名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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「ここからは後攻僕らのターンだ。奴らを見返してやろうよ」

「ウィズ……?」

 流血した唇を拭って、ウィズはキジの仮面のところへ歩き出した。ソニアも少しうつむきつつウィズの背中を追う。

 重い沈黙が店内を包み込む中、ウィズは歩きながらぼそりとソニアへ言った。

「……強くなりたいんだろ?」

「え……」

 ソニアは思わず顔を上げる。ウィズは振り返らずに告げた。

「必要なのは"勇気"と……必要な時に自然と手の中に舞い込んでくるものだよ」

 ウィズは背後にいるソニアへそれだけ言って、あとは何を言わなかった。

 今のやるべきことはこのクソみたいな状況を乗り越えること。もちろん、それだけでやって終わらせてもいい。ヒューレットやシャリリはこの際どうでもよくなった。

 しかしついでだ。こんな状況、稀にしか出会えない。

 だったら、丁度利用してやろうと思っただけだ。ソニアの『強くなりたい』という願いの真剣度を試してやろうと、そう思った。

 彼女の願いを天秤にかけて、どっちに傾くかを見る、それだけだ。

 ウィズとソニアがキジの仮面のもとについた。

 そこにはすでに多くの客が集まっており、軽く持ち物チェックをされてから、手を後ろで縛られ座らされている。

 ウィズとソニアも二回目の刃物を持ってないかチェックされ、。手を縄で縛られ、仮面をかぶる襲撃者たちの輪の中に座らされる。

 馬の仮面を被った襲撃者が怒鳴った。

「おい、店員! この店の通信水晶シグナルクリスタルを持ってこい!」

 そして近くで座らされている店員を蹴り飛ばす。

「てめえだよてめえ!」

 蹴飛ばされた店員はよろよろと立ち上がり、馬の仮面に脅されるまま『通信水晶シグナルクリスタル』をカウンターの下から取り出し、渡した。

 『通信水晶シグナルクリスタル』とは、離れた位置同士でも水晶クリスタル越しに通話することができる魔道具だ。通話するにはあらかじめ他の『通信水晶シグナルクリスタル』を登録しておく必要があるものの、それでも需要は高まるばかりのアイテムである。

 馬の仮面は店員が奪取した通信水晶シグナルクリスタルを口元に寄せると、他の通信水晶シグナルクリスタルと接続する。

「おい! 聞こえてっかァ!? 『ネグーン』のクソ役人どもが!」

 馬の仮面の大きな声がよどんだ雰囲気が漂う店内に響き渡った。

 どうやら、馬の仮面は『ネグーン』の役所にある通信水晶シグナルクリスタルへ繋げたようだ。

 だとすると――ウィズはその目的を予測する――恐らく、奴らの狙いは。

「今俺たちぁ、『ネグーンセントラルストア』に世話になってるんだが……役所の窓の外から見てみなぁ! 店の玄関をよぉ! そっちでも仲間が客を人質に取ってるはずだぜ! 客の後ろから腕を回して、首筋にナイフを突きつけてる姿が見えんだろ! なぁ、状況が分かったか!? ――なら話は早い」

 馬の仮面は不気味に笑って見せる。

「人質を無事解放してほしかったら、大金と逃げるための移動手段あしを用意してもらおうか! 二時間後、馬車と金貨2000枚を持って店前に一人寄越せ! 時間内に現れなかったら、人質の命は保証できねえぞ!」

