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#49 理想
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雰囲気が冷たくなったのは白夜の気のせいではない。
白夜が放った言葉は身もふたもなかった。出会って数日の仲である者に言うべきものではないことは白夜も知っていた。
しかし、疲労が原因か、または極度の緊張状態から解放された反動か、言葉の制御が効かずに大気中へ吐き出され、今に至る。
その結論は白夜と雪音の違いに隠されていた。
白夜の行動は全て自分の意志を突き出したものだった。憎しみのままに金剛寺を殺す。自分の感情のまま動く。それが白夜の行った行動だった。
比べて、雪音は違う。それは一見、白夜のように自らの欲に抗い、理性と道徳から"捕獲"という選択肢を取っていたようにみえる。
だが白夜が思っていたその推察は、恐らく微妙に食い違っていた。
冷たい沈黙の中、白夜の口はいやにすべる。
「お前、さっきビルん中で、言ってたよな。"信じた道を進む"ってーなことを」
「その道ってのは、もしやお前のじゃねぇだろ。お前の姉のもんじゃねーの?」
「思い返せば、お前は姉のことばかりだったよな。姉がどうだの、姉が悲しむだの」
「よく考えてみると、俺、聞いたことがなかったかもしれない。はっきりとした、お前自身の意志をさ」
「――うるさい!」
半ば理詰めのように放たれた言葉の弾丸を雪音は声を枯らして粉砕した。ビックリした白夜の肩が跳ねる。
「いきなりなんですか貴方は……。私は……間違っていませんよ」
白夜を跳ね上がらせた声とは裏腹に、穏やかな口調で諭すように言う雪音。
白夜は小さく深く息を吐いた。
「……散々間違えてきた俺が、正しい正しくないの真偽を語っても虚しいだけだろ。言いたいのはそういうことじゃない……」
雪音が僅かながら振り返る。その青い瞳は乾いていた。白夜はそれを見つめる。
二人の視線が交差した一瞬。
遠くから聞こえてくるサイレン音や、自分たちの沈黙のすぐ外側から聞こえてくる喧騒――それらの音だけが水たまりに浮く油のように、その空間から浮遊する。
白夜を襲ったその瞬間はすぐに終わりをつげ、聴覚の器官は正常に機能しだした。白夜は少し呆気に取られていたが、その青い瞳に対して返答をする。
「姉を尊敬するあまり……なんつーか、自分の犠牲にしてる気がするんだよ。理想を背負って生きるのはいいけどさ……ずっとそれじゃ苦しいだろ。俺みたいな奴の前でぐらい、欲望通りでもいいんじゃねえの……?」
「……」
雪音の半分だけ見えるその表情は変わらないまま、数秒の時が流れた。その後、雪音は瞳を閉じると前に向き直る。
「……本当、余計なお世話です。いつからそんなお節介になったのですか?」
「……ハッ、そりゃ言う通りだな……。悪い、忘れてくれ」
雪音のため息が聞こえた。
白夜は瓦礫の上についた手でその表面を撫でる。この石の下で今さっき、金剛寺が落命したのだ。普通の感触と変わりがないはずなのに、まるで初めて触れたような感覚を味わった。
「……」
どこか名残惜しい。そんな気持ちが芽生えるも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
奇妙な未練を置き去りにして、白夜はその場所から立ち上がった。
それと同時に、雪音の懐で携帯がなる。彼女がそれを取りだして画面を確認した。
「……今日はお開きですね」
画面を見るや否や、素早く携帯の電源を切る。そして雪音は白夜の方へ振り返らず、前を向いたままで言った。
「私は事を報告します。貴方はどうしますか? うちの病院に来ますか?」
「いいや、いーや」
「そうですか」
