ヴァーチャル・ゾンビ・パンデミック

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第7話

新たなる決意

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 十分後、セーフポイント――

「…………」
 無言のまま、疲れた身体と心を休める。先程のことは、さすがにショックが大きかった。
「それにしても残念だよな。あの武器が使えりゃ、こんなゲーム すぐにクリアしてやんのによ」
 場の空気を払拭しようと、Jが努めて明るい口調で言う。だから、俺も乗ることにした。
「だよな、ケチケチすんなってんだ」
 言いながら、俺は手にした強化マシンガンのトリガーを引く。しかし、弾が発射されることはなかった。やり込んだプレイヤーに贈られる『ご褒美アイテム』なので、手に入れた本人しか使えないのだ。

「なあ、ハック。コイツが使えるようになる裏技とかねえのか?」
 Jが問い掛ける。
「…………」
 しかし、ハックは何かを考えているのか、何も反応しなかった。
「おい、ハック!」
「え……あっ、ゴメン」
 俺が肩を揺すると、やっとハックは意識を戻した。
「どうかしたのか?」
「うん、ちょっと気になることがあって……」
「何だよ、気になることって?」
 Jの問い掛けにハックは言葉で答えず、ネットに接続して何処かの掲示板を表示した。

「何だ、これ?」
「VRに関して情報交換をする掲示板だよ」
「なるほどね……で、それがどうかしたのか?」
「ここには、特定の手順を踏むと裏掲示板に行けるんだけど、そこにさ――」
 言いつつ、慣れた手付きで操作をしていくハック。そして、一つのスレッドを表示した。
「こんなのがあるんだ」
 そう言って彼が俺達に見せたのは、黒の背景に赤い文字という、明らかに怪しい雰囲気を放つページだった。

 だが、俺達が気になったのは異様な配色ではなく、そこに書かれていた文字だった。
「パンデミック計画……?」
 それは、あの男が口にした言葉を冠したものであった。

「三年前、DF社をクビになったプログラマーが、腹いせにVRのプログラミング・データの一部と、本社のメインコンピューターへの侵入方法を、この裏掲示板に書き記したんだ。それを見た人達が面白半分に立てた計画だよ」
 現状の核心を突くハックの説明。それを受け、俺は書き込まれている内容を読み進める。

 その中身は、要約すると次のようなものだった。

 計画立案当初、数人のハッカーが侵入を試みるも、最新のファイアーウォールの前に撃沈。しかし、敗北の理由が個人で所有できるパソコンの性能では太刀打ちできないためであることを突き止める。
 約一年後、強力なコンピューターウィルスを製作。DF社関連のサイトに行くと感染するように仕組んだらしい。ウィルスの活動内容は、感染したパソコンがVRに接続すると、自動的にメインコンピューターへと攻撃を仕掛けるというものだったようだ。
 このウィルスの活動により、ファイアーウォールが弱体化。ハッカーが本格的な侵入を開始したらしい。

「このウィルスの名前が……」
「うん、パンデミックって言うらしいね」
 パンデミック――感染爆発という意味だ。現在のVR人気の凄まじさを考えると、あまりに相応しい名前である。
「じゃあ、アイツが言ってた『パンデミックが止まらない限り』ってのは……」
「うん。DF社のサイト全般ってことは、VRも含まれるはずだからね」
 接続した人数の分だけ、DF社の守りは弱くなるということだ。そうなれば、いずれは多少の知識を持つ者であれば誰でも侵入できるようになってしまうだろう。

「……そう言えばさ、FFがオンになったのと、さっきの男が現れたのって時間差があったよね」
 確かに、その通りだ。
 徐々に手の内を明かしていっているだけかもしれないが、もしかしたらFFの件と先程の男は別人なのかもしれない。
 だとすると、すでに複数人が侵入しているのは確実となる。面白半分で世界を作り変えるような連中がだ。
「あんまり余裕はないみたいだな……」
 俺は呟く。これ以上の異変が起こる前に、脱出するべきだろう。

「どうするよ、兄弟?」
 重々しくJが問い掛けてくる。
「クリアするしかないだろうな」
「だよね、じゃないと出られないんだし」
 俺の言葉に、レイカが同調する。だが、その表情はポジティブとは言い難いほどに沈んでいた。
「でも、かなりキツいよね。今のままだと……」
 確かに、ハックの言う通りだ。

 俺達の現在の装備は、お世辞にも強力とは言えない。弾薬も心許ない状態だ。これでは、クリアどころか生き残ることすら難しい。
(マジ、どうするかな……)
 心の中で呟く。