 そう言って通信水晶シグナルクリスタルの出力を切った。再び店内へ緊張が走る。

「っつーわけだからよぉ……大人しくしてろよな~?」

 通信水晶シグナルクリスタルを手のひらで遊ばせながら、馬の仮面は人質である客と店員たちに言った。

 それから数分後、全ての客と店員が同じ場所に集まり終えたようだった。集められた人質は時間帯が昼前であったこともあり、老若男女問わず色んな人がいた。

 その中には子供も含まれており、親と思われる女性の中で瞳に涙を浮かべ、小刻みに震えていた。

「おい、この町は『ニンゲン派』か、『ジュウジン派』か?」

「中立だよ。どっちを殺しても大犯罪者だ」

「ひぇーおっかないねぇ」

 緊張が走る人質とは打って変わって、落ち着きのある様子で他愛のない会話をする襲撃者たち。

 そんな彼らを見ながら、ソニアは小さくぼやく。

「あんな子供まで……」

 ウィズはそんなソニアを尻目に、ボコボコにされてカウンターの上に縛り付けられているヒューレットとシャリリを見つけて心の中で合掌した。


 高度な緊張状態が維持されたまま、数十分が経った。約束の時間まであと一時間以上もある。

 ――そこで事件は起こってしまった。

「うっ……ひぐっ……ぇえぇぇん……!」

 不安と恐怖が入り混じった密閉空間で、ただの子供が耐えられるはずがなかった。

 栓が抜けたように子供の情緒が破裂して、泣き声が耳をつんざいた。

 一気にうるさくなる店内に、襲撃者たちが黙っているはずがない。

「アァ!? うるせえぞこのクソガキ!」

 案の定、犬の仮面が泣き始めた子供に向かっていった。

 母親に抱きついて泣き叫ぶ子供を、そこから引きはがそうと手を伸ばす。

「すっ、すみません……! すぐに静かにさせますから……!」

「おかぁさん……!」

 母親は子供を抱きしめると、胸の中に庇った。必死に懇願する母親であるが、犬の仮面はそんなことなど気にもしない。

「うるせぇのは嫌いなんだよ俺は! イライラしたんだよ! この拳、一発殴らねえと気がすまねえ!」

 そういって力づくで子供を引きはがそうとする犬の仮面。引き剥がされたら最後、子供がロクな目に遭わないことを、勿論母親は理解していた。

 だから母親は必死で対抗する。そのせいで、犬の仮面と母親のいざこざがちょっとずつ長引いていった。

(……うーん)

 ウィズはそれを見ながら思案する。この流れは良くない。

 このいざこざが長引けば、他の襲撃者も干渉してくるだろう。最初はたった一人の気を損ねただけであっても、そうなれば二人三人と増えていく。

 人数が増えれば母親は抵抗できなくなり、子供を殴る拳は増えた人数に比例する。これはよくない状況だ。ウィズは目を細めて、ただその動向を見つめていた。

「待って!」

 そんな中、ウィズの隣から声がした。ウィズはちょっと、本当にちょっとだけ口元を緩ませた。

「殴られるなら……代わりにボクが……!」

 ソニアは縛られたまま立ち上がって、犬の仮面にそう宣言する。

 その行為自体は勇敢だった。けれど、そんなソニアを正面から見た犬の仮面はソニアを馬鹿して笑った。

「おいおい、涙目で何言ってんだよ! 強がりか~?」

「……!」

 ソニアはピクリと肩をはねらせる。至近距離で彼女を見ると、やはり小さく体が震えていた。

「はっはー! いいなー、気にったよ! お前を殴って、ここはしまいにしてやる」

 小動物のように震えるソニアに満足気味なのか、犬の仮面は標的を泣き叫んでいた子供からソニアへと移した。

 いつしか子供は泣き止んでいて、赤く泣きはらした目でソニアを見ている。

「おら、来いよ女ぁ!」

「……う、うん」

「『うん』じゃねぇ! 『はい』だろうが! 俺は提案を吞んでやった立場だぞ!」

「は、はい……!」

 ソニアは悪態を飲み込みながら、犬の仮面へ返事をして歩き出す。犬の仮面はソニアが歩いてくる間、ニヤニヤと笑いながら腕を鳴らして待っていた。

「……」

 犬の仮面のもとに付けば、確実に自分は殴られる――自分で望んだこととはいえ、やはり嫌なことには変わりないのだろう。

 だからソニアは――ある行動を示した。何かに立ち向かったり、抵抗しなければならない事態が迫った時に、ほぼ無意識内でやってしまうこと。例えば、巨大ムカデに襲われた時とか。

「……!」

 そこでソニアは目を見開いて、体が一瞬こわばった。

 どうやら、『必要な時に自然と手の中に舞い込んでくるもの』の正体を自覚したようだった。


 その姿を後ろから見ていたウィズは、どこか楽しそうに背中をのびーっと伸ばしたのだった。

 

 
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