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8 剥がれる虚栄
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『怒りの森』に潜んでいた巨大ムカデの魔物は黒い霧となって消失した。
その場に残ったのは毒沼へ崩れ落ちた社のみ。しかし祀っていたものが巡り巡って消え失せたのだから、それはもう木片のクズでしかないのだろう。
結果的に消えずに済んだのは『魔剣フレスベルグ』を手にして一息ついた女剣士――『フィリア・アーク』とそれを遠目で見つめるウィズ、少し離れたところには傷つき気絶しているソニアの三人であった。
「……ウィズ、だったかしら」
フィリアの視線がウィズを捉える。
ウィズは彼女に視線を返しつつも、その背後の毒沼が怪しくポコポコと泡を立てていることに気付いていた。
「貴方には感謝を――」
「うしろ」
「っ!」
真摯に頭を下げようとしたフィリアの背後にウィズは人差し指を向ける。刹那、毒沼が巻き上がった。そして巻き上がった毒がムカデの姿を模していく。
――それは、毒を纏った実体のない霊体の出現であった。
ウィズの仕草でそれを察したフィリアは振り返りつつ、ウィズの隣に立った。そして忌々しそうにぼやく。
「死してもなお、現世に恨みを持っているの……!?」
『……!!!』
その霊体は毒沼を飛沫ながら、二人に向かって無音の咆哮を放つ。カタチが分からないそれは巨大な毒の滝のように、二人の目の前に立ちふさがった。
咆哮によって木々をなぎ倒しそうなほど強い風圧が巻き起こる。ウィズとフィリアは腕を前にして防御せざるを得なかった。
ウィズはぼやいた。
「呪われた装備に込められた怨嗟ってやつかなぁ」
その正体は間違いなく、フィリアが倒した巨大ムカデの残留思念だった。
――元々呪われた装備と剣士とムカデの執念が合わさり、死んだ巨大ムカデの体に宿ったものがさっきまでの『巨大ムカデ』という魔物だった。
しかし今は違う。その執念が媒介にしていた肉体、それが消え失せて死んだ。その瞬間残った肉体を動かしていた執念――つまり、凄まじい怨嗟がそのまま消え去ることができずに霊体として顕現したのだろう。
「……」
ウィズは横目で隣に立つフィリアを見た。フィリアは剣の柄に手を伸ばし、今にも抜刀しそうになっていた。
このまま相対した憎悪の残火をフィリアに処理させるのも良い。しかし――。
(……ハッ、せめてもの手向けだ)
フィリアが抜刀するよりも早く、ウィズの右腕が上がった。その手のひらには小さな光輪が。
『……ッッッ!?』
突如、巨大ムカデの霊体の首回りの空間に四つの光の剣のようなものが虚空に顕現する。そして数える暇もなく、それらが四方から巨大ムカデの霊体の首を刎ねた。
「……!」
すでに死んでいる死にぞこないの首を刎ねるというのは少し不思議な感覚だが、まあそれでも霊体の動力源である魔力を破壊した。結果的に行われたのは手も触れることのない殺陣だ。
首を斬り落とされた霊体は固まると、そのすぐ後に毒を跳び散らして霧散した。執念が、恨みが、憎悪が、その場で渦巻いては天空へ流れて消えていく。
(……あの剣士には悪いけど、ここはオレの手で〆るべきだ。二度にわたるこの"秘密"の開示は、フィリアの信頼を勝ち取るための必要経費になるはず……)
毒がまき散らされる中で、負の感情で構成された竜巻を見据えてウィズはそう判断する。
ウィズは今まで自分の力を隠してきた。だからフィリアも、ソニアにこのような力は伝えられていないはず。
いうなれば、自分のこの力は"秘密"のことだったということになる。それを形だけとはいえ、フィリアの救うために二度も使用した。
それは彼女も分かっている。故に、フィリアはウィズに多少なりと恩を感じているはずだ。
――もっとも、フィリアがウィズの店に来たときのような、無茶苦茶な傍若無人な性格だったら、恩など微塵に感じないだろうが。
