名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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126 きんぎょ

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『……私、ずっとね……あの……"友達"と屋台とか行ってみたくて……』

 ソニアはその言葉をふと思い出していた。

 辺りは屋内だというのに、どこか解放感を覚える。頭上には闇夜に星がきらめいていて、夕立が過ぎ去った後のような雨の香りがほんのりと鼻をくすぐった。

 『お祭り博覧会 -ハッピーフェザー-』。妖霊鳥の羽を加工して作った箒でひと掃きすれば、皆が懐古する"時間"が訪れるという。

 それはありし日の情景。活気と張り付く熱気に、ふとした瞬間に見つかるしっとりとした静寂が潜む。

 『ハッピーフェザー』はそれを届ける集まり。奇怪な遊牧の民たちが、気まぐれか、それとも誰かに招かれてか、世界中を渡り歩いているのだ。

「金魚……こんなに大人しいものは初めて見たわね……」

 『お祭り』に似合う、白い狼の仮面をつけたフィリアが言う。彼女は良い意味で目立つ銀髪も後ろで縛っていて、白いユカタを着ていた。彼女をよく知らない者であれば、その正体について全く気付かない姿である。俗っぽい場所で俗っぽいことをするためには、こうでもしないと面倒らしい。

 そのために『お祭り博覧会』に来る前、他のお店でユカタと仮面を買ったのだ。『お祭り博覧会』がこの町に訪れたのに合わせて、それに関連するものが手に入りやすくなっていたのは都合がよかった。

 ソニアはフィリアに返事をする。

「大人しくない金魚なんているんですか?」

「ヒレを動かせば"大竜巻"、水面から飛び出せば"大津波"、最期の抵抗として隠し持った"目から飛び出す凝縮された水圧の飛沫"……」

(……なぞなぞかな?)

 『金魚すくい』の屋台。『パキ』と呼ばれる、円形の木製枠に薄氷が張られた金魚を救うための道具を片手に、フィリアはそうぼやいていた。ズレた返答にはなんともいえず、ソニアは軽く笑う。

 ソニアにとっては懐かしさを感じるこの祭り。しかしフィリアにとっては違う。

 フィリアは生まれつき、ソニアが人生をかけても手に入らないものを持っていた。富、名声、才能――しかしながら、人生は平等ではない。出生からの過程において、その宝を持つに相応しく成るよう、道を強制される。ソニアのように、ある程度の自由を得られるのは庶民の特権かもしれない。

(……家、かぁ)

 水槽で泳ぐ金魚を見つめるフィリアを俯瞰しながら、ソニアはふと思う。

 それぞれ全く違う経験をしてきた。けれどどっちにしても、"家"に縛られているというのは変わらない。それが有益か否か。そんな考えをしてしまうのはおかしいことだろうか。

「……」

 どうしてだろう。息苦しい。肺の二酸化酸素が停滞している。悪い空気が体内にたまっている。

 ソニアはそれを吐き出すかのように、口を開いた。

「どうですか」

「なんか、斬っちゃいそう」

「……? どうやって?」

「『パキ』のふちで」

ふち

「あたりどころが悪かったら潰れちゃう」

「潰れ……」

 それはちょっと見たくない。ソニアは少し困って閉口する。

「冗談よ」

 フィリアの『パキ』が水中に泳ぐ金魚に向かって放たれた。それが水面に触れた瞬間、金魚のヒレがピクリと動いて泳ぎだす。

 フィリアの『パキ』が空振るかと思われたが、水中に入る直前で入射角を変化させ、行先をその金魚が行き着くであろう方向へと変えた。そのまま直進すれば金魚と接触できるであろう。

「……あ」

 フィリアの口から声が漏れた。金魚を掬って水面から出すところまでは成功したのだが、水から出たところで『パキ』の氷が"パキッ"と小さな音をたてて割れてしまった。そこに乗っかっていた金魚が大気に繰り出され、ぽちゃんと水槽に帰っていった。

「残念だなぁ。まだやるかい?」

 屋台の女性がフィリアに声をかける。その指には魔法箱マジックケースから取り出した『パキ』が挟まっていた。

 フィリアは「うーん」と考える様子でその女性――否、女性が手に挟んでいる『パキ』を見つめて、それからクルッとソニアの方へ振り返った。

「やる?」

「……いや、ボクは」

「……一本の『パキ』で金魚を三匹掬えると、黄色い『リンゴ飴』が貰えるの」

「はぁ」

「黄色いのよ」

「……はぁ」

 ため息をつく。ソニアはフィリアの隣にしゃがんだ。そして屋台の店員に二本指をたてた。

「お椀は持っててくださいね」

 そういいつつ、ソニアはフィリアから薄氷が割れた『パキ』を回収する。屋台の女性が二本の『パキ』を差し出してきたので、それらを交換した。

(まぁ……ボクも黄色いリンゴ飴は少し気になるしなあ)

 それは無理に納得するための理由だったのかもしれない。
 
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