆い被さっていたゾンビを蹴り飛ばす。そして、即座に銃を抜き取ると、頭に向けて銃弾を放った。
『グシャッ!』
耳を塞ぎたくなるような音を立て、ゾンビの頭が吹き飛ぶ。
「大丈夫かッ?」
「う、うん、ありがとう」
「礼はいい。走るぞ」
銃を構えつつ、手を取って立たせる。気付けば、どこから現れたのか、かなり近くまでゾンビが迫っていた。
「二人とも、大丈夫かッ!」
ショットガンを撃ちながら、Jが駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。でも――」
「洒落にならねえ数になってきたな。これじゃ、直に囲まれるぞ」
そうなったら、助かる見込みはない。何とかして、モールまで逃げ延びなければ。
(どうする……どうすればいい……?)
思案する俺。
「おおい、みんなッ!」
そこへ、聞き慣れた声が耳に届いた。視線を向けると、そこにはセダンを運転するハックがいた。
「でかした、ハックッ!」
Jが称賛の言葉を送る。俺も、同じ気持ちだった。
「早く乗ってッ!」
ハックの指示に、俺達は急いで車に乗り込んだ。直後、タイヤが地面を擦る音が鳴り響き、車が急発進した。
『ガンッ! ゴンッ!』
ゾンビを撥ね飛ばす嫌な音が車内に響く。
「おい、ハックッ。モールまで壊すんじゃねえぞ! 壊したらブッ殺すからなッ」
「故障したら、どっちにしろ死ぬよッ」
意味のないやり取り。だが、この調子だと、本当にモールへと辿り着く前に壊れるかもしれない。
「頼む、耐えてくれッ……!」
心の中で強く願う。
すると――
「やった、着いたよッ!」
ハックの嬉しそうな声が上がった。前方を見ると、まさにモールの駐車場に車が入るところだった。
「おい、こっちだッ!」
先に入っていたプレイヤーが、俺達を呼び寄せる。彼の後ろには、関係者用の出入り口らしきドアがあった。
『―――ッ!』
派手なブレーキ音を上げながら、車が止められる。
「早く入れッ!」
その声に促されるような形で車を飛び出ると、俺達は急いでドアを潜った。
バタンッ、と背後でドアが閉められる。途端、今までの喧騒が消え、耳鳴りがするほどの静寂が俺達を包み込んだ。
「お疲れさん」
頭上から降り注いだ声に視線を向けると、俺達を呼び寄せた男が、その厳つい顔に似合った、豪快な笑みを浮かべていた。
と、そこへ――
『―――ッ!! ―――ッ!』
乾いた破裂音が聞こえてきた。明らかに銃撃のソレである音は、断続的に鳴り響き続けている。
「なんだ……?」
「店内のゾンビと戦ってるんだよ。ここにも配置されてるから」
ハックの説明に俺は納得した。外の大群に気を取られていたが、ここもまた、戦場の一部なのだ。
「どうする、兄弟?」
「……行こう。タダ飯食いの居候ってのも、居心地が悪いからな」
現状から、ここに立て籠るのは目に見えている。それなら、協力はするべきであろう。
「よし、行こうぜ」
Jの先導で、俺達は店内を駆ける。まず、一階のエントランスへ入ったが、そこにゾンビは居ないようだった。
「行くなら二階かな。薬局があって、回復アイテムが置いてあるんだ」
つまり、そこにゾンビが配置されているということだろう。ならば、迷うことはない。俺達は手近の階段を駆け上がった。
「アアッ……ウアアァ……」
二階に着いた途端、目の前に警備員の服を着たゾンビが現れた。俺は反射的に銃を抜くと、額に狙いを付け、トリガーを引く。
『グシャッ!!』
瞬間、俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。撃たれたゾンビが、脳髄を飛び散らしたのだ。
「イヤッ……!」
レイカが悲鳴を上げ顔を背ける。そうするのも当然なほど、おぞましいものだったのだ。
「どう……なってんだよ」
思わず、俺は呟く。
