OverKill:LifeMeter

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#25 指先の指針

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「――はい。では今から杵淵を追い、本拠地に乗り込みますね」

 三日月病院へ乗ってきた車は病院内の壁に刺さっているため、白夜たちは"スイレン"が用意した新しい車に搭乗していた。助手席で雪音が"スイレン"の幹部であり、彼女の父である東宮総司に電話をかけている。

 金剛寺一派による三日月病院への襲撃。

 三日月病院の被害状況や、襲撃した六人の内、杵淵以外は捕らえたこと。

 杵淵は逃走したが、理恵の異能で逃走先の本拠地を特定することが可能になったこと。

 雪音はそれらのことを報告していた。

「……了解です。分かっています……大丈夫です……はい」

 雪音が通話を切った。彼女はそのまま息を吐く。

「理恵。"指先の指針テネシィ・ダーツ"はどんな感じ? 杵淵の止まった?」

 雪音は運転席で片目を閉じ、ハンドルに寄り掛かかっている理恵へ聞いた。

 あの喫茶店のウェイトレスこと理恵が持つ異能"指先の指針テネシィ。ダーツ"。位置情報を発信する"ダーツ"を生成することができる異能だ。その位置情報は本人である理恵がリアルタイムで把握できる。

 また、その"ダーツ"本体には攻撃力がないらしい。例え"ダーツ"で刺されても痛みは薄い。戦闘向けではないが、それはつまり"ダーツ"で刺されても気づかないということでもある。

 そして極めつけに、若干ながら追尾性能を持っている上に、どんな物質にも刺さる性質を持っているようだ。綿あめから金属まで、何にでも刺さるらしい。

 ――どうして綿あめに刺さると知っているのか聞いてみたいところだが、今は流しておいた。

 理恵は雪音の言葉に答える。

「さっきから停車しているようです。信号にしては長いですね。恐らく駐車しているのかと」

「……場所は?」

「四丁目の近くです。雑貨ビルが建ち並んでる通りだと思われます」

 四丁目。それはエイラが金剛寺に初めて遭遇したという場所だ。

 雪音はうなずくと、理恵に言った。

「そこに向かおう。多分、そこに金剛寺たちの本拠地があるわ」

「了解です」

 車にエンジンがかかった。理恵はギアを入れてハンドルを切る。

 走り出す車の中で白夜は静かに考えていた。今日だけでかなり事態が進んでしまった。頭の整理が若干追いつかなくなりそうだったので、この時間はありがたい。

「……雪音、杵淵と一緒に病院を襲った異能持ちは"異能雑兵ノイズ"ってことでいいんだっけか」

 白夜は雪音に問う。

 白夜が戦った炎使いは見た限り、練度が低かった。異能力者ミュートの超人的な基礎能力にかまけて、異能を鍛えていなかったということもありえるかもしれないが、今回のパターンでそれは考えにくい。

 金剛寺と組む時点で、その異能力者ミュートは裏家業に手を染めている可能性が高い。ともなれば、他の異能力者ミュートと遭遇しているはずだ。

 遭遇していれば、超人的な基礎能力だけでは渡り合っていけないことぐらい分かるはずである。――それが分からないほどの馬鹿だった場合は、人知れずこの世から脱落しているだろう。

 これらのことから、襲撃者たちは金剛寺によって異能を"異能覚醒薬チューニング"で目覚めさせられたばかりの"異能雑兵ノイズ"である可能性が高い、と白夜は推測していた。

 雪音は白夜の問いに片目を閉じて答えた。

「そうですね。こちらで捕らえた襲撃者の一人が"クスリ"を服用したと吐いたようですから、恐らく杵淵以外は"異能雑兵ノイズ"だったのでしょう」

「そうか……」

 六人の襲撃者のうち、五人が"異能雑兵ノイズ"。その答えに白夜は納得しつつも釈然としなかった。

 "異能覚醒薬チューニング"を流布し"異能雑兵ノイズ"を作り始めたのはごく最近のことだ。そして"異能雑兵《ノイズ》"へと成るためにはその手の適正が必要なハズ。

 そんな集めるのが難しい存在を、特に修練も積ませていない状態で、雪華を狙って病院を襲わせた――その事実がなんとも不思議でならなかった。

 適正を持っている上に協力を仰げる存在をせっかく見つけ集めたというのに、あまりにも使い方が雑である。

「……」

 何か狙いがあるのだろうか。それとも考えすぎか。白夜が考えてる内も車は杵淵の後を追って敵の本拠地へ向かっていく。

 ――考えても仕方がないか。白夜はそう思って顔を上げた。この状況で推察しても予想しか出てこない。

 例え正解にたどり着けていたとして、それを踏まえたとしても、白夜がやることは変わらない。

「白夜、あのことは覚えてますか?」

「……うん?」

 ふいに雪音は白夜に話しかけた。

「金剛寺を二人で挟めた時の作戦です」

「ああ、覚えてる」

「そうですか。ならいいんですが」

 ただの確認か。白夜はそう判断したが、ふと雪音の姿を見て思い直す。

 彼女の太ももの上にのせてある腕がかすかに震えていた。その表情もどこか落ち着きのない様子で、フロントガラス越しに前を見つめていた。

 そんな彼女の姿を見て、白夜は思い当たるものがあった。

「緊張してんのか。まあ当たり前だよな」

「……」

 白夜はそう言って座席に深くもたれかかった。

 今の雪音は姉を救える絶好のチャンスを目の前にして、心の臓を冷たくしているのだろう。あと少しで姉を救うことができる希望がすぐそこにある夢想感と、迫りくる責任という名の重圧の現実味が彼女を板挟みにしている。