 現状、俺達に用意された選択肢は二つだ。
 一つは、この理不尽なルールのゲームをクリアすること。
 挙げられるメリットとしては、能動的な分、恐怖に震えなくていいということだ。デメリットは、当然のことながら身に危険が及ぶという点である。

 二つ目は、運営側がゲームプログラムを修復してくれるまで待つというものである。
 この策のメリットは、危険性が少ないというものである。セーフポイントからセーフポイントへと渡り歩いていれば、敵に襲われる機会も極端に減るだろう。
 しかし、その分、恐怖感が半端じゃない。頼りない武器で移動しなければならないのだから、当然のことだろう。

 詰まるところ、どちらも一長一短というわけだ。

「決まったか?」
 俺の心情を読んだかのように、Jが問い掛けてくる。それに対し、俺は苦笑を浮かべながら口を開いた。
「多数決でいい?」
「こんな時に民主主義か?」
「独裁政権よりはマシだろ」
「責任転嫁できるから、独裁政権でもいいぜ」
「それが嫌だから多数決を提案したんだよ」
「情けねえリーダーだな、おい」
「リーダーになったつもりはないって……」
 半笑いで言い放つJに対し、俺は苦々しい表情を浮かべた。だが、そうした常と変わらないやり取りに、少しばかり心が軽くなった。

「それじゃ、聞きます。このまま、運営が救出してくれるのを待つほうがいい人」
 俺の言葉に、全員が互いの顔を見渡す。だが、誰一人として手を挙げる者はいなかった。
「じゃあ、自力でクリアしてやるぜって人」
「…………」
 相変わらずの無言。だが、全員が迷うことなく手を挙げた。誰もが、現状に負けたくないのかもしれない。
「決まりだな」
 Jが笑みを浮かべる。俺も笑顔で返すと、決意を新たにした。
(ゲームはゲームとして終わらせてやるぜ)
 そう思うと、俺はハックの方に視線を向けた。
「ハック、頼む」
「うん、分かった」
 主語を除いた言葉に、ハックが頷く。

「みんなも知ってると思うけど、このゲームのクリア条件は、街からの脱出なんだ」
「確か、ヘリで逃げるんだったっけか?」
「まあ、それが一番メジャーなルートだね」
「他にもあるの?」
「うん。意外に知られてないんだけど、最も近い脱出場所は港なんだ。最南端にある港からクルーザーに乗り込むと、クリア条件を満たしたことになるんだよ」
「じゃあ、そのルートで行くのか?」
「そうしたいんだけど、一つだけネックがあるんだ」
「どんな?」
「港に行くには、廃墟になってる倉庫街を通らなくちゃいけないんだけど、そこがクリーチャーの巣窟になってるんだよ」
「マジかよ……」
「だから、このルートは強力な武器が揃ってるヘビーユーザー向けなんだ」
「じゃあ、無理だね」

「他は?」
「車で林道を越えるっていうのがある」
「林道って西側にある、アレか?」
「そうだよ。あそこを一定距離、車を壊さないように走ってるとクリアになるんだ」
「壊さないようにってことは――」
「うん、ゾンビもクリーチャーも出てくる」
「うわぁ、ウザったいな」
「しかも、その林道を走れる車っていうのが、カーショップに置かれてる四駆車だけなんだ。その店も敵だらけの街の中央にあるから、かなり難しいルートだよ」
「となると、ヘリでっていうのが無難か」
 南東にあるビルの屋上。そこのヘリポートからの脱出が、目的となりそうだ。

 そう決意を固める俺。
 しかしーーー

「実は、もう一つだけあるんだ」
ハックが真剣な面持ちで言葉を続けた。

「えっ、そうなの?」
「うん。正規のルートじゃなくて、バグを利用したものなんだけど」
「バグ?」
 俺は怪訝な表情を浮かべながら問い掛けた。

「東のほうに、橋があるでしょ?」
「ああ、通行止めになってるとこだろ? マップも、東側はあそこで終わってるし」
「うん、本来ならJの言う通り、あそこでマップが終わってるから行けないはずなんだ。でも、ちょっとした方法を使うと、あの橋でクリアすることが出来るらしいんだ」
「どうやって?」
「車両運搬車の台座を使うんだ」
「それって、ジャンプ台に出来る車だろ。台座が斜めになってるヤツ。バイカー気取りの連中が遊んでんの見たことあるぜ」
「そう、それ。まあ、車を積むときは台座を平行にして、荷台と上下で載せるらしいけど」
 ハックの説明に、俺は現実世界でも同じような車を見たことがあったのを思い出した。

