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2日目
感染者ということ01
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(朝か…………)
差し込む朝日に照らされながら、俺は心の中で呟いた。
あれから、俺達は近くの家の中で一夜を過ごすことにした。
明菜は感染した俺を気遣い先を急ごうと促したが、下手な強行軍は無意味に疲労を蓄積させてしまうため、彼女を説得して休むことにしたのだ。
だが、提案した俺自身は一睡もすることが出来なかった。
休まねばとは思うのだが、一向に眠気が訪れることはなかったのだ。
別段、恐怖に支配されているわけではない。
ただ現実感が喪失しているだけかもしれないが、不思議と心中ではゾンビ化への覚悟は決まっていた。
俺が眠れなかったのは別の理由―――それは、腕の中で安らかな寝息を立てる明菜にあった。眠りながらも俺の存在を求めているのか、時折、思い出したように抱きつく腕に力を込める。
そうされる度に、俺の中に温かな気持ちが溢れてくる。
同時に、強い覚悟が生まれるのだ。
明菜だけは絶対に守らなければならない―――と。
だが、現実問題として俺には〝タイムリミット〟がある。
今も着実にゾンビ病のウィルスは俺の身体を蝕んでいるのだ。
ゾンビ病に感染してから発症までには一週間の猶予がある。
つまり、俺には今日を含めて6日間の時間が与えられているのだ。
しかし、それを過ぎれば俺は俺でいられなくなる。
明菜のことすら認識できなくなり、人間と見れば襲い掛かるようになるだろう。
(そうなる前に辿り着かなくちゃな……)
過剰な無理はせず、だが確実に……目的地まで明菜を守り抜かなければならない。
「う……ううん……」
そんな事を考えていると、腕の中で身動ぎと共に明菜が目を開ける。
どうやら、お目覚めのようだ。
「……おはよう。良い天気だぞ」
現実を思い出して彼女の表情を曇らせないよう、
俺は努めて明るい笑顔で朝の挨拶を交わした―――
……………………
………………
…………
……
~~~1時間後~~~
「はあっ……はあっ……!!」
息を切らしながら住宅街を駆け抜ける。
だが、俺と明菜の肺が限界を訴えるのも時間の問題。
どこかに隠れなければ―――
「ね、ねえ……あそこは!?」
そう言いながら彼女が指し示したのは、どこにでもあるような一軒家。
少しばかり防備に不安はあるが、今は贅沢を言っていられる時でもない。
後ろから迫り来るゾンビ達。
足の速さ自体は大したことないが、何故か奴等は容易く仲間を集める。
事実、先程から俺達の向かう先に別の集団が待ち伏せているのだ。
「仕方ない…………行くぞ!!」
覚悟を決めると、俺は目の前の一軒家に飛び込む。
施錠する習慣がなかったのか、ゾンビ病の蔓延に焦っていたのか、鍵は掛かっていなかった。
「よし、入れ!!」
明菜を中に引っ張り入れてから、勢い良くドアを閉める。
だが、少しだけ遅かった。
「あぁああうぁぁ……!!」
「がっ……あぁああ……!」
二体のゾンビが隙間を潜って入り込む。
俺は舌打ちをしながらも後ろ腰から銃を抜き取ると、奴等の眉間に狙いを定めてトリガーを引き絞る。
『―――――――――ッ!!』
乾いた破裂音と、脳髄が撒き散らされる水音。
気味悪く鼓膜を揺さぶるソレを無視すると、他の連中が入ってくる前にドアを閉める。
「ダメ! こっちからも来る!!」
明菜の警告と共に、リビングの窓が打ち砕かれる。
どうやら、ドアから入ることを諦めた連中が強引な入室を敢行したらしい。
「クソッ……どんだけマナー知らずなんだよ!」
憎々しげに悪態を吐きつつ、俺は辺りに視線を巡らせる。
そうしている間に多数のゾンビが侵入してきており、退路を塞いでいく。
「ど、どうするの!?」
「仕方ない……2階に行くぞ!」
既に逃げ道は塞がれた。
駆け込める先は上以外に存在しない。
「うらぁッ!!」
玄関とは違い、施錠されていた部屋のドアを強引に蹴破る。
瞬間的に室内に視線を走らせて〝奴等〟の気配がないことを確認すると、明菜を伴って中に入る。
「タンスを動かす! 手伝ってくれ!」
蹴破ってしまったため、何かで塞ぐ必要がある。
俺は明菜の手を借りて応急的にタンスでドアを塞いだ。
だが、所詮は一時しのぎ。
どこかに避難しなければ奴等が踏み込んでくるのは間違いない。
(クソッ……考えろ、考えるんだ!!)
