OverKill:LifeMeter

トンボ

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#26 ひとつの推測

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 白夜が立体駐車場を出ると同時に、後ろから爆音が鳴り渡った。雪音と杵淵の戦闘が始まったようだ。

 白夜は振り返らず、土煙が香る中、黒いハッチバックが止まる雑貨ビルまで駆け出した。

 ビルトインのすぐ横の扉を蹴破って、さっそく雑貨ビルの中に入る。薄暗く狭い螺旋階段が目の前に現れた。

「……」

 外から見た分ではこの建物は三階までありそうだ。三つのフロアは独立していて、当然ながら白夜にはどこに彼らがいるのか分からない。ご丁寧に表札が貼ってあれば楽なのだが、そんなふざけたことを思っても何も始まらないだろう。

 とにかく、一階から虱潰しにするほかない。無関係なテナントが入っていた場合は申し訳ないけれど、仕方がないか。

 まず白夜は螺旋階段の奥にあった扉の前に立った。拳を握り"重力"を纏う。そしてその拳を振りかぶった。

 金属の扉をぶち破ると、予想外にも光が暗い廊下に溢れ出た。白夜は一度だけ足を止めたが、警戒しながらゆっくりと中へ入っていく。

「こんにちは。お兄さん」

 部屋に入ると、奥の方から声がした。まだ声変わりを遂げていない男児の高い声だ。

 白夜はその声の主を見る。

「……松浦イリアン」

 灰色の業務用机の上に、まるで誰かを待ち構えていたかのように座っていたその少年――それは写真で見た通りの顔。松浦イリアンだった。

 松浦は白夜を見ると、年相応にはにかんだ。彼は短く切られた黒髪を揺らし、色素を失った灰色の左目が不気味に細める。肩には虫取り網がたてかけられていた。

「お前がいるってことは、このビルで合ってたみたいだな」

「やっぱお兄さんはあちら側か。新入りさんかな?」

 距離を開けて視線を交わし合う白夜と松浦。

 松浦は少年らしく、足をぶらぶらさせて机の上に座ったままだ。白夜という侵入者を前にして、とても悠長な態度だった。

 しかしそれはそんな隙だらけの少年一人に手を出していない白夜も同じだ。いつでも攻撃できるよう、異能は準備しているものの、白夜自身はまだ事を始める気はない。

 その訳は松浦に聞きたいことがあるからだった。――否、白夜が彼に語りたいことがあるから、という方が正しいのかもしれない。

 三日月病院への襲撃は、杵淵側に未熟な"異能雑兵ノイズ"が多く含まれていたから、小さな被害で撃退できた。
 杵淵への尾行は、理恵の"指先の指針テネシィ・ダーツ"の協力もあったこともあり、難なく成功した。

 けれど、それらの成功の原因は杵淵側が少し知恵を絞れば潰せるものばかりだった。

 前者は"異能雑兵ノイズ"をある程度慣らせておけばよかった。
 杵淵の逃走は念のために途中で車を乗り換える程度の工夫をすれば、この場所を特定されることはなかった。

 白夜の中にあった不気味な違和感。それを白夜はついに口にする。

「……お前ら、俺たちを?」

 過剰反応かもしれないが、白夜は杵淵がわざと二人をこの場所に釣りだしたように感じていた。

「……」

 松浦は灰色の片目に白夜を映したまま、口を閉じる。足をぷらぷらさせるのは止めて、左右とも違う色の瞳でじっと白夜を見つめていた。

 白夜は続ける。

「色々と引っかかってたんだ。わざわざご丁寧に中央口から襲撃? 使えねえ"異能雑兵ノイズ"の部下というお荷物を引き連れて? 本当に狙っているのが雪華ゆきかなら、あんな大々的に病院を襲う必要が全くない。これじゃ、ただの間抜けな襲撃者だ」

 単純に雪華を狙っているのなら、あんな形で病院を襲う必要はない。事前に雪華の病室を予め調査しておき、深夜帯から早朝を狙って病院へ侵入して、迅速に雪華の病室へ向かうべきだっただろう。