「その車を通行止めされてる場所のギリギリに止めて、林道ルートの条件になってる四駆車で荷台からジャンプすると、クリアになるらしいんだ」
「どうして?」
「実際に試してないから詳しいことは分からないけど、多分、東の端を越えると、西の端に出るような仕様になってるんだと思う」
「林道ルートと誤認するってわけか」
「恐らくね」
「で? そのルートは安全なのか?」
「敵からの襲撃を受けにくいっていう点では一番だと思う。元々、東側は敵が少ないから。でも――」
「なに? 何かあるの?」
 不安げな顔をするハックに、レイカが問い掛ける。

「正規のルートじゃないバグを利用したものだから、下手をするとフリーズするかも」
 フリーズ――一切の操作が出来なくなる状態。通常なら運営が気付いて強制ログアウトしてくれるが、システムを乗っ取られている現状では無理だろう。

「こんな状況で身動き取れねえなんてゴメンだぜ」
「でもさ、逆に安全なんじゃない? 立ち入り禁止区域までは敵も入ってこないでしょ?」
「いや、ハックの推察が正しかった場合、林道に出る可能性がある。あそこには敵も出るんだから、そうなったら……」
「うっ、想像したくない」
 項垂れるレイカ。俺も同じ気分だった。

「とりあえず、整理しよう」
 気を落ち着け、俺は言った。

「まず、目標ルートはヘリでの脱出。これでいいか?」
 俺の問いに、全員が頷く。
「もし、それが不可能になった場合、林道、港、バグの順番でクリアを目指そう」
「そうだね」
「賭けは好きだけど、こういう場合は手堅くいかねえとな」
「異議なし」
 みんなが頷く。目的が明確になったからか、その表情には覇気が戻ってきていた。

「でも、その前にクリアしないといけないステージが残ってるんだよね」
「ああ……そういや、まだ中盤を越えたところだっけか」
「どこが残ってるんだ?」
「病院と軍用無線施設。病院でゾンビ発生の原因になってるウィルスのワクチンを手に入れて、無線施設で首都に街の現状を伝えるんだよ」
「伝えると、どうなるの?」
「滅菌作戦って名目で、この街にミサイルが撃ち込まれるんだ」
「はあッ?」
「実際に撃ち込まれるわけじゃないけどね。でも、制限時間は発生するよ」
「どれぐらいなんだ?」
「そんなに短くないよ。どのルートを選んでも、余裕を持ってクリアできるし。まあ、普通なら……だけどね」
 ハックが苦笑を浮かべる。現状では、それも確証できるものではないということだろう。

「じゃあ、無線施設へ行く前に準備は整えておかないとな」
「武器も弾も回復アイテムも、ありったけ集めようや」
「そうだな。でも、まずは病院を攻略しよう。これ以上、ゲームシステムが狂わないうちに」
 アイテムの回収は何時でも出来るが、クリア必須のステージは そうするわけにはいかないのだ。
「じゃあ、行こうぜ。ハック、ナビ頼むぞ」
「オッケー」
 その言葉をキッカケに、俺達は揃って歩き出した。



 二十分後、病院前――

「いやぁ、まさか本当に戦闘なしで来れるとはな」
 Jが感嘆の呟きを漏らす。それと言うのも、ここまでの道程はハックの案内で、裏道ばかりを選んで進んできたのだ。結果、一度も戦闘することなく辿り着けたのである。
「さっき思ったんだ。侵入者の全員が、ゲームに詳しいわけじゃないんじゃないかって。だから、遠回りにはなるけど、最近になって開拓されたルートを選んだんだ」
 その読みは見事に当たったようだ。時間が掛かったのは痛いが、それ以上に戦闘を避けられたのは嬉しい。怪我でも負えば、一発で士気が下がってしまうのだから。
「さて、ここの攻略はどうするんだ?」
「ワクチンを手に入れるんだっけ?」
「そうだよ。設定上、ここでウィルス撃退の研究がされてたってことになってるから」
「そうなんだ」
「その肝心のワクチンは何処にあるんだ?」
「地下の研究室。ちなみに行き方はエレベーターだよ」
「おっ、楽そうじゃんか」
「そうでもないよ。最上階でロックを解除しないと、地下行きのエレベーターが動かないんだ」
「そういうオチかよ」
「でも大丈夫。最上階に直通のエレベーターのパスコードを知ってるから」
「ショートカットか?」
「うん、かなりのね」
 それは有難い。現状では、出来るだけ戦闘と時間の経過は避けたいのだ。
「よし、行くぞ」
 自分を含めた全員に言うと、俺は病院入口の自動ドアを開けた。
「アアアァァッ……!」
 直後、ロビーを徘徊していたゾンビ達が、一斉に俺達へ視線を向ける。医師や看護士、患者のゾンビが揃って迫り来る光景は、今までと違う恐怖感を抱かせた。
「直通のエレベーターは奥のやつだよッ」
 マシンガンを構えながらハックが言う。その言葉にロビーの奥へと目を向けると、他のものとは雰囲気の違うエレベーターがあった。