「きゃっ……!」
「っ……!?」
フィリアの驚いた声が聞こえた。それを聞いたウィズは慌ててフィリアの方へ視線を向ける。
フィリアが声を上げるぐらいのことなのだから、厄介なものが発生したのだろう。ウィズはそう思っていた
しかし彼女を見るや、ウィズは肩を落とした。隣では飛び散った毒を前に尻もちをついているフィリアの姿。
つまり、毒の飛沫に驚いて腰を抜かしたということだろう。
それは今までの態度からは考えられない行動。それをウィズは目を細めて見下ろす。
(……こいつ、案外マヌケなのか……? まあいい、とりあえず……)
そしてフィリアへと手を差し伸べた。尻餅をついたフィリアは恥ずかしそうに片手を胸の上におき、残った逆の手でウィズの手を取ろうとして、小さくぼやく。
「うぅ……びっくりしてころんじゃった……はぁ、ついてないなあ……ソニアさんにも迷惑かけちゃったし……」
「……ん?」
「あ」
ウィズはさっきからフィリアの様子の軟化に気付いていたが、それ以上に柔らかくなったことに思わず声を漏らす。
同時にフィリアも、ハッとしてウィズの手を取ろうと伸ばした腕を止める。
(……ソニア、さん……か。もしかして、今までの傍若無人な態度は……)
ウィズは思い返してみる。
フィリアが店に来た時の態度――ソニアの反応からして、少なくてもソニアと行動を共にしていた時は、ああいう性格で外見を取り繕っていたようだった。
それがさっきのような生死の危機に瀕した場合に変化した。
さらに今のような、強敵も倒され安堵感を得ている中で突然の出来事に柔い本音が現れた。
何が面白いのかというと、フィリアは"わざと他人に嫌われる高圧的な態度"をわざと取っていた、ということだ。
そして実はかなり優しい性格なのではないか、とそんな疑惑が浮かぶ。
「……っ」
ウィズの見下ろす視線に気づいたのか、フィリアは赤面しつつ咳ばらいを一つした。それから何事もなかったように立ち上がると、今度はウィズへ手を差し伸べた。
「……協力、感謝するわ。この私に貢献できたことを、光栄に思いなさい」
(……その態度で通すにはもうすでに手遅れでは)
フィリアの無理がある性格の変化に、ウィズはしょぼくれた顔でフィリアを見返すほかない。
それに対するフィリアの表情はまるで問題ないかのような無表情であるが、また何というか微妙な哀愁がある。
そんなウィズがフィリアの感謝の言葉に返答を考えるのにわずか一秒もかからなかった。ウィズは紳士らしく穏やかに笑って答える。
「……僕も面白いものを見せてもらいましたよ」
ウィズは足を踏み出した。この調子なら少しからかっても反感を買いそうにないだろう。
「高圧的な態度の裏にはこんな優しい初心が隠れていたなんてね。可愛いと思うよ」
「なっ……!」
堂々と笑って放たれたウィズの言葉に、フィリアは黒髪を揺らして再び赤面した。同時に魔粒子が彼女の体から離れて行き、その黒髪は元々の銀へと戻っていく。
まさか本気で隠し通せていると思っていたのか知らないが、そのフィリアの反応はウィズにとって付け込むチャンスだった。間髪入れずウィズは口を開く。
「まぁ何か理由があるんだろうけどさ、僕は本音の優しさが見える今のフィリアさんの方がいいと思いますヨ?」
「な、ななな、何を……!」
見るからに慌て始めるフィリアを前に、ウィズは今度は困ったように微笑む――そんな見せかけとは裏腹に、内心では目の前の女の脆弱さにほくそ笑んでいた。
(……つけ込むならここかなあ)
「貴方には関係ないでしょ……!」
ふん、と赤面はそのままにそっぽを向くフィリア。ウィズはここに付け入れる隙を見定め、普段の中性的な高めの声から地声とまではいかないほどにトーンを下げる。
そして真剣な眼差しを騙り、そっぽを向くフィリアを見据えてはしっかりと言い放った。
「さっきの戦闘で、僕は貴方の真剣な決意を目の当たりにしてしまいました。……ここでこのまま事情を聞かず引き下がるなんてしたくありませんよ……! 僕にも協力できることがあるはずです……! フィリアさん、話してください。貴女がその背中に背負っている覚悟の理由を」
よくもまあ思ってもないことをぬけぬけと話せるものだと、ウィズは内心自慢げにうなずく。
さっきまでの軽い雰囲気とはうってかわって、その真剣な言葉にフィリアもウィズをしっかりと見つめた。ウィズもその視線に応えるためじっと彼女の瞳を見返す。
いくら心の中でゲスな計画を企てていたとしても、誠実そうな言葉を並べている限りはそれを見抜くことはできない。言葉は本心やその人の善性を証明するに値しないのだ。
凶悪な殺人犯にだって、心地が良くなるような優しい言葉を無限に吐くことができる。そのドス黒い本性を隠したまま。
「……僕は部外者ですけど、力になれると思うんですよ。だって、僕は結構やり手ですからね」
「……」
そう言ってウィズは小さく笑う。
言い方こそ謙虚であるが、その表情に小さいが隠しきれないほどの自信を装って『そういう人格』を印象付けた。
細かい絡め手はいらない。今は純粋純白を貫くに限る。――間抜けな善人を演じるのだ。
そんなウィズの心証など知らないフィリアは、思わず吹き出すように小さく笑った。
「……はぁ、もう、本当に……知らないから」
「フィリアさん……!」
初対面の時では考えられない暖かい感情を瞳に宿したフィリアはようやくウィズの言葉を受け入れたのだった。
ウィズは彼女の言葉を聞いて大げさに笑って見せる。
フィリアは当たりを見渡すとその調子でウィズへと告げた。
「ここでは話もしにくいから、場所を移動しよう? 気絶したままのソニアさ……ソニアもどうにかしないとだしね」
「分かりました」
フィリアは長い髪を揺らして踵をかえし、倒壊した木の幹に倒れ込むソニアへと足を進めた。
(これで……上手くやれば『アーク家』を利用できるかもしれない……)
その背後でウィズの青い瞳が黒く淀み――藍鉄色に見間違うようなドス黒い瞳で――真剣な眼差しを見せていたことに気付かないまま。
(ジャコブ・ブレイブ……その下に着く血縁者ども……)
ウィズは瞳を細めた。
(お前らが捨てたアレフ・ブレイブの亡霊が……ついに牙を剥くぞ……)
その場に残ったのは毒沼へ崩れ落ちた社のみ。しかし祀っていたものが巡り巡って消え失せたのだから、それはもう木片のクズでしかないのだろう。
結果的に消えずに済んだのは『魔剣フレスベルグ』を手にして一息ついた女剣士――『フィリア・アーク』とそれを遠目で見つめるウィズ、少し離れたところには傷つき気絶しているソニアの三人であった。
「……ウィズ、だったかしら」
フィリアの視線がウィズを捉える。
ウィズは彼女に視線を返しつつも、その背後の毒沼が怪しくポコポコと泡を立てていることに気付いていた。
「貴方には感謝を――」
「うしろ」
「っ!」
真摯に頭を下げようとしたフィリアの背後にウィズは人差し指を向ける。刹那、毒沼が巻き上がった。そして巻き上がった毒がムカデの姿を模していく。
――それは、毒を纏った実体のない霊体の出現であった。
ウィズの仕草でそれを察したフィリアは振り返りつつ、ウィズの隣に立った。そして忌々しそうにぼやく。
「死してもなお、現世に恨みを持っているの……!?」
『……!!!』
その霊体は毒沼を飛沫ながら、二人に向かって無音の咆哮を放つ。カタチが分からないそれは巨大な毒の滝のように、二人の目の前に立ちふさがった。
咆哮によって木々をなぎ倒しそうなほど強い風圧が巻き起こる。ウィズとフィリアは腕を前にして防御せざるを得なかった。
ウィズはぼやいた。
「呪われた装備に込められた怨嗟ってやつかなぁ」
その正体は間違いなく、フィリアが倒した巨大ムカデの残留思念だった。
――元々呪われた装備と剣士とムカデの執念が合わさり、死んだ巨大ムカデの体に宿ったものがさっきまでの『巨大ムカデ』という魔物だった。
しかし今は違う。その執念が媒介にしていた肉体、それが消え失せて死んだ。その瞬間残った肉体を動かしていた執念――つまり、凄まじい怨嗟がそのまま消え去ることができずに霊体として顕現したのだろう。
