君を必ず救い出すと約束したから~レスキューイン・シルバーマリン

ユキトシ時雨

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ミッション1 覚醒の生物因子! 助けを呼ぶ声に応えて見せろ!! 

第7話 因子起動

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 頭痛を誤魔化すように歯を食いしばって、階段を登る足取りを早めた。

 腰ベルトにぶら下がったレスキューアックスに手を掛けて、甲板へと顔を出そうとした瞬間────反射的に身体を仰け反らすも、無骨な鋏が鋼助の鼻先を擦過する。

「くッ……!!」

 鼻先にはザラザラとした擦り傷が残った。

 じんわりとした感触と共に、血が滲んでくる。もしも、もう少し頭を出すタイミング早かったなら、あの鋏に頭蓋を押しつぶされていたことだろう。

 金属が軋む音と火花に次いで、潮の匂いを纏った甲殻類の鋏が、階段の入り口へと捩じ込まれた。獰猛に獲物を求め、巨大な鋏を何度もカチカチと噛み合わせるその様は、間違えなくハイドラのそれである。

「なっ……なんでここにもハイドラがッ⁉」

 ハイドラは〈こんぺき〉に取り付いているのではなかったのか。それ程の巨体を持つハイドラの鋏だけが、狭い階段の入り口に突っ込めるほど小さいだなんてことは考えにくい。

 だが、事実として鋼助の眼前にソレはいる。

「……考えてる暇もねぇか」

 トリガーを引いて、アックスを起動。渾身の力で紫電を帯びた刃部を叩きつける。が、重厚な外殻に容易く弾かれてしまった。

 ハイドラの殻には小さなヒビが入っただけ。これでは午前の訓練の二の舞だ。

「クッソ……舐めんじゃねェぞッ!!」

 キックバックするアックスの握手を、両の手で押さえ込み、もう一度強く振り下ろす。

 初撃で走らせたヒビをより広げるように。こちらも反動で危うくアックスを取りこぼしそうになりながらも、外殻は砕いた。

 流石のハイドラにもこれは効いたのか、錆色の体液を撒き散らし、すぐに鋏を引っ込めた。

「クソッ……お陰で掃除もやり直しじゃねぇか」

 生臭さと潮が混ざった体液に顔を顰めつつ、今度は恐る恐る甲板へ上がる。

 そこに広がる光景はまさしく、惨状と言うに相応しい────最奥に佇むハイドラは五〇メートルどころではない。〈こんぺき〉の二倍近くあろう、四〇〇メートル級の超大型ハイドラだ。

 海外原産であろうロブスターがバクテリアによって侵され変異したそのスケールは、並のハイドラの比ではない。タンカー船を思わせるほどに巨大化していたそれは、容易に巨大物恐怖症(メガロフォビア)を誘発させるほどの圧巻だ。

 次いで、視線が移るのはロブスター型の背である。

 両の鋏で〈こんぺき〉の船首を捕えたロブスター型の背を、小型の甲殻類ハイドラが次々と這い上がってくるのだ。

 便宜上「小型」と称したが、それは最奥のロブスター型と比較しての表現であり、連中だって一体一体が三メートル前後の巨躯を持つ。それらがデタラメに鋏の節足を振り回しては、甲板に穴を開けて回っているのだ。