 そんな感覚を白夜は知っていた。

 好奇心という夢想感と、何が起こるのか分からない不安が這いずってくる現実味――その板挟みになりながら、白夜は"軌骸妖星イデア"に登り、結果的に宿星の呪いにかかった。

 それは結果的に、這いずってきた不安が脊髄を通過して脳みそまで到達してしまったといえよう。

 白夜にとってのそれが二年前。雪音にとってのそれはまさに"今"。――白夜は雪音を見つめ、はっきりと言った。

「問題ないさ。今は緊張してても"その時"がくれば体は動いてくれる。お前だって、このために多くの努力してきたんだろうが。自分を信じてやれよ」

 白夜との違いは、雪音には明確な目的があり、その目的のために今まで動いてきたということ。好奇心と字の背中を追ってやらかした白夜とは積み上げてきたものが異なる。

「……そうですか」

 雪音は声色を全く変えずに相槌を打った。白夜も気にせず腕を組んだ。

 車はついに四丁目へ到達した。
 信号を曲がり、飲食店が立ち並ぶ通りを過ぎる。


 そのまま理恵が"指先の指針テネシィ・ダーツ"で杵淵の車を探知した雑貨ビル街へ入った。

「ありました」

 理恵はそうぼやくと、路肩に車を止めた。白夜と雪音の視線がフロントガラスに向く。

 その斜め前の対向車線越しの雑貨ビル。そのビルトインには黒いハッチバックがとめられており、恐らくそれは杵淵が乗っていたものであろう。

 それを確認した白夜と雪音は顔を見合わせ、うなずきあう。あのビルが金剛寺たちの本拠地であることはほぼ間違いない。

 それを踏まえ、雪音が理恵へ次を指示を出そうとする。が、それよりも先に理恵の顔が引き締まった。

「捕まって!」

 理恵が唐突に勢いよくアクセルを踏み、二人の体が揺れた。

 車が急発進した直後、甲高い音が後ろから響き渡った。流れていく窓の景色で、白夜の視線の隅に見覚えのある人影が映る。

「杵淵か……待ち伏せしてたな」

「はい……! すぐそこの駐車場に入ります!」

 白夜が見たのは大太刀を持った杵淵。そして理恵が車を急発進させたのは、彼女の攻撃を避けるため――車が急発進した後に聞こえた音は杵淵の斬撃の音だろう。あのまま停車していたら車は大破していた。

 理恵はハンドルを切り、さっきの宣言通り小さな立体駐車場へ入った。屋上ありの二階建てのそれの一階フロアで、三人を乗せた車は奥へぐるっと回る。

「理恵! 止めて!」

 雪音が叫び、車は奥の方で止まった。すぐに雪音がドアを開けて外へ出る。白夜もそれに続いた。

 車のドアを開けたまま、雪音は運転席の理恵へ告げる。

「理恵はちょっと離れて待機! 何かあったら"スイレン"と連絡をとって欲しい。非戦闘員の貴方まで戦わせるわけにはいかないわ。私が杵淵を引き付けるから、その隙に」

「……了解です。ご武運を」

 短い言葉のやり取りを終えて、雪音はドアを閉めた。白夜は彼女に駆け寄る。

「おい、今"私が"杵淵を引き付けるって言ったよな」

 白夜の言葉に雪音は黙って刀を抜き、鞘を投げ捨てた。伽藍堂な駐車場の一階フロアにカランと乾いた音が鈍く響く。

 雪音は刀身をなぞりつつ、口を開いた。

「はい。私は今この場所で杵淵を相手にします」

 そう言いながら、雪音は勢いよく刀を振り下ろす。そして車の前方に現れた人影を睨みつけた。

 三人が乗った車を追ってきたその人影――杵淵は白夜たちを目視するや、ゆっくりと距離を詰めてくる。右腕には大太刀を握られていた。

「貴方は先行して雑貨ビルへ。私は――」

 雪音は地面を踏みしめた。刹那、激しい風圧と共に雪音は杵淵へ飛び掛かり、刀を振り下ろす。

「っ!」

 杵淵はギリギリ大太刀でその太刀筋を防御するが、衝撃は計り知れなかった。雪音の剣圧が杵淵の踏ん張りを上回り、耐えきれず杵淵は吹っ飛ぶ。同時に理恵の車の車輪が回った。

「くっ……!」

 杵淵は吹っ飛ばされ地面を滑る。両足と片手で自分の体を滑り止め、苦虫を噛み潰したような表情で顔を上げた。その間に理恵の車は駐車場を出て、その場に残るは白夜と雪音だけになる。

 白夜は雪音の背中を見た。杵淵には病院での戦闘によるダメージが少なからず残っているはず。それに加え、雪音自身もそこそこ腕が立つことは身を持って知っていた。

 ――気になることはある。しかし、この状況で尻込みして良い理由にはならない。白夜は拳を握りしめた。

「任せる! 絶対後から来いよ!」

「勿論です!」

 白夜が後ろへと走り出した。金剛寺が根城にしている雑貨ビルに向かうためだ。杵淵はそれを睨みつけ、大太刀をピクリと動かす。――が。

「させませんよ」

 冷気を纏った斬撃が杵淵を襲った。彼女は寸でのところで"電撃"を付与した大太刀でそれを相殺する。冷気と電撃が虚空へ霧散し消えていった。

 杵淵は霜が降りた地面で足並みを揃えなおす。

 そして杵淵の視線は逃げる白夜の背から、異能を刀に纏わせ構える雪音へと移った。彼女はそのまま短く息を吐く。

「ガキのおもりは好きじゃないんだけどな」

「……私のおもりは少し強烈ですよ。おもりが好きになるかも……一生忘れないぐらいに」

「はっ。そりゃ楽しみだ」

 軽口を交わしながらも、絡み合う両者の視線は決して軽くはない。互いに自らの得物を握りしめたのだった。
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