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3話
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それから、天野さんとのメッセージアプリのやり取りが始まった。
最初はお礼から始まった他愛のないメッセージだったが、次第に日常的な会話へと発展していった。彼は僕がシフトに入っている曜日にコンビニに行く時は必ず連絡をくれるようになった。
『今日もお疲れさま! これからそっちに向かうよ』
こんな風に、まるで友達のような気軽さでメッセージを送ってくる。そして実際にコンビニに来た時には、必ず挨拶をしてくれる。
「おはよう、黒澤くん」
たったそれだけの言葉なのに、僕の気持ちは舞い上がった。他にお客さんがいない時は、軽く雑談もしてくれる。
雑談の話題は、いま天野さんがハマっている本や映画についてが多かった。
どうやら彼は、少し昔の作品を好む傾向にあるらしい。特に文学については、太宰治などの古典作品を愛読しているようだった。それは僕の趣味のひとつである古書店巡りと通じるものがあり、予想外に話が弾んだ。
天野さんは、まるで昔からの友人のように語りかけてくれる。口下手な僕は相槌を打つのが精一杯だったけれど、それでも彼は気にする様子もなく、楽しそうに話しかけてくれた。
そして、今日。天野さんから思いがけないことを言われた。
「そういえば、黒澤くんは古本屋によく行くって言ってたよね?」
天野さんが、いつものように選んだおにぎりを僕に渡しながら聞いてきた。
「はい」
「もしかして、ここから三つ先の通りにある『月影書房』とか、知ってる?」
僕は思わず目を見開いた。そこは僕が月に二、三回は通っている、お気に入りの古本屋だった。
「よく……行きます」
「本当? オレ、あのお店によく通ってるんだ。あそこの店主さんと仲良くしてもらってて、よく掘り出し物を教えてもらったりしてるんだ」
「あ……僕も、あの店主さんとはたまに話します」
「へぇ、すごい偶然だね!」
その後しばらく、僕たちは古本屋の話で盛り上がった。普段は一言二言しか話さない僕が、この時ばかりはつい口数が多くなってしまった。ところどころ好みが重なっていて、そんなちょっとした共通点が見つかるたびに、天野さんは嬉しそうに頷いてくれる。
ただでさえ趣味を共有できる人なんて今まで一人もいなかったのに、それが急にできて、しかも相手はずっと憧れてた推しだって、どんな冗談だよ。
僕はもしかして騙されているのだろうか。幸せ過ぎて現実感がない。そもそも天野玲央という人気俳優が、僕みたいな冴えない人間と対等に話をしてくれること自体が異常だ。
「どうしたの?」
声がかかって、僕ははっと我に返った。目の前には天野さんがいる。心配そうな表情で僕を見つめていた。
そうだった。僕は今、彼の持ってきた商品のレジ打ちをしている最中だった。手に持ったおにぎりの値段を打ち込む途中で、思考の海に沈んでしまっていた。
「あ……すみません」
僕は慌てて作業を再開した。おにぎり二個とペットボトルのお茶。いつもの彼の買い物パターンだ。店内には午前中特有の静寂が漂っている。外からは時折車の音が聞こえてくるが、店内に他の客の姿はない。
「あ、そうだ」
商品をレジ袋に入れながら、天野さんが口を開いた。
「もしよかったら、今度の日曜日に一緒にその古本屋へ行ってみない?」
……え?
手に持ったレジ袋が宙に浮いたまま、僕は天野さんの顔を見つめた。彼はどこか少し照れくさそうに笑っている。
今、なんて言った? 一緒に……古本屋に?
頭の中が真っ白になった。心臓の音が急激に大きくなり、立っていても自分の鼓動が聞こえてくる。推しが僕と、一緒に出掛けようと言っている?
