聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

19 魔術師、遭う。

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 場面はニコラリーの決闘が終わったころに移る――。

 ニコラリーは決闘が終わり、観衆から盛大な歓声をいただいた。

 なんというか、ニコラリーの周りを包む歓声は、他の誰かを称えるものではなく、自分自身が中心となって巻き上がっていることに、妙な浮遊感を感じていた。
 自分が自分でない感覚。背中に風船をつけられ、勝手に浮いていく感覚。手足をばたつかせても、地面からどんどん離れていくような錯覚。

 ――危険だ。ニコラリーの本能が、そう警告していた。

 この気持ちを抑えなければ、ニコラリーは戻ってこれなくなる。根拠はないが予感だけが全身を巡り、現実が遅れ感覚が先行していった。これは、いけない。

 自分を絶賛する観客から目を背けて噴水の方に見やると、奇跡的にまだ自分で動けるクロードが肩を震わせていた。全身が焦げた上から入水したため、多大な火傷を負いながらもずぶ濡れになっているという、かなり滅茶苦茶な姿をしている。ニコラリーはそんな彼を見て、そちらへと足を向けた。

 これは、同情だろうか。余裕だろうか。自分は、彼を見下しているのだろうか。――いいや、違う。これが、自分の足を地面につけておくための『重り』になる。

「決闘、ありがとうございました!」

 ニコラリーは腰を折り、頭を下げて、震えるクロードへ通達した。クロードはポカンといった表情で頭を下げた彼を見つめ、見物人たちの歓声はピタリと止んだ。

「……けだ」

 諦めきれないような、吹っ切れたような声が聞こえたと同時に、その主は拳を思いっきり地面に振り下ろした。ニコラリーはそのまま頭を上げて、踵を返す。

 見物人から再び声が上がるが、そのすべてが賞賛ではない。
 聞き耳を立てているわけではないが、「よくやった」「礼儀正しい」という声の他に「偽善者」「調子に乗ってる」との声も聞こえてくる。多くの見物人がいれば、千差万別な意見が出るのは当たり前だ。確かに批判されるのは嫌だけれど、賞賛されるだけなのは嫌とか好きとかいう以前に、『自分によくない』気がする。何故だからは分からない。けれど、この考えをクラウスに言ったら、笑って額にデコピンしてくると思う。

 決闘を完全に終えたニコラリーは観衆の群れをかいくぐり、クラウスを探した。

 しかし、どこを探しても見つからない。どこへ行ったのか、また迷子になってしまったのか、と焦っていると彼に話しかける誰かがいた。

「ニコラリー。愛称は、ニコ」

 突然声をかけられ、ニコラリーは反射的にその方向へと視線を向ける。

 その先には、建物の壁にもたれかかっていて、白いフードを深く被った何者かがいた。

 怪しげな相貌に、ニコラリーは距離を詰めずに問う。

「誰ですか」

「ボク"は"、」

 突然にそいつの右腕がニコラリーへと向けられた。

「――キミに興味があるんだ」

 ――殺気。悪意を孕んだ魔力が、来る。

 ニコラリーは咄嗟に両腕に魔力を流し、その腕で透明な魔力の衝撃波を防御する。

 ニコラリーは破裂音と共に向かってきた衝撃波を何とか捉えるも、しかし耐えきれず、そのまま後ろへ吹っ飛ばされた。背後の壁にたたきつけられ、魔力で全く強化していなかった背中に激痛が走る。
 衝撃波を受けた時は腕、たたきつけられた時には背中、魔力を送る部分を瞬時に判断し実行するというのが、クラウスが言っていた『基本』だ。ニコラリーはそれすらできていない。ニコラリーは舌打ちをして、よろよろと立ち上がった。

「ハハ」

 フードを被った誰かはそんなニコラリーを見て、フードの中から白い瞳を覗かせて笑う。

 何が目的なのか、という疑問がニコラリー頭に浮かんだ瞬間に、そのフードの体が無気力にだらんと下がった。

「遊びたいけど、無理だね」

「なにを」

「さよならぁ」

 その言葉がそいつの最後の言葉だった。

「――主殿!」

 言い終わった瞬間、フードを被った奴に、轟音をはき散らしながら石畳を削り迫る斬撃が直撃し、四肢を分断されながら大きく吹っ飛んだ。その攻撃――力を込めた手刀を放ち、あのフードを吹き飛ばしたクラウスが、ニコラリーの目の前に上から飛んで現れる。まるで超小型の竜巻が地面を抉り取ったような惨状に、野次馬や攻撃により被害を受けた店の従業員がチラチラと集まり始めてきた。

 ニコラリーはクラウスに耳打ちをする。

「吹っ飛ばしちゃったけど、大丈夫なのか……?」

「問題ない。住民に怪我人は出さないように吹っ飛ばした。それに」

 クラウスの視線が吹っ飛ばされ、地面に倒れたフードの者に向けられた。ニコラリーもそれに倣うと、まさかの光景に目を丸くする。

 砂埃が薄く待っている中、攻撃によってフードが消し炭になったため、その中身が露出しているのだが、中に肉体はなかった。代わりにあったのは、木で造られた等身大の人形だ。ニコラリーが見たはずの白い瞳は、木の面に数センチ繰りぬかれただけの穴になっている。

「傀儡回しの仕業か。なるほど、この人形を中継していたのだな。器用な奴め」

「人間じゃなかったのか」

 ニコラリーとクラウスは小さな人だかりをかいくぐり、その人形へ近づいた。さっきまで動いていたそれは、もう動く気配はない。警戒をしながら、ニコラリーはしゃがんでその人形に触れてみる。質感は普通の木造の人形と大差はない。

「にしても、ちゃんと攻撃を防御できていたみたいではないか」

「まあ、直接の攻撃にはな。けど、吹っ飛ばされて背中を打ったのには対応できなかったんだよ」

「ふむ。習練が足りぬな」

 未だにヒリヒリしている背中をさすり、苦笑いを浮かべるニコラリー。今までの彼ならば、あの攻撃にすら対応できなかっただろう。あの一週間が身を結んだことを、あの決闘よりも実感させる出来事であった。何となく微妙な気分だ。

 気づけば、ざわめく大通りの人だかりを何とか避けて、傭兵たちが集まってきた。その中に、自分たちのほうへ向かってくるナツメとテオドールの顔を見つけ、ニコラリーは手を挙げて振る。それを合図に、二人が野次馬を避けてニコラリーのもとに来た。

 ニコラリーの傍に来た二人は、すぐに倒れた人形に目を向ける。

「ニコ、これが騒ぎの原因か?」

「大体は。こいつが俺を攻撃してきて、クラウスに助けて貰ったんだ」

「人形……。これは」

 ニコラリーに事情を聞くテオドールの横で、ナツメがクラウスにめくばせをした。クラウスは神妙な顔でうなずく。

「そうだな。詠唱者はこの人形を通して、あのフードを操っていたのだろう。二重に操作するとは……」

「二重に操作?」

「私たちはこの騒ぎを調査する必要があるから、ニコはクラウスと一緒に詰め所に行っててちょうだい。ニコとクラウスには聞きたいことがあるからね、私たちは後から行くよ」

 ここからは傭兵の仕事だから、と言われれば言い返せない。そのままニコラリーとクラウスは野次馬の外へ何とか出ていき、その足で詰め所に向かう。

「そっちでも何かあったのか?」

「ああ。歩きながら話そう」

 クラウスの話を聞きながら、詰め所に向かっていった。
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