日本の映像倫理観では、こうした残酷描写は確実に規制対象となる。まかり間違っても、今のような映像を許すはずはないのだが。
「おい、ハック」
「分からないよ。バグにしても、こんなの聞いたことないし……」
彼ですら理由が分からないのであれば、俺達には推察すら出来ない事態だ。
「……とにかく、作業を進めよう。あらかじめ分かってれば、そんなにショックもないだろ」
「だな。スプラッタ系の映画に比べれば大したことねえし」
持ち直す俺とJ。しかし、ハックとレイカは表情を曇らせたままだ。恐怖感は楽しめても、人体破壊を許容することが出来ないのだろう。
「お前達は後ろの警戒を頼む。敵を見付けたら教えてくれればいいから」
出来れば何処かで休ませたいが、この事実が広まれば、少なからず混乱状態になる。そんな中に置いておくのは得策ではないだろう。
「まあ、怖かったら俺に抱き着いてればいいさ」
場を和ますための冗談。ただ、それだけだったのだが……。
「じ、じゃあ……」
真に受けたレイカが俺の背中に抱き着く。突然の行動に、思わず思考が停止する。
「あっ、いいなぁ」
隣でJが羨ましそうに言うが、反応している余裕もなかった。
「それじゃ、僕が抱き着こうか?」
そう言うと、ハックがJの背中に近付く。
「止めろッ、野郎にくっつかれても嬉しくねえッ」
逃げるJ。その様子にハックが笑みを浮かべる。気を取り直したと言うより、冗談でも言っていないとキツいのだろう。
「とにかく、行くぞ」
レイカを背中に張り付けたまま、俺は歩き出す。動きにくいが、そこは目を瞑ることにした。
「そっちに行ったぞッ」
「物陰にも隠れてるから気を付けろッ」
「クソッ、噛まれちまったッ」
二階中央部に着くと、二十人ほどのプレイヤー達がゾンビ狩りを行っていた。辺りには頭や腕など、身体の一部を失ったゾンビが大量に転がっており、激しい戦闘を物語っている。
「俺達も参加しようぜ」
「そうだな」
Jと頷き合い、俺達は手近な店から安全性を確保していく。途中、何度か襲撃を受けたが、無事に乗り切ることが出来た。
「これで二階は大丈夫か?」
「うん、多分ね」
すでに状況を受け入れたハックが、案内板を見ながら答える。他のプレイヤー達も同じ考えなのか、他の階へと移っていった。
「俺等はどうする?」
「とりあえず、二階の制覇には協力したし戻ろうぜ」
言い訳は作り終えた。外の状況を考えれば無駄弾も使いたくないので、ここらで引き上げた方が懸命だろう。
「そうだな」
「うん。じゃあ、行こうよ」
メンバーの賛成も得られたので、俺は一階へと降りた。
そこでは、怪我人を始めとした戦闘に参加しなかったプレイヤー達が、思い思いの場所に腰を落ち着けていた。
それに倣い、俺達も手近の椅子に腰掛ける。知らずの内に疲れていたのか、やたらと身体が重く感じられた。
しばらく、そうして座って休んでいると、上階から狩りを終えた連中が降りてきた。その表情は疲労と興奮で彩られており、この特異な状況に、普通ではない精神状態になっていることが窺えた。
「何なんだろうな、一体」
多少の苛立ちを含んだ声色で、Jが呟く。
「変だよね。イベントにしては告知がなかったし、仮にそうだとしても、趣味が悪すぎるよ」
確かに、その通りだ。誰かが考えた催しだったら、あまりにもセンスが無さすぎる。
「外には出れねえ、中は辛気臭え……どうするよ?」
こちらが聞きたい。だが、冷静に考えれば大人しくしているしかない。外に出たところで、あれだけの数のゾンビを相手に出来るはずがないのだから。
(……ったく、ツマらねえ真似をしやがって)
現状を作り出した人間に、心中で毒づく。
そこへ――
『ショッピングモールの諸君。どうやら、束の間の平穏を勝ち得たようだね』
また、あの声が聞こえてきた。その内容から、どうやら俺達の行動を監視していたらしい。
「何者なんだよ、テメェはッ!」
