月歌(げっか)

坂井美月

文字の大きさ
45 / 46

月歌③

しおりを挟む
大きなホールを埋め尽くす人、人、人。
色とりどりのライトに照らされて歌う森野さんの姿。
「本当に手の届かない人になっちゃったな…」
溜息交じりに呟くと
「お前…本当に言う事聞かないよな…」
そう呟く森野さんの声が聞こえて、慌てて声の方へと視線を向ける。
月明りに照らされて、森野さんの姿がそこにあった。
「なんで?」
驚いて立ち上がる私に、森野さんは苦笑いをしながら
「お前が、素直に言われた通りに楽屋に来ると思う訳無いだろう?」
随分な言われように口を開きかけた瞬間、森野さんに抱き締められる。
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
「柊…、今から話す事を黙って聞いてくれないか?」
いつになく真剣な森野さんの声に、私は小さく頷く事しか出来ない。
初めて抱き締められた森野さんの胸は広く、ドキドキと鳴る森野さんの心臓の音が、私と同じように緊張を伝えていて何も言えなくなる。
私が座っていたベンチに腰掛けると、森野さんは空を見上げてポツリポツリと話し出す。
「俺は清香を失ってから、かなり荒んだ生活をしていたんだ。女もたくさん泣かせて来た」
森野さんの後半の言葉に胸がズキっと痛む。
隣で空を見上げて話している森野さんは、本当に女性なら誰もが惹かれる容姿をしている。
その上話す声も綺麗だから…、そういう状況は安易に予想出来た。
でも、予想しているのと実際に聞くとなると、やっぱり好きな人からは聞きたくない言葉だった。
森野さんの言葉に私が俯くと
「軽蔑するか?」
森野さんの不安に揺れる瞳と目が合う。
「軽蔑は…しないです。森野さんなら、女性が放っておかないのも分かりますし…」
漆黒の瞳に見つめられると、言葉が喉に詰まったように出てこない。
必死に絞り出した言葉に、森野さんは私から視線を外して再び空を見上げた。
「そんな俺が立ち直ったきっかけは、お前だった」
森野さんの言葉に、思わず森野さんの顔を見つめる。
空を見上げたまま、森野さんは小さく微笑むと
「お前さ…、俺にファンレターくれただろう?」
突然言われて記憶が蘇る。
CDをもらってから、従妹のお姉ちゃんにカケルさんの歌が大好きな事。
両親の離婚が決まって、転居しなくてはならなくなった事。
でも、カケルさんの歌があるから頑張れるって色々書いた手紙を託していたのを思い出す。
もう、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい気持ちで顔が熱くなっていく。
「一番荒んでた時に、偶然、お前のその手紙が出て来たんだ。もうさ…封筒がぶ厚くて、お前の気持ちがびっしり書かれた手紙。久しぶりに読んで…、荒んだ生活をしている自分が恥ずかしくなった」
羞恥心で逃げ出したい気持ちの私とは裏腹に、森野さんは優しい笑顔を浮かべてそう続けた。
「え?」
 思わず呟いた私に
「あのお店ってさ、出会った頃のお前みたいな子がたくさん来てるだろう?欲しい玩具を見つけて、嬉しそうにキラキラ瞳を輝かせて…。いつしか、あの時の子が『しっかりしろ!』って背中を押してくれてるような気持ちになっんだ」
森野さんが私を見詰めてそう呟く。
「いつだって…、俺はお前の存在に助けれられてた。あの店で働くようになって、あの時の子と偶然再会する事があった時に、恥ずかしくない自分で居ようと思えたんだ」
「嘘…」
驚いて私を見詰める森野さんを見つめ返す。
「それからしばらくして…、やたら生意気な女が現れて…」
森野さんはそう言うと、私から視線を外して思い出したようにフッと微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...