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155 謎の睡魔
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フィリアがコーヒー皿にカップを置く。小さな音が鳴る。フィリアは小さな声でぼやいた。
「……ねぇウィズ」
「はい?」
「なんか……ここ、とても……」
フィリアの視線が泳いでるように見える。ウィズは不審に思いつつも、近くで何か嫌な気配を感じるとか、そういうことは全くないので、特に何かができるわけではなくてとりあえず彼女に聞き返した。
「どうしたんですか? 何か悪寒でも?」
「逆」
フィリアはテーブルに肘をつき、眠そうに瞳をこすった。
「不自然なほどに雰囲気が心地良いのよね。この店に入ったあたりから……気が落ちつくというか……」
「……あぁ」
光導妖精が隣の通路をふよふよ通り過ぎるのを横目で見ながら、フィリアの言いたいことがなんとなくわかった。ならば原因は恐らく――。
ウィズは耳を澄ます要領で周囲の魔粒子濃度を感知してみる。
感知が得意な種別というわけでもないので、感覚的なものとでしか判別できない。しかし今一度確認してみると、確かに人間世界の平均的なそれよりも濃度が高い感じがした。思った通りだった。
これは意図的なものなのだろう。ウィズはコーヒーをすすりながら言う。
「光導妖精が働きやすいように、使い手の方が店内の魔粒子の濃度を調整しているんでしょうね。彼らが過ごしやすいよう、店内の正の魔粒子濃度が程よく調整されてる影響だと思いますよ。人間にとっても過剰でない限りは良い影響を与えるみたいですし、魔粒子と深いつながりがある妖精や精獣は特に影響を受けやすいんじゃないですかね」
ウィズには分からないが、恐らく人間も元をたどれば純精霊の加護を受ける側なはずだ。正の魔粒子とは相性が良いはずであり、フィリアの心地良いという発言はそれを裏付けている。
ふよふよ。またもや光導妖精がウィズの隣の通路をいそいそと飛んでいた。
ウィズの話を聞いたフィリアはひとつ息を吐く。眠そうな瞳を細めて、コーヒーカップを再び手に取った。
「そう……。貴方は一応魔術師だものね。そういうことに関しての知識は役に立つわ……」
「どうも。……それにしても」
ウィズはフィリアを見る。彼女はコーヒーカップを口に近づけて、結局は口につけることなくコーヒ皿の上に戻した。カップの中は空だった。そしてまた瞳をこする。
明らかに睡魔に襲われている。確かに魔粒子の影響を受けているのは確かなのだが、それにしたって不自然なほどに、フィリアの様子は"極めて穏やか"という意味で生体活動に消極的にみえた。
(……魔粒子の純度・濃度が情緒や体調に直結する下級の精霊や妖精なら、今のフィリアのような劇的な変化があっても納得できる。しかし……)
ウィズは自然とフィリアを見つめていた。彼女の様子はいかに気だるげであり、これまでの疲労が一気に押し寄せてきたようにもみえる。一見、フィリアに対して悪影響を及ぼしているようにみえるが、彼女自身は"心地良い"と言っており、主観的な感覚と客観的な結果が離れ離れになっていた。
実際、彼女の中でどんなことが起こっているかは知りようもない。が、思い当たる節はあった。
ウィズはフィリアに告げる。
「フィリアさん、多分ですけど……。もしかして、例の契約の影響なんじゃないですか?」
「……んー」
ウィズが声をかけると、フィリアは背もたれに寄りかかりながら相槌とも取れないうなり声をあげる。ウィズは続けた。
「あの魔剣の影響で魔粒子の影響を受けやすくなりすぎてるんじゃないですかね……? 害のないものも過剰に摂取してしまえば害になります。一度、店から外に出てたりとか……」
「いえ……大丈夫……」
席を立って一旦の退店を促してみたウィズであったが、フィリアはそれを制止した。
背もたれに寄りかかっていたフィリアは何とか姿勢を戻す。はだけていた銀色の髪を手でうやむやに流しながら、フィリアはコーヒーカップを指で優しく弾いた。
「原因は分かった。そのくらいならなんとかする……。それよりコーヒーのお代わりが欲しいわね……」
「えっ、あっ、はい……」
ウィズは両手でフィリアのコーヒーカップを取って、それから通路側に視線を向けた。丁度、そこらへんを浮遊していた光導妖精がいたので、声をかける。話しかけられた光導妖精はこちらを視認して、ビクッと体が跳ねた。
『きゅ、キュウ……?』
「えーっと……コーヒー……あっ、『祭壇コーヒー』か。そのお代わり、欲しいです」
ちゃんと言葉が通じているだろうか。不安に思いつつ、空になったコーヒーカップを差し出してみた。すると光導妖精は恐る恐るカップの中をのぞいて、それが空であると分かるや否や、『キュウ!』と鳴いて、シュビッと手を額の前に持ってきて『了解』といったようなしぐさをしてみせた。
カップをウィズから受け取ると、そのままふよふよと厨房の方へ飛んでいく。
「……優秀、なのかな。なんだかんだ頑張ってるのが伝わってきますね」
「そうね……。客も少ないのに、とても利口だわ」
(客が少ない……?)