「……」
ウィズは横目で隣に立つフィリアを見た。フィリアは剣の柄に手を伸ばし、今にも抜刀しそうになっていた。
このまま相対した憎悪の残火をフィリアに処理させるのも良い。しかし――。
(……ハッ、せめてもの手向けだ)
フィリアが抜刀するよりも早く、ウィズの右腕が上がった。その手のひらには小さな光輪が。
『……ッッッ!?』
突如、巨大ムカデの霊体の首回りの空間に四つの光の剣のようなものが虚空に顕現する。そして数える暇もなく、それらが四方から巨大ムカデの霊体の首を刎ねた。
「……!」
すでに死んでいる死にぞこないの首を刎ねるというのは少し不思議な感覚だが、まあそれでも霊体の動力源である魔力を破壊した。結果的に行われたのは手も触れることのない殺陣だ。
首を斬り落とされた霊体は固まると、そのすぐ後に毒を跳び散らして霧散した。執念が、恨みが、憎悪が、その場で渦巻いては天空へ流れて消えていく。
(……あの剣士には悪いけど、ここはオレの手で〆るべきだ。二度にわたるこの"秘密"の開示は、フィリアの信頼を勝ち取るための必要経費になるはず……)
毒がまき散らされる中で、負の感情で構成された竜巻を見据えてウィズはそう判断する。
ウィズは今まで自分の力を隠してきた。だからフィリアも、ソニアにこのような力は伝えられていないはず。
いうなれば、自分のこの力は"秘密"のことだったということになる。それを形だけとはいえ、フィリアの救うために二度も使用した。
それは彼女も分かっている。故に、フィリアはウィズに多少なりと恩を感じているはずだ。
――もっとも、フィリアがウィズの店に来たときのような、無茶苦茶な傍若無人な性格だったら、恩など微塵に感じないだろうが。
「きゃっ……!」
「っ……!?」
フィリアの驚いた声が聞こえた。それを聞いたウィズは慌ててフィリアの方へ視線を向ける。
フィリアが声を上げるぐらいのことなのだから、厄介なものが発生したのだろう。ウィズはそう思っていた
しかし彼女を見るや、ウィズは肩を落とした。隣では飛び散った毒を前に尻もちをついているフィリアの姿。
つまり、毒の飛沫に驚いて腰を抜かしたということだろう。
それは今までの態度からは考えられない行動。それをウィズは目を細めて見下ろす。
(……こいつ、案外マヌケなのか……? まあいい、とりあえず……)
そしてフィリアへと手を差し伸べた。尻餅をついたフィリアは恥ずかしそうに片手を胸の上におき、残った逆の手でウィズの手を取ろうとして、小さくぼやく。
「うぅ……びっくりしてころんじゃった……はぁ、ついてないなあ……ソニアさんにも迷惑かけちゃったし……」
「……ん?」
「あ」
ウィズはさっきからフィリアの様子の軟化に気付いていたが、それ以上に柔らかくなったことに思わず声を漏らす。
同時にフィリアも、ハッとしてウィズの手を取ろうと伸ばした腕を止める。
(……ソニア、さん……か。もしかして、今までの傍若無人な態度は……)
ウィズは思い返してみる。
フィリアが店に来た時の態度――ソニアの反応からして、少なくてもソニアと行動を共にしていた時は、ああいう性格で外見を取り繕っていたようだった。
それがさっきのような生死の危機に瀕した場合に変化した。
さらに今のような、強敵も倒され安堵感を得ている中で突然の出来事に柔い本音が現れた。
何が面白いのかというと、フィリアは"わざと他人に嫌われる高圧的な態度"をわざと取っていた、ということだ。
そして実はかなり優しい性格なのではないか、とそんな疑惑が浮かぶ。
「……っ」
ウィズの見下ろす視線に気づいたのか、フィリアは赤面しつつ咳ばらいを一つした。それから何事もなかったように立ち上がると、今度はウィズへ手を差し伸べた。
「……協力、感謝するわ。この私に貢献できたことを、光栄に思いなさい」
(……その態度で通すにはもうすでに手遅れでは)
