名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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128 しょうぶ

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「どうだいウィスペル。君が勝てば"例の件"に協力しよう。『祖牙アンファング』としてではなく、私個人の協力だがね」

 ぴくり、と女の眉が揺れる。

 すぐさっきウィズを奇襲した緑髪の女はウィスペルと呼ばれているようだ。ウィスペルは受け取ってしまった銃をクルリと回して持ち直すと、ただ言い放つ。

「二言はありませんね」

 ウィスペルはそのまま、ウィズのことなど気にする様子もなく射的の屋台の前へと向かって行った。かなり乗り気だ。ウィズはちょっとだけ気圧された感じがして、ため息をついた。

「……僕にも何かくれるんですか?」

「ふむ。何か協力できるかもしれないね。君……というよりは」

 ドミニクは自らの首に親指を向けて、横に動かす。

「君のオーナーの力になれるかもねぇ」


 ◆


 ウィズも屋台の前に立ち、二人が並んだ。ドミニクは屋台の端へ移動する。

「そうだなあ。弾は入っている分だけ、つまり5発。それで落とせた物の総重量が多い方が勝ちということで」

 屋台の隣に立ったドミニクが手を叩いた。手触りがかなりサラリとしている。持ち手の部分は木製。しかし弾の射出に関わる部分は冷たい鉄の反射が見える。

 ウィズにとって、これが見るのも触るのも初めてであった。ウィズはちらりと、隣で射的を楽しむ一般客を見る。弾の出を見るに、そこまで威力はなさそうだ。当たれば痛い。目に当たればもっと痛い。そのくらいだろうか。

「では、始めようか」

 ドミニクが指を鳴らした。同時にウィズとウィスペルは瞬時に銃口を的へ向ける。

(当てりゃあいいんだろ……)

 ウィズは引き金を引く。それはウィスペルも同じであり、さらには飛び出た両者二つの弾が同じ標的へと飛び出していった。

 それはクマのぬいぐるみ。茶色につぶらな黒い目。腰に剣を五本ほど差しており、大斧を背負っているということを除けば、ただの可愛らしいぬいぐるみだ。

 二人の弾はほぼ同じくしてクマへ命中する。しかし――。

「……?」

 ぬいぐるみはびくともしなかった。

 当てたはずなのにおかしい。ウィズとウィスペルは同じことを思って、リロードして再び引き金を引くも結果は同じであった。動かない。ちょっと揺れたぐらいである。

 ちょっとは疑問に思った。でも考えれば分かることだ。単純に、銃の強さではあのぬいぐるみを倒せないらしい。

(当てたら倒れろよ……!)

 『倒せば景品ゲット』という触れ込みなのに、"そもそも倒せない"ようになっているのは果たして商売として如何なものかと思ったが、その様子を見ていた一般客もドミニクも何も言わない。どうやら暗黙の了解だったらしい。

 領に入れば主に忠実なれ。そういうルールということなら野次を飛ばすのは野暮だろう。

 遅すぎる理解をしたところで残り三発。この弾で倒せそうな景品を狙うことになる。ウィズは他の景品に目を走らせた。

 小さなぬいぐるみ。10本まとめられた飴。絵馬。小さな木像。――役に立ちそうにないものばかりが並んでいる。飴を取ってフィリアやソニアにあげようかなとも考えたが、彼女らは飴で喜ぶような年齢なのだろうかと思いとどまった。

 しかしそんなウィズの考えとは裏腹に、実際は今この瞬間にもリンゴ飴のためにその二人が奮闘していることなど、ウィズは知る由もない。

(欲張ろうとすると良くないな……)

 大きな景品を倒すことができればアドバンテージを得ることができる。けれどもそれは倒せたらの話。倒せなければ意味がない。

 ならば、倒せそうなものを確実に取っていくだけだ。ウィズは次の弾を充填する。

「……」

 弾を銃に入れながら次の標的を探すウィズを横目に、ウィスペルはすでに弾を充填し終えていた。その手で銃を構え、その矛先にはさっきの剣と斧を所持したぬいぐるみがある。

(一体何を……)

 倒せないことは立証済みだろうが。そう思うウィズであるが、ウィスペルはそのまま引き金を引く。

「……!」

 その瞬間、ウィズは違和感を覚えた。ちょっとだけ身構えてしまいそうな、寒気に近い何か。それは体験からくるものであった。

 ――振動。さっきウィズを苦しめた振動と同じものを感じた。

「……は?」

 放たれた弾はぬいぐるみに着弾する。その軌道はどこか歪な気がした。そしてそれはぬいぐるみへと着弾し、

 ――たった一発の弾で、さっき二発を要しても倒せなかったそれは、ぱたりと倒れた。

「……」

 ウィスペルは無表情で弾を入れなおす。当然といった表情だ。ウィズはそのカラクリに気づいていた。

 さっき、この『ダガシ屋』の外で受けた攻撃。ナイフの破裂。鼓膜の破壊。それらを目視することは叶わなかった。その正体は制御が効く『振動』。その具体的な範囲は分からないが、恐らく自分に近ければ近いほど出力やコントロールを上げることができる類のものだ。ウィズに打撃を与えたあの拳は『振動』の異能で威力を増していた。ナイフの破裂や鼓膜の破壊程度の威力ではないほどであった。

 そんな『振動』を撃ち出した弾に付与したのだ。飛ぶ弾が震えているか否かなど、場合にもよるが目視での確認は難い。ぬいぐるみを倒したのは銃の威力ではなく、別途付与された『振動』だったのだ。

「不正では」

「……はて」

 ウィズのつぶやきに、ウィスペルは知らん顔をしたのだった。
 
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