「J、近付いてくる奴等を蹴散らしてくれッ。レイカは俺とハックの援護だッ」
「了解ッ」
「分かったッ」
 俺の指示に、Jが突出してゾンビの注意を引き付ける。その隙を縫って、俺達は目当てのエレベーターに向かって走った。

「ハック、急いでくれッ」
「分かってるッ」
 俺が言うより先に、ハックはパスコードの入力に取り掛かっていた。それは大した時間も要さずに終わり、モーター音を響かせながら上階に行っていたエレベーターボックスが降りてきた。
「J、戻ってこいッ」
「オッケー!」
 一人、大立ち回りを演じていたJが、俺の言葉に駆け寄ってくる。そして、彼が俺の隣に並ぶのと同時に、エレベーターのドアが開いた。
「よし、乗り込めッ」
 雪崩れ込むように中へと入り、一つしかない階数指示のボタンと、ドアを閉めるボタンを押す。緩慢な動きで閉じていくドアに苛立ちを感じながらも、一つの難所をクリアしたことに安堵の溜め息を吐いた。

 だが――

『ガコッ……』
 間の抜けた音を立てて、再びドアが開かれる。ゾンビの伸ばした腕が挟まり、安全装置が働いたのだ。
「邪魔すんじゃねえよッ!」
 Jが怒りの声を上げながら、ショットガンを連射する。ハックも無遠慮にマシンガンをフルオートで発射した。
「…………ッ!」
 声もなく吹き飛んでいくゾンビ達。そして、一分も経たないうちに、ドアの前からゾンビは居なくなっていた。
「ふう……焦らせやがって」
 Jが呟くのとドアが閉じられたのは、ほぼ同時だった。他のメンバーも、さすがに安堵の溜め息を吐いた。

 それから暫くの間、俺達は無言のままに身体を休めた。誰も入ってこれない空間というのは、思いの外、心を安らげてくれた。
 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。独特の浮遊感と共に、エレベーターが最上階に到着したのだ。
 俺達の意思に関わらず、両開きのドアが開けられる。その瞬間、俺とJは銃を構えながら飛び出した。

「あれ……?」
 だが、周りにはゾンビのゾの字もなかった。
「大丈夫、ここに敵は居ないよ」
 苦笑しながら、ハックが軽い足取りで通路の奥にある部屋へと入っていく。その姿を見送りながら、俺達は揃って頭を掻いた。
「クスクス……ほら、行こう」
 微笑ましかったのか、可笑しかったのか、レイカが笑いながら俺達の肩を叩く。まあ、彼女を笑顔に出来たのなら、この間抜けな行動も意味があったのだろう。
「はあ……カッコ悪ぃぜ」
「だな」
 Jの言葉に頷くと、俺は彼を伴ってハックの入っていった部屋に向かった。

「よし、これでオッケー」
 丁度、作業を終えたのか、ハックが満足げな表情を浮かべていた。どうやら、地下行きのエレベーターのロックを解除したらしい。
「終わったのか?」
「うん、バッチリ」
「うし、それじゃ行こうや」
 全員で、先ほど乗ってきたエレベーターで一階に戻る。そして、再びロビーを全速力で駆け抜けると、地下へと向かうエレベーターに乗り込んだ。

「ふう……これで、病院も攻略間近か」
 何気無く呟く。しかし、それに対してハックが首を横に振った。
「まだだよ。ここにはボスがいるから」
「マジかよ……」
「逃げることは出来ないの?」
「強制的な戦闘だから、無理だと思う」
 面倒だな――俺は思った。普通の敵ですら緊迫感が半端じゃないのに、ボスなどという厄介な相手と戦わなければならないのは、まさに苦行である。
(でも、やるしかない……)
 クリアに必須なら乗り越えるしかない。それから逃げられる状況ではないのだから。

