【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河

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30話

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 フェンリルが去っていくのを見送った後、俺はハルトの方へ視線を戻した。

 彼は完全に戦意を喪失していた。最後の切り札を失ったためか、彼はエリカに拘束されたまま、糸が切れた人形のように座り込んでいる。

「……お前たちから見りゃ、さぞマヌケに見えるだろうな。復讐を果たすって息巻いてたオレが見事に失敗した姿は」

 乾いた笑いとともに、ハルトが呟く。

 その言葉には、怒りよりも諦めの色が強かった。20年間抱き続けてきた復讐心が、あっけなく潰えてしまった虚無感が滲み出ている。

 そんなハルトに、エリカが静かに問いかけた。

「どうしてお前はそこまでレイジへの復讐にこだわったんだ」
「……」
「当時のレイジの選択は、決してお前の妹を進んで見捨てようとしたものではなかったことは、お前だって薄々は気づいていたんだろう」

 ハルトは力なく首を振った。

「……ああ、当然、気づいていたさ」

 彼の声は諦めに満ちていた。

「あの時、もしお前がマリナを救うために転送魔術を使っていたら──俺たちは全滅していただろう。お前はマリナじゃなく俺たちを助けた。あれはトロッコ問題と同じだ。より多くを救える方を選んだ。……その選択自体は間違ってなかっただろうさ」

 ……意外だった。

 俺を憎み続けてきたハルトの口から、そんな肯定めいた言葉が出るなんて思ってもみなかった。胸の奥にかすかな安堵が広がる。だがそれは同時に、鋭い棘のような痛みを伴っていた。

 あの時の俺は、仲間を救うという理屈にすがって、マリナを助ける選択肢から逃げただけだ。彼女を助けることを選べば、自分や仲間が死ぬかもしれない──その事実に押し潰されて、彼女を助ける選択肢を選べなかった。

 ハルトの肯定が、逆にその弱さを突きつけてくるようだった。

 そんな俺の心を見透かしたかのように、ハルトは言葉を継ぐ。

「……でも、俺はそれでもお前にはマリナを助ける選択肢を選んで欲しかった。なぜか分かるか?」

 彼がじっと俺を見つめてくる。その視線に対し、俺は返事ができずにいた。

 ハルトは静かに告げた。

「マリナは……お前のことが好きだったんだ」
「……!?」

 世界が一瞬、音を失った気がした。

「マリナは、もし最下層までたどり着けたら、その時こそお前に告白すると決めてた」
「そんな……」
「驚くよな。あいつは控えめで、お前とほとんど話してなかったから」

 ハルトは遠くを見るように目を細めた。

「でも、マリナはお前のことが好きだと言っていた。パーティ全体を見て冷静に物事を見ているところとか、強い魔術スキルを持っているのにどこか自信がなさげなところとか、ダンジョンの構造を語る時にやたら目を輝かせるところとかが好きだ、とな」

 頭の中が真っ白になる。マリナが……俺を……?

 信じられなかった。当時、彼女はいつも少し後ろから俺を見ていた。静かに笑みを浮かべ、仲間の会話に相槌を打つばかりで、俺と二人きりで話すことなどほとんどなかった。

 それなのに、そんな想いを抱いていたなんて──。

「俺はマリナの恋を応援してやりたかった。俺は、マリナが好きだといっていたお前に、マリナを助けて欲しかったんだ」

 謝罪の言葉が喉まで出かかった瞬間、隣のソウマが一歩前に出て制した。

「……例えそうだったとしても、レイジさんがマリナさんを助けられなかったことは、あなたがレイジさんを責めていい理由にはなりません」

 ソウマの声は淡々としていたが、その奥に揺るぎない意志があった。

「それに、あなたの妹さんは、他の仲間たちの命の危険をさらしてまで自分が助かりたいと思うような方だったんですか?」
「そんなわけないだろう! 部外者のお前に何が分かる!」

 ハルトが怒鳴る。だがソウマは微動だにしない。

「ええ、私はマリナさんに会ったことはありません。でも……皆さんの話を聞くだけで分かります。仲間想いの、優しい女性だったと。そして、そんな彼女なら――自分のために仲間が危険な手段を取ることを、決して望まないはずです」

 それを聞いて、エリカが静かに口を挟む。

「……ああ。私も年が近かったからマリナとよく話したが、あの子は、自分が原因で誰かが危険な目に遭うことを何より嫌っていた。そんな彼女のことだ。あの時もし彼女の意識があったとしても、転送魔術なんて、きっと拒んだだろうな」