 真昼間に真正面から武力介入なんて、金剛寺の思惑にしては杜撰すぎる。

 それゆえ、白夜は違う可能性を考えた。

「お前らの目的は雪華じゃなかった。『病院を襲撃すること』そのものが目的だったんだろ? そうやって、金剛寺を追う"スイレン"の手先を引き寄せたかったわけだ。おめでとう、うまく引き寄せられたみたいだぞ」

 ぱちぱちと白夜はわざとらしく手を叩く。乾いた音が二人だけの小さな事務所に響いた。そしてそれは余裕の表れでもあった。

 そこまで理論立てることで、ようやく東宮総司が金剛寺打倒を雪音と白夜だけに任せた理由がわかった気がした。総司は例の雪華襲撃に始まった一連の騒動は"囮"であると、若干感づいていたのだろう。

 "スイレン"の幹部の肩書は伊達ではないはずだ。ならば、総司には金剛寺の本当の目的も粗方予想はついているとみた。

 彼と白夜はあまりにも接点が浅いが、信頼できることには変わりがない。だから、白夜は安心して目の前の年下の子供を煽っていられるのだ。

 最も、雪華への襲撃の全てが"囮"だとは考えにくい。"異能覚醒薬チューニング"が出回り始めたこととは何かしら関係があると白夜は見ているが、その真実はまだ分からない。

 そんな白夜の推測を無表情で聞いていた松浦だったが、ふと唇を緩ませた。

「それじゃあ、お兄さんは分かってて甘い香りに誘われてここまで来ちゃったわけだ」

 そう言いながら、松浦は机から降りる。その際に虫取り網を腕で滑らせ、柄を左手の中へ引きこんだ。

 白夜の言葉を肯定したということで受け取るか、それとも適当に話を合わせられているだけなのか。白夜は判断しつつ、拳を構える。

 松浦は手のに取った虫取り網を白夜に向かってかざし、笑顔で告げた。

「僕はそれを肯定する必要も、否定する必要もないんだよ? ははっ、答えはすぐ近く、僕の頭の中にあるけど覗けはしないよ。ま、だからお兄さんは、不正解ペケかもしれない推測を自信にするしかないんでしょ? 楽しい生き方だね」

「覚えときな、クソガキ。人生の選択ってのはな、基本答えは見れねえ。だから暫定正解マル不正解ペケか決めるのは、お前じゃなくて俺なんだよアホが!」

「へっ! いい加減な自己採点だねっ!」

 白夜が目の前にあった机を蹴り上げ、宙に舞うそれを右手の平で触れる。直後、激しい反重力が机をぶっ飛ばし、松浦の方へ飛んでいった。

 松浦は慌てて体を横に翻し、それを回避する。

 打っ飛んだ机は松浦の背後のバインダーがついた窓をぶち破り、ガラスの破片と一緒に地面へと落下していく。

 松浦は虫取り網を構えなおして、ニヤっと笑った。

「……怖いお兄さんだ」



 ◆



 ――"スイレン"三日月支部、"種子情報機関シード・クラスター"内部。

 そこで藍色のスーツを着た一人の男――東宮総司は淡く青いその空間でイスに腰掛け、パソコンのディスプレイの前に肘を立てていた。目の前には円柱型の大きな装置が堂々たる存在感を放っていた。

「あの"クスリ"を開発したのは金剛寺じゃないよ。あいつはテスターだ。試験的に完成させたに過ぎない、というのが結論なんだけど」

 総司は一人だけの空間で、耳にかけた通信機に語り掛けていた。その向こうに誰がいるのかは総司以外に知る者はいない。

「危険は承知の上……あの子たちが命を張ってるのに、私が安全地帯であぐらをかいているわけにはいかないだろう。……ああ、間違ってるのは重々承知しているさ。リカバリーのために君がいるんじゃないか」

 無機質な青い空間。その中で変わらず総司の声は轟くように響いていた。

「そうだ、これは賭けだ。君の働きで私の未来は変わる。……私はあの子を信用している。今は君とあの子の目を信じてみることにするよ。ははっ、この年になってまで、私は何を言っているんだろうね」
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