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最終話
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ハルトが騎士団により連行されてから3ヵ月が過ぎた。
あれから色々なことがあった。ハルトは騎士団に連行され、そのまま警察の手により引き渡されたらしい。これから彼の罪の審議が始まるが、彼は先のワイバーン事件やスケルトンドラゴン事件、それ以外の事件にもいろいろと関わっていることから、おそらく一生を刑務所で終える可能性が高いだろう。
同情はするが、あまりにも多くの無関係な人を巻き込んだ以上、これは当然の報いとも言える。
また、ハルトが逮捕されたことでダンジョンの厳戒態勢は解かれ、今はまたダンジョンに人が溢れるようになってきている。ダンジョン配信の文化も復活したが、今回の事故の経験を通してダンジョン配信における安全性を考慮したガイドラインが新たに制定された。少しでも事故が減れば良いのだが。
また、俺自身にも大きな変化があった。契約社員ではなく、正社員として正式に国家公務員騎士の仕事に就くことになったのだ。いきなり大出世である。
(まさか俺が国家公務員になるなんてな……)
つい数ヶ月前まで派遣社員として区役所の片隅でひっそり働いていた自分を思うと、なんだか夢のような話だ。
そのためいい加減あの安アパートから引っ越したいと考えているのだが、国家公務員騎士の仕事がハルトの事件の後もあれやこれやと続いてしまい、なかなかまとまった休みが取れない。結果、今だに俺の引っ越しの夢は達成できていなかった。
「うーん、どのあたりに引っ越すのがいいかな」
俺はソファに座りながら、住宅情報サイトをスマホで眺めて呟いた。
それを背後から覗き込んだソウマが、微笑みながら俺に告げる。
「レイジさん、いい物件が見つからなければ私と一緒にこのままここで暮らしませんか?」
いま俺はソウマの家にいる。時刻は夜。パトロール配信を終えていつものようにソウマの家に来て、ソウマの家に置きっぱなしにしてあるパジャマを着てすっかりくつろいでいだ状態だ。
(もはや完全に同棲だよな、これ……)
そう、俺はここしばらく、すっかりソウマの家に通うようになってしまっている。居心地が良すぎて、気がつくとここが俺の帰る場所になっていた。
「いや、このままお前さんの家にずっとお世話になってちゃマズイだろう」
そう言いながらも、俺の心は複雑だった。本当は、このままソウマと一緒にいたい。でも、甘えすぎるのも良くないんじゃないかという遠慮(と、年上の矜持)もある。
「私は全く構いませんけどね。私はレイジさんが家にいてくれてとても嬉しいですし、レイジさんのためなら毎日ご飯も作りますよ?」
真剣な様子で訴えてくるソウマに、俺はうっと言葉を詰まらせた。
(こいつの料理、すげぇ上手いんだよなぁ……)
しかも最近は俺に食べてもらえるのが嬉しいからと、色々と工夫を凝らした料理も用意してくれる。あまりにも至れり尽くせりだ。
このままじゃ中年になって気になり始めた腹がもっとひどくなってしまうと、やんわりと食事は気にしないでいいと言ってみたこともある。だがソウマは「なら食事は脂質を抑えてタンパク質を重視した食事を心掛けます。それに私はどんな体型のレイジさんでも大好きですから安心してくださいね」と言ってきて退路を失った。
(こいつ、一緒に暮らし始めてから俺に飽きるどころかどんどんと溺愛っぷりが加速していっている気がするな)
このままいけばソウマに甘やかされてダメ人間になってしまうかもしれない。というか、既にダメ人間に一歩足を踏み入れている気がする。
でも……正直に言えば、悪い気はしない。今までの人生で、こんなにも愛されていると実感できるのは、ソウマが初めてだ。