 そんな風に考え込んでいると、エレベーターが地下に到着する。これから派手な戦闘があるためか、コンクリート造りの通路は静かなものだった。
「ワクチンは、どの部屋に?」
「あの奥にある部屋」
 そう言いながらハックが指差したのは、頑丈な鉄製のドアだった。
「中に敵は?」
「いない。でも、ワクチンを手に入れると、すぐにボスが現れるよ」
 心構えは出来ると言うわけだ。まあ、そうしたところで危険なことには変わりないが。
「入るぞ」
 一言だけ添えて、俺は目の前にあるドアを開けた。途端、無機質な機械類が視界に収まる。
「ワクチンは?」
「あの機械の中」
 ハックが言いながらボックス型の装置を指差す。確かに、その中には薬液のようなものが入った試験管があった。
「取るぞ」
 そう言うと、他の三人は一呼吸を置いてから頷いた。それを確認すると、俺は目的の装置を操作して、ワクチンを入手した。

 直後――

「ガアアアアアアアアアアッ!」
 強烈な咆哮が辺りに響き渡った。同時に地響きを起こしそうな足音が通路を走り、俺達の居る部屋の外で止まった。
「グガアアアアッ!」
 そして、雄叫びと共に鉄製のドアが吹き飛ばされた。
「マジかよ……」
 Jが思わず呟く。
 出入り口のドアを突き破って現れたのは、手術着姿の大男だった。体長は二メートルを超え、見上げなければ目を合わせられないほどだった。
 しかし、何よりも特徴的なのは、触手になっている両腕だった。先端が鋭くなっており、かなりの貫通力を持っているのは明白だった。
「コイツがボスか……」
 俺の呟きに答えるかのように、ボスが低い唸り声を上げる。それに知性は感じられず、ただの化け物であることを物語っている。
「兄弟……」
「時間は掛けてられない。一気に片付けるぞッ」
 そう言い切ると、俺はマグナムを抜き取り、ボスに向かって連射した。
 だが、その銃弾は硬質な表皮に弾かれてしまった。どうやら、普通に攻撃したのでは、ダメージを与えることは出来ないらしい。

「ヤツが口を開いたところを狙ってッ。そこが弱点だよッ」
「面倒なところに……」
 弱点がありやがる――そう言おうとしたのが、それより先にボスが触手を振り回した。
 ズドンッ、と重々しい音を響かせて、ボスの攻撃が床を破壊する。その威力は、見ているだけで背筋が凍るものだった。あんな一撃を食らったら、ただでは済まないだろう。

「ガアアアアアアアッ!」
 威嚇のつもりか、ボスが大きく口を開く。
 今だッ――チャンスと見て取った俺は、反射的にマグナムを構えた。
「ウガアアァァッ!」
 しかし、それは続け様に降り下ろされた触手によって防がれる。
(クソッ……これじゃ攻撃も出来やしねえッ)
 決定的な隙がない。それを生み出そうにも、現状では迂濶なことも出来ないため、かなりキツい相手だ。

「ガアアッ、ウガアアッ!」
 そうして悩んでいる間にも、ボスは間断なく攻撃を仕掛けてくる。避けることしか出来ない俺達は、次第にスタミナを奪われていった。
「調子に乗りやがってッ……」
 防戦一方の展開にキレたのか、Jがショットガンを構えながら切り込んだ。あまりに無謀な特攻に、俺は止めようとしたが間に合わなかった。

 次の瞬間――

「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
 咆哮と共に、ボスが触手をJに向かって突き出した。
 ザクッ――そんな音が聞こえてきそうなほどの鋭さで、ボスの触手がJの肩を貫いた。
「グアアアアッ……!」
 Jの苦鳴が室内に響き渡る。現実世界では感じることのない痛みに、彼の顔が激しく歪んだ。

 だが――

「この……クソ野郎がッ……!」
 Jは気合いで痛みを捩じ伏せると、触手を左手で掴み、右手でショットガンをボスの口に突っ込んだ。
「くたばりやがれッ……!」
 怒りの言葉を叩き付けると、Jは連続でトリガーを引いた。
 銃声が鳴り響く度に、ボスの口から激しく血飛沫が舞う。それは十数発に及び、さすがのボスも命を繋ぎ止めることが出来なかった。

「グギャアアアアッ!」
 断末魔の悲鳴を上げ、ボスが仰向けに倒れる。しばらく、大の字になって痙攣していたが、やがて完全に動きを止めた。
「俺に喧嘩を売ったのが間違いだったな……」
 勝利の笑みを浮かべ、決め台詞を口にするJだったが、すぐに膝から崩れ落ちてしまった。

