聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

11 魔術師、習練する。

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 ニコラリーとクラウスが街に出た翌日――。

 その日も晴天で雲一つなく、太陽が大地を満遍なく照らしていた。

 朝食を食べ終わったニコラリーとクラウスはニコラリー宅を出て、すぐそばの草原で向かい合っていた。

 ニコラリーはいつも着ている魔術師の模範とも言える服装のマントは着ておらず、上下動きやすいジャージのような服を着ている。 
 様変わりした彼とは対照的に、クラウスはいつも通り改造巫女服を着ていた。彼女曰はく、その巫女服は魔力によって造られている特殊な衣服らしく、洗う必要も着替える必要もないらしい。

「よし、まずは主殿の手腕を見よう。一番簡単な火属性魔法を出してみるのだ」

「お、おう」

 クラウスに言われた通り、右手のひらを広げてそこへ精神を集中させる。

 すると、手のひらの上に赤い色の魔法陣が展開され、魔力がひらに集まっていった。しかし発火するまでにはまだ至らず、これでも準備段階である。この状態を維持していけば発火するのだが、

「はい中断!」

 もうすぐで発火、というところでクラウスの止めが入った。
 ニコラリーが魔法陣への集中を切らすと、魔法陣の線がほつれて、一拍遅れて崩壊していく。

「どうしたんだ、クラウス? 俺、なんかヘマした?」

「ヘマ? それ以前だな」

 クラウスはため息と共に、先は長いな、といったような遠い目で空を見上げた。
 そんな態度をされてもニコラリーに原因は分からない。恐らくニコラリーが発動しようとした魔法のどこかに原因があるのだろうが、魔法の発動プロセスにミスはなかったはずだ。あのまま続けていれば、手のひらの上に小さな炎が浮かび上がっていた。

 不思議そうな顔をするニコラリーへ、クラウスは指摘する。

「主殿、魔法を使おうとしてから発動までに時間が掛かりすぎている。これじゃ、その間に詰められてまた負けるぞ」

 確かにその通りだ。しかし待ってほしい。ニコラリーは反論する。

「それは仕方ねえよ……。剣士が前衛で攻撃しながら時間を稼いで、後衛の魔術師がその時間を使って魔法を唱えてぶち込む、これが主流なんだぜ」

「ふむ。この時代の魔術師の魔法は、時間をかけて安定した火力を出すのが主流なのだな。集団戦を前提に考えられている。なるほど」

 顎に指をつけてなるほど、と唸るクラウス。

「では、火力は度外視せよ。できるだけ早く発火させてみるのだ」

 言いたいことは少々あるが、相手はあの聖剣だ。疑えるほどニコラリーは自意識過剰ではない。これには意味があるのだろう。

 そう思ったからこそ、ニコラリーは素直にうなずいて言われたことを実行した。

 安定を捨てて、全てを発火までの速さに捧げる。それだけのことだが、これがまた一苦労だ。
 発火までにうまく事が運ばない。カス、という気の抜けた音と共に煙しかでなかったり、魔法陣が出現しきる前に砕けてしまったりと、十回やっても成功は一度もしなかった。こういう使い方は一度もやったことがないので、才能が開花している者ならともかく、ニコラリーにとってはかなり難しいことだった。

「苦戦してるな。まあ頑張れ」

 クラウスはニコラリーの失敗続きに触れることなく、草むらの上に腰を下ろす。

「といっても、主殿にとってこの発想は番外なものだろうから、どうしてこんなことをするのか、疑問に思っているな。小さな疑問が集中を乱すこともある。説明してやろう」

 ニコラリーが迅速な発火を何度も試みる横で、クラウスは邪魔にならない程度の声量で続けた。

「恐らく、この時代の者どもは火というものを軽視しているのだろう。身近であるが故、な。魔術師を後衛に配置する云々の戦略は間違いではない。だが、特に火に限っては小さいからといって馬鹿にできるものではない。ちょっとした小さな火でも、使い方次第で一つの村もを焼ける。それほど、火というのは五大基本属性の中でも――」