とはいえこのままではいけないと、俺は改めてスマホの住宅情報サイトに目を戻した。
しかし、しばらくしないうちに俺のスマホに通知が入る。上司の東堂からだ。内容を確認すると、いつもの文面だったので、俺は緊急性がないとして通知を閉じた。そのままソファの上で伸びをして、スマホをいったんテーブルに置く。
「レイジさん、誰からの連絡だったんですか?」
ソウマが当然のように俺の隣に座りながら尋ねてくる。
「やれやれ、東堂さんからだよ。いつものやつ」
くたびれたように俺が答える。
いつものやつというのは、東堂からの「管理職にならないか」という打診の件だ。そもそも正式な国家公務員騎士の役職についたのがつい最近だというのに、いきなりすべてをすっ飛ばして管理職とか何の冗談だと思ったが、どうやら東堂は本気のようだ。
なんでも国家公務員騎士はその成り立ちがまだ浅く、騎士たちのほとんどはソウマのような20代の若者で構成されていて、管理職を任すことができる人材がいなくて困っていたらしい。しかし、だからといってダンジョンの知識がないような人間を無理やり配属しても現場の騎士たちと軋轢が起こるのは目に見えている。
そんな時に現れたのが俺だ。ダンジョンの知識があり、かつて深淵の探索者のパーティの一員だったという実績があり、それに先の事件を経て若い騎士たちからもそれなりに信頼されるようになった。東堂にとって、まさに俺は理想の人物だったらしい。
というか、俺が凄い早いスピードで正社員登用が決まったのも、とっとと俺を管理職に迎えたかったという東堂の意図があるらしい。なんとも驚きの理由である。
ソウマが俺を見つめながら尋ねる。
「受けないんですか? 昇進の話」
俺はやれやれと言った感じで答えた。
「俺はつい最近までうだつが上がらない派遣社員だったんだぞ。急にエリート国家公務員の仲間入りして、しかもいきなり管理職になってほしいとか、なんだか話が急すぎてついていけないんだよ」
つい数ヶ月前まで、俺は自分を「社会の底辺にいる冴えないおじさん」だと思っていた。それが今や国家公務員騎士として働き、管理職への打診まで受けている。現実離れしすぎていて、まだ実感が湧かない。
「だから、東堂さんには悪いがこの件はもう少し保留だな」
「レイジさんと現場の仕事が続けられるのは嬉しいことですが、私の個人的な意見としては、レイジさんは管理職にとても向いていると思いますよ」
「いやいや、だから俺は今までほとんどマネジメント業務なんてしたことないし、向いてるとか向いてないとかそれ以前の問題だって」
そんな俺の口に、ソウマが人差し指を向ける。
「レイジさんはいつもそうやって謙遜しますが、貴方は人のことをよく見ていますし、自分より他人のことを優先するし、それにあなたは気づいていないかもしれないですが、教えたがりなところがあります。そういうところ、とても管理職に向いてると思いますよ」
「え、俺って教えたがりなところってある?」
「そうですよ。じゃないと初心者向けダンジョン講座なんて儲からないダンジョン配信をわざわざ休みの日にするわけがないじゃないですか」
にっこりと説明され、俺は確かにそうかもしれないと自分のことを他人に指摘されて初めて気づいた。
(俺は……人に教えることが好きなのか)
考えてみれば、初心者向けの配信を続けていたのも、あの時若い探索者たちにアドバイスしたのも、すべて「誰かの役に立ちたい」という気持ちからだった。
そういう観点で考えるなら、管理職という仕事も悪くないように思える。
とはいえ、転職したばかりの俺にはまだ早すぎる話だ。今ここで結論を出す必要はない。ひとまず今日は寝ることにしよう。
そう決めてソファから腰を上げ、寝室に向かおうとしたとき、ソウマが声をかけてきた。
「……あ、もうお休みですか?」