「Jッ!」
 その様子を見て、俺達は彼の元に駆けつける。ポッカリと開いた肩の傷からは、絶え間なく血が流れていた。
「すぐに治療しないとッ……」
 レイカが緊迫したように言う。それには俺も同意だが、モールで使い切ってしまったため、手持ちに回復アイテムがなかった。
「ハック、どこかで手に入らないか?」
「近いのは一階の診察室だよ。でも……」
 ハックが途中で言葉を切る。だが、彼が何を言おうとしていたのか、俺には理解できていた。

 ここに来るまで、俺達は大幅なショートカットを行っている。そのため、診察室のある一階には未だゾンビが数多く残っているはずだ。そこへ、この状態のJを連れていくことは出来ない。

「J、ショットガン借りてくぞ」
 そう言うと、俺はショットガンを手に立ち上がった。
「――、どうするの?」
「回復アイテムを取ってくる。それまでJのことを頼むぞ」
「ちょっ……一人じゃ無茶だよッ」
 ハックが止めようとする。だが、俺は考えを変えなかった。
「大丈夫だって。すぐに戻ってくるよ」
 敢えて気楽な感じで言うと、俺はドアのなくなった出入り口から走り出た。

 ショットガンを肩に提げながらエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。ドアが閉まり密室になると、独特の重力感を俺に与えながら上昇していった。

 チーンッ――軽快とも間抜けとも言える音を立てながら、エレベーターが一階で止まる。俺は一度だけ深呼吸をすると、ドアが開くと同時にロビーへと躍り出た。

「アアアァァッ……!」
「邪魔するなッ!」
 迫り来た三体のゾンビをショットガンで吹き飛ばし、目的の診察室を探す。敵を倒しながらでは難しかったが、何とか見付けることが出来た。

(でも、どうする?)
 このまま飛び込んだのでは、回復アイテムを探している間に踏み込まれる。かと言って、ロビーの敵を倒している時間も弾薬もない。
(迷ってる暇はないッ)
 覚悟を決めると、俺は診察室に駆け込んだ。そして、室内に視線を走らせると、棚に見慣れた物があるのに気付いた。

「よし、これで……」
 回復アイテムを手に入れ、俺は安堵の溜め息を吐く。だが、背後で感じる殺気に、胸が嫌な感じに跳ねた。
「グアアアアッ……」
 短い探索であったのに、もう室内にゾンビが侵入していた。その数は次第に増え、埋め尽くそうとする勢いだった。
「ホラー映画のヤられ役になるつもりはないんだよッ!」
 気合い一喝、俺は迫り来るゾンビを次々にショットガンで吹っ飛ばしていった。

 だが――

『カチンッ……』
 無情の音が、弾切れを告げる。弾まで受け取っている時間がなかった故の悲劇だ。
「クソッ……こうなりゃ、一か八かだッ!」
 覚悟を決めると、俺はショットガンの銃身を横向きにしてゾンビの口に捩じ込み、そのままタックルの要領で押し出していく。
 1体、2体と押し出す数が増えていく度に抵抗が強くなっていく。
「ウオオオォォォッ!」
 しかし、それを俺は火事場のバカ力で押し切った。待つ者がいる人間は、多少の無茶は通してしまうのだ。

(早く戻らないとな)
 弾の切れたショットガンを肩に提げると、ハンドガンを撃ってゾンビを牽制し、エレベーターに乗り込んだ。そして、地下に着くと全速力で仲間達の元へと走った。

「――ッ!」
 俺の姿を認めたレイカが、大声で名を呼ぶ。そんな彼女に笑みを向けると、手にしたばかりの回復アイテムを渡した。
「クッ……ハアッ……」
 苦痛に歪んでいたJの表情が、回復アイテムの効果によって和らいでいく。そして、傷が完全に癒えると、俺に向けて笑って見せた。
「サンキュー、兄弟」
「どういたしまして」
 ただ、それだけのやり取り。なのに、俺の胸には例えようのない充足感が満ちていた。
「デカい借りが出来ちまったな」
「そう思うなら、リアルで飯でも奢れよ」
 そう言うと、俺はJに手を差し伸べ、引っ張り起こす。立ち上がる彼の動きに無理をした感じはなく、完全に回復したようだった。
「それじゃ、さっさと此処を出よう」
 その言葉に、全員が頷く。まだ、俺達が進むべき道は残っているのだーー
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