プレイヤーの一人が叫ぶ。演出だろうと何だろうと、あまりに悪趣味な展開が癪に障ったのだろう。
『私は名も無き支配者さ。キミ達の命を握る、至高の支配者だ』
「酔ってんじゃねえぞッ!」
『酔ってなどいない。ただの事実さ』
気に食わないヤツだ――俺は思った。しかし、そんな感情に振り回されるわけにはいかない。少なくとも、これが運営側の演出なのか、それとも別の何かなのか、それだけでも確認したいのだ。
「だったら、テメェ一人で俺等を相手にしてみろやッ!」
「ククッ……そりゃいいや」
隣で事の成り行きを見守っていたJが、楽しげに笑う。彼は、この事態が演出の一環だと思っているらしい。
しかし、次の瞬間、そんな考えが吹き飛ぶことになった。
『なら、キミ達に新たな試練を与えよう。それを越えられたとき、キミ達の勝利を認めようじゃないか』
「試練……?」
誰かが疑問を口にする。
その直後――
「グアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアアアアッ!」
いきなり、絶叫が店内を満たした。声を上げたのは、負傷して休んでいた面々だった。
「お、おい、どうしたんだよッ?」
「痛いッ……痛いいぃぃッ!」
ゾンビに噛まれた腕を押さえ、のたうち回るプレイヤー。その姿に演じている様子はなく、本当に痛みを感じているようだった。
「どういうことだよッ……!」
突然の変異に、誰もが呆然とする。しかし、そうしている間にも怪我人達は苦しみの叫びを上げており、一刻の猶予もならないことを物語っていた。
「急いで回復アイテムを使ってッ!」
そんな中、俺の隣から声が張り上げられた。驚いて視線を向けると、そこにはレイカが厳しい表情で立ち上がっていた。
「あるだけ持ってきてッ、早くッ!」
レイカの激しい指示に、周りのプレイヤー達も我を取り戻し、行動を開始する。
手持ちの物から、二階の薬局で手に入れた物と、相当数の回復アイテムが集められた。それらを片っ端から使用して、怪我人を癒していく。治療が進むにつれて、次第に苦鳴は薄れていった。
「何とかなりそうか?」
「みたいだな」
出遅れてしまったため、完全に蚊帳の外となったしまった俺達は、テキパキと指示を出すレイカを眺めながら、安堵の溜め息を吐いたーーー
「早く来すぎたかな……」
先日、クリアしたばかりの警察署をバックに、俺は辺りを見渡す。しかし、仲間の姿は何処にも見当たらなかった。
「銃の練習でもしてるか」
そう呟き、ハンドガンを取り出して構えを取る。
と、その時――
『―――ッ!』
「うおっ……!」
響き渡る破裂音。同時に俺の身体が前方へと吹き飛ばされる。
撃たれたか――武器持ちのゾンビか、それとも、新手のクリーチャーか。だが、今はそれを確かめているときではない。俺は体勢を立て直すと、敵が居ると思われる方向へと迷うことなく銃口を向けた。
だが――
「あん……?」
「えっ、ええっ?」
その瞬間、俺は面食らった。何故なら、俺の視線の先に居たのは、同じように銃を構え、驚きの表情を浮かべたハックだったからだ。
「ど、どうして……?」
戸惑いの声を上げるハック。どうやら、彼は理由を知っているらしい。
「ハック?」
「ゴ、ゴメンッ! 本当にゴメンッ!」
仕事に失敗した会社員のように、大きく何度も頭を下げるハック。その様子から、わざと撃ったわけではないことが窺えた。
「いや、謝んなくていいからよ、何があったか説明してくれ」
銃をホルスターに収めつつ優しい口調で言うと、彼も安心したのか、マシンガンを仕舞いながら口を開いた。
「驚かそうとしてキミのことを撃ったら、弾が当たっちゃったんだ」
返ってきたのは、予想外の言葉。
「当たっちゃったって……フレンドリー・ファイアはオフにしてあるだろ?」
「もちろんだよッ」
俺の問い掛けに、ハックが大きく頷く。