自分を叱咤して無理矢理に頭を動かそうとする。
と、そこへ―――
「おい、こっちだ!!」
どこからともなく聞こえてくる声。
反射的に辺りを見渡すと、ベランダの窓から何者かの手だけが逆向きにヒラヒラと揺れ動いていた。
怪訝に思った俺と明菜だが、今は他に頼れる者もいない。
一応、用心のために武器を構えながらも、ベランダへと出てみた。
「おい、こっちだ! 早く上がってこい!!」
上から聞こえてくる声。
視線を向けてみれば、一人の男が屋根から俺達を招いていた。
「その手があったか……」
そう呟きながらも、俺は明菜に手を貸して屋根へと上がらせる。
そして、俺も登ったところでドアを塞いでいたタンスが倒された。
「ギリギリだったな…………」
誰に言うともなく安堵の言葉を口にすると、俺は屋根の上に身体を投げ出した。
降り注ぐ陽光が俺の身体を癒すように暖めてくれた―――
~~~1時間後~~~
「ありがとうございました、助かりました」
俺たちを呼び込んでくれた男に礼を述べる。
屋根の上から比較的にゾンビの数が少ない場所を選び、何とか脱出することに成功したのだ。
「いや、役に立てたなら良かったよ」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる。
最近では相手から物資を奪うために銃を向けてくる連中も多いのに、迷わず人助けをするなど出来た男だ。
「そうよ、困った時は お互い様だもの」
言いながら、男の隣に寄り添う女性が微笑む。
その距離感と左薬指に輝く指輪からすると、二人は夫婦なのだろう。
「あっ、自己紹介が遅れたね。僕の名前は『野田 文弥』と言うんだ。よろしく」
「私は『野田 真希』です。苗字が同じだから分かると思うけど夫婦なの」
「あっ、俺達は―――」
彼等―――野田夫妻に倣い、俺と明菜も自己紹介を済ませる。
互いの名を知ると言うだけで それなりに親近感が湧くのだから不思議なものだ。
「改めてよろしく。ところで……君達は何処に行くつもりなんだい?」
「私達は〝西の街〟に……」
「ああ……あの噂か」
「ええ。信憑性は分かりませんが、賭けてみようかと思って」
自衛隊が築き上げているという安全な街―――
それが本当の話なのか、ただ希望に縋りたい連中の創り出した夢物語なのかは分からない。それでも、僅かな可能性でもあるなら賭けたいのだ。
「お二人は?」
「私達は、北東にある避難所を目指してるの。そこに私の姉が居るはずなのよ」
避難所―――ゾンビ対策として自衛隊が中心となって治安を維持している区域のことだ。ハッキリ言って住環境が良いとは言えないが、守ってもらえるという状況は頼もしく感じるのか、多くの人間が定住している。
しかし、最近では物資の不足から内紛のようになることも珍しくないそうで、武力衝突の末に機能停止に陥る避難所も多いという話だ。
「そうだ、良かったら途中まで君達も一緒に行かないか? 人数は多い方が安全だろう?」
「そうね、それがいいわ!」
「え、ええ、そうですね……」
乗り気な二人に、否定の言葉を口にする機会を逸してしまう。
発症までは時間があるので問題は無いが、自分たちを助けてくれた相手に感染のことを隠すことの後ろめたさが胸中をみたした。
(まあ、長くても一日二日の付き合いだ、問題ないだろう……)
そう結論付けて、俺は彼等と同道することにした。
だが、俺が思っているよりも早く、決別の時は訪れることになった―――
差し込む朝日に照らされながら、俺は心の中で呟いた。
あれから、俺達は近くの家の中で一夜を過ごすことにした。
明菜は感染した俺を気遣い先を急ごうと促したが、下手な強行軍は無意味に疲労を蓄積させてしまうため、彼女を説得して休むことにしたのだ。
だが、提案した俺自身は一睡もすることが出来なかった。
