聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

20 聖剣、喜ぶ。

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 詰め所の中の殺風景な待合室。そのイスとテーブルしかない一室で、ニコラリーとクラウスは待っていた。

 最初にニコラリーは自分の身に起こったことをクラウスに伝え、その後にニコラリーは自分が決闘を行っていたとき、クラウスがどこで何をしていたかをさっきまで聞いていた。

 決闘を見てくれなかったのはちょっとばかり残念だったが、そんなことがあってしまっては仕方ない。誰しも、殺気を自身に向けられていながら、それを無視して自分の試合を閲覧するなんて危険な行動はしてほしいとは思わないだろう。

「実体のない、怪しいフードか」

「ああ。手練れの仕業だ。詠唱者は主殿を襲った人形を媒介として、さらに我と接触したフードを操っていた。器用な真似をするものだな」

 ニコラリーはクラウスの証言を息を呑みながら聞き入れた。ニコラリーは魔術師である。人形を遠隔操作する操作系魔法の難しさは分かっているつもりだ。

 物体を触れずに動かす、という魔法は『超動力系』と一般的に云われている。

 操作系と俗に云われる魔法は、その括りの中に存在するものだ。操作系というのは誤解されやすいのだが、ナイフを触れずに動かしたりするようなものではない。そのような魔法――いわゆるテレキネシスは、『超動力系魔法ではあるが、操作系魔法ではない』という微妙な位置に属していて、簡単に操作系魔法との違い示すならば、魔力で遠隔操作しているものの細部を精密に動かせるか否かだ。

 操作系魔法と呼ばれる魔法というのは、自身の魔力をその物体に移し、その移した魔力を自身の魔力と呼応させて意のままに操る魔法だ。
 その呼応させる自分の魔力の質、量、強さなどの細かい条件により、物体の動き方が全く異なる。実際には不可能であるが、違う術者が全く同じ量の魔力を物体に移し、同じように魔力で呼応させてるとしよう。それでも術者ごとに物体の反応は異なるのだ。その使用難度により、操作系の魔法を習得するには教本だと事足りないとされ、その道の達人に直接弟子入りするぐらいしかない、と云われている。

 そして、遠距離になると自身の中の魔力では反応しなくなる。それを補うために、人形の近くにまで自分の魔力を飛ばし、その飛ばした魔力で呼応させて動かすという、魔力の扱いに精通している者でも首を傾げてしまうほどには、複雑で素直に理解できないやり方をするようだ。

 ニコラリーも最初本で見たときは冗談だと思ったし、今でも半ば冗談だと思っている。その方法を大雑把に言うとするならば、見えない魔力の糸で人形を動かすのが操作系の魔法の基本、といったところか。実際には反吐を吐くほどに難しいのだけれど。

 さらに、クラウスから聞いたことを整理してみると、ニコラリーを襲撃した人形はさらに実体のない魔力を操っていたようだ。ここまでくると説明するだけでも複雑になってくる。それも言葉を話していたというものだから、その技術は最上級の中でも特上のものであるに違いない。とにかく術者は並外れた腕を持っている者ということだ。

「目的は、一週間前に見せたクラウスの力か」

「ああ。だが……」

 複雑そうな顔のニコラリーを見ながら、クラウスはテーブルに肘をつく。

「あの人形が主殿に言った言葉も気になるな」

「……」

 待合室にねっとりと居心地の悪い沈黙が流れた。得体のしれない恐怖が、ニコラリーの体を包み込んでいるような気がして、口を動かせない。

 目的はまあ分かる。しかし、動機が明確にならないという気持ち悪さがそこにあった。

 その沈黙の中でしばらく時間が過ぎると、沈黙を突き破るように音を立てて待合室の扉が開いた。外からはテオドールが一人だけ入ってくる。

「ナツメは?」

「まだ現場。俺が取り調べ役することになった」

 クラウスの質問に、手に持った紙をペラペラと揺らしながら弱気に笑うテオドール。そのまま扉を閉めて、クラウスの隣に座った。それから紙をテーブルの上に置いて、向かい側に座るニコラリーに紙と一緒に持っていた鉛筆を向ける。

「俺はクラウスの事情は知ってんだよ。近くにいたからね。だから俺が主に聞くのはニコ、お前の話さ」

 それからニコラリーに向けた鉛筆を指でクルクル回して、そのまま芯の部分で紙をつついた。ニコラリーは一息ついてから、自分の身にあったことを話し始めた。






 ニコラリーへの事情聴取が終わり、二人はあっけなく詰め所から出られた。ニコラリーは見送りに来てくれたテオドールに会釈する。

「なんつーか、色々世話になったな」

「まあな。本当は襲われた人たちをそのまま返したくはないんだけど、未だに付けられてるようなことはなさそうだし、人手も足りない。それに」

 テオドールはニコラリーからクラウスへ視線を移した。

「ニコだけならそれでも不安なんだけど、物凄く強いお嬢さんがいるからな。安心だよ」

「ふふん。その通りだ。主殿、安心するが良い」

 テオドールの誉め言葉に、クラウスは素直に胸を張る。軽そうな言動とは裏腹に、物凄く強いと表してもおつりがくるほどの力量を持っているのだから、世の中は分からない。

 別れの挨拶をして、二人は詰め所を発った。すでに空には夕焼けに焦がれていて、そういえば昼食を取ってないな、とニコラリーはうっすら考える。隣で歩いていたクラウスが、正面を見たままで言った。

「……あの金持ちには、完勝したみたいだな」

 動物の鳴き声が聞こえる。朝来た時よりも明らかに人通りが少なくなっていて、店仕舞いを始めている光景もチラホラ見えてきていた。オレンジ色の光に照らされたレンガの地面に、二人の影が伸びている。

「まあな」

 ニコラリーはどこかその報告が照れくさくて、思わず隣のクラウスとは反対側に顔を向けた。そんな決まりの悪そうな仕草をするニコラリーに、クラウスはクスリと笑うと、小走りでニコラリーの目の前に回り込んでから、


「おめでとーっ!」


 見た目相応の、無邪気な笑顔で勝利を褒め称えたのだった。



   ―第一章 完―
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