聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

18 聖剣、招かれる。

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 ニコラリーの決闘が始まる号令が聞こえた。クラウスは腕を組んで、ニコラリーの姿を観衆の中から覗いでいる。

 ニコラリーの相手を見るに、かなり油断しているとみた。少し注意が必要そうなところもあるが、ニコラリーならば大丈夫だろう、という結論に至る。

 ニコラリーの詠唱を見る。いい調子だ。思わずクラウスは微笑んだ。

 その刹那、クラウスの神経に電流が走り、思わず周囲を見渡す。

 ――何者かからの殺気を感じた。

 ほんの一瞬だが、確かな殺気。クラウスは瞬間的にその発信源を見切り、横目でニコラリーの決闘を見やる。本当はこのままニコラリーのことを見ててやりたかったが、あの殺気を放置しておくわけにはいかない。何より彼の強さは彼を鍛えたクラウスが一番よく知っていた。彼が負けるとは到底思えない。ならば、ここは。

 クラウスは、殺気の根源がいるであろう路地裏に向かって足を運んだ。決闘を見に集まった観衆の一団から外れ、その路地裏付近に人影はない。左右の建物に挟まれた路地裏は、日中にも関わらず暗くじめじめとした雰囲気が漂っていた。クラウスはその暗がりに踏み入れる。

 その先に気配が二つあった。クラウスは不意打ちに警戒しながらも足を進めると、何かを感じて立ち止まる。路地裏の光景。目の前には、クラウスがさっきまでいた大通りとは別の大通りが見える。そこまでに広がる虚空。違和感があった。クラウスが今見ているのは、本当に虚空か?

 クラウスは全身から微弱な魔力を放った。その見えない魔力は波のように前へ押し寄せていく。そして、ある程度進んだところで、光の粒子と共にその波が打ち消された。

「流石だ」

 目の前の光景がぐにゃりと曲がる。光の屈折を利用していたのか、幻覚を利用していたのかは定かではないが、その場所で透明になることで身を隠していた者たちが姿を現す。

 灰色のフードを深くかぶり、賞賛を送った声は無機質で空しい。その二人組を前に、クラウスは構える。それと同時に、目の前にいた二人のうち一人がすさまじいスピードで風も舞う暇もなく、クラウスの背後に回った。

 クラウスはそれを視界を隅で追い、「囲まれたな」と毒づいた。

「貴様らの目的は?」

 クラウスの冷静沈着な問いに、彼女の目の前にたたずんでいる方のフードが答える。

「貴女を、スカウトしにきた」

「スカウトだと?」

「そうだ。我らは貴方の力が欲しい」

 そう言って白い手袋をつけた手を差し伸べるフードの者。クラウスはその手は取らず、続けて問いを投げかけた。

「どこの者だ。この街の傭兵、というわけでもないのだろう?」

「言えぬ。貴女の協力が得られる、その時までは」

「ああ、そうか」

 クラウスは目を伏せた。刹那、前後の隠れていた揺れ動く――。

 途端にクラウスと話していたフードが一閃、左右真っ二つに斬られ、そのフードが力なく地面に落ちた。フードの中には、何もなかった。フードと共に白い手袋も力を失い、地に落ちる。

 前方のフードを背後から斬った本人であるナツメは、自らの刀をすーっと鞘に納めると、虚空に脱ぎ捨てられたフードと手袋を見て呟く。

「操作系、概念系の魔法かな」

「――そうだなあ。魔法の詠唱者の逆探知はもう無理だな」

 クラウスの背後で殻のフードをわし掴みにして、ヒラヒラとそのフードに中身がなかったことを見せつけているのは、タンクトップではなく軽装の鎧を身にまとっているテオドールだ。そのままフードから手を離すと、クラウスの方へ歩み寄る。ナツメも彼に倣い、クラウスの目の前に来た。

「心当たりはある?」

「ないの」

「じゃ、やっぱ危惧してたアレかあ」

 ナツメの質問を秒殺で答えたクラウスを見て、テオドールは大きな手で自分の頭を抱える。クラウスはその言葉を聞いて、テオドールと初めて会ったときのことを思い出した。

 彼はクラウスの話題が拡散してしまうことに懸念を抱いていた。つまりさっきの出来事は、クラウスの話題を聞いた何者かが、その力を手中に収めようとでもしたのだろう。しかし、大事なことはクラウスの力を手中に収めようとしたことではない。その力を手中に収めて何をしようとしていたか、だ。

「危険因子か」

「うん。最近、きな臭いのが嗅ぎまわってるの。この『アインエリー』だけじゃない、『グラスネス』、『サヴィナル』とかの中都市にもそういう動きがあるみたい。中枢都市にはそういうのは見られないみたいなんだけどね」

「うむむ……。地名は分からんな」

 数々の地名を出されて、クラウスは困った顔で顎を手に当て苦笑する。

 この時代のそういう事情を聞いていると、何だか3000年前の昏い記憶が蘇ってくる気がした。いつの時代も人間と魔物が対立するだけでなく、人間と人間、魔物と魔物の間にも争いは起きるものだ。それが生き物の性というものなのだろう。それを余計と取るか、美学と取るか。クラウスには判断しかねる。

「まあ、ここからは俺ら傭兵に任せなあ、お嬢ちゃん」

 親指を立てるテオドールに、クラウスは素直にうなずいた。

 直後、破壊音が鳴り響く。それにナツメとテオドールが気づいた頃には、クラウスはすでに姿を消していた。
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