フレンドリー・ファイア――FFとも表記される。簡単に言えば、仲間に自分の銃弾が当たるかどうかを決める設定名のことだ。もちろん、当たった場合は体力も減る。リアル感を追求するプレイヤー達は、これをオンにしている場合が多い。
しかし、俺達は上級者でもなければ、リアル感を求めているわけでもない。だから、オフにしているはずなのだが。
(ちょっと見てみるか)
心の中で呟きながら、俺はメニュー画面を呼び出し、コンフィグ画面を表示した。
「あ、あれ……?」
俺の隣で、ハックが間の抜けた声を上げる。だが、俺も同じ気分だった。
「オンになってる……」
そう、FFの設定がオンになっていたのだ。
「誰かオンにしたのか?」
このゲームは、チーム単位で設定を決める。なので、誰かがオンにすれば、他のメンバーの設定もオンになってしまうのだ。
「とりあえず、オフにしておこうぜ」
「うん、そうだね」
俺の言葉に頷くと、ハックが慣れた手付きで変更しようとする。
しかし――
「あれ、出来ない……」
ハックが呟く。
「んなバカな」
苦笑しながら、俺も設定の変更を行う。だが、彼の言う通り、どうやってもオフにすることが出来なかった。
「どうなってんだよ?」
「また、バグったのかな」
ありえる話だ。
DF社のゲームは爆発的に人気が出たため、たまに運営側のコンピューターの処理が追い付かず、思いも寄らないバグが発生するのだ。今回のことも、それが原因かもしれない。
「どうする? 今日は止めとく?」
ハックの問い掛けに、俺は頭を悩ませた。
FFがオンになっていると、かなり難易度が上がる。襲われている仲間を助けるにしても、相手に弾が当たらないようにしなければならないからだ。
「とりあえず、他の二人が来るまで待とうぜ。それから決めよう」
「うん、そうだね」
「それより、回復アイテム持ってるか? 腕が動かなくなっちまった」
先程の銃弾が与えたダメージで、腕の自由が奪われてしまった。痛みはなく痺れを感じる程度だが、それでも不自由には変わりない。
「あっ、ゴメン」
申し訳なさを再燃させたのか、恐縮した様子で、ハックが回復アイテムを使う。すると、腕の痺れが取れ、動かせるようになった。
「よお、二人とも早いな」
そこへ、呑気な声と共にJが現れた。
「お待たせ」
直後、レイカも入ってきた。これで、いつものメンバーが揃ったことになる。
「どうしたの、ハック? 何か落ち込んでるけど」
様子の違いに気付いたレイカが問い掛ける。そんな彼女とJに、俺は事情を説明した。
「またかよ。ここんところ多くねえか?」
Jがボヤく。
確かに、ここ二ヶ月ほどはバグが頻発している。取るに足らないものが大半だが、中にはゲーム進行に関わる重大なものもあった。
「どうする?」
ハックと同じ質問をレイカがする。
「気にしなくていいんじゃねえか? お互いに撃たねえようにすりゃいいだけだろ」
確かにそうだが、その結果としてゲームオーバーになってしまうと、この場所からやり直しになってしまう。そんな面倒、出来れば避けたいところだ。
「ハック、これからの道程って厳しいのか?」
「いや、そうでもないよ。ボス戦で使ったアイテムの補充って意味で、探索がメインになるから」
「じゃあ、大丈夫か」
ゲームの特色から戦闘は避けられないだろうが、それがメインの場面でないのならば、Jの言う通り気を付ければ何とかなるだろう。
「それじゃ、行くか」
そう言うと、俺は荒れ果てた街を歩き始めた。
「…………」
無言のままに歩を進める俺達。ハックの言う通り、普段ならゾンビが飛び出してきそうな暗がりも、雰囲気だけで何もなかった。
そうして歩くこと十数分ほど。不意に前方から話し声のようなものが聞こえてきた。
「何か賑やかだな」
近付くにつれて、それは次第に大きくなり、今まで辺りを包んでいた不気味ささえ吹き飛ばすまでになった。そして、喧騒の発生源に辿り着いた俺達は、思わず足を止めてしまった。