「ああ。明日は休みだし、久しぶりにダンジョン配信をやろうと思ってな」
「なら、私もレイジさんの配信にお邪魔していいですか?」
その問いに、俺は思わず照れくさくなって答える。
「ああ、むしろお前さんにも付き合ってほしいと思っていたところだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
俺の返事を聞いた瞬間、ソウマの顔がぱっと明るくなった。
(こいつ、本当に嬉しそうにするよな……)
そんなふうに無邪気に喜ぶソウマを見ていると、自然と俺の心が温かくなる。
なんでもない明日のダンジョン配信が、楽しみになった。
そして翌日。
俺は今まで自分が配信してきた時と同じように、自分のスマホに浮遊魔石を結束バンドで括りつけてカメラを空中に固定していた。ソウマは興味深そうにその様子を眺めている。
「前にも思ったんですが、すごく手作り感のある機材ですよね」
「正直に言っていいぞ、貧乏くさい配信環境だって」
俺が冗談めかして言うと、ソウマは微笑んだ。
「レイジさんらしくて素敵ですよ」
(こいつ、もはや俺のすることはなんでも褒める男になっているな)
あきれながらもまんざらではない俺だった。こんなふうに全肯定してくれる人がいると、こんなおじさんでも自己肯定感が爆上がりだ。
機材の配置が終わり、俺はスマホの配信開始のボタンを押す。
(久しぶりだな……)
懐かしい気持ちと緊張が入り混じる。この小さな画面の向こうに、俺の配信を楽しみにしてくれている人たちがいる。その事実が、今はとても愛おしく感じられた。
「あー、色々あって長いこと配信できてなかったが……今日からぼちぼち、レイジおじさんの初心者ダンジョン解説を再開しようと思ってます。みんな聞こえてるかー?」
すると映像確認用のタブレットから、コメントが俺の想像を超える量がぐわーーーっと流れていく。
≪えっレイジおじ帰ってきた!?≫
≪国家公務員騎士になって出世したのにこの初心者配信続けるとか物好きすぎww≫
≪おかえり!! 配信ロスしてたんだが!?≫
≪パトロール配信で見てたけどやっぱこっちがホーム感あるわ≫
(みんな……待っていてくれたのか)
予想外に暖かい反応を貰えたことで俺は嬉しい気持ちになった。なんだかジンとしてしまう。こんなおじさんの配信を、こんなにも多くの人が待っていてくれたなんて。
「えーと、今日は久々の配信に合わせて……たぶん皆さんも知ってるゲストを呼んでます」
俺はこいこいと手を振ってソウマを呼ぶ。ソウマが映像内に入り、にっこりと微笑んだ。
「こんにちは。今日はレイジさんのダンジョン配信にお邪魔しています、ソウマです」
(……え?)
その微笑みを見て俺は少しぎょっとする。なぜならソウマはパトロール配信の時はほとんどああいう笑顔を見せたりしないからだ。いつもの彼らしくない、明らかにサービス精神旺盛な表情だった。
俺が恐る恐るコメントを見ると凄いことになっている。
≪沈黙の騎士!?≫
≪なんで休日にレイジおじと一緒にいるんですか!?≫
≪あっこれ付き合ってますわ≫
≪パトロール配信の時から匂わせてたよな!?≫
≪騎士様、感情ダダ漏れwww≫
(やばい……完全に勘づかれてるじゃねえか)
冷や汗をかく俺をよそに、ソウマは落ち着き払ってコメントを眺め、一つ一つ拾うように口を開いた。
「おや、鋭い方がいらっしゃいますね。……そうです。私はずっと昔からレイジおじさんの配信のファンで、彼のことが大好きだったんですよ」
「お、おい……!」
(こいつ、何をさらっと暴露してんだ!?)
制止する間もなく、ソウマは俺の手を取り、カメラの前に掲げた。
「せっかくの機会ですから、ここでお伝えしておきます。レイジおじさんは私の大切な人です。視聴者の皆さんも、どうかその点をご理解いただければ」
(おいおい、生放送で爆弾投下すんな……っ!)
