聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

12 聖剣、説く。

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 午後も同じような練習の繰り返しだった。発火魔法を素早く発動させては消し、それを何度も繰り返す作業。

 一見簡単そうなそれも、今のニコラリーにとっては難題だった。

 午前中にニコラリーが『魔力覚醒』を耐えきり成功させたせいか、ニコラリーの魔力の性質が変わってしまったようだ。しかし悪い方向に変わってしまったのではなく、明らかに良い方へ転じている。速度も上がり、火力も小さな灯火程度だったものが、人の顔ぐらいの大きさにまで成長した。

 では、何がニコラリーにとって難題なのか。それはコントロールだ。手のひらに出現座標を設定しているつもりだが、想定以上の魔力で魔法を発動させてしまい、座標が歪んで本来とはズレた位置に発火させてしまう。頭の上に発火してしまったとき、ニコラリーは死ぬかと思った。

 それを繰り返すこと一時間。午前の疲労と、今までの魔力とは違う魔力の扱いに精神力を使い切り、予想以上に早くバテてしまう。クラウスに一言投げてからその場に座り込んだ。

「ごめん、もうバテた」

「なに、上出来だ。夕方にはナツメが来ると言っていた。その時のために体力を回復させておく必要もあるしの」

 見上げると、相変わらず雲一つない青空が頭上に広がっていた。ニコラリーはその場に寝転びながらも、さっきまでの流れで何となく手のひらに火属性魔法を発火させては消す。

「ナツメが来たら何をするんだ? やっぱ剣術指導か?」

「剣術指導なら我がすればいいだろう。それに、普段剣を持たない魔術師が一週間でどうしようとも付け焼刃にしかならぬ。ナツメが来るまでは待機だ」

 断定して言い切るところに、クラウスの経験深さを感じさせられる。素直に至極達者だ。

 そんな問答をしながらも、再び手のひらの上に発火させてすぐ鎮火させた。そこそこな精度で着火できるようになってきたみたいだ。目に見える上達はモチベーションを大きく増加させる。ニコラリー自身、この変化にちょっとした達成感を感じていた。

 しばらく二人の間の会話が途切れ、環境音だけが耳へと入ってきた。風が草木を揺らす音や、鳥の鳴き声だけが聴覚に響いてくる。そういえばこうして外で静かに過ごしたのはいつぶりだろう、とニコラリーは目をつぶって思いをはせる。しばらくした後、クラウスがはっとしてニコラリーへ問いを口にした。

「そうだ。主殿、魔力を体に馴染ませる方法は知っているか?」

「馴染ませる? さっきのとは別……だよね。……うーん、分からないな……。悪い、何から何まで……」

「気にすることはない。それを教えるために我がいるのだからな」

 にへら、と笑うクラウス。いつの間にか彼女も草原の上に寝転がっており、何ともほのぼのな雰囲気の稽古である。今は一応休憩時間という体裁だが。

「文字通り、魔力を体に馴染ませるのだ。肉体に魔力を浸透させることで、体の周りに魔力の薄くも硬い防御膜を張れたり、体内に浸透した魔力で、神経の反応速度や筋肉の伸縮を促進させて身体能力を底上げできるのだ」

「つまり、魔力を体に馴染ませると、えーと、防御力とか敏捷性、素早さとかを魔力でドーピングできるってことか?」

「どーぴんぐ? まあ、多分その解釈で問題ないじゃろう」

 魔力で身体能力を強化するというのは初めて聞いたことだった。クラウスが活躍していた時代から現代の、3000年の間に失われてしまった技術なのだろうか。そんな便利なことに魔力が使えるのなら、普及もそれなりにされるものであると思うのだけれど。クラウスは続ける。

「大事なのは体に魔力を馴染ませることだぞ。それがうまくいかないと神経を魔力で焼き切ることになるからな。準備運動せずに運動すると骨を折るだろう? それと一緒だ」

「あー……なるほど」

 いわば、素人が見よう見真似でやると、魔力が肉体に思い通りに浸透せず、それどころか神経を焼き切られ重い障害が残る可能性まであるもろ刃の剣だったということか。確かに便利で強力なテクニックであるが、調子に乗って真似しようとした多くの輩が失敗して障害を負ったのだろう。それ故、危険な技であると忌諱され自然消滅していったか、それとも魔法書の執筆者が自重してそれを書かず、多くの人に知られぬまま消えていったか、そのようなうやむやを経過した結果、その技術は廃れてしまったのだろう。

 その技術がまるで広まっていない原因っぽいのは推測できた。あとはそれを慎重に扱いながら習練するだけである。クラウスがついているという安心感はあるが、それでも障害を負ってしまうかもしれないリスクがニコラリーの心の中の余裕を消しにかかってくる。

「ま、いきなり魔力の膜を張れ、などは言わぬ。そんなことをするから、神経を焼き切ることになるのだ。まずは魔力を体内に貯めて、それを維持することから始めるのだな。魔力を一定に保つのだ。その程度なら神経を傷つけることはない。新たに貯めたり減らしたりしてはいかぬぞ。一定の量を体内に保持するのだ。寝転がったままでも問題ないだろう。やってみるといい」

 ニコラリーはクラウスの言葉通り寝転がりながら、体の中に魔力を貯めてみる。簡単に見えるこの作業も維持するのにも精神力が必要で、貯めただけではその魔力はちょっとずつ減少していくのだ。その魔力の漏れをなくし、肉体内に同じ量の魔力を内臓しておくには少し骨が折れそうだった。

 その調子で習練を続けていくこと数時間後、クラウスの指示で肉体に魔力を馴染ませる作業は一旦やめることになった。彼女曰はく「さすがにもう休んだ方がいい」とのこと。ニコラリーも稽古1日目だということで、休憩中もちょっとしたトレーニングをしてしまうぐらいには張り切りすぎてしまった感も否めない。この調子で一週間持つか分からないし、いい感じに骨休みも必要だった。


 それから空が赤く焼けるぐらいの時間が経過し、ナツメが来るまではずっと寝転がってダラダラしていた。

「えーと、修行、してるんだよね?」

 ナツメは草の上で寝転がる2人を見て、恐る恐るニコラリーの顔を覗き込む。ナツメが来たことをしったクラウスは軽やかな動作で立ち上がった。ニコラリーもゆっくりと起き上がる。

「よう来てくれたな、ナツメ。感謝する」

「うん、一応木刀とか持ってきたけど……」

「うむ、流石は傭兵だな。準備万端じゃないか」

 ナツメが持ってきた2本の木刀のうち、1本を受け取ってまじまじと見つめるクラウス。それからナツメより、彼女がニコラリーの習練を手伝える日や時間帯聞いて、ちょっと考えたあとでお礼を言ってからニコラリーへ目線を向けた。

「さあ立て主殿。せっかくナツメが手伝ってくれるのだ。無為にはできぬ。早速始まるぞ」

「……始めるって、見る限りは木刀の打ち合いか? さっきそういうのは付け焼刃だとか言ってなかったっけ」

 ニコラリーは立ち上がって2人の近くに寄った。ナツメも詳しいことはまだ聞かされていないようで、不思議そうにクラウスを見ている。クラウスは手元の木刀を見て、うーんと軽くうねって考え事をしたと思うと、うなずいてニコラリーへ木刀を渡した。

「今日は木刀を渡しておこう。確かに木刀の打ち合いともいえるが、打つのはナツメだけだ」

「わたしだけ?」

「そう、主殿が剣技を習得するには時間が足りぬ。故に傭兵の動きを見て慣れることに重点を置く。街を守る傭兵ともなれば、部隊は違えど基本戦術は同じなはずだ。その基本的な動きに慣れ、優位に立ち回れるように訓練をする。主殿には木刀を振るうことを禁止し、防御にだけ使用を許可しよう」

 ニコラリーに傭兵と打ち合えるほどの剣術を教えるのは実質不可能だが、傭兵の動きを目に馴染ませることで、傭兵に対してのみ使える立ち回りを覚えることならまだ可能性はある、ということだ。

 その立ち回りを使える相手は傭兵に限られ、相手が人型なら基本誰にでも使える剣術よりも汎用性に欠ける。しかし相手は傭兵であると確定しているのだ。付け焼刃の剣術を覚えるよりも、対傭兵を前提として立ち回りを覚えた方が絶対的に勝率は上がる。

 そういえば、昨日の帰り道でクラウスがナツメに傭兵の戦闘様式がどうとか聞いていた気がする。ニコラリー的には、現代にて傭兵の持つ剣技をベースに剣術を練習するものかと思っていたが、蓋を開けてみればそれを逆手に取るかのような修行法である。

 クラウスの意見を二人がくみ取ったところで、対傭兵の立ち回りの訓練が開始された。木刀を持ったナツメとニコラリーの両者が、ある程度の間を取って対立する。

「では、はじめっ!」

 クラウスの合図と共に、ナツメはニコラリーに向かって駆け出した。ニコラリーはその動きを目に焼き付けるように、必死に彼女の動きを見定め始めたのだった。
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