 その言葉に、ハルトの肩が小さく震えた。

 ゆっくりと地面に手をつき、項垂れる。

「ああ……分かってたさ」

  掠れた声が漏れる。

「マリナは絶対、仲間の犠牲なんて望まなかった……分かってた。それでも……それでも俺は、あいつを助けたかった。ただ……生きていて欲しかったんだ……」

 その叫びは、崩れた石壁に反響しながら、遺跡の奥へ虚しく溶けていった。



 それからハルトは、すべてを諦めたように何も言葉を発さなくなった。エリカの拘束にも抵抗せず、ただ虚ろな目で宙を見つめているだけだった。

 俺は複雑な思いでその姿を見つめていた。かつて信じていた仲間が、こんな形で終わりを迎えるとは――。

 その時、遺跡の奥から足音が響いた。物陰に隠れていたワタルが姿を現したのだ。

「お待たせしました、東堂さんたちに出した救援要請の返事が確認できました。もうすぐ到着するはずです」

 報告を聞いて、俺は安堵のため息をつく。

 ほどなくして、予告通り救援隊が到着した。騎士たちが遺跡が崩落して塞がれていた入口を手際よく片付け、そして次々と俺たちのいる場所にやってくる。その中に東堂の姿も見えた。

「お前たち、無事で何よりだ」

 俺たちの様子を確かめた東堂は、安堵の色を浮かべた。その視線が、拘束されているハルトへと向く。

「彼は……」
「今回の一連の事件の首謀者です」

 ソウマが簡潔に告げる。

 国家公務員騎士たちの手で、ハルトは連行されることになった。彼は最後に一度だけこちらを振り返り、後悔とも諦めともつかない笑みを浮かべた。そして何も言わぬまま、騎士たちに囲まれて遺跡の外へと消えていく。

 残されたのは、遠ざかる足音と静寂だけ。──二十年に及ぶ因縁が、こんなにもあっけなく幕を下ろすのか。

「これで……本当に終わったんでしょうか」

 ソウマの小さなつぶやきが、張り詰めた空気を和らげる。

「ああ、終わったんだ」

 俺は深く息を吐いた。けれどまだ実感は遠い。

「レイジさん、大丈夫ですか?」

 ソウマが心配そうに顔を覗き込む。

「俺は平気だ。それよりお前こそ、大変な目に遭わせて……すまなかった」
「何言ってるんですか。少しでもお役に立てたなら、それで十分です」

 その言葉に胸の奥が熱くなる。罪悪感は消えない。けれど――彼がいてくれたことこそが、俺にとって何よりの救いだった。



 ダンジョンの外に出ると、夕日が東京の街を赤く染めていた。

 救援隊の設営したテントで事情聴取を済ませ、ようやく肩の力を抜くことができた。俺とソウマは騎士団による拘束から解放され、テントの外に置かれたベンチに並んで腰を下ろした。

「……お疲れ様」

 背後から突然響いた声に、懐かしさが胸を衝いた。振り返ると、エリカが缶コーヒーを三本抱えて俺たちの背後に立っている。

「エリカ……」
「お前は昔から私の気配に疎いな」

 苦笑いを浮かべながら、彼女は俺たちに缶コーヒーを一本ずつ手渡してくれた。

 俺は深々と頭を下げた。

「改めて……急なお願いだったにも関わらず、協力してくれて本当にありがとう。心から助かった」
「いや、私の方こそお前に声をかけてもらえて良かった。ハルトの動向も気になっていたからな」

 エリカはプルタブを起こしながら答える。それから、隣に座るソウマにちらりと視線を向けた。

「しかし、随分と若い相棒を連れているじゃないか。週末のダンジョン配信を見ている限りでは、ずっと一人だったのに」
「え? まさか……」

 俺は目を丸くした。

「ああ、あの番組を見つけてユウゴに教えたのは私だよ。お前が元気にしているかどうか、ずっと気になっていたからな」
「そうだったのか……」

 恥ずかしそうに後頭部を掻く俺を見て、エリカがくすりと笑った。

「みんなが見ているんなら、せめてコメントくらいしてくれよ。後から見られてたって知るの、結構ショックなんだからな」
「はは、今度からはちゃんとコメントしてやるよ」

 そんな他愛のない会話を交わしながら、俺は胸の奥に沈んでいた重い塊が、少しずつ溶けて軽やかになっていくのを感じていた。

(そうか……俺は独りぼっちじゃなかったんだ)

 ずっと、仲間たちが俺のことを気にかけてくれていた。遠くから見守ってくれていた。

「それにしても」

 エリカが再びソウマに目を向け、意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

「随分と面倒見の良い相棒だな。まるで恋人同士のようじゃないか」
「え、あ、その……」

 鋭い指摘に言葉を失い、顔を赤らめてしどろもどろになる俺を見て、エリカは声を上げて笑った。

「お前、20年前は一歩下がってパーティの様子を眺めているような奴だったのに、年を取ってずいぶんと可愛くなったじゃないか」
「エリカ、勘弁してくれよ……」

 しかし、エリカの表情が急に真剣なものに変わった。

「本当に良かったよ、レイジ。お前がちゃんと前に進んでいて」

 その言葉の温かさに、俺の目頭が熱くなった。

「ありがとう、エリカ」

 西の空で夕日がゆっくりと地平線に沈もうとしている。俺の中でわだかまっていた因縁が、ついに静かな幕を下ろそうとしていた。
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