君を必ず救い出すと約束したから~レスキューイン・シルバーマリン

ユキトシ時雨

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ミッション1 覚醒の生物因子! 助けを呼ぶ声に応えて見せろ!! 

第8話 クロマグロ×トビウオ

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 息を止める間も無く、鋼助は海中へと沈んでいく。

 こうなれば、もう泳ぎが上手い下手の範疇じゃない。肺の中の空気は、瞬く間に海水へと置換され、冷たい悪寒が手足に纏わりついてくる。

「ごっぽっっ……!!」

 海水は僅かに銀色を帯びていた。汚染された水は粘性をまとい、バクテリアに適応できず水風船のように膨らんだ魚の死骸が無数に漂う。

 あれだけ巨大なロブスター型が無数のハイドラを引き連れてきたのだ。その体表に付着していたバクテリアが水中に溶け出し、疑似的に汚染海域が再現されてしまったのだろう。

 身体の内側が熱い。血管の一本一本に、煮えたぎった水銀を流されるようだった。

 バクテリアが全身を蝕んでいるのだ。鋼助の全身も水死体のように醜く膨らみ始める。まるで自分が人ではないナニかに作り替えられているような感覚だ。細胞の一片までもが侵される不快感に、意識は何度もブラックアウトしかけた。

「うぐっ……!」

 ついには上下左右も分からなくなり、鋼助の身体は底へ、底へと堕ちていく。隊服越しに染み込んできたのは、濃密でどろりとした死の気配だ。


 もしかして、俺はこのまま死ぬのか……?


 けれど、途切れかけの意識の奥では、『──助けて』と。またあの声が自分のことを呼んでいる。


 そうだ。この聞き覚えのある声は────

「ッッ…………まだ死ぬわけにはいかねぇんだよッ!」

 心臓が強く跳ねる。一際大きな拍動が冷たくなっていく身体へ、ありったけの血液を送り込むのだ。

 それと共に、内に秘めた何かが暴れ出すような感覚に襲われる。鼓動が早まるたび、中に潜む何かが腹を食い破って、外に出ようとしているような。

 蝕まれる肉体は、筋繊維の一本に至るまでもがより強靭なものへと再生され、意識も次第に明瞭なものとなる。

 本来、鋼助の身体に内包されていなかったはずの因子が、ゆっくりと目覚めていくのだ。


 そして、その証明たる瞳は〝紅く〟瞬いていた。


 ◇◇◇

 一本の水柱が跳ね上がった。

 甲板に居合わせた隊員たちの視線は、そこから飛び出した人影へと釘付けになるだろう。

「新人……くん、なの?」

 蛍は思わず、そう漏らした。

 彼女が驚くのも無理はない。甲板へと軽やかに着地した人影は間違いなく、彼女のよく知る玄野鋼助であった。

 だが、口から血の滲んだ海水を吐いて捨てる様には、決定的な差異が生じているのだから。

 紅く揺れる双眸。そして、両腕からは隊服の裾を破って、半透明のブレードのような器官が発現していた。

「第六救助隊所属、玄野鋼助・ベース生物────」

 鋼助は、再びロブスター型の背を経由して這い上がろうとするハイドラたちに狙いを定めた。後ろ足の筋肉を伸ばしきってクラウチングスタートの姿勢を取れば、両腕のブレードは微細な振動を始める。

 鋼助が第六救助隊に提出した書類の中に、〈EXD手術〉を受けた記述は一切ない。それは自身の記憶も同様に。

 だが、鋼助はその因子の運用法を知っていた。

「飛魚(トビウオ)ッッ!」

 両腕のブレードが潮風を捉え、その身体が滑空する。ハイドラ一体との間合いを即座に詰め、魚雷のような勢いで鋭利なブレードを叩き付けた。

 双方を形成するキチン質同士が噛み合う感触。それが小さな火花を散らしながらも、戦闘機の翼と、銀色に煌めくナイフの両方を思わせるブレードが、ハイドラの甲殻を叩き切ってみせた。

 刃に引っ掛かる中身を、押し切り、引き千切ってしまうような感触。手応えは確かなものである。

「まずは一体ッ!」

 その勢いでロブスター型の背に着地。同時に素早く駆け出し、再度滑空する。

 風を受けるブレードの角度を若干調整することで、方向を転換。返す双刃で今度は二体のハイドラを同時に切り裂いてみせる。

 二体。

 三体。

 四体。

 次々、標的を捉えブレードを叩き付けていく鋼助の身体からは、白い蒸気が噴き出ていた。

 ハイドラの甲殻も単にブレードを当てられただけで切り裂かれるほど、脆くはない。ブレードを当て、それを硬い甲殻ごと力で押し切るだけの腕力が求められた。

 飛魚×とある生物の二重因子。それこそが不足したパワーを補う。

「黒鮪(クロマグロ)ッッ!」

 鋼助がもう一つの因子を叫んだ。

 クロマグロは海中を高速で回遊する。大型の個体であれば、その遊泳速度は時速七〇キロから九〇キロにも到達する程だ。それだけの加速に用いられる筋肉の伸縮運動には、冷まし切れない熱が籠るほどであった。

 そんな因子の特性を引き継いだ鋼助の筋肉からも、凄まじい伸縮運動の果てに膨大な熱が、白煙として放出される。

 そうして、爆発的な加速を実現せしめた筋力は、ブレードを用いてハイドラを穿った。紅い瞳の瞬きが尾を引いて、縦横無尽に空を駆ける鋼助の姿には、対峙するハイドラたちも戦慄を覚えたことだろう。

