傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第一章 傀儡使い、獣耳少女に出会う

4 無精ひげの男

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 シルヴァは囚人たちと兵士と戦いをこっそりと見ていた。

 囚人側はすでに二人が倒れている。明らかに囚人側が劣勢だ。

 それもそのはず、重装備で手慣れた槍術を扱う兵士に対し、囚人たちは丸腰なのだ。大概の場合、武器持ちに素手が勝てるわけがない。

 しかし、そんな装備的に不利な囚人の中で、一人だけ明らかに動きが違う奴がいた。――さっき話しかけてきた無精ひげの男だ。

 看守長が振り下ろした槍を白刃取りしたり、鎧の上から拳を振るって衝撃を与えたり、と他の囚人とは比べて頭一つ抜けているどころか、人間二人分ぐらいは違う。

 そしてその無精髭に対抗できる兵士も、ただものではない。武装の差があるとはいえ、その動きは並ではない。

 シルヴァは冷静にそれを見ていた。

 別に囚人が負けても問題ない。というか、勝ってしまうと後味が悪くなる。
 つまるところ、彼らは犯罪者。それらを脱獄させたシルヴァが言うのもなんだが、罪を清算させる前に世に放つべきではない。

 そして何より、兵士からすればシルヴァも犯罪者の脱獄者。シルヴァの場合冤罪とはいえ、兵士はそれを知らない。彼は命を賭けて、シルヴァの脱獄を阻止するだろう。

 ここは、バレずに切り抜けるしかない。

 シルヴァはシアンと繋いだ手をぎゅっと握った。シアンは心配そうにシルヴァを見る。

 幸いなことに、囚人と看守長は戦いに夢中だ。下手に音をたてたりしなければ、ある程度近づいても気づかれない。

 シルヴァが身を乗り出そうとすると、裾の先を後ろから引かれた。シアンだ。
 振り返ると、彼女はとても不安そうな顔をしていた。

「大丈夫、行こう。ゆっくり、静かに」

 心配な瞳で見つめるシアンに、シルヴァは微笑みかける。シアンはうなずいて、シルヴァと共の歩き出した。

 差し足忍び足で陰から出て行く二人。大きな音をたててはいけない。

 とりあえず、この建物から出てしまえば、残るのは門のみ。あとは『支配』の力を駆使してなんとかなる。

 だが、このフロアには遮蔽物となりそうなものがなにもない。隠れる場所がないということは、そこに長くいればいるほど見つかる可能性が高くなるということ。

「この……!」
「やるねぇ……! 兵士サン!」

 兵士と無精髭の戦いは苛烈を極めていた。戦闘している領域までざっと三十メートル。大丈夫、この調子なら気づかれない。

 そんな中、シアンがシルヴァの腕を引く。

「う、後ろ……!」
「……?」

 小声でそう告げるシアン。シルヴァが彼女の方へ振り返ったと同時に、知らない声が響いた。

「なんだお前!」

 それは、シルヴァ達が出てきた通路から現れた、兵士の声だった。

 そしてそれは大きな声であり、この一階のフロアに響き渡った。

「まだ脱走者がいたか……!」

「おう! 遅かったな!」

 当然、戦いに集中していた彼らもシルヴァの存在に気づく。

 そして何より、シルヴァたちを発見した兵士は一人ではなかったのが重要だ。計三人。彼らは腰から剣を抜く。

「そこの青年と半獣人! 動くな止まれ!」

「ぁ……! ぁ……!!」

 剣を向けられ、敵意を向けてきた兵士に対し、シアンは力なく地面にぺたりと崩れ落ちる。

 それもそのはずだ。今の彼女にとって、看守と似たような格好の兵士に敵意を向けられることは、形容し難いほどに辛いはず。

「……!」

 恐らく彼らに悪意はない。町を守る善良な兵士だ。

 しかし、このまま捕まりたくはなかった。何より、もうシアンをここに居させたくはなかった。

「無駄な抵抗はするな! 腕を頭の後ろに組め!」

 兵士たちが剣をこちらに向けながら、ジリジリと距離をつめてくる。シルヴァは言われた通り、腕を頭の後ろに組んだ。

 そして言う。

「兵士さん」
「なんだ……? いいからそこを動くな!」
「すみません。――押し通る!」

 騙すような形になって少し気に入らないが仕方ない。

 シルヴァは『支配』の力を発動させた。三人の兵士を支配化におくと、そのまま勢よく壁に吹っ飛ばした。

 そしてすぐさま崩れ落ちたシアンのそばに駆け寄り、膝をついて彼女の手を取る。

「大丈夫か!?」

「ぅ……はい……っ!」

「行くぞっ!」

 震えるシアンの手を引き、シルヴァたちは出口の方へ駆ける。

「ぐああぁああぁああ!!」

 同時に、激しい音が響き渡った。走りながら横目でちらりと見ると、どうやら囚人たちと兵士の戦いが終わったようだった。

「良い汗をかいた」

 立っていたのは無精髭の男。彼は気持ちよさそうに額の汗をぬぐう。同時に、へし折られて空中を舞っていた槍の刃が地面に刺さった。

 他の囚人は地に倒れており、彼と戦っていた兵士は吹っ飛ばされ、ヒビの入った壁を背に、倒れ込んでいた。手には刃の折れた槍。恐らく無精髭の仕業だろう。

「新入りぃ! やるなぁ!」

 無精髭はこちらを見てそう言うと、シルヴァたちと同様出口へと向かった。それを見てシルヴァは内心舌打ちをする。

 態度がいい加減な割には兵士を破り、生き残っている。あの男は、ただの囚人ではない。

 そう考えてるうちに、無精ひげは何事もなかったようにシルヴァに追いつき並走し始めた。そして言う。

「なあなあ新入り! 俺んとこで働かない?」
「……いいや、遠慮しておきます」
「ちっ、いけずぅ~」

 口をとがらせ、まるで子供の様にすねる無精ひげ。シルヴァは彼に対し、なんてことのない態度をとっていたが、密かに冷や汗をかいていた。

 奴は兵士を素手で吹っ飛ばした。さらに壁にヒビまで入っていた。あの威力を素手で放つとは化け物だ。しかも、あれが本気とは到底思えないほどに、余裕が染み出ている。

 こいつと関わるべきではない。シルヴァはそう確信した。

 シルヴァたち三人はそのまま入り口を抜ける。その先には刑務所の出入りを管理する門と、それを運営する見張り番がいた。

 見張り番がこちらに気づく。

「囚人……!? 止まりなさい!」

 一人の見張りの兵士がそう叫ぶと、他の見張り番の兵士が続々と門に中から現れた。シルヴァたちをこのまま逃がすつもりはないのだろう。数は八人。

 当初考えていた、目立たず脱走という計画はこの時点で不可能だ。気乗りはしないが、ここは強行突破しかない。

「大丈夫?」

「だっ、だいじょうぶっ!」

 シルヴァは手を繋ぎながら後ろを走るシアンに問う。シアンは息切れをしながらも、健気にうなずいた。

「新入りぃ! 半分は任せたぞ!」

 隣で並走する無精ひげが豪胆に笑った。
 シルヴァはそんな彼に用心深い目線を向ける。

 こいつは一体、どうして囚人なんてやっていたんだ……? そこまでの強さがあるなら、独りでも楽に脱獄できたはずだ。

 まあいいや。

 シルヴァは無精ひげのことは一旦考えるのを止めにして、目の前に立ちはだかる見張り番へ意識を向けた。
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