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第27章
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翌朝、東越山脈の戦いが始まった。
俺は後方の陣に配置されていた。戦場は目の前に広がる峡谷と山々の間。地形的には黒炎軍が不利だったが、龍承業の圧倒的な力により、戦いは始まってすぐから優勢に進んでいた。
(さすがチートすぎる、龍承業……)
彼の槍さばきは神業のようだった。一振りで敵兵を何人も薙ぎ倒し、その姿はまさに戦神そのもの。そして、彼の周りには常に部下の武将たちがいる。彼らは龍承業の指示に従って動き、連合軍を混乱させていた。
「順調だな」
監視塔から戦況を眺めていた俺は、胸をなでおろした。この調子なら、俺のアドバイスがなくても勝てたかもしれない。
「梁軍師!」
急いで駆け寄ってきた兵士が俺を呼んだ。身に着けた装束からするに伝令兵のようだ。
「どうした?」
「総大将からの伝令です。急ぎ伝えたいことがあるとのことで……」
(伝えたいこと? ……戦場で何かあったのか?)
俺はその時、龍承業が自分に急ぎ伝えたいことがあるということに気を取られて、つい油断してしまった。
よく見れば気づけたはずだ。自分に伝令を伝えてきた青年が、普段は郭冥玄の傍仕えをしている少年であるということに。
──ゴツッ!
頭に強い衝撃と痛みを感じるのと同時に、目の前が真っ暗になる。意識が遠のいていく中、俺は何が起きたのかを理解しようとした。
(しまった……罠……か……)
それが最後の思考だった。
◆◆◆
「目が覚めたか」
冷たい声に、俺は意識を取り戻した。目を開けると、薄暗い部屋の中に見覚えのある顔があった。
「郭……冥玄……?」
彼は皮肉っぽく笑った。
俺は状況を把握しようとした。手足は縛られ、どうやら廃屋のような場所にいるようだ。家の中の様子を見る限り、もともとは山小屋のような場所だったのだろう。
次に、俺は自分の体の様子に意識を向けた。気絶させられた時の衝撃でまだ頭に鈍痛が残っているが、それ以外には特に怪我などはしていないようだ。
郭冥玄はそんな俺の様子を見ながら、余裕のある表情で俺を見下ろしている。
俺は彼を精一杯の虚勢で睨みつけながら言った。
「何が目的だ?」
すると、郭冥玄は意味ありげに微笑む。
「お前のことだ、私が裏切り者だということは薄々気が付いているんだろう」
ここまでされて否定する意味はない。俺は頷いた。
「ああ、気づいてた。お前はずっと前から東越国の間者だったんだろ」
郭冥玄の眉がわずかに上がった。
「予想以上に知っているな」
「お前の行動パターンがおかしかったんだよ。軍議で龍承業の作戦に異を唱えないのに、その後で別の将に違う指示を出していた。それに、常に何かを隠しているような表情をしていたから」
郭冥玄は少し感心したように首を傾げた。
「なるほど。お前は見かけによらず観察力がある」
彼は立ち上がり、窓から外を眺めた。
「──最初の計画では、私の裏切りを龍承業にそれとなく伝えて彼を激高させるつもりだった」
郭冥玄は独白するかのように続ける。
「だが、お前がいる限り、その計画はうまくいかないだろう。あいつはお前の言うことをよく聞くようになってしまった。龍承業はいつもなら部下の言葉など耳に入れないのに、お前だけは別だ。お前が来て以来、お前の存在が彼の判断に影響を与えている」
彼は俺の前に屈み込み、顔を近づけた。
「正直に言え。お前は何を龍承業にした? なぜあいつはお前にだけあそこまで執着する」
「そんなことはない。俺は単なる軍師だ」
郭冥玄は冷笑した。
「軍師? 笑わせるな。毎晩彼の寝所に通う『軍師』がいると思うか?」
彼の指が俺の顎を掴み、顔を上げさせた。
「どうやら、お前は龍承業の弱点になったようだな」
彼はそう言って立ち上がり、部屋を歩き始めた。
「だから計画を変更した。『梁易安が裏切って逃げた』と龍承業に伝える作戦だ。あれほど入れ込んでいた男に裏切られたと思えば、龍承業も正気を失い、軍の統制が乱れるだろう」
郭冥玄の笑みに、俺は寒気を覚えた。
「お前は龍承業を甘く見すぎてる。彼はそんなに単純じゃない」
「そうかな? 彼は単純だからこそ強いのだ。感情のままに動く獣だ。そういう男は裏切りに最も弱い」
「いや、彼は俺が裏切ったとは信じないはず……」
俺はそう言ったが、郭冥玄はそれを一笑に付した。
「空威張りはよせ。すでに私の部下が『梁易安が密かに東越と通じていた』という証拠を残している。これで龍承業の疑念に火がつく」
俺は縄を少しでも緩めようと、さりげなく手首を動かした。しかし、縛り方が巧みで、少しも緩む気配がない。
「無駄だ」
郭冥玄が冷笑した。
「しばらくここで大人しくしていろ。戦が終わるまでな」
彼は部屋を出て行き、扉の内と外に見張りをつけた。一人残された俺は、状況を整理しようとした。
(ここはどこだろう。……おそらく戦場からそう離れていないだろうけど)
外の様子を窺おうと窓に目をやると、見慣れない山々が見える。おそらく東越山脈の近くだろうが、戦場の音が聞こえないところから察するに、黒炎軍の陣地からはかなり離れているようだ。
(龍承業……頼むから信じてくれ。俺は裏切ってなんかいない)
そう思いながらも、龍承業が俺の失踪をどう受け止めるかは想像できなかった。
(龍承業……頼む、勝ってくれ。敗北エンドにはならないでくれ……!)
俺は後方の陣に配置されていた。戦場は目の前に広がる峡谷と山々の間。地形的には黒炎軍が不利だったが、龍承業の圧倒的な力により、戦いは始まってすぐから優勢に進んでいた。
(さすがチートすぎる、龍承業……)
彼の槍さばきは神業のようだった。一振りで敵兵を何人も薙ぎ倒し、その姿はまさに戦神そのもの。そして、彼の周りには常に部下の武将たちがいる。彼らは龍承業の指示に従って動き、連合軍を混乱させていた。
「順調だな」
監視塔から戦況を眺めていた俺は、胸をなでおろした。この調子なら、俺のアドバイスがなくても勝てたかもしれない。
「梁軍師!」
急いで駆け寄ってきた兵士が俺を呼んだ。身に着けた装束からするに伝令兵のようだ。
「どうした?」
「総大将からの伝令です。急ぎ伝えたいことがあるとのことで……」
(伝えたいこと? ……戦場で何かあったのか?)
俺はその時、龍承業が自分に急ぎ伝えたいことがあるということに気を取られて、つい油断してしまった。
よく見れば気づけたはずだ。自分に伝令を伝えてきた青年が、普段は郭冥玄の傍仕えをしている少年であるということに。
──ゴツッ!
頭に強い衝撃と痛みを感じるのと同時に、目の前が真っ暗になる。意識が遠のいていく中、俺は何が起きたのかを理解しようとした。
(しまった……罠……か……)
それが最後の思考だった。
◆◆◆
「目が覚めたか」
冷たい声に、俺は意識を取り戻した。目を開けると、薄暗い部屋の中に見覚えのある顔があった。
「郭……冥玄……?」
彼は皮肉っぽく笑った。
俺は状況を把握しようとした。手足は縛られ、どうやら廃屋のような場所にいるようだ。家の中の様子を見る限り、もともとは山小屋のような場所だったのだろう。
次に、俺は自分の体の様子に意識を向けた。気絶させられた時の衝撃でまだ頭に鈍痛が残っているが、それ以外には特に怪我などはしていないようだ。
郭冥玄はそんな俺の様子を見ながら、余裕のある表情で俺を見下ろしている。
俺は彼を精一杯の虚勢で睨みつけながら言った。
「何が目的だ?」
すると、郭冥玄は意味ありげに微笑む。
「お前のことだ、私が裏切り者だということは薄々気が付いているんだろう」
ここまでされて否定する意味はない。俺は頷いた。
「ああ、気づいてた。お前はずっと前から東越国の間者だったんだろ」
郭冥玄の眉がわずかに上がった。
「予想以上に知っているな」
「お前の行動パターンがおかしかったんだよ。軍議で龍承業の作戦に異を唱えないのに、その後で別の将に違う指示を出していた。それに、常に何かを隠しているような表情をしていたから」
郭冥玄は少し感心したように首を傾げた。
「なるほど。お前は見かけによらず観察力がある」
彼は立ち上がり、窓から外を眺めた。
「──最初の計画では、私の裏切りを龍承業にそれとなく伝えて彼を激高させるつもりだった」
郭冥玄は独白するかのように続ける。
「だが、お前がいる限り、その計画はうまくいかないだろう。あいつはお前の言うことをよく聞くようになってしまった。龍承業はいつもなら部下の言葉など耳に入れないのに、お前だけは別だ。お前が来て以来、お前の存在が彼の判断に影響を与えている」
彼は俺の前に屈み込み、顔を近づけた。
「正直に言え。お前は何を龍承業にした? なぜあいつはお前にだけあそこまで執着する」
「そんなことはない。俺は単なる軍師だ」
郭冥玄は冷笑した。
「軍師? 笑わせるな。毎晩彼の寝所に通う『軍師』がいると思うか?」
彼の指が俺の顎を掴み、顔を上げさせた。
「どうやら、お前は龍承業の弱点になったようだな」
彼はそう言って立ち上がり、部屋を歩き始めた。
「だから計画を変更した。『梁易安が裏切って逃げた』と龍承業に伝える作戦だ。あれほど入れ込んでいた男に裏切られたと思えば、龍承業も正気を失い、軍の統制が乱れるだろう」
郭冥玄の笑みに、俺は寒気を覚えた。
「お前は龍承業を甘く見すぎてる。彼はそんなに単純じゃない」
「そうかな? 彼は単純だからこそ強いのだ。感情のままに動く獣だ。そういう男は裏切りに最も弱い」
「いや、彼は俺が裏切ったとは信じないはず……」
俺はそう言ったが、郭冥玄はそれを一笑に付した。
「空威張りはよせ。すでに私の部下が『梁易安が密かに東越と通じていた』という証拠を残している。これで龍承業の疑念に火がつく」
俺は縄を少しでも緩めようと、さりげなく手首を動かした。しかし、縛り方が巧みで、少しも緩む気配がない。
「無駄だ」
郭冥玄が冷笑した。
「しばらくここで大人しくしていろ。戦が終わるまでな」
彼は部屋を出て行き、扉の内と外に見張りをつけた。一人残された俺は、状況を整理しようとした。
(ここはどこだろう。……おそらく戦場からそう離れていないだろうけど)
外の様子を窺おうと窓に目をやると、見慣れない山々が見える。おそらく東越山脈の近くだろうが、戦場の音が聞こえないところから察するに、黒炎軍の陣地からはかなり離れているようだ。
(龍承業……頼むから信じてくれ。俺は裏切ってなんかいない)
そう思いながらも、龍承業が俺の失踪をどう受け止めるかは想像できなかった。
(龍承業……頼む、勝ってくれ。敗北エンドにはならないでくれ……!)
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