 なんとかハイドラたちを海に押し戻しても、またすぐにロブスターの背を伝って這い上がってきてしまう。

 船頭の方では、蛍を筆頭した数十名の隊員たちが辛うじて防衛線を築いているが、それだっていつ崩壊してもおかしくはなかった。

「おいおい……これは何の冗談だよな…」

 押し入るハイドラの軍勢を前に、そう言葉を漏らさずにはいられない。

 通常、ハイドラが群れや徒党を組むなんてことはあり得ないことなのだ。ハイドラという名義で一括りにこそされているが、変異前はそれぞれが別種の生物なのだから。

 習性や生体だって種によって異なる。何よりバクテリアの影響で凶暴化し、互いさえも喰い合うハイドラは本来、同時に複数体で現れることなどあり得ないと断言できた。

「なにが起こってやがるんだよ……」

 鋼助の足は止まっていた。奥歯同士を噛み合わせ、辛うじて絶叫を抑えることは出来ても、膝は馬鹿みたいに笑っている。

 その背後に一体のハイドラが這い寄る。鋼助によって片方の鋏を砕かれたさっきのハイドラが、その意趣返しと言わんばかりにもう片方の鋏を斧のように振り上げていた。

「────ッッ!!」

 寸でのところで鋼助も身を翻す。

 断頭台の刃のように迫る鋏を、アックスの峰で受け止めるも……その一撃はあまりに重かった。

 立体映像とドローンを用いた訓練とはあまりに違う。訓練用に加減されたモーターの出力と、殻の中に詰まった筋繊維から振り下ろされる一撃では、馬力に雲泥の差があった。

 それを斧ごと受け止めた筋骨が嫌な軋み方をする。両足を伝わせ衝撃を足元へ逃がすも、僅かに気を緩めれば、いつ圧し潰されたっておかしくはない。

「うぐっ……!」

 今、自分は何をやっているのだろうか。生物としての地力の差には、馬鹿馬鹿しささえ覚えてしまう。

 ただ、それでも。────ここで押し潰されるなんて死んでも御免だッ!。

「俺が〈特務海上保安庁〉に入ったのはなァ……! お前らと闘うためじゃねぇッ! 俺が今ここにいるのはなァ、助けを求める誰かの声に応えるためなんだよッ!」

 鋼助が歯を剥き出し吼える。一か八か。潰される覚悟で、重さを支えている脚の片方を蹴り上げる。

「オラァァ!!」

 蟹や海老などの甲殻類が変異したハイドラは、全身を覆う殻の防御力が脅威となる。しかし、単に体の大きさをスケールアップだけでは克服できない弱点もあった。

 例えば、分厚い殻に覆われた裏側。腹部や口内であれば脆いままだ。

 跳ね上げた鋼助のつま先が、無防備な口内へと突き刺さる。ハイドラの自重で鋼助のつま先は更に深くまで食い込み、殻の中に詰まった器官を押しつぶした。

「ッッ…………やったか?」

 ハイドラは泡を吐いたまま動かなくなる。口内から足を引き抜けば、ズボンの裾には、ずるりとした感触が付き纏った。

「気に入ってたのに……畜生が」

 鋼助が周りを伺えば、前線の隊員たちを突破して来たハイドラたち数体が、ぐるりと自身を取り囲む。

 直前まで眼前のハイドラによって視界を阻まれ、その背後に潜んだ一回り小さいハイドラに気付くことが出来なかった。

 恐らくは〈みずかみ〉のレーダーもこうやって掻い潜ったのだろう。最奥のロブスター型の影に隠れて接近すれば視認はもちろん、レーダーでの判別も困難となる。

 万事休すかと思われたそこで、


「────新人くんッッ! 伏せなさいッッ!!」


 前線側から鋭い指示が飛んだ。その直後に、触手の剛腕が眼前のハイドラたちをまとめて薙ぎ払うッ!