文句の一つでも言いたい気持ちになったが、見上げたその顔があまりに幸せそうで、結局、何も言えなかった。
(ああ、もういいか。こいつがこんな顔してるなら)
ソウマの満面の笑顔を見ていると、俺も自然と頬が緩んでくる。それに俺も、案外悪くない気分だしな。恋人を自慢したい気持ちは、正直なところ自分にだってあるのだ。
コメント欄は阿鼻叫喚の嵐だが、もう気にするのはやめた。
(この先も、こいつに振り回されるんだろうな)
でも、それも悪くない。むしろ、こんなふうに誰かに愛されて、振り回されて、毎日が賑やかになるなんて、昔の俺には想像もできなかった幸せだ。
だから、まあ……これからもよろしくな、相棒。
≪いやこれ完全に公開告白配信じゃんwww≫
≪沈黙の騎士、沈黙どころか爆弾投下してて草≫
≪尊死した ※視聴者全員死亡≫
≪供給過多で脳が処理落ちしてる助けてwww≫
≪末永く爆発しろ(祝福)≫
‐完-
あれから色々なことがあった。ハルトは騎士団に連行され、そのまま警察の手により引き渡されたらしい。これから彼の罪の審議が始まるが、彼は先のワイバーン事件やスケルトンドラゴン事件、それ以外の事件にもいろいろと関わっていることから、おそらく一生を刑務所で終える可能性が高いだろう。
同情はするが、あまりにも多くの無関係な人を巻き込んだ以上、これは当然の報いとも言える。
また、ハルトが逮捕されたことでダンジョンの厳戒態勢は解かれ、今はまたダンジョンに人が溢れるようになってきている。ダンジョン配信の文化も復活したが、今回の事故の経験を通してダンジョン配信における安全性を考慮したガイドラインが新たに制定された。少しでも事故が減れば良いのだが。
また、俺自身にも大きな変化があった。契約社員ではなく、正社員として正式に国家公務員騎士の仕事に就くことになったのだ。いきなり大出世である。
(まさか俺が国家公務員になるなんてな……)
つい数ヶ月前まで派遣社員として区役所の片隅でひっそり働いていた自分を思うと、なんだか夢のような話だ。
そのためいい加減あの安アパートから引っ越したいと考えているのだが、国家公務員騎士の仕事がハルトの事件の後もあれやこれやと続いてしまい、なかなかまとまった休みが取れない。結果、今だに俺の引っ越しの夢は達成できていなかった。
「うーん、どのあたりに引っ越すのがいいかな」
俺はソファに座りながら、住宅情報サイトをスマホで眺めて呟いた。
それを背後から覗き込んだソウマが、微笑みながら俺に告げる。
「レイジさん、いい物件が見つからなければ私と一緒にこのままここで暮らしませんか?」
いま俺はソウマの家にいる。時刻は夜。パトロール配信を終えていつものようにソウマの家に来て、ソウマの家に置きっぱなしにしてあるパジャマを着てすっかりくつろいでいだ状態だ。
(もはや完全に同棲だよな、これ……)
そう、俺はここしばらく、すっかりソウマの家に通うようになってしまっている。居心地が良すぎて、気がつくとここが俺の帰る場所になっていた。
「いや、このままお前さんの家にずっとお世話になってちゃマズイだろう」
そう言いながらも、俺の心は複雑だった。本当は、このままソウマと一緒にいたい。でも、甘えすぎるのも良くないんじゃないかという遠慮(と、年上の矜持)もある。
「私は全く構いませんけどね。私はレイジさんが家にいてくれてとても嬉しいですし、レイジさんのためなら毎日ご飯も作りますよ?」
真剣な様子で訴えてくるソウマに、俺はうっと言葉を詰まらせた。
(こいつの料理、すげぇ上手いんだよなぁ……)
しかも最近は俺に食べてもらえるのが嬉しいからと、色々と工夫を凝らした料理も用意してくれる。あまりにも至れり尽くせりだ。
このままじゃ中年になって気になり始めた腹がもっとひどくなってしまうと、やんわりと食事は気にしないでいいと言ってみたこともある。だがソウマは「なら食事は脂質を抑えてタンパク質を重視した食事を心掛けます。それに私はどんな体型のレイジさんでも大好きですから安心してくださいね」と言ってきて退路を失った。