「――おっ」

 説明の最中、ニコラリーの手のひらに小さな火が浮かび上がった。それは小さな、まして一センチほどのものだったが、確かに火が灯っている。

「おお! なんかうまくいった!」

「良い調子だな。だが数十回やって一回できても意味がない。失敗がないようにしなければな。ということで、反復だ。続けるのだ」

「まあ……確かにな。十回中一回できても意味がない。十回中十回できるぐらいには、完全にモノにしろ、ってことか」

 喜びもつかの間、再び発火の練習に勤しむニコラリー。彼を見ながら、クラウスは彼に聞こえないほどの小さな声でぼやいた。

「思った以上に上達が早いな……。もっとかかると踏んでいたが……」

 その声は真剣に発火作業をするニコラリーに届くはずもなかった。クラウスはそれからは口を開かずに、じっと彼を見ていた。

 彼が高速な発火作業を完璧に行えるようになったころには、すでに正午を回っていた。それは小さなものであったが、ちゃんと灯る発火精度を見て、クラウスは満足そうにうなずいた。それを終えたニコラリーは、汗だらけの顔で糸が切れたように力が抜けて尻餅をつく。それからその座った状態で思い出したかのように肩で息をした。長時間、魔力を使い続けていたのだ。それほど消耗するのも仕方がない。

 そして、『それ』をやるなら今であると、クラウスは見切る。

 クラウスは息切れをかます彼に目の前から近づいて、人差し指をニコラリーの額に押し付けた。

「――ッ!」

 ――刹那、潤沢な魔力がクラウスの人差し指からニコラリーの体内へ流れ込み、暴れだした。

 体の中で発熱している魔力がのた打ち回り、ニコラリーは自分の体を抑え込み倒れこむ。声にもならない叫びが、草原に響いた。

 クラウスはもがき苦しみ転がりまわるニコラリーに近づいた。

「今、主殿の中にある使用可能領域の魔力は枯渇している。だから、我は主殿にあえて魔力を流し込んだ。主殿の中で暴れまわっているもの、それが我の魔力だ」

 未だ唸りながら苦しむニコラリーのそばで、クラウスは腕を組んだ。 

「我の魔力、すなわち体の中で暴れる魔力をかき消すために、普段なら使用可能な魔力が使われる。だが、今はその領域に魔力はない。だから潜在的な領域から無理やり魔力を引っ張ろうと、体は異常な反応を起こすのだ。それを『魔力覚醒』と云う」

 ニコラリーは草を掴み、体を固定して体の中で躍動する魔力に、歯を食いしばって耐えている。そのニコラリーの体から、徐々に魔力が漏れ出し始めていることにクラウスは気づいていた。

「これは異例なやり方だがな。才能のない者ならば、魔力に負けて最悪死に至る。だが主殿は、恐らく隠れすぎた才能を持っているのだ。行き過ぎた大器晩成型、といったころか。知識のインプットと技術のアウトプットが釣り合っていない。一度軌道に乗れば、成長速度は目に余るものになる」

 今までにないほど汗をかき、ガアガアと深海に潜む魔物の鳴き声のような息切れをしながら、中で暴れまわっていた魔力を押さえつけ、ニコラリーは何とかふらふらと立ち上がる。その姿を見て、クラウスは彼の頬を手で撫でた。

「さすがだ、主殿。まさかと思ったが、中々やるではないか」

「はぁ……はぁ……。死ぬ、気……というのは、誇張じゃ、なかったんだな……」

「ふむ。その通りだ。だがこれ以上は良くない。休憩だ、お昼ごはんにしよう」

 軽い足取りで家に向かうクラウスに続いて、ニコラリーもよろめきながら立ち上がった。そしてニコラリーは残った力を振り絞り、彼女の背中に向かって駆け寄ったのだった。
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