「うわぁ……一杯、居るね」
レイカが呟く。その言葉通りに、目の前には50人以上のプレイヤーが集まっていた。
「ありゃ、何だ?」
「武器やアイテムのトレードをしてるんだよ。ここは中盤以降で唯一、敵の心配をしないで交流できる場所だから」
その説明を証明するように、集まったプレイヤー達は自分の足元に所有しているアイテムを並べていた。
「にしても、多すぎねえか?」
エスケープでは、参加者の上限は200人と決まっている。それを越えた場合、以降の参加者は別のサーバーで遊ぶことになる。つまり、ここだけで4分の1の人間が集まっていることになるのだ。
「アイテム不足になって、ここからやり直す人もいるからね」
「なるほどね」
このゲームの特色の一つとして、クリアした場所であれば自由に再戦することが出来るというものがある。その機能を利用して、アイテムの補充をしているということなのだろう。
「俺達もやるか?」
Jの言葉に、俺は手持ちのアイテムを確認した。回復アイテムは余分にあるが、ボス戦で使いすぎたのか、マグナムの弾が不足していた。他のメンバーも、弾数に不安が残るようだった。
「ちょっと顔を出すか」
俺の提案に、三人が頷く。こうした行為も、ネットゲームの醍醐味だろう。
「すんませ~ん、ちょっといいっすか?」
率先して、Jがトレード待ちのプレイヤーに声を掛ける。こういう時、彼の社交的な性格は助かるものだ。
「回復アイテムと弾を交換してもらいたいんだけど、いいかな?」
「オッケー。色々と揃えてるから見てってよ」
慣れているのか、ノリの良い返事で迎えてもらえる。その言葉に甘えて見てみると、俺達が必要とする弾丸も置かれていた。
「どうするか……」
「とりあえず、マグナムとライフルの弾を交換しておきなよ。マシンガンとショットガンの弾は、この先で手に入るから」
クリア経験者のハックが、適切なアドバイスをくれる。それに従い、俺はマグナムとスナイパーライフルの弾を受け取り、回復アイテムを渡した。
「毎度あり~。また見掛けたら、よろしくねぇ」
愛想よく見送られ、その場を離れる。予想外の場所で必要なアイテムが手に入り、俺達の足取りも軽くなった。
「どうする? もうちょっと交換してく?」
「ううん、でも出せるのはハンドガンの弾ぐらい――」
そこまで言いかけた時――
『クククッ……随分と緊張感を欠いているな、プレイヤーの諸君』
いきなり、辺りに不気味な声が響き渡った。それは高く低く、意識的に変えられたものだった。
「何だ? これも此処の特徴か?」
「多分、違うと思う。前に来たときはなかったから」
ならば、何なのだろうか。運営側が、突発的なイベントでも企画したのだろうか。
『そんなキミ達に、私が刺激を与えてあげよう。存分に楽しんでくれたまえ』
人を見下したような口調。かなりの苛立ちを感じたが、何か嫌な予感がして、それを爆発させることは出来なかった。
『では、ゲームスタートだッ』
響き渡る声。しかし、それは次第に薄れ、闇夜の中に消えていった。
「どういうことだよ……」
「演出じゃねえの……」
「何か怖い……」
変わりに聞こえてきたのは、居合わせたプレイヤー達の囁き合うような声。
「一体――」
俺は口を開きながらメンバーに振り返ろうとした。
だが――
「アァ~ッ……!」
「ウァ~ッ……ガッ、アァ~ッ……!」
どこからともなく、呻き声が聞こえてきた。それは、重なり、増幅していき、耳を塞ぎたくなるほどになっていった。
「お、おい、あれッ!」
一人のプレイヤーが前方を指差す。全員が視線を向けると、そこには見たこともないほどのゾンビの群れが押し寄せてきていた。
「こ、こっちからもだッ!」
「向こうにもいるぞッ!」
至る所から声が上がる。周りを見渡せば、四方八方からゾンビの群れが迫ってきていた。
「冗談じゃねえぞ、おいッ!」
Jが毒づく。俺も同じ気持ちだが、今は、そんな場合じゃない。