(こいつ、一緒に暮らし始めてから俺に飽きるどころかどんどんと溺愛っぷりが加速していっている気がするな)
このままいけばソウマに甘やかされてダメ人間になってしまうかもしれない。というか、既にダメ人間に一歩足を踏み入れている気がする。
でも……正直に言えば、悪い気はしない。今までの人生で、こんなにも愛されていると実感できるのは、ソウマが初めてだ。
とはいえこのままではいけないと、俺は改めてスマホの住宅情報サイトに目を戻した。
しかし、しばらくしないうちに俺のスマホに通知が入る。上司の東堂からだ。内容を確認すると、いつもの文面だったので、俺は緊急性がないとして通知を閉じた。そのままソファの上で伸びをして、スマホをいったんテーブルに置く。
「レイジさん、誰からの連絡だったんですか?」
ソウマが当然のように俺の隣に座りながら尋ねてくる。
「やれやれ、東堂さんからだよ。いつものやつ」
くたびれたように俺が答える。
いつものやつというのは、東堂からの「管理職にならないか」という打診の件だ。そもそも正式な国家公務員騎士の役職についたのがつい最近だというのに、いきなりすべてをすっ飛ばして管理職とか何の冗談だと思ったが、どうやら東堂は本気のようだ。
なんでも国家公務員騎士はその成り立ちがまだ浅く、騎士たちのほとんどはソウマのような20代の若者で構成されていて、管理職を任すことができる人材がいなくて困っていたらしい。しかし、だからといってダンジョンの知識がないような人間を無理やり配属しても現場の騎士たちと軋轢が起こるのは目に見えている。
そんな時に現れたのが俺だ。ダンジョンの知識があり、かつて深淵の探索者のパーティの一員だったという実績があり、それに先の事件を経て若い騎士たちからもそれなりに信頼されるようになった。東堂にとって、まさに俺は理想の人物だったらしい。
というか、俺が凄い早いスピードで正社員登用が決まったのも、とっとと俺を管理職に迎えたかったという東堂の意図があるらしい。なんとも驚きの理由である。
ソウマが俺を見つめながら尋ねる。
「受けないんですか? 昇進の話」
俺はやれやれと言った感じで答えた。
「俺はつい最近までうだつが上がらない派遣社員だったんだぞ。急にエリート国家公務員の仲間入りして、しかもいきなり管理職になってほしいとか、なんだか話が急すぎてついていけないんだよ」
つい数ヶ月前まで、俺は自分を「社会の底辺にいる冴えないおじさん」だと思っていた。それが今や国家公務員騎士として働き、管理職への打診まで受けている。現実離れしすぎていて、まだ実感が湧かない。
「だから、東堂さんには悪いがこの件はもう少し保留だな」
「レイジさんと現場の仕事が続けられるのは嬉しいことですが、私の個人的な意見としては、レイジさんは管理職にとても向いていると思いますよ」
「いやいや、だから俺は今までほとんどマネジメント業務なんてしたことないし、向いてるとか向いてないとかそれ以前の問題だって」
そんな俺の口に、ソウマが人差し指を向ける。
「レイジさんはいつもそうやって謙遜しますが、貴方は人のことをよく見ていますし、自分より他人のことを優先するし、それにあなたは気づいていないかもしれないですが、教えたがりなところがあります。そういうところ、とても管理職に向いてると思いますよ」
「え、俺って教えたがりなところってある?」
「そうですよ。じゃないと初心者向けダンジョン講座なんて儲からないダンジョン配信をわざわざ休みの日にするわけがないじゃないですか」
にっこりと説明され、俺は確かにそうかもしれないと自分のことを他人に指摘されて初めて気づいた。
(俺は……人に教えることが好きなのか)
考えてみれば、初心者向けの配信を続けていたのも、あの時若い探索者たちにアドバイスしたのも、すべて「誰かの役に立ちたい」という気持ちからだった。
