月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
4 / 18
Chapter 1

1-4

しおりを挟む
 少女が目を覚ましたのは夕方だった。

 オレンジの夕陽が樹々の奥へ沈んでいくのが見える。鮮やかな景色は虚ろだった意識を徐々に引き上げ、昨晩の出来事を少しずつ思い出させる。

 地面に押し倒されたところで記憶は途切れているが、今は幹に体を預けた体勢になっていた。

「──……」

 隣に目をやると、件の少年も幹にもたれ眠るように目を閉じていた。夕日に照らされ色を纏った白髪の下では眉間に皺を寄せていて、遭遇した時と変わらない不機嫌そうな表情がそこにあった。

 だらんと力無く垂れ下がったその手には、少女の短剣。

 取り戻そう、とも、返してもらおう、とも思っていなかった。ただ無意識のうちにゆっくりと手が伸びていき、武骨な拳からはみ出している柄にそっと触れた。

 ヒュッ、と空を切る音がして少年の腕ごと短剣が目の前から消える。下に向けられていた視線を僅かに上げると、刃が顔の数ミリ前に突きつけられていた。先端が前髪を押し上げ眼間を狙う。

「……あ……」

 少女は微かに驚き、少しだけ目を見開く。それもほんの一瞬で、すぐに悠然とした笑みに作り替えると、

「寝てるのかと思った」

 クス、と笑い混じりに言ってみせる。

 前の夜にされたことをきれいに忘れてしまったような、そもそもそんな出来事さえ無かったと思わせるような──そんな、無邪気さを装った微笑み。

 事実、散々蹴られた腹部は動いでも痛みは全く無く、露わになっている白い肌には傷も痕も残っていない。絞首されて気を失ったなど、証拠すら消えているのだ。

「ウルセェ」

 苛立ちを露わにしながら、少年は短剣を握りしめる手に更に力を込める。

 こんな脅しも余裕げに流し、やけに楽しそうにしている、目の前の少女が気に食わない。こちらはなのだと思えば尚更、この言動は自分を小馬鹿にしているようにも感じられる。

「皮肉を聞く為に生かしておいたんじゃねぇんだ」

 切先を、顔の輪郭をなぞるように鼻、唇、と下ろしていき喉元に突きつける。触れた先端が肌を切らない程度に皮膚に埋まる。それから顔を、その深紅の瞳が確認できるほどに、近付けた。

「説明しろ」

 急所を狙われているのに、危機感を全く感じさせない屈託のない笑顔が返ってくる。まるで自分は殺されることはないと確信しているような態度。


「──協力、してほしいの」


 赤い唇は、そんな依頼を口にした。

「…馬鹿か、テメェは。俺が協力すると思ってんのか?」

 協力。自らを襲った敵とも言える存在に、求めるなど。少年が鋭い牙を剥き出しにして嗤う。

 しかし、それも少女の、

「うん、…思ってるよ」

 という短い返答でピタリと止む。


「──テメェ…ッ」


 沸々と沸き起こる怒りに体が震え、短剣を伝い白い肌を傷付ける。血は出なかったものの、喉元には薄いミミズ腫れが浮かび上がった。

 相変わらず微笑みを貼り付けたまま少女は続ける。

「私を殺してでも能力を奪いたかったみたいだけど…それはもうできない。それに、私にはまだこの能力が必要なの。でもあなたが協力してくれて、目的が果たせたら、その時は──」

 そこで言葉を一旦止め、喉元に短剣を当てがう少年の手を優しく包み込む。



「──最強の能力神殺しの能力をあげるから」



 子守唄のように穏やかに紡がれる言葉を聞きながら、少年は感情を抑え冷静さを装ってはいたものの、何故だか急速に喉が渇いていくのを感じていた。

  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...