傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

10 最悪の朝

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 夢は見なかった。
 重い瞼を開けると、窓からカーテン越しに朝日が差し込んできていた。

 シルヴァは体を起こすも、腕の上に何かが乗っかっていることに気づき、そちらへ目をやる。
 そこにはあどけない寝顔をしているかわいらしい少女が寝ていて、思わずぎょっとした。が、昨夜のことを思い出して全てを理解する。

 その少女――獣耳を持つシアンの、穏やかそうな寝顔を見る限り、どうやら平穏な夢を見ているようだ。泣きはらした昨夜を思い出すと、シルヴァはいたたまれなくなる。

 彼女を侵さないよう、腕を抜いて布団から降りた。背伸びをしながら窓のそばに寄り、カーテンを開ける。
 窓の外はありふれた中都市の建物の群れが建っていた。かすかに鳥の鳴き声が聞こえる。

 カーテンを開けたあと、シルヴァはイスに腰を下ろした。

 さて、これからどうしようか。この町にはあまり長居しなくないし、冒険者をやるにもちょっと前の出来事のせいで抵抗がある。

 それに、今はシルヴァ一人で適当にやってればよかったこれまでとは違う。

「……ん。はい」

 イスに座って考え事をしていると、部屋のドアがトントンとノックされた。シルヴァは反射的に返事をする。

「朝食を持ってまいりました」

 宿の従業員だろうか、中年の女性の声がした。シルヴァは腰を上げて部屋の入口へ向かう。
 そして、ドアを開けようとノブに手をかけたところで、その手が止まった。

 ――ドアの向こうに、複数人いるな。

 声をかけてきた女性だけではない。気配は四つ。そのうち三つは同じような感じだ。

 シルヴァはその気配の正体について、軽く検討がついていた。
 しかし、正体はほぼ一択であっても、その目的と手段はいくつかの可能性が考えられる。だからシルヴァは警戒しながら戸を開けた。

「――」

 ドアの向こうには、二茅文の朝食をお盆の上に乗せて持ってきたエプロン姿のおばちゃんが端にいた。
 そして目の前を陣取っていたのは、鎧を身にまとった兵士と子綺麗な服を着た役人だった。前に役人が一人、その後ろに兵士が二人という順序で並んでいる。あらかた予想通りだ。

 ドアを開け終わるかというタイミングに、シルヴァは動き出した。彼らががシルヴァを認識するよりも早く、能力を発動する。

 シルヴァの能力で兵士の腰に携えている剣を操り、それを引き抜いて自分の方へ飛ばした。それを右腕で掴むと、そのまま役人の首元に突き付ける。

 一瞬遅れて、剣を突きつけられた役人が両手を上げる。そしてそれとほとんど同時に、後ろの二人が自身の剣を抜いて――その内の一人の剣はシルヴァのもとにあるので、空振りに終わったが――シルヴァの方へ向けた。

 お盆を持ったおばさんが驚いて一歩後ずさるほど、その場には緊迫した雰囲気が漂い始めた。
 シルヴァに剣を突き付けられた役人が、まじまじと言う。

「……君が、昨日投獄されるも、脱獄したというシルヴァだね?」

「ああ、その通りですが」

 シルヴァは念を押すように、剣の先を首に少し押し込んだ。剣を向けられた役人が、ごくりと息を呑んだのを感じる。

 正直なところ、昨日のシルヴァの行動は冤罪による投獄だったとはいえ、罪に問われる類のものだった。こうして兵士たちが聴取に来るのもおかしくない。

「貴方たちの目的は何です? 僕の投獄とか?」

「……いいや、違う。君を物理的にどうこうしようとはしない。だから、この剣をどけてくれないか」

 役人の言葉を聞いて、シルヴァは視線をその後ろの兵士たちへと向ける。視線を受けた後ろの兵士たちは、互いにうなずき合うと、シルヴァに向けていた剣を下ろし、鞘に仕舞った。

