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113 布越しの銃口
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用意された個々の寝室はこじんまりとしていたものの、淡麗に磨かれた木製の素材が高級感を醸し出しており、その狭ささえも風情に変えてしまうほどであった。
(流石は『剣聖御三家』を持て成すよう用意された部屋だな)
談話室にあった像といい、装飾にはかなり気が使われているようだ。それを一庶民であるウィズが楽しめるというのは、フィリアの護衛となってよかったことの一つであろう。
頭上の提灯型の灯りがふよふよと揺れていた。適当に荷物を置いたウィズはそのまま談話室に戻る。
「ウィズ」
談話室に足を踏み入れると、フィリアの声がウィズを迎えた。ウィズはベランダの大きな窓際のイスに座るフィリアを一瞥して、彼女の方へ向かう。
「なんですか」
近くに来たウィズをフィリアは見上げる。そしてその視線をすぐに窓の外へ向けた。
視線につられてウィズも窓の外を見る。客室は一階なのだが、この宿屋自体が少し高い位置に建てられているようで、そこからは『ノルハ』の町が上から覗くことができた。
ポツポツと灯がともっており、明るすぎずに風情を残したままの穏やかな夜景が広がっている。各所に『メストマター感謝祭』の未完成な装飾もつけられており、それもまた特別な空気を醸し出していた。
「貴方の『緋閃』の射程距離はどれほどかしら?」
「……撃つだけなら地平の向こうまで届きます。ある程度の的を絞るとなると――」
フィリアの問いに答えていたウィズは言葉をのんだ。そして瞳を細める。恐らくだが、今ウィズとフィリアの視線は夜景の中の全く同じ地点へと向けられているのだろう。
――町の中に、不自然な結界が張られていた。遠目でしか分からず、距離もあるので感知できる魔力量も僅かだが、そのような痕跡を感じる。これは『存在隠蔽』のような気配隠滅系の魔法の類だ。
そんな結界を張る連中の目的としたら、想像するのも容易であろう。『メストマター感謝祭』に招待されたフィリアたちにあだなす勢力――つまりは、『アーク領』で爆破事件を起こしたりして、『セリドア聖騎士団』の選定式まで『アーク家』を妨害しようという輩たちだ。もっとも、それとは無関係な可能性もなくはないが、その線だとしてもフィリアたちとは相対する存在であることは変わりがない。
「あの距離なら狙えます。結界だけを撃ち抜くことも可能です」
「そう」
肘掛けに肘をつけて、フィリアは短く息を吐く。しかしその口からはついぞ『撃ち抜け』というような言葉は発せられなかった。
ウィズは彼女の問う。
「結界、あのままでいいんですか?」
「ええ。"気付いていないフリ"をしておきましょう。……これから祭りの担当者も来るようだしね」
「そうですか」
フィリアの回答にウィズも納得の感情を見せながら、町の夜景から目をそらした。
ここで結界を除去すれば、相手に結界がバレていることを知らせることにもなる。ならばここでは泳がせておくというのも悪くはない選択肢だ。
それ以前に、そもそも今日来たばかりのウィズたちが勝手にやるべきではないだろう。この後、フィリアたちを招待した『ノルハ』の担当者が来るという話もある。その時に結界の存在を知らせて、対応を仰げば良い。
(それにしても……)
ウィズはイスに座っては真顔で窓を見据えるフィリアを視界の隅で捉える。
(魔術師タイプでもないのにこの距離で結界の存在に気づくとは……。魔剣との融和がかなり進んでるのか……?)
ウィズですら目視して目標の結界を認識してからでないと気づけなかった代物だ。魔法の知識、経験に明るくないはずのフィリアが気づくのは少し不自然だ。
考えられるのは魔力の塊である魔剣を『契約顕現』で自分のものとしたことにより、魔力に対して身体構造の部分から敏感になりつつあるのではないかということ。
(……マズいかもな)
談話室のソファに座り、そこでさっき出した飲み物を部屋に置いてきてしまったことを思い出し、手持ち無沙汰なことから目を離して背もたれに寄りかかる。
結界を探知できるほど魔力に順応してきているということは、遅かれ早かれウィズの中にある"魔力"にも気づいてしまうだろう。それが知れてしまえば、一気にウィズに立場は危うくなるはずだ。
(魔力を隠すタイプの隠蔽魔術を開発しておく必要があるか……)
この成長――否、『進化』と呼ぶべき感覚の発達は魔剣の影響だけではない。それに順応できた彼女自体の才能も大いに作用している。
『アーク家』にはこのような性能を持つ人間が、分かっているだけでもあと四人いるのだ。どこか親しみを覚えてきた『アーク家』であるが、それも皮一枚めくればいつ牙を剥いてくるかも分からない。
しかしそれはウィズも同じだった。"報復"のために、笑みのカーテン越しには幾つもの魔道兵器の照準が外の世界へ向けられている。『ブレイブ家』だけではない。奴らを灼くのに邪魔になるもの全てと対峙する覚悟もある。