そういう観点で考えるなら、管理職という仕事も悪くないように思える。
とはいえ、転職したばかりの俺にはまだ早すぎる話だ。今ここで結論を出す必要はない。ひとまず今日は寝ることにしよう。
そう決めてソファから腰を上げ、寝室に向かおうとしたとき、ソウマが声をかけてきた。
「……あ、もうお休みですか?」
「ああ。明日は休みだし、久しぶりにダンジョン配信をやろうと思ってな」
「なら、私もレイジさんの配信にお邪魔していいですか?」
その問いに、俺は思わず照れくさくなって答える。
「ああ、むしろお前さんにも付き合ってほしいと思っていたところだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
俺の返事を聞いた瞬間、ソウマの顔がぱっと明るくなった。
(こいつ、本当に嬉しそうにするよな……)
そんなふうに無邪気に喜ぶソウマを見ていると、自然と俺の心が温かくなる。
なんでもない明日のダンジョン配信が、楽しみになった。
そして翌日。
俺は今まで自分が配信してきた時と同じように、自分のスマホに浮遊魔石を結束バンドで括りつけてカメラを空中に固定していた。ソウマは興味深そうにその様子を眺めている。
「前にも思ったんですが、すごく手作り感のある機材ですよね」
「正直に言っていいぞ、貧乏くさい配信環境だって」
俺が冗談めかして言うと、ソウマは微笑んだ。
「レイジさんらしくて素敵ですよ」
(こいつ、もはや俺のすることはなんでも褒める男になっているな)
あきれながらもまんざらではない俺だった。こんなふうに全肯定してくれる人がいると、こんなおじさんでも自己肯定感が爆上がりだ。
機材の配置が終わり、俺はスマホの配信開始のボタンを押す。
(久しぶりだな……)
懐かしい気持ちと緊張が入り混じる。この小さな画面の向こうに、俺の配信を楽しみにしてくれている人たちがいる。その事実が、今はとても愛おしく感じられた。
「あー、色々あって長いこと配信できてなかったが……今日からぼちぼち、レイジおじさんの初心者ダンジョン解説を再開しようと思ってます。みんな聞こえてるかー?」
すると映像確認用のタブレットから、コメントが俺の想像を超える量がぐわーーーっと流れていく。
≪えっレイジおじ帰ってきた!?≫
≪国家公務員騎士になって出世したのにこの初心者配信続けるとか物好きすぎww≫
≪おかえり!! 配信ロスしてたんだが!?≫
≪パトロール配信で見てたけどやっぱこっちがホーム感あるわ≫
(みんな……待っていてくれたのか)
予想外に暖かい反応を貰えたことで俺は嬉しい気持ちになった。なんだかジンとしてしまう。こんなおじさんの配信を、こんなにも多くの人が待っていてくれたなんて。
「えーと、今日は久々の配信に合わせて……たぶん皆さんも知ってるゲストを呼んでます」
俺はこいこいと手を振ってソウマを呼ぶ。ソウマが映像内に入り、にっこりと微笑んだ。
「こんにちは。今日はレイジさんのダンジョン配信にお邪魔しています、ソウマです」
(……え?)
その微笑みを見て俺は少しぎょっとする。なぜならソウマはパトロール配信の時はほとんどああいう笑顔を見せたりしないからだ。いつもの彼らしくない、明らかにサービス精神旺盛な表情だった。
俺が恐る恐るコメントを見ると凄いことになっている。
≪沈黙の騎士!?≫
≪なんで休日にレイジおじと一緒にいるんですか!?≫
≪あっこれ付き合ってますわ≫
≪パトロール配信の時から匂わせてたよな!?≫
≪騎士様、感情ダダ漏れwww≫
(やばい……完全に勘づかれてるじゃねえか)
冷や汗をかく俺をよそに、ソウマは落ち着き払ってコメントを眺め、一つ一つ拾うように口を開いた。
「おや、鋭い方がいらっしゃいますね。……そうです。私はずっと昔からレイジおじさんの配信のファンで、彼のことが大好きだったんですよ」
「お、おい……!」
(こいつ、何をさらっと暴露してんだ!?)