休まねばとは思うのだが、一向に眠気が訪れることはなかったのだ。
別段、恐怖に支配されているわけではない。
ただ現実感が喪失しているだけかもしれないが、不思議と心中ではゾンビ化への覚悟は決まっていた。
俺が眠れなかったのは別の理由―――それは、腕の中で安らかな寝息を立てる明菜にあった。眠りながらも俺の存在を求めているのか、時折、思い出したように抱きつく腕に力を込める。
そうされる度に、俺の中に温かな気持ちが溢れてくる。
同時に、強い覚悟が生まれるのだ。
明菜だけは絶対に守らなければならない―――と。
だが、現実問題として俺には〝タイムリミット〟がある。
今も着実にゾンビ病のウィルスは俺の身体を蝕んでいるのだ。
ゾンビ病に感染してから発症までには一週間の猶予がある。
つまり、俺には今日を含めて6日間の時間が与えられているのだ。
しかし、それを過ぎれば俺は俺でいられなくなる。
明菜のことすら認識できなくなり、人間と見れば襲い掛かるようになるだろう。
(そうなる前に辿り着かなくちゃな……)
過剰な無理はせず、だが確実に……目的地まで明菜を守り抜かなければならない。
「う……ううん……」
そんな事を考えていると、腕の中で身動ぎと共に明菜が目を開ける。
どうやら、お目覚めのようだ。
「……おはよう。良い天気だぞ」
現実を思い出して彼女の表情を曇らせないよう、
俺は努めて明るい笑顔で朝の挨拶を交わした―――
……………………
………………
…………
……
~~~1時間後~~~
「はあっ……はあっ……!!」
息を切らしながら住宅街を駆け抜ける。
だが、俺と明菜の肺が限界を訴えるのも時間の問題。
どこかに隠れなければ―――
「ね、ねえ……あそこは!?」
そう言いながら彼女が指し示したのは、どこにでもあるような一軒家。
少しばかり防備に不安はあるが、今は贅沢を言っていられる時でもない。
後ろから迫り来るゾンビ達。
足の速さ自体は大したことないが、何故か奴等は容易く仲間を集める。
事実、先程から俺達の向かう先に別の集団が待ち伏せているのだ。
「仕方ない…………行くぞ!!」
覚悟を決めると、俺は目の前の一軒家に飛び込む。
施錠する習慣がなかったのか、ゾンビ病の蔓延に焦っていたのか、鍵は掛かっていなかった。
「よし、入れ!!」
明菜を中に引っ張り入れてから、勢い良くドアを閉める。
だが、少しだけ遅かった。
「あぁああうぁぁ……!!」
「がっ……あぁああ……!」
二体のゾンビが隙間を潜って入り込む。
俺は舌打ちをしながらも後ろ腰から銃を抜き取ると、奴等の眉間に狙いを定めてトリガーを引き絞る。
『―――――――――ッ!!』
乾いた破裂音と、脳髄が撒き散らされる水音。
気味悪く鼓膜を揺さぶるソレを無視すると、他の連中が入ってくる前にドアを閉める。
「ダメ! こっちからも来る!!」
明菜の警告と共に、リビングの窓が打ち砕かれる。
どうやら、ドアから入ることを諦めた連中が強引な入室を敢行したらしい。
「クソッ……どんだけマナー知らずなんだよ!」
憎々しげに悪態を吐きつつ、俺は辺りに視線を巡らせる。
そうしている間に多数のゾンビが侵入してきており、退路を塞いでいく。
「ど、どうするの!?」
「仕方ない……2階に行くぞ!」
既に逃げ道は塞がれた。
駆け込める先は上以外に存在しない。
「うらぁッ!!」
玄関とは違い、施錠されていた部屋のドアを強引に蹴破る。
瞬間的に室内に視線を走らせて〝奴等〟の気配がないことを確認すると、明菜を伴って中に入る。
「タンスを動かす! 手伝ってくれ!」
蹴破ってしまったため、何かで塞ぐ必要がある。
俺は明菜の手を借りて応急的にタンスでドアを塞いだ。
だが、所詮は一時しのぎ。
どこかに避難しなければ奴等が踏み込んでくるのは間違いない。
(クソッ……考えろ、考えるんだ!!)
自分を叱咤して無理矢理に頭を動かそうとする。
と、そこへ―――
「おい、こっちだ!!」
どこからともなく聞こえてくる声。
反射的に辺りを見渡すと、ベランダの窓から何者かの手だけが逆向きにヒラヒラと揺れ動いていた。
怪訝に思った俺と明菜だが、今は他に頼れる者もいない。
一応、用心のために武器を構えながらも、ベランダへと出てみた。
「おい、こっちだ! 早く上がってこい!!」
上から聞こえてくる声。
視線を向けてみれば、一人の男が屋根から俺達を招いていた。
「その手があったか……」
そう呟きながらも、俺は明菜に手を貸して屋根へと上がらせる。
そして、俺も登ったところでドアを塞いでいたタンスが倒された。
「ギリギリだったな…………」
誰に言うともなく安堵の言葉を口にすると、俺は屋根の上に身体を投げ出した。
降り注ぐ陽光が俺の身体を癒すように暖めてくれた―――
~~~1時間後~~~
「ありがとうございました、助かりました」
俺たちを呼び込んでくれた男に礼を述べる。
屋根の上から比較的にゾンビの数が少ない場所を選び、何とか脱出することに成功したのだ。
「いや、役に立てたなら良かったよ」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる。
最近では相手から物資を奪うために銃を向けてくる連中も多いのに、迷わず人助けをするなど出来た男だ。
「そうよ、困った時は お互い様だもの」
言いながら、男の隣に寄り添う女性が微笑む。
その距離感と左薬指に輝く指輪からすると、二人は夫婦なのだろう。
「あっ、自己紹介が遅れたね。僕の名前は『野田 文弥』と言うんだ。よろしく」
「私は『野田 真希』です。苗字が同じだから分かると思うけど夫婦なの」
「あっ、俺達は―――」
彼等―――野田夫妻に倣い、俺と明菜も自己紹介を済ませる。
互いの名を知ると言うだけで それなりに親近感が湧くのだから不思議なものだ。
「改めてよろしく。ところで……君達は何処に行くつもりなんだい?」
「私達は〝西の街〟に……」
「ああ……あの噂か」
「ええ。信憑性は分かりませんが、賭けてみようかと思って」
自衛隊が築き上げているという安全な街―――
それが本当の話なのか、ただ希望に縋りたい連中の創り出した夢物語なのかは分からない。それでも、僅かな可能性でもあるなら賭けたいのだ。
「お二人は?」
「私達は、北東にある避難所を目指してるの。そこに私の姉が居るはずなのよ」
避難所―――ゾンビ対策として自衛隊が中心となって治安を維持している区域のことだ。ハッキリ言って住環境が良いとは言えないが、守ってもらえるという状況は頼もしく感じるのか、多くの人間が定住している。
しかし、最近では物資の不足から内紛のようになることも珍しくないそうで、武力衝突の末に機能停止に陥る避難所も多いという話だ。
「そうだ、良かったら途中まで君達も一緒に行かないか? 人数は多い方が安全だろう?」
「そうね、それがいいわ!」
「え、ええ、そうですね……」
乗り気な二人に、否定の言葉を口にする機会を逸してしまう。
発症までは時間があるので問題は無いが、自分たちを助けてくれた相手に感染のことを隠すことの後ろめたさが胸中をみたした。
(まあ、長くても一日二日の付き合いだ、問題ないだろう……)
そう結論付けて、俺は彼等と同道することにした。
だが、俺が思っているよりも早く、決別の時は訪れることになった―――
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