実際、目的のためにどんな敵が立ちはだかるかは不確定だ。その中で、あわよくば――と思いながら、ウィズはそのまま目を閉じたのだった。
(流石は『剣聖御三家』を持て成すよう用意された部屋だな)
談話室にあった像といい、装飾にはかなり気が使われているようだ。それを一庶民であるウィズが楽しめるというのは、フィリアの護衛となってよかったことの一つであろう。
頭上の提灯型の灯りがふよふよと揺れていた。適当に荷物を置いたウィズはそのまま談話室に戻る。
「ウィズ」
談話室に足を踏み入れると、フィリアの声がウィズを迎えた。ウィズはベランダの大きな窓際のイスに座るフィリアを一瞥して、彼女の方へ向かう。
「なんですか」
近くに来たウィズをフィリアは見上げる。そしてその視線をすぐに窓の外へ向けた。
視線につられてウィズも窓の外を見る。客室は一階なのだが、この宿屋自体が少し高い位置に建てられているようで、そこからは『ノルハ』の町が上から覗くことができた。
ポツポツと灯がともっており、明るすぎずに風情を残したままの穏やかな夜景が広がっている。各所に『メストマター感謝祭』の未完成な装飾もつけられており、それもまた特別な空気を醸し出していた。
「貴方の『緋閃』の射程距離はどれほどかしら?」
「……撃つだけなら地平の向こうまで届きます。ある程度の的を絞るとなると――」
フィリアの問いに答えていたウィズは言葉をのんだ。そして瞳を細める。恐らくだが、今ウィズとフィリアの視線は夜景の中の全く同じ地点へと向けられているのだろう。
――町の中に、不自然な結界が張られていた。遠目でしか分からず、距離もあるので感知できる魔力量も僅かだが、そのような痕跡を感じる。これは『存在隠蔽』のような気配隠滅系の魔法の類だ。
そんな結界を張る連中の目的としたら、想像するのも容易であろう。『メストマター感謝祭』に招待されたフィリアたちにあだなす勢力――つまりは、『アーク領』で爆破事件を起こしたりして、『セリドア聖騎士団』の選定式まで『アーク家』を妨害しようという輩たちだ。もっとも、それとは無関係な可能性もなくはないが、その線だとしてもフィリアたちとは相対する存在であることは変わりがない。
「あの距離なら狙えます。結界だけを撃ち抜くことも可能です」
「そう」
肘掛けに肘をつけて、フィリアは短く息を吐く。しかしその口からはついぞ『撃ち抜け』というような言葉は発せられなかった。
ウィズは彼女の問う。
「結界、あのままでいいんですか?」
「ええ。"気付いていないフリ"をしておきましょう。……これから祭りの担当者も来るようだしね」
「そうですか」
フィリアの回答にウィズも納得の感情を見せながら、町の夜景から目をそらした。
ここで結界を除去すれば、相手に結界がバレていることを知らせることにもなる。ならばここでは泳がせておくというのも悪くはない選択肢だ。
それ以前に、そもそも今日来たばかりのウィズたちが勝手にやるべきではないだろう。この後、フィリアたちを招待した『ノルハ』の担当者が来るという話もある。その時に結界の存在を知らせて、対応を仰げば良い。
(それにしても……)
ウィズはイスに座っては真顔で窓を見据えるフィリアを視界の隅で捉える。
(魔術師タイプでもないのにこの距離で結界の存在に気づくとは……。魔剣との融和がかなり進んでるのか……?)
ウィズですら目視して目標の結界を認識してからでないと気づけなかった代物だ。魔法の知識、経験に明るくないはずのフィリアが気づくのは少し不自然だ。
考えられるのは魔力の塊である魔剣を『契約顕現』で自分のものとしたことにより、魔力に対して身体構造の部分から敏感になりつつあるのではないかということ。
(……マズいかもな)
談話室のソファに座り、そこでさっき出した飲み物を部屋に置いてきてしまったことを思い出し、手持ち無沙汰なことから目を離して背もたれに寄りかかる。
結界を探知できるほど魔力に順応してきているということは、遅かれ早かれウィズの中にある"魔力"にも気づいてしまうだろう。それが知れてしまえば、一気にウィズに立場は危うくなるはずだ。
(魔力を隠すタイプの隠蔽魔術を開発しておく必要があるか……)
この成長――否、『進化』と呼ぶべき感覚の発達は魔剣の影響だけではない。それに順応できた彼女自体の才能も大いに作用している。
『アーク家』にはこのような性能を持つ人間が、分かっているだけでもあと四人いるのだ。どこか親しみを覚えてきた『アーク家』であるが、それも皮一枚めくればいつ牙を剥いてくるかも分からない。
しかしそれはウィズも同じだった。"報復"のために、笑みのカーテン越しには幾つもの魔道兵器の照準が外の世界へ向けられている。『ブレイブ家』だけではない。奴らを灼くのに邪魔になるもの全てと対峙する覚悟もある。
実際、目的のためにどんな敵が立ちはだかるかは不確定だ。その中で、あわよくば――と思いながら、ウィズはそのまま目を閉じたのだった。
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