 その触手は一見して、無脊椎動物が転じたハイドラのものに酷似していた。だが炭素カーボン製のプロテクターを纏ったソレを、腰部から生やした彼女は違う。

「宝条蛍。ベース生物・大王烏賊(ダイオウイカ)。────標的を一層するッ!」

 因子の起動剤を摂取した影響で蛍の瞳孔は、黒から〝蒼色〟へと瞬いていた。

〈EXD手術〉によって、最大級の無脊椎動物たるダイオウイカの因子を組み込まれた彼女の背後では、その武器たる八本の触手が蠢く。

「ぶっ潰す!」

 障害物の撤去や、救護者の運搬を想定された触手。それはデタラメに振り回すことでも、吹き荒さぶ暴力の嵐にも転じ得る。

 八本の触手は、甲板に上がって来たハイドラを再び海へと突き落とし、手ごろな個体を捕縛。最後には、握り潰すようにして圧殺してみせた。

「こんなところで何やってるのよ、新人くんッ!」

 鋼助に駆け寄ってくるなり、彼女は烈火のような叱責を浴びせる。

「私、船内に待機って言ってわよね! 〈EXD因子〉を持たない隊員がハイドラと戦闘するのは禁止だってことも教えたでしょ!!」

「すっ……すいません! けど俺もジっとしていられなくて!」

「それ、君の悪い癖だからね。まったく世話ばっかかけさせて。こっちだって因子の燃費がすこぶる悪いってのに」

 蒼く輝いていた蛍の瞳にくすみがかかる。

 彼女の動悸が乱れ、背から生えていた触手もボロボロと崩れてしまった。

「……もう時間切れみたいね」

〈EXD手術〉は決して万能ではない。

 因子を起動させるにはどうしたって専用の薬剤が必要になるし、体力も激しく消耗する。特に彼女に埋め込まれたダイオウイカの因子は、その消耗具合が顕著であった。

 使うタイミングを少しでも誤れば、彼女自身の肉体が因子に食い潰される諸刃の剣なのだ。

「新人くん……私が午前の訓練で教えたこと、覚えてる?」

「……レスキュー活動において、無茶をしたり、命を賭けることでしか誰かを助けられない救助隊員は二流」

「ちゃんと覚えてるわね……なら、もうこの際よ! 私がまた触手を振り回せるようになるまでは数分のインターバルがいるの。けど、あの奥のデッカいのはいつ本気で船を沈めにくるかも分からない」

 蛍が振り回した触手のお陰で、甲板に上がって来たハイドラのほとんどは排除されている。触手を乱雑に振り回すように見えて、味方の隊員を巻き込まぬよう配慮しつつ、ほぼ全てのハイドラを絡めとるコントロールは、彼女にしか出来ない緻密な記述による賜物でもあった。

 そして蛍の力は第六救助隊において、唯一あのロブスター型のスケールに対抗出来る力でもある。

「いい新人くん? またあのデカブツの背を伝ってハイドラたちが登ってくる前に、私たちはアイツを船から引き剥がす。後方からはテッポウウオの因子持った隊員たちが援護してくれるから、新人くんは甲殻類因子持ちの前衛に加わりなさい。私がもう一度、因子の力を発現できるようになるまで時間を稼ぐの────それで、絶対に無茶はしない。出来るわよね?」

 両肩を強く掴まれ、問い詰められる。

 しかし、その返事に迷うことはなかった。

「はいッ!」

 前線の隊員達は二手に分かれ、船体の左右それぞれに食い込んだ鋏を引き剥がそうとしていた。

 人数が若干足りていないのは右の方だ。爪先で方向を変えようとした瞬間に、船全体に大きく暗い影が降りかかる。

 ロブスター型がその鋏を振り上げたのだ。


「んなっ……⁉」


 次の瞬間に、鋼助の身体が宙に舞っていた。

 鋏を叩きつけられた反動で、甲板が大きく揺れる。転覆こそ免れたが、数名の隊員が海へと投げ出されてしまった。

「しまっ────」

 一瞬の浮遊感に次いで、鋼助の手足も重力の矢印に絡め取られてしまう。

〈EXD手術〉を受けた隊員ならば、海に投げ出されたところで、這い上がること自体はそう難しくもないのだろう。

 だが、鋼助は違う。目下の海には、蛍によって甲板から叩き落とされたハイドラが無数に蠢いていた。因子を持たずに、あそこから這い上がるのは不可能だ。

「クッソ……!」

 必死に手足を伸ばし、何か捕まるものがないかと懸命にともがく。しかし、その努力は報われることもなく。荒波立つ海面が鼻先へと迫り、小さな水柱を上げてながら、沈んでいく。

 そう、いつかの事故の時のように。潮の匂いに満ちた水底へと。
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