ヴァーチャル・ゾンビ・パンデミック

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第6話

悪意との対峙

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 十分後――

「とりあえず、ここまでは何とかなったな」
 セーフポイントに着いてから十数分。ようやく息の整った俺は、他のメンバーを見ながら言った。

「うん。でも、セーフポイントが使えて良かったね」
「そうね。ここが使えなかったら、とてもじゃないけど……」
 生き残れない――言葉にはしなかったが、レイカの気持ちは手に取るように分かった。

「でも、どうして無効にしないんだろう?」
「お情けのつもりなんじゃねえの?」
 吐き捨てるようにJが言う。そんな感じもするが、俺は別の考えを持っていた。
「……多分、ゲームバランスを崩すようなことはするつもりがないんだろうな」
 犯人の言葉を初めて聞いたときから感じていたことだった。

 妙に芝居染みた口調。
 プレイヤーに持ち掛けた取り引き。
 そして何より、あの言葉。

 ゲームを始めよう――そう犯人は言った。つまり、現状をゲームの範囲外に押し出すつもりはないということーーー犯人も俺達と同じ土俵の上で楽しもうとしているのでは、と思えるのだ。

 無論、すべては俺の考察に過ぎず、決して答えではない。もしかしたら、こちらに不利な状況を次々と作り出されるかもしれないのだ。現に、様々な設定を弄られている事実が目の前にあるのだから。
 だが、もし俺の考えが正しいとすれば、そこに救いの道があるのは明白だ。これがゲームだと言うのなら、クリアすればいいだけの話なのだ。
(やってやろうじゃねえか)
 覚悟を新たにする。

 と、そこへ――

「ねえ……今、ふと思ったんだけどさ」
 レイカが顔を上げながら口を開いた。
「何だよ?」
「みんなが犯人だとしてさ、こんな風に世界を作り変えたら どうする?」
「はあ……?」
 何を言い出すのだろうか。突拍子もないレイカの言葉に、俺達は怪訝な表情を浮かべた。

「達成感に満足して、そのまま放置する?」
「んなわきゃねえだろ。ちゃんと結果を見るに決まって――」
 Jが途中で言葉を切る。俺とハックも、同じようにハッとして動きを止めた。

「そうだ……そうだよッ。犯人だって、このゲーム内に居るはずだよッ」
 ハックが興奮した様子で声を上げる。

 確かに、このエスケープには観戦と言ったシステムがない。中の様子を知りたければ、自分もゲームに参加しなければならないのだ。

「でもよ、どこに居るかなんて分からねえだろ。かなりの数のプレイヤーが居るんだからさ」
「いや、そうでもないぞ」
 俺は立ち上がった。
「ヤツはモールの状況を把握してた。つまり――」

『犯人もモールに居たッ!』

 三人が俺の言葉を継ぐ。
「兄弟、すぐに戻ろうぜッ。まだ野郎が居るかもしれねえッ」
 確かに、あんな悪趣味なヤツだ。必死で戦う人間を観察するぐらいのことはするだろう。
「……行くか?」
「もちろんッ」
「絶対にブッ飛ばしてやるんだからッ」
 J同様、やる気のハックとレイカに俺は笑みを浮かべた。これ以上、頼もしい仲間もいないだろう。
「よし、行くぞッ!」
 その言葉を合図に、俺達はモールに向かって走り出した。


 数分後、モール前――

「間に合ったか……?」
 切れる息を無理矢理に抑えながら、俺は視線をモールに向けた。しかし、そこには破壊された入り口があるだけで、人気もゾンビの気配もなかった。
「どうなってんだ?」
「考えたくないけど、全員を始末したから、ゾンビを消したんじゃないかな」
 だとすると、無駄骨ということになる。いや、チャンスを逃してしまったので、それ以下かもしれない。

「チクショウ……」
 Jが呟く。
 だが、その時、モールの入り口に人影が現れた。

 ゆっくりと入り口を潜る謎の男。その姿に、怪我をした苦しさや、狂った状況に対する怯えは見当たらなかった。

 アイツだッ――直感が告げる。直後、俺は銃を抜き取り構えていた。
「動くなッ!」
 声を張り上げながら、小走りで男に近付く。だが、それを見て取った男は、手にしていたマシンガンを躊躇うことなく撃ってきた。

