16 / 21
第一章 聖剣『クラウス・ソラス』
16 魔術師、立つ。
しおりを挟む
一週間が流れ、時は約束の時間に近づいていた。
「主殿、早く行こうぞ」
クラウスは家の玄関で、今や遅しとニコラリーを急かしていた。ニコラリーは約一週間ぶりの魔術師のマントを着て、内ポケットに小瓶が入っていることを確認する。慌てず確かに身支度を終えたところで、ついぞニコラリーが玄関へたどり着いた。
「さ、行こうか」
扉を開け、快晴の空が照らす緑の地上に、二人は一歩を踏み出したのだった。
数分歩き、中都市『エインアリー』のいつもの門についた。通行人を監視している顔なじみの傭兵に会釈をする。それからそのままクラウスを連れて街に入ったところで、突然に声をかけられた。男の声だ。ニコラリーはその声に聞き覚えがあった。
「なんだ、薬屋のおやじか」
「よう、ニコ」
その主はニコラリーがいつもお世話になっている薬屋の店主だった。店主は、人目につかないようにニコラリーとクラウスを端へ呼び出すと、ニコラリーの両肩に両手を乗せてひそひそ声で言う。
「お前、大丈夫なのか?」
「何が……? もしかして俺の作ったポーションで不祥事が?」
「違う! 決闘のことだよ! 街中で噂になってんだぞ」
汗をかいて知らせる店主の様子を見るに、本当に街中でニコラリーの決闘の話が広がっているようだ。テオドールがニコラリー宅を訪れたときにも、三人組を下したクラウスが噂になっていると聞かされたが、ニコラリーの決闘もこんなに騒ぎになっているとは思ってもみなかった。
想像していたのは、内輪で騒ぐ程度の小さなものだった。そういう個人的な争いとは遠縁の薬屋の店主が知っているのだから、想像を超えに超えて広まっていることは確かだ。ニコラリーと戦う予定のクロードは、街中でも黒い噂が立ち込めているような奴なので、その悪徳コネ野郎の敗北を見たいと集まる人もいるだろう。ニコラリーは頭を抱えたくなった。
しかしここで怖気づくわけにもいかない。何より、ニコラリーは一週間の稽古を経て、あのクロードに負ける気が全くしなかった。ここで引くのはとてももったいない、と思えるほどに。ニコラリーもニコラリーで、クロードのことは元から嫌いだったし、決闘という名目で痛めつけられるのだから至れり尽くせり、という気分である。向こうも同じように思っているのだろうが。
「問題ないよ。じゃ、行くから」
ニヤリ、と笑って拳を店主の肩に軽くぶつけて余裕を見せると、クラウスを連れてその場を去る。目的地はもちろん、例の場所だ。
「……怪我でもしたらウチ来いよ! 薬をサービスしてやるからな!」
去っていく二人の背中を見ながら、店主は声を大にして見送った。
「負けたらこの街から追放されるみたいなんだがな」
ニコラリーは小声で苦笑いをする。しかしその店主の声に背中を押された気がして、ニコラリーの歩くスピードが自然と上がった。
しばらく歩いていくと、例の広間が見えてきた。ちょっとした人だかりになっており、あの中でやると思うと緊張で足が震えてくる。
「主殿」
横を歩いていたクラウスに軽く背中を叩かれ、ニコラリーは立ち止まって彼女の方を見た。
いつも通り、自信満々の顔がそこにある。同時に、彼女との一週間が脳裏に浮かんで、不思議と自信が湧いてきた。
「行ってくる」
「ああ」
二人でハイタッチをして、そこからは一人で群衆の中に入っていくニコラリー。その後ろ姿をクラウスは見ているのだろう。何だか心強い守護霊を持った気分だった。
人込みを抜けて、噴水近くの人がいない場所に出ると、そこにはクロードがすでに待っていた。
クロードは目を閉じ、地面に先をつけた木刀を持ち、仁王立ちをしている。いかにもな体勢だ。達人にでもなったつもりなのだろうか。ニコラリーは彼に話しかける。
「おい」
「……おぉう。この耳が腐りそうなダミ声は、ニコラリーくぅんじゃないか。逃げずに来たんだな」
目を開けて、前に立ったニコラリーへ挑発をするクロード。
しかしニコラリーの意識はその挑発には向かなかった。意識は、彼の持つ木刀に向けられていた。
ニコラリーは彼の持ってきた木刀に、違和感を感じていたのだ。木刀に魔力が内在されている気がする。一週間前のニコラリーには分からないであろうぐらいの魔力だが、これは木刀に何か仕組くまれているようだ。
それを軽々しく見切れたニコラリーは、密かに自分の自信を膨らませた。
「お前こそ、あの重そうな鎧を着なくていいのか? 怪我して泣くなよ?」
ニコラリーの指摘した通り、クロードの服装は白い服に黒い蝶ネクタイをつけた、いわば晴れ着とか一張羅とか云われるようなものを着ている。まるで式典にでも参加する服装だが、ニコラリーはその真意を気づいた。
クロードにとって、この決闘は勝ち試合なのだ。勝利の晴れ舞台が確定されていると、そう考えている。故に、晴れ晴れしい衣装を着てきたのだ。
「吠えてろ、極貧野郎。君こそ、魔法で戦うつもりかい? 傭兵で剣術を学んでいる僕相手に?」
「俺は魔術師でだからな。早く始めよう」
ニコラリーの言葉に、ニヤリと笑うクロード。彼の連れてきた男を呼び、決闘の号令をやるよう指示する。
指定された男は、ニコラリーとクロードの間に立った。
「では、三、二、一、で始めます。いいですか?」
男の言葉に、双方がうなずく。ニコラリーは拳を、クロードは木刀を前に構えた。
「三、二、一、はじめっ!」