「なんで、僕なんかと……」
混乱した僕の口から出たのは、かすれた声だった。
「この前もお礼をしたいと思ってたし、よかったらご飯とかも一緒に行こう」
天野さんは無邪気な笑顔を浮かべたが、その目の奥にほんの少しだけ寂しげな影が見えた。
「君と話していると、なんだかいつもより自分らしくいられる気がするんだ」
その瞬間、僕は改めて彼の美しさに息を呑んだ。
柔らかく整えられた茶髪が額にかかり、切れ長の目が優しく細められている。その笑顔はどこまでも自然で人懐っこいのに、ふとした瞬間に見える目の奥の陰りが、逆に彼の魅力を引き立てているようだった。
こんな素敵な人が、僕なんかを誘ってくれている。
憧れ続けてきた人の手が、思いもよらない形で僕の前に差し出されている。これまで画面の向こうにしかいなかった人と、こうして同じ空間で同じ時間を分かち合っている。それだけでも十分すぎるほどなのに、さらに彼の方から僕を誘ってくれるなんて。
胸の奥で、本当にいいのだろうかという迷いが小さくうずく。こんな僕が、彼と同じ時間を過ごしていいのだろうか。ファンである僕が、憧れの人の貴重な休日を奪ってしまっていいのだろうか。
けれど、天野さんの優しい眼差しを見ていると、そんな不安も静かに溶けていくようだった。
「……はい」
僕は小さく頷いた。声は震えていたかもしれないけれど、それは確かに僕の答えだった。
最初はお礼から始まった他愛のないメッセージだったが、次第に日常的な会話へと発展していった。彼は僕がシフトに入っている曜日にコンビニに行く時は必ず連絡をくれるようになった。
『今日もお疲れさま! これからそっちに向かうよ』
こんな風に、まるで友達のような気軽さでメッセージを送ってくる。そして実際にコンビニに来た時には、必ず挨拶をしてくれる。
「おはよう、黒澤くん」
たったそれだけの言葉なのに、僕の気持ちは舞い上がった。他にお客さんがいない時は、軽く雑談もしてくれる。
雑談の話題は、いま天野さんがハマっている本や映画についてが多かった。
どうやら彼は、少し昔の作品を好む傾向にあるらしい。特に文学については、太宰治などの古典作品を愛読しているようだった。それは僕の趣味のひとつである古書店巡りと通じるものがあり、予想外に話が弾んだ。
天野さんは、まるで昔からの友人のように語りかけてくれる。口下手な僕は相槌を打つのが精一杯だったけれど、それでも彼は気にする様子もなく、楽しそうに話しかけてくれた。
そして、今日。天野さんから思いがけないことを言われた。
「そういえば、黒澤くんは古本屋によく行くって言ってたよね?」
天野さんが、いつものように選んだおにぎりを僕に渡しながら聞いてきた。
「はい」
「もしかして、ここから三つ先の通りにある『月影書房』とか、知ってる?」
僕は思わず目を見開いた。そこは僕が月に二、三回は通っている、お気に入りの古本屋だった。
「よく……行きます」
「本当? オレ、あのお店によく通ってるんだ。あそこの店主さんと仲良くしてもらってて、よく掘り出し物を教えてもらったりしてるんだ」
「あ……僕も、あの店主さんとはたまに話します」
「へぇ、すごい偶然だね!」
その後しばらく、僕たちは古本屋の話で盛り上がった。普段は一言二言しか話さない僕が、この時ばかりはつい口数が多くなってしまった。ところどころ好みが重なっていて、そんなちょっとした共通点が見つかるたびに、天野さんは嬉しそうに頷いてくれる。
ただでさえ趣味を共有できる人なんて今まで一人もいなかったのに、それが急にできて、しかも相手はずっと憧れてた推しだって、どんな冗談だよ。
僕はもしかして騙されているのだろうか。幸せ過ぎて現実感がない。そもそも天野玲央という人気俳優が、僕みたいな冴えない人間と対等に話をしてくれること自体が異常だ。
「どうしたの?」
声がかかって、僕ははっと我に返った。目の前には天野さんがいる。心配そうな表情で僕を見つめていた。
そうだった。僕は今、彼の持ってきた商品のレジ打ちをしている最中だった。手に持ったおにぎりの値段を打ち込む途中で、思考の海に沈んでしまっていた。
「あ……すみません」
僕は慌てて作業を再開した。おにぎり二個とペットボトルのお茶。いつもの彼の買い物パターンだ。店内には午前中特有の静寂が漂っている。外からは時折車の音が聞こえてくるが、店内に他の客の姿はない。
「あ、そうだ」
商品をレジ袋に入れながら、天野さんが口を開いた。
「もしよかったら、今度の日曜日に一緒にその古本屋へ行ってみない?」
……え?
手に持ったレジ袋が宙に浮いたまま、僕は天野さんの顔を見つめた。彼はどこか少し照れくさそうに笑っている。
今、なんて言った? 一緒に……古本屋に?
頭の中が真っ白になった。心臓の音が急激に大きくなり、立っていても自分の鼓動が聞こえてくる。推しが僕と、一緒に出掛けようと言っている?
「なんで、僕なんかと……」
混乱した僕の口から出たのは、かすれた声だった。
「この前もお礼をしたいと思ってたし、よかったらご飯とかも一緒に行こう」
天野さんは無邪気な笑顔を浮かべたが、その目の奥にほんの少しだけ寂しげな影が見えた。
「君と話していると、なんだかいつもより自分らしくいられる気がするんだ」
その瞬間、僕は改めて彼の美しさに息を呑んだ。
柔らかく整えられた茶髪が額にかかり、切れ長の目が優しく細められている。その笑顔はどこまでも自然で人懐っこいのに、ふとした瞬間に見える目の奥の陰りが、逆に彼の魅力を引き立てているようだった。
こんな素敵な人が、僕なんかを誘ってくれている。
憧れ続けてきた人の手が、思いもよらない形で僕の前に差し出されている。これまで画面の向こうにしかいなかった人と、こうして同じ空間で同じ時間を分かち合っている。それだけでも十分すぎるほどなのに、さらに彼の方から僕を誘ってくれるなんて。
胸の奥で、本当にいいのだろうかという迷いが小さくうずく。こんな僕が、彼と同じ時間を過ごしていいのだろうか。ファンである僕が、憧れの人の貴重な休日を奪ってしまっていいのだろうか。
けれど、天野さんの優しい眼差しを見ていると、そんな不安も静かに溶けていくようだった。
「……はい」
僕は小さく頷いた。声は震えていたかもしれないけれど、それは確かに僕の答えだった。
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