制止する間もなく、ソウマは俺の手を取り、カメラの前に掲げた。
「せっかくの機会ですから、ここでお伝えしておきます。レイジおじさんは私の大切な人です。視聴者の皆さんも、どうかその点をご理解いただければ」
(おいおい、生放送で爆弾投下すんな……っ!)
文句の一つでも言いたい気持ちになったが、見上げたその顔があまりに幸せそうで、結局、何も言えなかった。
(ああ、もういいか。こいつがこんな顔してるなら)
ソウマの満面の笑顔を見ていると、俺も自然と頬が緩んでくる。それに俺も、案外悪くない気分だしな。恋人を自慢したい気持ちは、正直なところ自分にだってあるのだ。
コメント欄は阿鼻叫喚の嵐だが、もう気にするのはやめた。
(この先も、こいつに振り回されるんだろうな)
でも、それも悪くない。むしろ、こんなふうに誰かに愛されて、振り回されて、毎日が賑やかになるなんて、昔の俺には想像もできなかった幸せだ。
だから、まあ……これからもよろしくな、相棒。
≪いやこれ完全に公開告白配信じゃんwww≫
≪沈黙の騎士、沈黙どころか爆弾投下してて草≫
≪尊死した ※視聴者全員死亡≫
≪供給過多で脳が処理落ちしてる助けてwww≫
≪末永く爆発しろ(祝福)≫
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとう御座います。
とても楽しく読ませていただきました。お二人には末長く爆発していただきたいとワタクシも一言添えさせていただきます。
その後のお二人や昇進後(する?)
のりレイジさんのあれやこれやをみてみたいかもと妄想するよーむーでした。
コメントありがとうございます!
レイジおじさんはこれから、昇進したり愛されまくったりして幸せな配信生活を送る予定です! 末永く爆発コメント頂けて大変うれしく思います。
こっそり宣伝させていただきますと、こちらの作品はムーンライトノベルズさんのほうで「ダンジョン配信BL企画」に参加しております。企画がR18のため加筆予定となっており、もし条件が大丈夫そうでしたら時間があるときにそちらも覗いていただけると嬉しいです!
楽しく読ませて頂きました!
レイジおじがとにかく可愛いすぎて刺さりました…!!ソウマのキャラも良かったです!そして…流れる配信のコメがかなり好きでした(笑)
イチャイチャなシーンができれば読みたかったですが…!!
素敵なお話をありがとうございました!
感想ありがとうございます!
ダンジョン配信BLを目指したつもりですが、配信コメント流れるシーンがあまりかけなかったのでコメント好きとおっしゃっていただけるととても嬉しいです!
また、こっそりと宣伝させていただくと、ムーンライトノベルズさんで「ダンジョン配信BL企画」に参加させていただいております。そちらでもこちらの作品を転載させていただいており、R18企画のため加筆する予定ですので、もし条件が大丈夫そうでしたらそちらも覗いてみていただけると嬉しいです!
いつも楽しく読んでいます。更新ありがとうございます!メインの2人がかわいいですね.。oO(7話から8話までの詳細も知りたい…なんて我儘も持ってしまいます…!)
既にご存知かもですが、こんな企画がありますよ→ #ダンジョン配信BL1
開催場所が別サイトになりますが、アルファポリスでも書かれている作家さん達が主催です。Xで告知されてましたのでよろしければ検索してみてください♪
感想ありがとうございます!
企画の連絡もとっても嬉しいです!
しかも、とんでもなく魅力的な企画ですね……あまりに自分に都合が良すぎる企画だ(笑)
ダンジョン配信BL、今後も色んな人の作品が読めるといいなぁ……(^^)