「ボーッとしてるなッ、逃げるぞッ!」
俺が怒鳴るように言うと、呆然としていたレイカ達が我に帰った。それに同調したのか、周りにいた十数人のプレイヤー達も一斉に武器を構えた。
「兄弟、逃げるはいいけど、どこに行くよ?」
俺と背中を合わせながら、Jが問い掛けてくる。
「それは――」
言いながら、辺りを見渡す。
すると、視界の端にショッピングモールが映った。距離はあるが、他に逃げ込めそうな場所はない。
「あそこだッ、あそこに行くぞッ!」
「ゾンビ物でショッピングモールって……ちょっとベタ過ぎねえか、兄弟?」
「そう思うなら、一人でゾンビの餌になってろッ」
厳しく言い捨てると、俺はレイカとハックを伴って、モールへと走り出した。ゾンビの群れは、もう目の前まで迫っていた。
『―――ッ!! ―――ッ!!』
『―――――――――ッ!!!』
響き渡る銃声と爆発音。これでは、ホラーではなく戦争だ。
「ウワアアアアアッ!」
「イヤアアアアアアッ!」
続いて聞こえてくる悲鳴。だが、助けている余裕も、振り返っている暇もない。今は、走ることしか出来なかった。
「ハアッ……ハアッ……!」
切れる息。
動かすことさえ億劫になる足。
こんな時ばかりは、リアル感の追求が恨めしかった。
と、その時――
「キャアッ!」
俺の隣で悲鳴が上がった。反射的に振り向くと、レイカがゾンビに押し倒されていた。
「このッ……!」
急いでいた足を止め、彼女に覆い被さっていたゾンビを蹴り飛ばす。そして、即座に銃を抜き取ると、頭に向けて銃弾を放った。
『グシャッ!』
耳を塞ぎたくなるような音を立て、ゾンビの頭が吹き飛ぶ。
「大丈夫かッ?」
「う、うん、ありがとう」
「礼はいい。走るぞ」
銃を構えつつ、手を取って立たせる。気付けば、どこから現れたのか、かなり近くまでゾンビが迫っていた。
「二人とも、大丈夫かッ!」
ショットガンを撃ちながら、Jが駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。でも――」
「洒落にならねえ数になってきたな。これじゃ、直に囲まれるぞ」
そうなったら、助かる見込みはない。何とかして、モールまで逃げ延びなければ。
(どうする……どうすればいい……?)
思案する俺。
「おおい、みんなッ!」
そこへ、聞き慣れた声が耳に届いた。視線を向けると、そこにはセダンを運転するハックがいた。
「でかした、ハックッ!」
Jが称賛の言葉を送る。俺も、同じ気持ちだった。
「早く乗ってッ!」
ハックの指示に、俺達は急いで車に乗り込んだ。直後、タイヤが地面を擦る音が鳴り響き、車が急発進した。
『ガンッ! ゴンッ!』
ゾンビを撥ね飛ばす嫌な音が車内に響く。
「おい、ハックッ。モールまで壊すんじゃねえぞ! 壊したらブッ殺すからなッ」
「故障したら、どっちにしろ死ぬよッ」
意味のないやり取り。だが、この調子だと、本当にモールへと辿り着く前に壊れるかもしれない。
「頼む、耐えてくれッ……!」
心の中で強く願う。
すると――
「やった、着いたよッ!」
ハックの嬉しそうな声が上がった。前方を見ると、まさにモールの駐車場に車が入るところだった。
「おい、こっちだッ!」
先に入っていたプレイヤーが、俺達を呼び寄せる。彼の後ろには、関係者用の出入り口らしきドアがあった。
『―――ッ!』
派手なブレーキ音を上げながら、車が止められる。
「早く入れッ!」
その声に促されるような形で車を飛び出ると、俺達は急いでドアを潜った。
バタンッ、と背後でドアが閉められる。途端、今までの喧騒が消え、耳鳴りがするほどの静寂が俺達を包み込んだ。
「お疲れさん」
頭上から降り注いだ声に視線を向けると、俺達を呼び寄せた男が、その厳つい顔に似合った、豪快な笑みを浮かべていた。
と、そこへ――
『―――ッ!! ―――ッ!』