白夜の体は傷だらけであったが、考える間もなく雪音の誘いを拒否した。それに対して何か気をかける様子もなく、雪音はそれを承諾する。
いや、白夜の意見をそのまま通したということ自体が気にかけたと言えなくもないが、真偽はともかく、会話はそのまま進んでいった。
「それでは、後日お伺いすることになると思います」
「ああ……例の約束のこと、忘れんじゃねえぞ。もし忘れてたら火の悪魔を連れて"白き信頼"に殴り込んでやるから、そのつもりで」
白夜は何気なくそう告げたが、言葉を発した途端に"例の約束"が実感となって気持ちが膨れた。
そう、そもそもはそのために"スイレン"からの依頼を受けたのだ。目的や内容自体は当初と変わりなかったものの、その中で紆余曲折あってそれらの感情が少し置いてけぼりになっていた感は否めない。
しかしながら今、自分の未来そのものがすぐ目の前にあることを、ようやく肌で感じてきた。
若干高揚状態にになりつつある白夜に、雪音はしっかりとした音色で告げる
「……約束を無碍にはしませんよ。必ず、伺います」
そして今再び、雪音は振り返って白夜と向き合った。そして白夜の前まで足を運ぶ。
「また、会いましょう」
雪音が白夜に手を伸ばす。
もう青い瞳は濁っていなかった。憑き物が落ちたような、光のともる瞳で雪音は微かに微笑んでいる気がした。
白夜も軽く笑って、その彼女の手を取った。
「ああ、また会おう」
そんな中、瓦礫を踏みしめる音が近づいてきた。白夜がその音の方へ視線を向けると、見覚えのある防具を装備した自衛隊だかがこちらに向かってきていた。
雪音の反応を見ても、特にこれといった反応はない。恐らく彼らは"スイレン"の兵士たちなのだろう。その防具の型式は、病院で見た"スイレン"のそれと似ているのだから、白夜に既視感があったのだ。
「じゃあな、珂雪の異能力者さん」
いつの間にか雪音の手から離れていた自分の手を振って、白夜は彼女に背を向けた。
"スイレン"の兵士たちにたかられながらも、白夜は帰路についたのだった。
白夜が放った言葉は身もふたもなかった。出会って数日の仲である者に言うべきものではないことは白夜も知っていた。
しかし、疲労が原因か、または極度の緊張状態から解放された反動か、言葉の制御が効かずに大気中へ吐き出され、今に至る。
その結論は白夜と雪音の違いに隠されていた。
白夜の行動は全て自分の意志を突き出したものだった。憎しみのままに金剛寺を殺す。自分の感情のまま動く。それが白夜の行った行動だった。
比べて、雪音は違う。それは一見、白夜のように自らの欲に抗い、理性と道徳から"捕獲"という選択肢を取っていたようにみえる。
だが白夜が思っていたその推察は、恐らく微妙に食い違っていた。
冷たい沈黙の中、白夜の口はいやにすべる。
「お前、さっきビルん中で、言ってたよな。"信じた道を進む"ってーなことを」
「その道ってのは、もしやお前のじゃねぇだろ。お前の姉のもんじゃねーの?」
「思い返せば、お前は姉のことばかりだったよな。姉がどうだの、姉が悲しむだの」
「よく考えてみると、俺、聞いたことがなかったかもしれない。はっきりとした、お前自身の意志をさ」
「――うるさい!」
半ば理詰めのように放たれた言葉の弾丸を雪音は声を枯らして粉砕した。ビックリした白夜の肩が跳ねる。
「いきなりなんですか貴方は……。私は……間違っていませんよ」
白夜を跳ね上がらせた声とは裏腹に、穏やかな口調で諭すように言う雪音。
白夜は小さく深く息を吐いた。
「……散々間違えてきた俺が、正しい正しくないの真偽を語っても虚しいだけだろ。言いたいのはそういうことじゃない……」
雪音が僅かながら振り返る。その青い瞳は乾いていた。白夜はそれを見つめる。
二人の視線が交差した一瞬。
