130 / 165
130 おまつり
しおりを挟む
祭りの喧噪が遠くに感じる。
ここがどこだと聞かれれば、ウィズは"舞台裏"だと思う。薄明りに照らされたその場所は、屋台が出ているところから離れた隅にあるベンチ。そこにウィズは座っていた。目の前には明るい場所から遠ざけて置かれたゴミ箱がある。
「……」
ドミニクとお付きのウィスペル。その二人から逃げるように去った場所が、この袋小路ともいえる建物の隅。すぐ隣には壁があり、現実と祭りの境界線としてそびえたっている。
ウィズはベンチに腰を下ろしながら、その壁にもたれかかっていた。ぼーっと目の前のごみ箱を見つめる。
「……会いたくなったからって、一目見たくなったからって。だから何なんだよ」
ぽつり、一人ぼやいては祭りの喧噪に踏み殺された。
◆
ソニアは息をついた。手には黄色の『リンゴ飴』。
ちょっと違った。ソニアの"両手"には黄色の"巨大な"『リンゴ飴』。
「まさか隠しボーナスがあるとはね」
「……そうですね」
ソニアはちらりと隣の彼女を見る。仮面を被っていて表情は窺えない。長い髪は後ろで縛ったポニーテールで、普段とは雰囲気が違う彼女ことフィリアは見るからにウキウキしていた。ちょっとこわい。
そんなフィリアの手にも巨大な黄色い『リンゴ飴』が。
「新記録だって」
仮面の間からリンゴ飴を口にやりながら、嬉しそうに言う。
この巨大なリンゴ飴は金魚掬いの景品であった。景品は景品といっても、隠し景品というらしく、一つの『パキ』で8匹以上獲った人に対して贈られるらしい。
ソニアとフィリアの手には合計3つの巨大リンゴ飴があった。それは8匹に到達してからは3の等差でリンゴ飴のボーナスがつく仕組みになっていたらしい。
ソニアの記録は15匹。結果、3つのリンゴ飴と15匹のお仲間がソニアに手渡された。
ちなみに獲った金魚はソニアの紐で手首に吊るされた魔法鉢の中だ。そのガラスの球形な鉢の中で元気に泳いでいる。
「ありがとね」
「いえ……」
フィリアは顔を軽く覗き込むようにしてソニアへ告げる。表情は仮面のせいで見えない。けれども笑っていることは分かった気がした。
「お礼に……『オクト・ボール』を奢ってあげよう」
「えっ……」
ソニアが困惑な表情を上げる。フィリアは人差し指を立てると、『オクト・ボール』の屋台へと向かって行った。ソニアも釣られるように続く。
お祭りは騒がしい。どこもかしこも騒音ばかりで、それに負けじと屋台番は声を張り上げるのだ。
「美味しい『オクボ』! まろやか『オクボ』! とろける『オクボ』! さあはいどうぞ!」
『オクト・ボール』、略して『オクボ』。タコが入った団子のようなもので、油っぽくはあるもののクセになる風味の食べ物だ。8個ほどまとめられたものが蓋付きの木製容器に入れらて売られている。
フィリアはオクボの屋台の前に行くと、身を屈めて並べられた色んな味付けのオクボを見る。ソニアもその隣に立った。
「どれが好き?」
「えっと……『オロシ削り』が好きです」
フィリアは水々しい野菜のおろしが掛かったオクボ、『オロシ削り』と呼ばれるそれと通常のものを取った。
「毎度!」
小銭を差し出した代わりに、やけに熱気を感じる愛想笑いとタコボを2パック手にする。フィリアは『オロシ削り』の方をソニアへ差し出した。
「どこかで食べよ」
「あっはい。確かあっちの方に食べる場所が……」
「じゃあそっちに行こ」
フィリアはソニアの手を取り、ソニアが示した食事スペースに向かって足を踏み出した。
(……手)
もっと冷たくてザラついていると思っていた。でもそれは、確かに少し冷たいもののよく知っているものだった。
「……わたしは、こういうお祭りっていうのは初めてでね」
ぽつり。雑音の音響が絡む中で聞こえた言葉はどこか知らない声に聞こえて、ソニアの認識が遅れる。それがどうしてフィリアのものであると気づけなかったのか、それは分からなかった。
「ソニア、さっきとても楽しそうだった」
振り返って、その口元をにっこりと綻ばせる。ふとソニアは瞳を見開いた。
どこか、懐かしい気がした。
祭りのというのは一体感。誰かと誰かが集まって、みんなが集まって完成する。
それは寂しさとか、そういうものとは対極にあるものだと思う。けれどもみんなが集まって、最終的には一つになる。
もしも、その"一つ"から外れてしまったら。
自分は独りでみんなの集まりを見つめることになるのだろう。
それは寂しいことだ。ソニアが最後にお祭りに行ったのは、両親がいなくなってしまった後に初めて訪れた夏の日だった。
ソニアは寂しかった。だからみんなと一緒にいたかった。お祭りに行って、色んな屋台に行って、その一時だけは全部の苦しいことを忘れて、たくさん笑って。
そして遊び疲れて、ふと明かりから離れた木陰で一息つく。そこでソニアはふと気づいてしまった。
祭りの外側に出てしまったソニアが感じたのは、迫りくる疎外感。祭りの喧噪は自分がいなくても問題なく進んでいく。木陰から影が這い出てくる気がした。そのままソニアを覆って、誰にも気づかれない影にされてしまうような、そんな気がしたのだ。
想起。忘れてしまったと思っていた寂しさが蘇る。
「……えぇ。とても、楽しいですよ」
今なら、祭りの外に出てしまっても、影は寄ってこない。そう思えてしまって、ソニアはちょっと笑ってしまった。