 連続して鳴り響く銃声。俺達は咄嗟に地面を蹴り、遮蔽物の影に隠れた。
 しかし、男の追撃は止まらない。銃を撃ちながら、逃げることなく交戦の構えを見せてきたのだ。
(上等だってんだよッ)
 そう思いながらも、俺は手も足も出なかった。相手の銃は、弾切れの様子を見せることなく火を吹き続けている。

「クソッタレッ。何なんだよ、あの武器はッ!」
 ただ身を隠すしか出来ない現状に、Jが憎々しげに叫ぶ。

「おい、ハック。あれは何だ? あんなの、そこらに落ちてるのか?」
 遮蔽物に身を隠しながらハックに問い掛ける。すると、彼は当然の如く首を振った。
「まさか、あれは隠し武器だよ」
「隠し武器?」
「一定の条件を満たしてクリアすると、入手できるようになってるヤツだよ」
「強いのか?」
「かなりね。威力は僕の使っているマシンガンの二倍。弾も無限だよ」
「マジかよ……」
 とんでもない武器だ。例え相手が一人でも、そんなモンスターも一緒では、迂濶に近付くことさえ出来ない。

「おい、兄弟。どうするよ?」
「どうするったって……」
 こんな状況の対策など、銃規制のされている日本の国民が思い付くはずもない。
「とにかく、弾幕を途切れさせないと話にならないな」
 いつものエスケープなら、強引に突っ込むことも出来る。FFがオンになっていたとしても、多少の衝撃と痺れが走る程度なのだから。
 しかし、現状では一発でも当たれば終わりだ。想像を絶する痛みに動くことさえ出来なくなるだろう。
 だが、モタモタしている暇はない。こうしている間にも、身を隠している壁がガリガリと削られているのだ。その内、弾が貫通して俺達の肉体を抉ることになってしまう。

(とは言え、逃げるわけにもいかないしな……)
 ここでヤツを逃がせば、最大の打開策を失うことになる。あの男だけは、何がなんでも倒さなければならないのだ。
(そのためには、隙を作らないとな)
 武器は強力だが、こちらには人手がある。確実に気を逸らすことが出来れば、反撃のチャンスを作り出せるはずだ。

「J、ジャンケンしないか?」
 隣で隠れている彼に、そう声を掛ける。
「何だよ、まさか負けた方が囮になるなんて言うんじゃねえだろうな?」
「その通り」
「おいおい……」
「仕方ないだろ。出来そうなのは俺とお前だけだ。囮になるのも、ヤツを撃つのも」
「…………」
 俺の言葉に、Jが口を閉ざす。何を言いたいのか理解してくれたようだ。

 あの男を倒す――そのためには撃たなければならない。電脳空間とは言え、リアルな痛みが存在する状況で、人を傷付けなければならないのだ。

「……正当防衛だよな、これ?」
 何気無い感じでJが問い掛けてくる。
「だと思うよ。まあ、電脳世界での出来事に適用されるかどうか分からないけど」
「不安になることを……」
「何だよ、ビビってるのか?」
「少しはな。殺しちまうかもしれねえんだし」
 その気持ちは、よく分かる。この空間での生死が、どのぐらいリアルの身体に影響を与えるのか分からない以上、実行するには覚悟がいる。
 そして、それは囮にしても同じこと。殺すにしろ死ぬにしろ、その結果に待つモノが分からないという意味では、現実と変わらないのだから。

「兄弟、俺が囮になるわ」
「……いいのか?」
「ああ。足は俺の方が速いし、それに――今後も必要なのは、お前の方だからな」
「J……」
「間違っても、アイツの頭を吹っ飛ばすなよ? 聞かなきゃならねえことが山ほどあるんだからな」
 悪戯っぽく笑うと、Jは遮蔽物の端に移動し、隙を伺い始めた。その背中に感謝の念を送りながらも、俺は援護射撃を行うため銃を構えた。

「いいの?」
 俺の隣に居たレイかが、小声で問い掛けてくる。その言葉の意味が、Jを気遣うものなのか、俺を気遣うものなのか分からなかったが、どちらにしても取り消せない決定なので、言葉にはせず静かに頷いた。
「だったら、全力で援護しないとね」
 そう言いながら、ハックもマシンガンを構える。これで、援護体制は整った。後はタイミングだ。