 バクテリアによって侵されたハイドラには本来、恐怖を感じられるほどの理性も残っていない。それでも、同胞たちを切り捨てては加速していく鋼助の気迫に、忘れていた感覚を呼び起こされたのだ。

「これで十匹体めッ!!」

 銀色に濁った海へと後退しようとする最後のハイドラを、滑空のすれ違いざまに切り裂く。だが、その直後に鋼助の身体がフラついた。空中で大きくバランスを狂わせたのだ。

「危ないッ!」

 両腕をダラリと垂れ下げ垂直に堕ちていく鋼助を、蛍の背から再発現した触手が支える。

 間一髪。そのまま抱き寄せるよう、鋼助を甲板へと下ろした。

「はぁ……はぁ……ッッ!!」

 動悸が荒い。熱の篭った全身には常に激痛が走っている。

 鋼助の症状は一見して、蛍のような能力の過剰使用による消耗に思われた。だが、両腕から発現した飛魚のブレードがボロボロと崩れる気配も、瞳の輝きが失われる様子もない。

 鋼助の身体は、蛍たちの〈EXD手術〉とは何かが違っているのだ。

「ちょっと……これ……折れてるじゃないッ⁉」

 駆け寄ってきた蛍たちは、鋼助の両手足が赤黒く鬱血していることに気づくだろう。皮膚が裂け、ところどころがあらぬ方向に捻じ曲がっているのだ。

「ヒデェ……粉砕骨折だ」

「おい、誰か船内から担架を持って来い!」

 駆け寄った隊員たちが口々に声を張り上げた。

「新人くん……聞きたいことは山ほどあるんだけど、あとは私達に任せて。新人くんが作ってくれたチャンスのおかげで、私の因子も回復したから……」

 八本の触手を携え、構える蛍。そして、まだ余力を残した隊員数名が船にしがみついたロブスターへと対峙していた。

 だが、

「まだッッ……やれますッッ!!」

 手を貸そうとする隊員たちを振り払い、鋼助もまた前に出た。

『────助けて』と呼ぶあの声が、因子に目覚めてからというもの、より鮮明に聞こえるのだ。

 銀鈴の鳴るようなクリアな声。しかし、そこには震えのノイズが混ざり込んでいる。

 声はより立体的に。そして、何処から自分を呼んでいるのかも、今の鋼助にならハッキリと聞き取れる。

 彼女はきっと、あそこに────

「無茶よ、その怪我じゃ!」

「無茶じゃありませんッ! 蛍先輩……俺は死にません。必ず、要救護者を確保して戻ってきますからッ!」

 靴裏が、甲板をキツく噛む。

 それを踏み締めるであろう鋼助の脚は、既に再生を終えていた。いつの間にか、あらぬ方向に折れ曲がっていたはずの脚が、今は正常な状態にあるのだ。

「待ってろよ。いま、助けてやるッッ!!」

 全身の痛みに滲んできた涙をごしごしと拭い去り、再度鋼助は離陸する。

 目掛けるはロブスターの脳天。そこへ向け、滑空の勢いを乗せた鉄拳を振り下ろすッ!

「うぐッッ……!!」

 ロブスター型の巨躯は、鋼助が叩き切ってきた並のハイドラの数十倍にも及ぶ。当然、その甲殻も巨大になればなる程に、分厚くなっていた。

 十倍単位で厚さを増した甲殻には辛うじてヒビが走るも、弾かれた鋼助の拳だってただでは済まない。

 再生しかけていた腕が、さらにおかしな方向へとねじ曲がる。返ってきた反動に肩は外れかけ、そのバランスも大きく狂わされるだろう。

 だが、そうだとしても────

「ッッ……!! あと、もう一撃ッッ!!」

 鋼助は足を撃鉄のように振り上げ、バランスを立て直した。

 いくら大きくなろうとも、ハイドラはハイドラなのだ。

 ならば対処の仕方も同様であろう。

 瞳の輝きがさらに深みを増せば、振り上げた踵から、新たに三枚目の翼が発現した。そのまま、先に発現した両腕の二枚より巨大で粗削りなブレードを、渾身の力で振り下ろすッ!

 ◇◇◇

 ロブスター型の鋏が、〈こんぺき〉から外れてゆく。限りなく脳天に近い位置に刃を振り下ろされたがために脳震盪を起こしたのだろう。血へどのように泡を吹き零しながら、その巨体を海中へと沈めてゆく。

 甲板からは次々歓喜の声が上がった。少し向こうには、応援に駆けつけた第一戦闘隊の〈あかつき〉の船影も見える。

 誰もが、安堵に胸を撫で下ろそうとする最中、

(────まだだッッ!!)

 鋼助だけは息を止めて、未だ沈みゆくロブスターの背に張り付いていた。

 腕のブレードを楔のように突き立て、自らが入れたヒビからロブスター型の甲殻を引き剥がしていく。

 幾重にも層を織り成す殻。それを掴んでは力任せに引き剥がしていく最中、指先はすでに血まみれで惨たらしいことになっている。

(……クッソ!! どこだよッッ⁉)

 だが、鋼助は頭に響く声を頼りに、救護者の姿を探し出す。

 あの声は、このハイドラの中から聞こえていたのだ。

(ッッ……もうこれ以上は、呼吸が)

 口からは、肺に残った酸素が泡となって漏れ出していた。息を止めるのも限界に達しようとしたその寸前で、



 ─────見つけた



 殻と殻が織り成す層の隙間。

 その中で眠るように横たわっていた小さな少女を、鋼助は強く抱き寄せる。
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