決闘が始まった。
「主殿、早く行こうぞ」
クラウスは家の玄関で、今や遅しとニコラリーを急かしていた。ニコラリーは約一週間ぶりの魔術師のマントを着て、内ポケットに小瓶が入っていることを確認する。慌てず確かに身支度を終えたところで、ついぞニコラリーが玄関へたどり着いた。
「さ、行こうか」
扉を開け、快晴の空が照らす緑の地上に、二人は一歩を踏み出したのだった。
数分歩き、中都市『エインアリー』のいつもの門についた。通行人を監視している顔なじみの傭兵に会釈をする。それからそのままクラウスを連れて街に入ったところで、突然に声をかけられた。男の声だ。ニコラリーはその声に聞き覚えがあった。
「なんだ、薬屋のおやじか」
「よう、ニコ」
その主はニコラリーがいつもお世話になっている薬屋の店主だった。店主は、人目につかないようにニコラリーとクラウスを端へ呼び出すと、ニコラリーの両肩に両手を乗せてひそひそ声で言う。
「お前、大丈夫なのか?」
「何が……? もしかして俺の作ったポーションで不祥事が?」
「違う! 決闘のことだよ! 街中で噂になってんだぞ」
汗をかいて知らせる店主の様子を見るに、本当に街中でニコラリーの決闘の話が広がっているようだ。テオドールがニコラリー宅を訪れたときにも、三人組を下したクラウスが噂になっていると聞かされたが、ニコラリーの決闘もこんなに騒ぎになっているとは思ってもみなかった。
想像していたのは、内輪で騒ぐ程度の小さなものだった。そういう個人的な争いとは遠縁の薬屋の店主が知っているのだから、想像を超えに超えて広まっていることは確かだ。ニコラリーと戦う予定のクロードは、街中でも黒い噂が立ち込めているような奴なので、その悪徳コネ野郎の敗北を見たいと集まる人もいるだろう。ニコラリーは頭を抱えたくなった。
しかしここで怖気づくわけにもいかない。何より、ニコラリーは一週間の稽古を経て、あのクロードに負ける気が全くしなかった。ここで引くのはとてももったいない、と思えるほどに。ニコラリーもニコラリーで、クロードのことは元から嫌いだったし、決闘という名目で痛めつけられるのだから至れり尽くせり、という気分である。向こうも同じように思っているのだろうが。
「問題ないよ。じゃ、行くから」
ニヤリ、と笑って拳を店主の肩に軽くぶつけて余裕を見せると、クラウスを連れてその場を去る。目的地はもちろん、例の場所だ。
「……怪我でもしたらウチ来いよ! 薬をサービスしてやるからな!」
去っていく二人の背中を見ながら、店主は声を大にして見送った。
「負けたらこの街から追放されるみたいなんだがな」
ニコラリーは小声で苦笑いをする。しかしその店主の声に背中を押された気がして、ニコラリーの歩くスピードが自然と上がった。
しばらく歩いていくと、例の広間が見えてきた。ちょっとした人だかりになっており、あの中でやると思うと緊張で足が震えてくる。
「主殿」
横を歩いていたクラウスに軽く背中を叩かれ、ニコラリーは立ち止まって彼女の方を見た。
いつも通り、自信満々の顔がそこにある。同時に、彼女との一週間が脳裏に浮かんで、不思議と自信が湧いてきた。
「行ってくる」
「ああ」
二人でハイタッチをして、そこからは一人で群衆の中に入っていくニコラリー。その後ろ姿をクラウスは見ているのだろう。何だか心強い守護霊を持った気分だった。
人込みを抜けて、噴水近くの人がいない場所に出ると、そこにはクロードがすでに待っていた。
クロードは目を閉じ、地面に先をつけた木刀を持ち、仁王立ちをしている。いかにもな体勢だ。達人にでもなったつもりなのだろうか。ニコラリーは彼に話しかける。
「おい」
「……おぉう。この耳が腐りそうなダミ声は、ニコラリーくぅんじゃないか。逃げずに来たんだな」
目を開けて、前に立ったニコラリーへ挑発をするクロード。
しかしニコラリーの意識はその挑発には向かなかった。意識は、彼の持つ木刀に向けられていた。
ニコラリーは彼の持ってきた木刀に、違和感を感じていたのだ。木刀に魔力が内在されている気がする。一週間前のニコラリーには分からないであろうぐらいの魔力だが、これは木刀に何か仕組くまれているようだ。
それを軽々しく見切れたニコラリーは、密かに自分の自信を膨らませた。
「お前こそ、あの重そうな鎧を着なくていいのか? 怪我して泣くなよ?」
ニコラリーの指摘した通り、クロードの服装は白い服に黒い蝶ネクタイをつけた、いわば晴れ着とか一張羅とか云われるようなものを着ている。まるで式典にでも参加する服装だが、ニコラリーはその真意を気づいた。
クロードにとって、この決闘は勝ち試合なのだ。勝利の晴れ舞台が確定されていると、そう考えている。故に、晴れ晴れしい衣装を着てきたのだ。
「吠えてろ、極貧野郎。君こそ、魔法で戦うつもりかい? 傭兵で剣術を学んでいる僕相手に?」
「俺は魔術師でだからな。早く始めよう」
ニコラリーの言葉に、ニヤリと笑うクロード。彼の連れてきた男を呼び、決闘の号令をやるよう指示する。
指定された男は、ニコラリーとクロードの間に立った。
「では、三、二、一、で始めます。いいですか?」
男の言葉に、双方がうなずく。ニコラリーは拳を、クロードは木刀を前に構えた。
「三、二、一、はじめっ!」
決闘が始まった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる