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Chapter 1
1-4
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少女が目を覚ましたのは夕方だった。
オレンジの夕陽が樹々の奥へ沈んでいくのが見える。鮮やかな景色は虚ろだった意識を徐々に引き上げ、昨晩の出来事を少しずつ思い出させる。
地面に押し倒されたところで記憶は途切れているが、今は幹に体を預けた体勢になっていた。
「──……」
隣に目をやると、件の少年も幹にもたれ眠るように目を閉じていた。夕日に照らされ色を纏った白髪の下では眉間に皺を寄せていて、遭遇した時と変わらない不機嫌そうな表情がそこにあった。
だらんと力無く垂れ下がったその手には、少女の短剣。
取り戻そう、とも、返してもらおう、とも思っていなかった。ただ無意識のうちにゆっくりと手が伸びていき、武骨な拳からはみ出している柄にそっと触れた。
ヒュッ、と空を切る音がして少年の腕ごと短剣が目の前から消える。下に向けられていた視線を僅かに上げると、刃が顔の数ミリ前に突きつけられていた。先端が前髪を押し上げ眼間を狙う。
「……あ……」
少女は微かに驚き、少しだけ目を見開く。それもほんの一瞬で、すぐに悠然とした笑みに作り替えると、
「寝てるのかと思った」
クス、と笑い混じりに言ってみせる。
前の夜にされたことをきれいに忘れてしまったような、そもそもそんな出来事さえ無かったと思わせるような──そんな、無邪気さを装った微笑み。
事実、散々蹴られた腹部は動いでも痛みは全く無く、露わになっている白い肌には傷も痕も残っていない。絞首されて気を失ったなど、証拠すら消えているのだ。
「ウルセェ」
苛立ちを露わにしながら、少年は短剣を握りしめる手に更に力を込める。
こんな脅しも余裕げに流し、やけに楽しそうにしている、目の前の少女が気に食わない。こちらは巻き込まれた側なのだと思えば尚更、この言動は自分を小馬鹿にしているようにも感じられる。
「皮肉を聞く為に生かしておいたんじゃねぇんだ」
切先を、顔の輪郭をなぞるように鼻、唇、と下ろしていき喉元に突きつける。触れた先端が肌を切らない程度に皮膚に埋まる。それから顔を、その深紅の瞳が確認できるほどに、近付けた。
「説明しろ」
急所を狙われているのに、危機感を全く感じさせない屈託のない笑顔が返ってくる。まるで自分は殺されることはないと確信しているような態度。
「──協力、してほしいの」
赤い唇は、そんな依頼を口にした。
「…馬鹿か、テメェは。俺が協力すると思ってんのか?」
協力。自らを襲った敵とも言える存在に、求めるなど。少年が鋭い牙を剥き出しにして嗤う。
しかし、それも少女の、
「うん、…思ってるよ」
という短い返答でピタリと止む。
「──テメェ…ッ」
沸々と沸き起こる怒りに体が震え、短剣を伝い白い肌を傷付ける。血は出なかったものの、喉元には薄いミミズ腫れが浮かび上がった。
相変わらず微笑みを貼り付けたまま少女は続ける。
「私を殺してでも能力を奪いたかったみたいだけど…それはもうできない。それに、私にはまだこの能力が必要なの。でもあなたが協力してくれて、目的が果たせたら、その時は──」
そこで言葉を一旦止め、喉元に短剣を当てがう少年の手を優しく包み込む。
「──最強の能力をあげるから」
子守唄のように穏やかに紡がれる言葉を聞きながら、少年は感情を抑え冷静さを装ってはいたものの、何故だか急速に喉が渇いていくのを感じていた。
オレンジの夕陽が樹々の奥へ沈んでいくのが見える。鮮やかな景色は虚ろだった意識を徐々に引き上げ、昨晩の出来事を少しずつ思い出させる。
地面に押し倒されたところで記憶は途切れているが、今は幹に体を預けた体勢になっていた。
「──……」
隣に目をやると、件の少年も幹にもたれ眠るように目を閉じていた。夕日に照らされ色を纏った白髪の下では眉間に皺を寄せていて、遭遇した時と変わらない不機嫌そうな表情がそこにあった。
だらんと力無く垂れ下がったその手には、少女の短剣。
取り戻そう、とも、返してもらおう、とも思っていなかった。ただ無意識のうちにゆっくりと手が伸びていき、武骨な拳からはみ出している柄にそっと触れた。
ヒュッ、と空を切る音がして少年の腕ごと短剣が目の前から消える。下に向けられていた視線を僅かに上げると、刃が顔の数ミリ前に突きつけられていた。先端が前髪を押し上げ眼間を狙う。
「……あ……」
少女は微かに驚き、少しだけ目を見開く。それもほんの一瞬で、すぐに悠然とした笑みに作り替えると、
「寝てるのかと思った」
クス、と笑い混じりに言ってみせる。
前の夜にされたことをきれいに忘れてしまったような、そもそもそんな出来事さえ無かったと思わせるような──そんな、無邪気さを装った微笑み。
事実、散々蹴られた腹部は動いでも痛みは全く無く、露わになっている白い肌には傷も痕も残っていない。絞首されて気を失ったなど、証拠すら消えているのだ。
「ウルセェ」
苛立ちを露わにしながら、少年は短剣を握りしめる手に更に力を込める。
こんな脅しも余裕げに流し、やけに楽しそうにしている、目の前の少女が気に食わない。こちらは巻き込まれた側なのだと思えば尚更、この言動は自分を小馬鹿にしているようにも感じられる。
「皮肉を聞く為に生かしておいたんじゃねぇんだ」
切先を、顔の輪郭をなぞるように鼻、唇、と下ろしていき喉元に突きつける。触れた先端が肌を切らない程度に皮膚に埋まる。それから顔を、その深紅の瞳が確認できるほどに、近付けた。
「説明しろ」
急所を狙われているのに、危機感を全く感じさせない屈託のない笑顔が返ってくる。まるで自分は殺されることはないと確信しているような態度。
「──協力、してほしいの」
赤い唇は、そんな依頼を口にした。
「…馬鹿か、テメェは。俺が協力すると思ってんのか?」
協力。自らを襲った敵とも言える存在に、求めるなど。少年が鋭い牙を剥き出しにして嗤う。
しかし、それも少女の、
「うん、…思ってるよ」
という短い返答でピタリと止む。
「──テメェ…ッ」
沸々と沸き起こる怒りに体が震え、短剣を伝い白い肌を傷付ける。血は出なかったものの、喉元には薄いミミズ腫れが浮かび上がった。
相変わらず微笑みを貼り付けたまま少女は続ける。
「私を殺してでも能力を奪いたかったみたいだけど…それはもうできない。それに、私にはまだこの能力が必要なの。でもあなたが協力してくれて、目的が果たせたら、その時は──」
そこで言葉を一旦止め、喉元に短剣を当てがう少年の手を優しく包み込む。
「──最強の能力をあげるから」
子守唄のように穏やかに紡がれる言葉を聞きながら、少年は感情を抑え冷静さを装ってはいたものの、何故だか急速に喉が渇いていくのを感じていた。
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