フィリアの言葉に何か引っかかったような気がした。けれどもフィリアの言う通り、店の中に客の影はあまりないようだった。少なくてもウィズたちが入ってきてからは、お客は誰も入ってきていない。
(まあ、いいか……。それよりもフィリアの体調の方が心配だな……)
ウィズはとても眠そうなフィリアを見ながら、そう思ったのだった。
「……ねぇウィズ」
「はい?」
「なんか……ここ、とても……」
フィリアの視線が泳いでるように見える。ウィズは不審に思いつつも、近くで何か嫌な気配を感じるとか、そういうことは全くないので、特に何かができるわけではなくてとりあえず彼女に聞き返した。
「どうしたんですか? 何か悪寒でも?」
「逆」
フィリアはテーブルに肘をつき、眠そうに瞳をこすった。
「不自然なほどに雰囲気が心地良いのよね。この店に入ったあたりから……気が落ちつくというか……」
「……あぁ」
光導妖精が隣の通路をふよふよ通り過ぎるのを横目で見ながら、フィリアの言いたいことがなんとなくわかった。ならば原因は恐らく――。
ウィズは耳を澄ます要領で周囲の魔粒子濃度を感知してみる。
感知が得意な種別というわけでもないので、感覚的なものとでしか判別できない。しかし今一度確認してみると、確かに人間世界の平均的なそれよりも濃度が高い感じがした。思った通りだった。
これは意図的なものなのだろう。ウィズはコーヒーをすすりながら言う。
「光導妖精が働きやすいように、使い手の方が店内の魔粒子の濃度を調整しているんでしょうね。彼らが過ごしやすいよう、店内の正の魔粒子濃度が程よく調整されてる影響だと思いますよ。人間にとっても過剰でない限りは良い影響を与えるみたいですし、魔粒子と深いつながりがある妖精や精獣は特に影響を受けやすいんじゃないですかね」
ウィズには分からないが、恐らく人間も元をたどれば純精霊の加護を受ける側なはずだ。正の魔粒子とは相性が良いはずであり、フィリアの心地良いという発言はそれを裏付けている。
ふよふよ。またもや光導妖精がウィズの隣の通路をいそいそと飛んでいた。
ウィズの話を聞いたフィリアはひとつ息を吐く。眠そうな瞳を細めて、コーヒーカップを再び手に取った。
「そう……。貴方は一応魔術師だものね。そういうことに関しての知識は役に立つわ……」
「どうも。……それにしても」
ウィズはフィリアを見る。彼女はコーヒーカップを口に近づけて、結局は口につけることなくコーヒ皿の上に戻した。カップの中は空だった。そしてまた瞳をこする。
明らかに睡魔に襲われている。確かに魔粒子の影響を受けているのは確かなのだが、それにしたって不自然なほどに、フィリアの様子は"極めて穏やか"という意味で生体活動に消極的にみえた。
(……魔粒子の純度・濃度が情緒や体調に直結する下級の精霊や妖精なら、今のフィリアのような劇的な変化があっても納得できる。しかし……)
ウィズは自然とフィリアを見つめていた。彼女の様子はいかに気だるげであり、これまでの疲労が一気に押し寄せてきたようにもみえる。一見、フィリアに対して悪影響を及ぼしているようにみえるが、彼女自身は"心地良い"と言っており、主観的な感覚と客観的な結果が離れ離れになっていた。
実際、彼女の中でどんなことが起こっているかは知りようもない。が、思い当たる節はあった。
ウィズはフィリアに告げる。
「フィリアさん、多分ですけど……。もしかして、例の契約の影響なんじゃないですか?」
「……んー」
ウィズが声をかけると、フィリアは背もたれに寄りかかりながら相槌とも取れないうなり声をあげる。ウィズは続けた。
「あの魔剣の影響で魔粒子の影響を受けやすくなりすぎてるんじゃないですかね……? 害のないものも過剰に摂取してしまえば害になります。一度、店から外に出てたりとか……」
「いえ……大丈夫……」
席を立って一旦の退店を促してみたウィズであったが、フィリアはそれを制止した。
背もたれに寄りかかっていたフィリアは何とか姿勢を戻す。はだけていた銀色の髪を手でうやむやに流しながら、フィリアはコーヒーカップを指で優しく弾いた。
「原因は分かった。そのくらいならなんとかする……。それよりコーヒーのお代わりが欲しいわね……」
「えっ、あっ、はい……」
ウィズは両手でフィリアのコーヒーカップを取って、それから通路側に視線を向けた。丁度、そこらへんを浮遊していた光導妖精がいたので、声をかける。話しかけられた光導妖精はこちらを視認して、ビクッと体が跳ねた。
『きゅ、キュウ……?』
「えーっと……コーヒー……あっ、『祭壇コーヒー』か。そのお代わり、欲しいです」
ちゃんと言葉が通じているだろうか。不安に思いつつ、空になったコーヒーカップを差し出してみた。すると光導妖精は恐る恐るカップの中をのぞいて、それが空であると分かるや否や、『キュウ!』と鳴いて、シュビッと手を額の前に持ってきて『了解』といったようなしぐさをしてみせた。
カップをウィズから受け取ると、そのままふよふよと厨房の方へ飛んでいく。
「……優秀、なのかな。なんだかんだ頑張ってるのが伝わってきますね」
「そうね……。客も少ないのに、とても利口だわ」
(客が少ない……?)
フィリアの言葉に何か引っかかったような気がした。けれどもフィリアの言う通り、店の中に客の影はあまりないようだった。少なくてもウィズたちが入ってきてからは、お客は誰も入ってきていない。
(まあ、いいか……。それよりもフィリアの体調の方が心配だな……)
ウィズはとても眠そうなフィリアを見ながら、そう思ったのだった。
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