遠くから聞こえてくるサイレン音や、自分たちの沈黙のすぐ外側から聞こえてくる喧騒――それらの音だけが水たまりに浮く油のように、その空間から浮遊する。
白夜を襲ったその瞬間はすぐに終わりをつげ、聴覚の器官は正常に機能しだした。白夜は少し呆気に取られていたが、その青い瞳に対して返答をする。
「姉を尊敬するあまり……なんつーか、自分の犠牲にしてる気がするんだよ。理想を背負って生きるのはいいけどさ……ずっとそれじゃ苦しいだろ。俺みたいな奴の前でぐらい、欲望通りでもいいんじゃねえの……?」
「……」
雪音の半分だけ見えるその表情は変わらないまま、数秒の時が流れた。その後、雪音は瞳を閉じると前に向き直る。
「……本当、余計なお世話です。いつからそんなお節介になったのですか?」
「……ハッ、そりゃ言う通りだな……。悪い、忘れてくれ」
雪音のため息が聞こえた。
白夜は瓦礫の上についた手でその表面を撫でる。この石の下で今さっき、金剛寺が落命したのだ。普通の感触と変わりがないはずなのに、まるで初めて触れたような感覚を味わった。
「……」
どこか名残惜しい。そんな気持ちが芽生えるも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
奇妙な未練を置き去りにして、白夜はその場所から立ち上がった。
それと同時に、雪音の懐で携帯がなる。彼女がそれを取りだして画面を確認した。
「……今日はお開きですね」
画面を見るや否や、素早く携帯の電源を切る。そして雪音は白夜の方へ振り返らず、前を向いたままで言った。
「私は事を報告します。貴方はどうしますか? うちの病院に来ますか?」
「いいや、いーや」
「そうですか」
白夜の体は傷だらけであったが、考える間もなく雪音の誘いを拒否した。それに対して何か気をかける様子もなく、雪音はそれを承諾する。
いや、白夜の意見をそのまま通したということ自体が気にかけたと言えなくもないが、真偽はともかく、会話はそのまま進んでいった。
「それでは、後日お伺いすることになると思います」
「ああ……例の約束のこと、忘れんじゃねえぞ。もし忘れてたら火の悪魔を連れて"白き信頼"に殴り込んでやるから、そのつもりで」
白夜は何気なくそう告げたが、言葉を発した途端に"例の約束"が実感となって気持ちが膨れた。
そう、そもそもはそのために"スイレン"からの依頼を受けたのだ。目的や内容自体は当初と変わりなかったものの、その中で紆余曲折あってそれらの感情が少し置いてけぼりになっていた感は否めない。
しかしながら今、自分の未来そのものがすぐ目の前にあることを、ようやく肌で感じてきた。
若干高揚状態にになりつつある白夜に、雪音はしっかりとした音色で告げる
「……約束を無碍にはしませんよ。必ず、伺います」
そして今再び、雪音は振り返って白夜と向き合った。そして白夜の前まで足を運ぶ。
「また、会いましょう」
雪音が白夜に手を伸ばす。
もう青い瞳は濁っていなかった。憑き物が落ちたような、光のともる瞳で雪音は微かに微笑んでいる気がした。
白夜も軽く笑って、その彼女の手を取った。
「ああ、また会おう」
そんな中、瓦礫を踏みしめる音が近づいてきた。白夜がその音の方へ視線を向けると、見覚えのある防具を装備した自衛隊だかがこちらに向かってきていた。
雪音の反応を見ても、特にこれといった反応はない。恐らく彼らは"スイレン"の兵士たちなのだろう。その防具の型式は、病院で見た"スイレン"のそれと似ているのだから、白夜に既視感があったのだ。
「じゃあな、珂雪の異能力者さん」
いつの間にか雪音の手から離れていた自分の手を振って、白夜は彼女に背を向けた。
"スイレン"の兵士たちにたかられながらも、白夜は帰路についたのだった。
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