乾いた破裂音が聞こえてきた。明らかに銃撃のソレである音は、断続的に鳴り響き続けている。
「なんだ……?」
「店内のゾンビと戦ってるんだよ。ここにも配置されてるから」
ハックの説明に俺は納得した。外の大群に気を取られていたが、ここもまた、戦場の一部なのだ。
「どうする、兄弟?」
「……行こう。タダ飯食いの居候ってのも、居心地が悪いからな」
現状から、ここに立て籠るのは目に見えている。それなら、協力はするべきであろう。
「よし、行こうぜ」
Jの先導で、俺達は店内を駆ける。まず、一階のエントランスへ入ったが、そこにゾンビは居ないようだった。
「行くなら二階かな。薬局があって、回復アイテムが置いてあるんだ」
つまり、そこにゾンビが配置されているということだろう。ならば、迷うことはない。俺達は手近の階段を駆け上がった。
「アアッ……ウアアァ……」
二階に着いた途端、目の前に警備員の服を着たゾンビが現れた。俺は反射的に銃を抜くと、額に狙いを付け、トリガーを引く。
『グシャッ!!』
瞬間、俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。撃たれたゾンビが、脳髄を飛び散らしたのだ。
「イヤッ……!」
レイカが悲鳴を上げ顔を背ける。そうするのも当然なほど、おぞましいものだったのだ。
「どう……なってんだよ」
思わず、俺は呟く。
日本の映像倫理観では、こうした残酷描写は確実に規制対象となる。まかり間違っても、今のような映像を許すはずはないのだが。
「おい、ハック」
「分からないよ。バグにしても、こんなの聞いたことないし……」
彼ですら理由が分からないのであれば、俺達には推察すら出来ない事態だ。
「……とにかく、作業を進めよう。あらかじめ分かってれば、そんなにショックもないだろ」
「だな。スプラッタ系の映画に比べれば大したことねえし」
持ち直す俺とJ。しかし、ハックとレイカは表情を曇らせたままだ。恐怖感は楽しめても、人体破壊を許容することが出来ないのだろう。
「お前達は後ろの警戒を頼む。敵を見付けたら教えてくれればいいから」
出来れば何処かで休ませたいが、この事実が広まれば、少なからず混乱状態になる。そんな中に置いておくのは得策ではないだろう。
「まあ、怖かったら俺に抱き着いてればいいさ」
場を和ますための冗談。ただ、それだけだったのだが……。
「じ、じゃあ……」
真に受けたレイカが俺の背中に抱き着く。突然の行動に、思わず思考が停止する。
「あっ、いいなぁ」
隣でJが羨ましそうに言うが、反応している余裕もなかった。
「それじゃ、僕が抱き着こうか?」
そう言うと、ハックがJの背中に近付く。
「止めろッ、野郎にくっつかれても嬉しくねえッ」
逃げるJ。その様子にハックが笑みを浮かべる。気を取り直したと言うより、冗談でも言っていないとキツいのだろう。
「とにかく、行くぞ」
レイカを背中に張り付けたまま、俺は歩き出す。動きにくいが、そこは目を瞑ることにした。
「そっちに行ったぞッ」
「物陰にも隠れてるから気を付けろッ」
「クソッ、噛まれちまったッ」
二階中央部に着くと、二十人ほどのプレイヤー達がゾンビ狩りを行っていた。辺りには頭や腕など、身体の一部を失ったゾンビが大量に転がっており、激しい戦闘を物語っている。
「俺達も参加しようぜ」
「そうだな」
Jと頷き合い、俺達は手近な店から安全性を確保していく。途中、何度か襲撃を受けたが、無事に乗り切ることが出来た。
「これで二階は大丈夫か?」
「うん、多分ね」
すでに状況を受け入れたハックが、案内板を見ながら答える。他のプレイヤー達も同じ考えなのか、他の階へと移っていった。
「俺等はどうする?」
「とりあえず、二階の制覇には協力したし戻ろうぜ」
言い訳は作り終えた。外の状況を考えれば無駄弾も使いたくないので、ここらで引き上げた方が懸命だろう。
