風の唄 森の声

坂井美月

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龍神の里に雪が降る⑥

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外に飛び出すと、縁側に空が座っていた。
「こんな所に居たのか」
ホッとして隣に座ると、空が今にも消えそうな笑顔を浮かべる。
空の手に触れようと手を伸ばすと、空の手はもう消えかけていた。
「ど…うして?」
驚いた顔をすると
「時間が来たみたいです」
空がポツリと呟いた。
「皆様のお見送りは出来ると思ったんだけどな…」
そう言って笑う空を、恭介は抱き締めた。
「ごめん」
ぽつりと言われて、空が小さく笑う。
「それは…思い出してごめん?」
と訊かれて、恭介はなにも答えられない。
「嬉しかったですよ。姿を変えても、恭介さんは私を見つけてくれたじゃ無いですか」
「でも…いつも俺はきみを、きみを1人残してしまっていた」
そう言って泣き出す恭介に
「恭介さん、急に泣き虫になりましたね」
空はそう言って、そっと頬に触れようと手を伸ばした。
しかし、空の手はほとんど透明になっていて触れられない。
「泣かないで…。私こそ、あなたを泣かせてばかりでごめんなさい」
空はそう言うと
「最後に幸せな時間をありがとう」
と言って微笑んだ。
「もう一度…」
「え?」
「もう一度、お祭りに一緒に行きたかったな…」
空がそう呟いた瞬間、手の中の空の身体が光に包まれた。
「止めろ……」
恭介が必死に抱き締めても、その身体が段々と消えていくのが分かる。
「逝くな!タツ!」
恭介が叫ぶと、なにも知らない修治が玄関から出て来て
「あれ?教授。雪ですよ。雪が降ってます!」
そう叫んだ。
空からひらひらと白い雪が舞い降りる。
修治の声を聞いて、美咲は飛び出すと
「これって……まさか……」
そう呟いた。
恭介が舞い落ちる雪に手をかざすと、一つ、また一つと雪のかけらが落ちては消えて行く。
3人が茫然と雪を見ていると、座敷童子が必死に雪をかき集めて泣いている。
そんな座敷童子の手を掴み、風太が首を横に振った。
「空~~~!」
泣き叫ぶ座敷童子の声が、3人の耳に届く。
「初めて聞いた座敷童子ちゃんの声が、こんな悲しい声なんて嫌だよ」
美咲はその場に座り込んで泣き出した。
みんなより離れた場所で、なにも知らない修治が雪にはしゃいでいる。
「教授!この雪、積もりますかね!」
笑顔で空を見上げる修治に、恭介は黙って空を見上げると
「さぁな…」
とだけ呟いた。


龍神の里に雪が降る。
それは罪を犯した龍神が天に還って逝くのだと、龍神の里の言い伝え。

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