「よし、行くぜッ!」
 そう叫ぶと、Jが飛び出した。
 直後、弾幕が彼を追い掛ける。
 同時に、俺達も援護射撃を男の居た場所に行う。だが、男の銃撃は止まず、Jを執拗に狙い続ける。

 遠ざかっていく土煙。逸れていく意識。
 今だ――俺は銃を固く握り立ち上がる。

 刹那、男の視線が俺を捉えた。
 反射的に向けられる銃口。
 徐々に近付くバラ蒔かれる弾丸。
 それを、どこか冷めた目で見つつ、俺はトリガーを引いた。

 バンッ――腕と耳に走る衝撃。直後、俺の頬を掠めた弾丸を最後に、圧倒的な恐怖を与えてきた弾幕は止んだ。

「グアッ……アアァッ……!」
 辺りに響き渡る苦鳴。俺の放った銃弾が、男の肩を貫いたのだ。
「ナイスショット」
 軽い口調で言いながら、Jが歩み寄ってきた。笑みを浮かべているものの、その精神的な疲労は表情に表れていた。
「あんがと。そっちは怪我とかないか?」
「何とかな。ちょっとチビりそうになったぐらいさ」
「なら、リアルの身体でやっちゃってるかもな」
「それはない……と、信じたい」
 普段と変わらぬ軽口。だが、今はソレを楽しんでいる場合ではない。解決すべき出来事が目の前にあるのだから。

「さあ、吐いてもらうぜ。テメェの目的から、この下らねえ状況の解除法までな」
 ショットガンを額に突き付け、Jが凄む。こんな狂った現状では、とんでもない恐怖を感じる光景だろう。

 だが――

「……やれよ」
 男が口にしたのは、そんな言葉だった。

「ああ?」
「やれって……言ってんだよ……」
「この野郎……出来ねえとでも思ってんのかッ!」
 挑発的な態度に激昂したJが、ショットガンの銃口を顔面に押し付ける。ほんの少しのキッカケで、彼は迷うことなくトリガーを引くだろう。
「J、落ち着け。ヤるのは何時でも出来る」
 なるべく、彼を刺激しないように声を掛ける。さすがに、ここで片付けてしまっては意味がないと理解しているのか、Jは俺の言葉を受けて下がった。

「なあ、素直に喋ってくれないか? そうすれば、治療ぐらいはしてやれる」
「…………」
「俺達だって、ゲームの中とは言え殺人なんて――」
「ククッ……クハハッ……」
 俺の言葉を遮るように、いきなり男が笑い出す。その響きには狂気が多分に含まれており、俺の背筋を凍らせた。

「無駄だよ……俺を脅したところで、このゲームは終わらない……」
「どういうことだッ」
 再び、Jが吠える。だが、男は怯むこともせず、不敵な笑みを崩さなかった。
「パンデミックは止まらない……感染者が増え続ける限り……この地獄に終わりは来ない……」
 そう呟くと、男は不意に後ろ腰に手を伸ばした。そして、身に付けていたハンドガンを取り出すと、迷うことなく頭へと押し当てる。
「この世界でも負け犬になっちまうとはな……」
 誰に言うともなしに呟くと、男はトリガーに指を掛けた。
「お、おいッ……」
「あばよ」

 バンッ――制止の声も空しく、無慈悲な破裂音が響き渡る。

「…………」
 呆然とする俺達。しかし、無遠慮に視界へと飛び込んでくる生々しい骸に、停止していた思考と恐怖感が蘇る。

「キャアアアッ!」
 悲鳴と共に、レイカが俺の腕に抱き着く。それも仕方ない。目の前で絶命したのは、作られたゲームプログラムのゾンビではなく、一人の意思あるプレイヤーなのだから。
「……行こう」
 短く促し、俺はレイかを伴って、その場を離れる。Jも、複雑な表情を浮かべていたが、俺達の後に続いた。
「パンデミック……」
 だが、ハックが一人、何か考えるところがあるのか、少しの間、足を止めていたーーー
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