「そうだな」
「うん。じゃあ、行こうよ」
メンバーの賛成も得られたので、俺は一階へと降りた。
そこでは、怪我人を始めとした戦闘に参加しなかったプレイヤー達が、思い思いの場所に腰を落ち着けていた。
それに倣い、俺達も手近の椅子に腰掛ける。知らずの内に疲れていたのか、やたらと身体が重く感じられた。
しばらく、そうして座って休んでいると、上階から狩りを終えた連中が降りてきた。その表情は疲労と興奮で彩られており、この特異な状況に、普通ではない精神状態になっていることが窺えた。
「何なんだろうな、一体」
多少の苛立ちを含んだ声色で、Jが呟く。
「変だよね。イベントにしては告知がなかったし、仮にそうだとしても、趣味が悪すぎるよ」
確かに、その通りだ。誰かが考えた催しだったら、あまりにもセンスが無さすぎる。
「外には出れねえ、中は辛気臭え……どうするよ?」
こちらが聞きたい。だが、冷静に考えれば大人しくしているしかない。外に出たところで、あれだけの数のゾンビを相手に出来るはずがないのだから。
(……ったく、ツマらねえ真似をしやがって)
現状を作り出した人間に、心中で毒づく。
そこへ――
『ショッピングモールの諸君。どうやら、束の間の平穏を勝ち得たようだね』
また、あの声が聞こえてきた。その内容から、どうやら俺達の行動を監視していたらしい。
「何者なんだよ、テメェはッ!」
プレイヤーの一人が叫ぶ。演出だろうと何だろうと、あまりに悪趣味な展開が癪に障ったのだろう。
『私は名も無き支配者さ。キミ達の命を握る、至高の支配者だ』
「酔ってんじゃねえぞッ!」
『酔ってなどいない。ただの事実さ』
気に食わないヤツだ――俺は思った。しかし、そんな感情に振り回されるわけにはいかない。少なくとも、これが運営側の演出なのか、それとも別の何かなのか、それだけでも確認したいのだ。
「だったら、テメェ一人で俺等を相手にしてみろやッ!」
「ククッ……そりゃいいや」
隣で事の成り行きを見守っていたJが、楽しげに笑う。彼は、この事態が演出の一環だと思っているらしい。
しかし、次の瞬間、そんな考えが吹き飛ぶことになった。
『なら、キミ達に新たな試練を与えよう。それを越えられたとき、キミ達の勝利を認めようじゃないか』
「試練……?」
誰かが疑問を口にする。
その直後――
「グアアアアアアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアアアアッ!」
いきなり、絶叫が店内を満たした。声を上げたのは、負傷して休んでいた面々だった。
「お、おい、どうしたんだよッ?」
「痛いッ……痛いいぃぃッ!」
ゾンビに噛まれた腕を押さえ、のたうち回るプレイヤー。その姿に演じている様子はなく、本当に痛みを感じているようだった。
「どういうことだよッ……!」
突然の変異に、誰もが呆然とする。しかし、そうしている間にも怪我人達は苦しみの叫びを上げており、一刻の猶予もならないことを物語っていた。
「急いで回復アイテムを使ってッ!」
そんな中、俺の隣から声が張り上げられた。驚いて視線を向けると、そこにはレイカが厳しい表情で立ち上がっていた。
「あるだけ持ってきてッ、早くッ!」
レイカの激しい指示に、周りのプレイヤー達も我を取り戻し、行動を開始する。
手持ちの物から、二階の薬局で手に入れた物と、相当数の回復アイテムが集められた。それらを片っ端から使用して、怪我人を癒していく。治療が進むにつれて、次第に苦鳴は薄れていった。
「何とかなりそうか?」
「みたいだな」
出遅れてしまったため、完全に蚊帳の外となったしまった俺達は、テキパキと指示を出すレイカを眺めながら、安堵の溜め息を吐いたーーー
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