名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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10 生い立ち

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 フィリアは馬車を走らせる。あの後、気絶したままのソニアをそっと荷台に乗せて、ウィズはフィリアの隣で座っていた。

 サラマンダーの馬車は予想以上に速く、風除け越しに見える風景がぼやけてみえるほど。ウィズはこのような乗馬の体験は記憶上とても久しぶりで素の状態で少し面喰っていた。

「……馬車に乗った途端なんだか大人しくなったね。ネコみたい」

 そんなウィズの様子を見てか、フィリアは小さく笑いながら告げる。ウィズは反射的にムムッとフィリアへと不満げな視線を送った。その直後、自分自身でハッとする。

 思わず純粋ピュアな青少年という建前を忘れて素で反応してしまった。だがしかし、少し考えて、ピュアな青少年であろうとも同じ反応をしたであろうという結論に至ってからは、フィリアの言葉に押し黙って視線を前に向けた。

 まるで拗ねているようなウィズの態度にもう一回フィリアはくすりと笑う。

 そんなフィリアにちょっと不機嫌そうにウィズは言った。

「そんなことしてたら、運転に支障があるのでは?」

「そうかもねっ」

 手綱をしならせ、フィリアは元気よく返す。

 ウィズは軽く息を吐いて腰を落として座席にズズズと深くもたれかかった。

「そういえば、あの『魔剣』を手にした後に、なんだか詠唱みたいなことをしてましたよね? えっと……くろに……くろにくる……?」

「……契約権限クロニクル・ルーラーのことかな。あれは『アーク家』に代々伝わる契約術。剣と契約を交わすことで、それ以上の力を引き出すことができる……これができるのは『アーク家』の血筋だけなんだけどね」

「そうなんですね。僕も魔術をかじっていた時期があるので、ちょっと気になっちゃいました」

「魔術をかじっていた……か……」

 ウィズの店に来た時、フィリアは上等な剣を探していた。それはこの契約術に起因するようだ。

(恐らく契約する剣の強さ――剣に強さってのは変な表現だが――それに比例して、自分自身の能力も向上させる契約術……だから上等な剣にこだわっていたということか)

 ウィズは言われずとも、フィリアの言う『契約術』に関して推測して納得する。

 確かにあの契約術――契約権限クロニクル・ルーラーを発動する前のフィリアの戦闘力には少し疑問があった。『剣聖御三家』にしてはどこか頼りなかったのだ。

 しかし契約権限クロニクル・ルーラーが『アーク家』の剣聖たる所以であるのならば、それも納得できる。本領発揮が契約権限クロニクル・ルーラーによる儀式の後であるとみるなら、逆にそれ無しであそこまで動けたのは『流石』と言わざるを得ないだろう。古来の魔術師のイメージでいうならば、杖を持つ前と持った後で戦闘力がまるで違うこと、に近いはずだ。

 ウィズがそんなことを考えていると、唐突にフィリアはウィズに関して口を開いた。

「ねえウィズ、貴方の魔術――並大抵じゃないよね? あのムカデの装甲に通用した魔法……ただの雑貨店の店主が、あれほどの魔法を放てるなんて思えない」

「……」

 それはフィリアを助けるため、ウィズがムカデの行動を止めた時のことを示しているのだろう。ウィズは黙ってフィリアを見返した。

 楽観的にこのドサクサに紛れてあの事は忘れていてくれていると有難かったが、それは流石に無理があったか。

 ウィズはこれ見よがしに「はぁ」とため息をつくと、普段よりもちょっと音色を低くして、ぶっきらぼうに答える。

「……僕はとあるに生まれた。けど、僕には魔法の才能がなくて、それで家から追い出されちゃったわけなんですよね」

「……」

「……僕の持つ魔法はその時の名残なごりですかね。……家から見捨てられても、僕は……」

 真実の中に嘘を混ぜる――否、今回の場合は嘘の中に真実を混ぜる、といったところか。

 重々しく告げられたウィズの生い立ちを聞いたフィリアは口をつぐんだ。

 少しの間、重い沈黙が流れる。

(……ま、あまり聞いてて楽しくなるような経歴ではないしな。いうて嘘の経歴なんだけど)

 ウィズはそう思いながらも、心のどこかで何かが突っかかっている不快感を覚えていた。

 ――それは今ウィズの言い放った嘘の生い立ちが、『アレフ・ブレイブ』の生い立ちと重なるからだろうか。

 真実味が出るよう、"嘘"に紛れ込ませた"真実"だったが、それが自分自身をむしばんでしまっては仕方ない。

 気分を切り替えようとするウィズを前に、さっきまで黙っていたフィリアが口を開く。

「でも、その魔法のおかげでわたしは助かった。だから、なんというか、ありがとうね」

「……フィリアさん?」

「その、貴方の家族は貴方のことを見てくれなかったみたいけど、わたしはちゃんと見てたから」

「……」

 ウィズは思わず目を見開いた。すぐにハッとして笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます」

 笑顔を作るウィズはその笑顔がぎこちなくなっていないか、心の中で不安に思っていた。

(……クソ、なんだこの気分は)

 ウィズはフィリアの姿を視界に入れたが、どこか焦点が合わない。まるで白く汚れたガラス越しに見つめているようであった。

 ウィズは目を細め、今の悪い気分からの脱出を試みるために話題を変える。

「そういえばフィリアさんがなんであんな態度取っていたのか、まだ教えてもらっていなかったですね」

 さっきからほどほどに気になっていた、フィリアの態度の変化。店に来た時などに見せていた、高圧的な態度のことだ。今のフィリアからは見る影もない。

 一度は『貴方には関係ない』と言われてしまったが、今の段階なら話してもらえそうだ。

 フィリアは少し表情に影を見せながら、口を開いた。

「……そのことね。実は『アーク家』にはね、とある家訓かくんあるの。……『他者に弱みを握られてはいけない。威厳、尊大さを見せつけ、隙を与えてはいけない。』ってね」

「あー……それであんな態度を……」

 ウィズはあからさまに納得した様子を見せた。

 しかし解せないこともある。返答として、ウィズはその疑問を口にした。

「でも、それを僕の前で言っちゃっていいんですか? 家訓、破っちゃってますけど」

「うーん……バレちゃったし、仕方ないよね。それに……」

 フィリアの瞳に力が入る。同時に威圧を感じて、ウィズは思わず奥歯を噛み締めた。



「――その家訓、の代で潰すから」



 ウィズはフィリアから感じられる圧迫感に、思わず口をつぐんでしまった。

 ――フィリアは本気だ。本気で、『アーク家』に代々伝わっているであろうその家訓を潰す気でいる。

 そしてそんなどうでも良さげな『家訓』を潰すためだけに、ここまで強い決意を見せるということにも引っかかった。世襲でそのまま当主になって、領民集めて「やめまーす」と宣言するのではダメなのだろうか。
 
 
「……もう少しで着くね」

 疑問に思っている最中、その先を見据えていたフィリアはぼやく。ウィズも視線を前方に向け、その意識は見え始めた町――『ネグーン』へと吸い込まれたのだった。
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