風の唄 森の声

坂井美月

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これから先の未来へ

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「ふ~た~ば教授」
美咲は恭介の研究室のドアを開けて顔を出す。
恭介は相変わらずパソコンと書類に埋もれた状況でゆっくりと振り向いた。

 あれから2年が経過した。
空が亡くなった後、彼女の最後の力で開かれた人間界への扉を潜り元の世界へと戻って来た。
恭介は残りたそうにしていたが、それを風太が許さなかった。
「風が吹いたら、オイラはいつだってお前らのそばにいる。たとえお前らにオイラの姿は見えなくても…」
そう言って恭介に人間界へ戻る事を促した。
そして再びその扉が閉ざされる時
「ありがとう、父ちゃん」
風太は笑顔でそう言ったのだ。
恭介にとって、風太が自分を父親として呼んでくれた最初で最後の言葉になってしまった。
人間界に戻ってからの恭介は、以前よりも研究に没頭するようになった。
それはまるで、全てを忘れ去るかのように…。
美咲と修治は学校を卒業し、修治は父親の会社。美咲は出版社へ就職した。
時々、恭介の顔を見に来るのが美咲の日課になっていた。それは、放っておくと恭介が命を落としそうで不安だったからだった。
自分の妻と子供を失い、恭介の憔悴しきった姿は痛々しかった。
それでも必死に前を向いて歩こうとしているのも、美咲には分かっていた。

「藤野君。いい加減、その呼び方は止めてくれないか?」
 振り向いた恭介が呆れたように呟く。
「え~!どうしてです?教授だって、この方がしっくりするでしょう?」
と言われ、恭介は苦笑いを返す。
美咲が恭介の顔を見て笑顔を浮かべて
「お!今日はちゃんと髭も剃って、髪型もきちんとしてますな!」
と言うと
「仕方ないだろう?婚約祝いの食事会なんだから」
そう言って、恭介は着慣れないスーツのジャケットを羽織る。
入学式にしかお目見えする事の無い恭介のスーツ姿。
やはり元々顔立ちが綺麗なので、スーツ姿の恭介は相変わらずカッコいいな~と思いながら美咲は見つめた。
「にしても…。わざわざ婚約祝いって…」
呆れた顔をして隣に並んで歩く恭介に
「良いじゃないですか!一生に一度なんですから」
と言って美咲が笑う。
タクシーに乗り込み、会場へと向かう。
美咲の指にはダイヤの指輪が光っていた。
ホテルに着くと、恭介が嫌そうな顔をして
「随分と豪華な事で…」
そう言うと、美咲は微笑んで
「まぁまぁ。みんな揃っているみたいです。急ぎましょう」
と言ってホテルの中へと足を踏み入れた。
「教授!」
中に入ると、修治が声を掛けて来た。
「お忙しいのにすみません」
頭を下げる修治に、恭介は小さく微笑む。
2年前より大人になった修治の顔に、恭介は優しく微笑むと
「長い片思いが実って良かったな」
と言って修治の肩を叩いた。
「内輪だけのお祝いなので、スイートルームを押さえたんです」
そう言われて恭介が固まる。
「はぁ?なんで?普通の宴会場で良いんじゃないのか?」
呆れた顔をする恭介に、美咲と修治が顔を見合わせて微笑むと
「時間を気にせずに、ゆっくりと語り合いたいじゃないですか」
と答えた。
「そんなもんかね…」
呆れた顔をして2人に着いて歩いていると、美咲が部屋の前で恭介の身だしなみチェックを始めた。
「教授!ネクタイ曲がってます!」
そう言われて直されていると
「俺は招待客なんだから、お前ら2人がちゃんとしていれば良いだろう!」
と言った瞬間だった。
「恭介!」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
恭介が驚いて振り向くと、七五三のような子供用のスーツを着た風太が駆け寄って来た。
そして恭介に抱き付くと
「久し振りだな!恭介。オイラ、大龍神様に人間にしてもらったんだ」
そう呟いたのだ。
恭介が信じられない顔をして風太の顔を見ていると
「風太!勝手に1人で走って行ったらダメでしょう!」
と言いながら、座敷童子と手を繋いで近付いて来る姿に声を失う。
(夢なんじゃないだろうか?)
恭介はそう思いながら、ゆっくりと近付いて来るその人物を見詰めた。
あの日、自分の腕の中で消えた筈の最愛の人がそこに立っていた。
戸惑うように恭介の顔を見ると
「お久し振りです、恭介さん」
そう言って微笑んだ。
驚いて美咲と修治の顔を見ると
「取り敢えず、中に入りましょう」
と、2人に促された。
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