ここがどこだと聞かれれば、ウィズは"舞台裏"だと思う。薄明りに照らされたその場所は、屋台が出ているところから離れた隅にあるベンチ。そこにウィズは座っていた。目の前には明るい場所から遠ざけて置かれたゴミ箱がある。
「……」
ドミニクとお付きのウィスペル。その二人から逃げるように去った場所が、この袋小路ともいえる建物の隅。すぐ隣には壁があり、現実と祭りの境界線としてそびえたっている。
ウィズはベンチに腰を下ろしながら、その壁にもたれかかっていた。ぼーっと目の前のごみ箱を見つめる。
「……会いたくなったからって、一目見たくなったからって。だから何なんだよ」
ぽつり、一人ぼやいては祭りの喧噪に踏み殺された。
◆
ソニアは息をついた。手には黄色の『リンゴ飴』。
ちょっと違った。ソニアの"両手"には黄色の"巨大な"『リンゴ飴』。
「まさか隠しボーナスがあるとはね」
「……そうですね」
ソニアはちらりと隣の彼女を見る。仮面を被っていて表情は窺えない。長い髪は後ろで縛ったポニーテールで、普段とは雰囲気が違う彼女ことフィリアは見るからにウキウキしていた。ちょっとこわい。
そんなフィリアの手にも巨大な黄色い『リンゴ飴』が。
「新記録だって」
仮面の間からリンゴ飴を口にやりながら、嬉しそうに言う。
この巨大なリンゴ飴は金魚掬いの景品であった。景品は景品といっても、隠し景品というらしく、一つの『パキ』で8匹以上獲った人に対して贈られるらしい。
ソニアとフィリアの手には合計3つの巨大リンゴ飴があった。それは8匹に到達してからは3の等差でリンゴ飴のボーナスがつく仕組みになっていたらしい。
ソニアの記録は15匹。結果、3つのリンゴ飴と15匹のお仲間がソニアに手渡された。
ちなみに獲った金魚はソニアの紐で手首に吊るされた魔法鉢の中だ。そのガラスの球形な鉢の中で元気に泳いでいる。
「ありがとね」
「いえ……」
フィリアは顔を軽く覗き込むようにしてソニアへ告げる。表情は仮面のせいで見えない。けれども笑っていることは分かった気がした。
「お礼に……『オクト・ボール』を奢ってあげよう」
「えっ……」
ソニアが困惑な表情を上げる。フィリアは人差し指を立てると、『オクト・ボール』の屋台へと向かって行った。ソニアも釣られるように続く。
お祭りは騒がしい。どこもかしこも騒音ばかりで、それに負けじと屋台番は声を張り上げるのだ。
「美味しい『オクボ』! まろやか『オクボ』! とろける『オクボ』! さあはいどうぞ!」
『オクト・ボール』、略して『オクボ』。タコが入った団子のようなもので、油っぽくはあるもののクセになる風味の食べ物だ。8個ほどまとめられたものが蓋付きの木製容器に入れらて売られている。
フィリアはオクボの屋台の前に行くと、身を屈めて並べられた色んな味付けのオクボを見る。ソニアもその隣に立った。
「どれが好き?」
「えっと……『オロシ削り』が好きです」
フィリアは水々しい野菜のおろしが掛かったオクボ、『オロシ削り』と呼ばれるそれと通常のものを取った。
「毎度!」
小銭を差し出した代わりに、やけに熱気を感じる愛想笑いとタコボを2パック手にする。フィリアは『オロシ削り』の方をソニアへ差し出した。
「どこかで食べよ」
「あっはい。確かあっちの方に食べる場所が……」
「じゃあそっちに行こ」
フィリアはソニアの手を取り、ソニアが示した食事スペースに向かって足を踏み出した。
(……手)
もっと冷たくてザラついていると思っていた。でもそれは、確かに少し冷たいもののよく知っているものだった。
「……わたしは、こういうお祭りっていうのは初めてでね」
ぽつり。雑音の音響が絡む中で聞こえた言葉はどこか知らない声に聞こえて、ソニアの認識が遅れる。それがどうしてフィリアのものであると気づけなかったのか、それは分からなかった。
「ソニア、さっきとても楽しそうだった」
振り返って、その口元をにっこりと綻ばせる。ふとソニアは瞳を見開いた。
どこか、懐かしい気がした。
祭りのというのは一体感。誰かと誰かが集まって、みんなが集まって完成する。
それは寂しさとか、そういうものとは対極にあるものだと思う。けれどもみんなが集まって、最終的には一つになる。
もしも、その"一つ"から外れてしまったら。
自分は独りでみんなの集まりを見つめることになるのだろう。
それは寂しいことだ。ソニアが最後にお祭りに行ったのは、両親がいなくなってしまった後に初めて訪れた夏の日だった。
ソニアは寂しかった。だからみんなと一緒にいたかった。お祭りに行って、色んな屋台に行って、その一時だけは全部の苦しいことを忘れて、たくさん笑って。
そして遊び疲れて、ふと明かりから離れた木陰で一息つく。そこでソニアはふと気づいてしまった。
祭りの外側に出てしまったソニアが感じたのは、迫りくる疎外感。祭りの喧噪は自分がいなくても問題なく進んでいく。木陰から影が這い出てくる気がした。そのままソニアを覆って、誰にも気づかれない影にされてしまうような、そんな気がしたのだ。
想起。忘れてしまったと思っていた寂しさが蘇る。
「……えぇ。とても、楽しいですよ」
今なら、祭りの外に出てしまっても、影は寄ってこない。そう思えてしまって、ソニアはちょっと笑ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる