聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

14 魔術師、決意する。

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「ごめんな、本当はお世話になった俺が送るべきなんだが……」

「いいよ、疲れてるんでしょ? 貸しにしとくよ。これが終わったらちゃんと払ってもらうから」

 夜ご飯を食べて少し経ったころ、ニコラリーは玄関先で外に出たナツメとクラウスを見送りに来ていた。ニコラリーの修行に協力してくれたナツメを家まで送ろうということになったのだが、ニコラリーにとってはそれは逆に危険ではないかということになり、クラウスが彼の代わりに送るということになった。今のボロボロになったニコラリーに、ナツメと一緒の行きはともかく、一人になる帰りは心配ごとが多すぎる。足元もろくに見えない常闇の中、ただでさえフラフラなニコラリーが無事自宅に帰れるかどうか、その場にいた全員が不安に思っていた。全員というのは、もちろん、本人であるニコラリー含めて、だ。この自分の体たらくぶりに、ニコラリーはちょっと悲しかった。

「本当にありがとな」

「うん。決闘、絶対に勝ってね」

「ああ。クラウス、頼む」

 ニコラリーは部屋の明かりに照らされたクラウスの顔を見る。クラウスはニコラリーの期待にガッツポーズをして応えた。その自信満々のガッツポーズを見て、ニコラリーの頭に電流が走る。去っていく彼女らの背中を見ながら、彼の頭の中にとある推測――もとい、これまでの兆候から導き出された信頼度の高い未来図が浮かび上がっていた。

 ――こいつ、迷子になるだろ。

 稽古により疲れていたため今まで気づけなかったが、そういえばクラウスはここら辺の土地勘を持っていない。詰め所に来た時も迷子になっていた。そんな彼女が、こんな暗闇の中で道に迷わず帰ってこれると思うだろうか。否だ。

「ま、待って! 俺も行く!」

 ニコラリーは疲弊した体に鞭打って、彼女らのほうへ駆け出した。振り返り、そんなニコラリーの姿を見たクラウスは軽く微笑んで、右腕を前に向ける。直後、ニコラリーが若干魔力が隣に通ったと感じたと思ったら、ガチャリと真後ろの玄関の扉にかぎが掛かった音がした。どういう仕組みの魔法かは全く分からないが、とりあえず鍵をかけ忘れた彼に代わって鍵をかけてくれたようだ。中々器用である。

「どうした主殿。一人でいるのが寂しかったのか?」

 大きな青い瞳をして、愉快そうに笑ってニコラリーをからかうクラウス。そんな彼女にニコラリーも軽く笑い返した。

「寂しいし、夜道は危険だからな。夜の道は暗いから」

「ふふふ……! 我は夜に目が効く! 来てもいいが、問題はないぞ」

「……ふふ」

 ニコラリーの考えにいき着いたのか、話を聞いていたナツメは静かに笑う。そういえば彼女はクラウスが張り切って切り刻んだ、あの大根の山を見ていたのだった。それに、街で迷子になっていたクラウスを回収してくれたのも彼女である。ナツメを送り届けたあと、クラウスが辿るであろう顛末も容易に考えられたのだろう。まあ、クラウスが道に迷って朝まで歩き回ったとしても、その程度で疲れるとも思えないし、命に別状はなさそうだ。そんなことはさせたくないが。

 ナツメを真ん中にして、横に並んで夜道を三人で歩いていく。ニコラリーはうっすら思った。

 自分の隣にいるのは、街を守る傭兵の部隊の次期副隊長になるかもしれない人。そしてその隣にいるのは3000年前に勇者と共に、果敢に魔王へ挑んだ聖剣であり、封印された3000年前から現代まで人の憧れを一心に受けてきた伝説だ。隣で歩くそんな彼女たちと比べて、ニコラリーには何があるのだろうか。造ったポーションを街に売りに行き、細々とした生計を立てる生活は、彼女たちの持つような名誉を生むのだろうか。

「おー、今宵は月光が明るいではいか! 月明かりは今の時代も変わらんのだな」

 地上を照らす淡い月光を見て、はしゃぐクラウスの白銀の髪がふわりと舞う。そんな彼女に連れられナツメは夜空を見上げ、ニコラリーもそれに続いた。

 視界の四方は木々に遮られ、月の浮かぶ夜空を真ん中だけ切り取ったように浮かんでいた。そんな孤高に浮かぶ月を見て、ニコラリーは決意する。

 ――この一週間で、他の二人に見合うような何かを手に入れる、と。




 二日目の修行は午前に軽く火属性魔法の発火練習をしたあと、肉体に魔力を馴染ませる練習をした。それから昼休憩を挟み、午後も午前と同じように稽古をした。二日目はナツメが傭兵の仕事で来れず、午後の大半は肉体に魔力を馴染ませることに費やすことになった。その成果か、魔力を肉体の中に内臓することを感覚的に理解できた気がする。

 そして三日目、ニコラリーとクラウスの修行場に、一つの影が――。
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