OverKill:LifeMeter

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#34 最後の詰め

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 理恵の連絡で応援に来た"スイレン"の私兵たちに杵淵と松浦を差し出した後、白夜と雪音は理恵の運転で金剛寺の行方を追っていた。

 雑貨ビルを出たところで雪音にかかってきた電話。それは彼女の父親――東宮総司からかかってきた電話だった。

 電話越しに雪音が聞いた情報は簡素に二つ。

 一つ目はどういう手段を使ったのかは話さなかったようだが、総司は金剛寺に発信機をつけたようで、位置情報を追えるようになったということ。

「……金剛寺に発信機か。やっぱり俺の考えは……」

 白夜は車の中で一人ぼそりと呟く。

 その発信機を総司自身が取り付けたというわけではなさそうだが、その事を総司が雪音に伝えてきたということは、彼の手腕でそれを行ったということだろう。

 つまり彼は金剛寺と接触する用意があり、その結果発信機を取り付けることができた。

 白夜が雑貨ビルで松浦イリアンに語った推測通り、金剛寺は雑貨ビルにはいなかった。

 ならば、自分自身を餌に追っ手を雑貨ビルに引き寄せた彼は、その囮の隙をついてどこへ行ったのか。白夜には分からないが、やはり総司には見当がついていたのだろう。

 そして最後の仕上げは総司が最初から言っていた通り、雪音と白夜に回してきたというわけだ。

 なんとも、手の平の上で転がされている気分だが、それも仕方がない。白夜の立ち位置は依頼された側だ。依頼主である総司に示された行動を取る立場に過ぎない。手のひらで転がされていようが、それこそが仕事内容だ。

 そして雪音が総司に伝えられた二つ目のこと。こちらはかなり重要だ。金剛寺の異能利口な騙り手クレバー・トリックで新たに判明した能力があった。

 それは隔絶した"口"と"口"の間を移動できる能力。

 絵面的には清潔感がないが、いうなれば"口"をワームホールのようなものとして扱えるということだろう。その情報は"スイレン"の資料にはなかったことから、金剛寺が"奥の手"として隠していたのか、それとも新たに異能を成長させたのか。

 どちらにせよ、元々厄介だった金剛寺にさらに厄介な部分が発見されたというだけだ。これまで以上に注意しなくてはいけないだろう。


 白夜が考えている内にも、三人を乗せた車は金剛寺との距離をつめていく。助手席の雪音がスマートフォンを見ながら口を開いた。

「金剛寺は大通りも使いつつ、おおよそは人目を避けて人気ひとけのない路地裏を通っているようです。移動速度からして……移動手段あしがないみたいですね」

「……路地裏か」

「はい」

 白夜の質問に雪音が淡々と答える。

 できるならば、金剛寺に対して先手を取りたいところだ。こちらは車という移動手段を有しているので、追いつくこと自体はできる。しかしながら、わざわざ車から降りて待ち伏せするというにも、少々難易度が高い。

 白夜はそう考えだした途端、偶発的に一つのアイデアを思いついた。後部座席から身を乗り出して、雪音と理恵へ告げる。

「なあ、思いついたんだけどさ――」


 ◆


 金剛寺は"情報種子機関シード・クラスター"から命からがら逃げ出した後、人目を避けてとにかく三日月市の外へと向かっていた。

 金剛寺は焼け焦げたコートは裏返しにしており――金剛寺はリバーシブルのコートを着ていた――特に目立った格好というわけではない。

 金剛寺は尾行を探りながら、何気ない表情で歩いていた。あまり大通りを通らないようにして、怪しくない程度に足を速める。

 今のところ尾行の様子はないが、それでも警戒は怠らない。早歩きしながらズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめた。

「……」

 金剛寺は神妙な顔つきで長方形の液晶に映るホーム画面を見下ろす。町中の喧騒が若干遠のいた気がした。

 杵淵星那は問題ない。

 ここで失敗していようと、彼女ならそれを乗り切れるポテンシャルと経験があるだろう。これほどのヤマは初体験のようだったが、金と信頼を天秤に乗せられる女だ。契約の期日はすぐそこだ。それまではこちらの情報を一切流すことを禁じるが、それもすぐに終わる。何だかんだ情報を譲渡して罪を軽く済ませるはずだ。

 それを前提に契約を結んだのだ。だから彼女へ伝えた情報のほどんどは消費期限が切れる。こちらとしても問題はない。できることなら、次の機会があればまた協力してほしいものだ。

 問題は――もう一人だった。

「……」

 金剛寺は大通りから路地裏に入ると、フードを被った。そして"松浦"宛てに通話をかける。耳に当てず画面を注視するけれども、それは一向に通話中にならない。

「……こりゃ、ダメか」

 この状況で松浦に電話が掛けても出ないということは、金剛寺を追っていた者と交戦中か、それとも敗北して捕らえられてしまっているか、だ。

 金剛寺はスマートフォンを電源を落とすと、その場にポイ捨てした。軽快な鈍い音をたててながら捨てられたそれは、路地裏に転がるゴミの一つとなる。

「……」

 杵淵に病院を襲わせた時間から考えて、この時間に電話に出られないということは十中八九良い方向へ物事は進んでいない。未だ交戦中だとしても、長引きすぎている。

 松浦イリアンの異能"喰らう逆虫バク・バグ"は長期戦向きの異能ではない。故に、希望的観測は役に立ちそうになかった。

 そうとなれば、彼との繋がりを断つべきだ――それが金剛寺が出した答えであった。現時点で明確な繋がりはスマートフォンという幅数センチの鉄の板だけ。捨てるのはハンバーガーの紙をポイ捨てするように簡単だ。

「……あぁ、クソ」

 しかし、金剛寺は数歩進むと、踵を返した。そして投げ捨てたその板を拾い上げる。

「俺だって……あの野郎に拾われた身だしな、蜘蛛の糸ぐらい垂らしてやるか……」

 金剛寺の瞳にはある男の面影が宿っていた。自らの"可能性"を開花させ、向かうべき灯に明かりをつけたそいつは、もういない。中川なかがわ淳也じゅんやなどの世捨て人が語った戯言を、今でも向かうべき光源として金剛寺は見据えている。

 そして金剛寺はその灯の火を、未だ幼き"彼"へと中川が自分にやったように、聖火を繋ぐように、その暗い瞳の奥へ灯してやった。

 金剛寺の灯火はいつ消えてもおかしくはない。けれど、"彼"――松浦イリアンへ灯した、夜にだけ燃えるその聖火はまだ消えない。中川は金剛寺の灯火の行く末を見届けられなかった。しかし金剛寺は松浦のそれを見届けることができるかもしれない。

 金剛寺は拾い上げたスマートフォンを再びポケットに入れ、足早にその場を去った。鼓膜の奥の空洞で、懐かしい世捨て人の戯言を再生しながら。

『知ってるか。"俺ら"が生まれたのには"意味"があるらしい。生き物は、世界は、脆弱に"嗚咽"を吐き捨てながら廻るしかできなかった』

『だが、その中で"嗚咽"をまき散らさない、恒久的な静寂を手にした者たちが現れたんだ。新人類、神童、パイオニア――彼らは様々な呼称で呼ばれた』

『その中で面白いことに、そんな"他称"は数多あれど、彼らが彼ら自身を総称する"自称"は唯一のものだった』

『ほら、お前の頭にも浮かんでるんだろ? 俺たちの正体が、俺たちの深い深い深層に刻まれた文字の追憶が』

 古く、その昔から一部の人類へ授けられた一縷の恩恵。裨益。祝福。慶福。――それを彼らはこう呼ぶ。


異能力者ミュート
異能力者ミュート


 それを松浦へ聞かせた時の顔は、それを中川が金剛寺へ聞かせた時の顔とどのような違いがあったのだろうか。

 松浦はオッドアイを見開いて、その暗い瞳の奥が金剛寺の影を飲み込んだ。それから松浦は孤児院を抜け出して勝手に金剛寺の後を追ってきた。

 暗い路地裏を歩いて新たな大通りへ向かいながら、金剛寺は想起していた。

 異能力者ミュート、そして彼らが集団を結成し今日こんにちに至るまでのきっかけが記された嚆矢こうしの歴史。それを獲得できれば、金剛寺が、松浦が、異能力者ミュートが生まれた"意味"を理解できるかもしれないのだ。

 今回は届かなかった。けれど、次回なら。

 金剛寺は目の前の大通りから差し込む光に目を細める。松浦が織りなす"次"なら、もしかしたら。

 金剛寺が路地裏から見える大通りは、光をバックに車の影が一瞬で通り過ぎていた。

 そうだ、影は一瞬だけでいい。光を一瞬だけでも遮ることができればそれで――。

「……ん?」

 ふと、金剛寺は思わず目を細める。

 今さっき通り過ぎた車の影――それが少々歪な形をしていた気がした。屋根の上に、何か不自然で大きな出っ張りがあったような――。

「――っ!?」

 そして直後、体に変化が起こった。

 足が、じりじりと前へ滑り出していた。氷の坂に立っているわけでもないのに、まるで滑るかのごとく、ゆっくりと足は滑り体が前へ進んでいく。

 ――直後、そのレベルが一瞬にして増した。

「がッ!?」

 体が浮いた。強い力で金剛寺の体が隣のビルの壁へ叩きつけられ、そこにヒビが入る。顔が壁に強い力で押さえつけられていて、まるで行動ができない。

「ちが……これは……!」

 尋常ではない力で壁に押しつけられている金剛寺は悟った。これは"押さえつけられている"のではない。

 ――"引き寄せられている"のだと。

 金剛寺は唇を緩ませ、目を見開いた。

「――ハッ。いいぜ、やってやるよ」

 
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