フィリアの無理がある性格の変化に、ウィズはしょぼくれた顔でフィリアを見返すほかない。
それに対するフィリアの表情はまるで問題ないかのような無表情であるが、また何というか微妙な哀愁がある。
そんなウィズがフィリアの感謝の言葉に返答を考えるのにわずか一秒もかからなかった。ウィズは紳士らしく穏やかに笑って答える。
「……僕も面白いものを見せてもらいましたよ」
ウィズは足を踏み出した。この調子なら少しからかっても反感を買いそうにないだろう。
「高圧的な態度の裏にはこんな優しい初心が隠れていたなんてね。可愛いと思うよ」
「なっ……!」
堂々と笑って放たれたウィズの言葉に、フィリアは黒髪を揺らして再び赤面した。同時に魔粒子が彼女の体から離れて行き、その黒髪は元々の銀へと戻っていく。
まさか本気で隠し通せていると思っていたのか知らないが、そのフィリアの反応はウィズにとって付け込むチャンスだった。間髪入れずウィズは口を開く。
「まぁ何か理由があるんだろうけどさ、僕は本音の優しさが見える今のフィリアさんの方がいいと思いますヨ?」
「な、ななな、何を……!」
見るからに慌て始めるフィリアを前に、ウィズは今度は困ったように微笑む――そんな見せかけとは裏腹に、内心では目の前の女の脆弱さにほくそ笑んでいた。
(……つけ込むならここかなあ)
「貴方には関係ないでしょ……!」
ふん、と赤面はそのままにそっぽを向くフィリア。ウィズはここに付け入れる隙を見定め、普段の中性的な高めの声から地声とまではいかないほどにトーンを下げる。
そして真剣な眼差しを騙り、そっぽを向くフィリアを見据えてはしっかりと言い放った。
「さっきの戦闘で、僕は貴方の真剣な決意を目の当たりにしてしまいました。……ここでこのまま事情を聞かず引き下がるなんてしたくありませんよ……! 僕にも協力できることがあるはずです……! フィリアさん、話してください。貴女がその背中に背負っている覚悟の理由を」
よくもまあ思ってもないことをぬけぬけと話せるものだと、ウィズは内心自慢げにうなずく。
さっきまでの軽い雰囲気とはうってかわって、その真剣な言葉にフィリアもウィズをしっかりと見つめた。ウィズもその視線に応えるためじっと彼女の瞳を見返す。
いくら心の中でゲスな計画を企てていたとしても、誠実そうな言葉を並べている限りはそれを見抜くことはできない。言葉は本心やその人の善性を証明するに値しないのだ。
凶悪な殺人犯にだって、心地が良くなるような優しい言葉を無限に吐くことができる。そのドス黒い本性を隠したまま。
「……僕は部外者ですけど、力になれると思うんですよ。だって、僕は結構やり手ですからね」
「……」
そう言ってウィズは小さく笑う。
言い方こそ謙虚であるが、その表情に小さいが隠しきれないほどの自信を装って『そういう人格』を印象付けた。
細かい絡め手はいらない。今は純粋純白を貫くに限る。――間抜けな善人を演じるのだ。
そんなウィズの心証など知らないフィリアは、思わず吹き出すように小さく笑った。
「……はぁ、もう、本当に……知らないから」
「フィリアさん……!」
初対面の時では考えられない暖かい感情を瞳に宿したフィリアはようやくウィズの言葉を受け入れたのだった。
ウィズは彼女の言葉を聞いて大げさに笑って見せる。
フィリアは当たりを見渡すとその調子でウィズへと告げた。
「ここでは話もしにくいから、場所を移動しよう? 気絶したままのソニアさ……ソニアもどうにかしないとだしね」
「分かりました」
フィリアは長い髪を揺らして踵をかえし、倒壊した木の幹に倒れ込むソニアへと足を進めた。
(これで……上手くやれば『アーク家』を利用できるかもしれない……)
その背後でウィズの青い瞳が黒く淀み――藍鉄色に見間違うようなドス黒い瞳で――真剣な眼差しを見せていたことに気付かないまま。
(ジャコブ・ブレイブ……その下に着く血縁者ども……)
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