 その二人を見て、シルヴァも剣先を下げて、後ろの兵士に持ち手の方を差し出す。

「まあ丁度良いですよ。僕も貴方たちに伺いたいことがありますし」

「感謝する」

 役人の言葉と共に、兵士はそれを受け取り、腰の鞘へと収納した。

「それで、どのようなご用件で?」

「薄々勘付いてはいるのだろうが、冤罪に関する謝罪と、昨日の暴漢に関する任意の聴取をしに伺った。ここではなんだ。この通路に居座るわけにもいくまい。部屋に入っても?」

「ダメだ」

「――」

 当たり触りのない提案を、即座拒否するシルヴァ。まさかの対応に、役人も後ろの兵士たちも面を食らう。

「どうしてだ? なにか、不都合でも?」

「ああ、不都合ですよ。とってもね」

 食い下がる役人に対し、シルヴァは獰猛《どうもう》に食らいついていく。それは穏やかな声色ではなく、敵意が孕んでいた。
 役人も兵士もそれに気づいていたから、兵士たちは収めた剣に再び手を伸ばす。まさに雰囲気は一触即発のそれへと戻りつつある。

「アンタらのシマの看守から、酷い虐待を受けていた奴がいましてね。アンタらを見たら、確実に嫌な思い出が呼び起こしてしまうかもしれない」

「……虐待だと? そんな事実は確認できていないな。それは囚人か?」

「さあ。囚人かは知りません。半獣人の少女です。まともな囚人服すら着せてもらってなかったようですし、そもそも彼女は罪人ですらない恐れもある」

「……我が管轄には、半獣人の少女の囚人はいない。そして、そのような者を捕縛しているという報告も受けていない。証拠はあるのか?」

「僕が投獄されていた檻の階から、すぐ近くの部屋に倒れていた看守さんはいらっしゃいませんでしたか? そいつが虐待していたので、見かねて保護したんですが」

「そのようなことは確認されていない。思い違いではないか? 本当にその少女とやらは、虐待されていたのか?」

 そのやり取りを経て、シルヴァの頭に過去のとある出来事がフラッシュバックした。自然とシルヴァの眉間にしわが寄る。
 頭の中がその記憶に段々と浸食されていき、今まで精神の奥底に封印していた、懐かしき忌まわしい憤怒が蒸し返されていった。

 口が勝手に動いて、いらぬ罵詈がシルヴァから飛び出てくる。自分が制御する暇もなかった。

「――アンタらはいつもそうだ。そこに個々の意思がつけ入る隙間を与えない。もし個が介入しようものなら、権力が全てを踏みにじって支配する。そんな蛮行も、アンタらみたいな犬がいるからできることだ。ホント、ご苦労さん」

「……なんだと」 

 今まで平穏を装っていた後ろの兵士の表情が、ぴくりと変わる。
 しかし感情を昂らせているのは、兵士だけではない。それ以上にシルヴァのかつての怒りも再発していた。

「身内の罪を隠蔽し、曖昧な言葉ではぐらかすテメェが大嫌いだっつってんだよ! さっさと消えろ!」

 シルヴァは怒りに任せて言葉を吐き出す。そしてそのまま腕をかざして能力を発動した。

 彼らを操り、それらを一気に吹き飛ばす。三人は向かいの壁にぶつかり、数々に嗚咽を上げた。
 壁に叩きつけられた三人のうち兵士の二人は、苦痛に顔を歪めながらも負けじと立ち上がり、腰の剣を抜く。

「くっ……! 貴様……!」
「我らにこのような……!」

「さっさと消えろ」

 その二人とシルヴァの間では、敵意の火花が散っていた。今にも二人の兵士が飛びかかろうというタイミングで、残りの一人、役人が収める。

「……やめだ」

「……っ! どうして!」

「我らは争いに来たわけではない。……昨日の一件も、粗方ケリはついている。退くぞ」

 その役人の言葉に、他の二人も渋々剣を納める。そして先にその場を去っていく二人とは違い、場を収めたその役人は去る前にシルヴァに踵を返した。

「それでは、シルヴァくん。また」

 その役人は一礼し、二人に続いて堂々たる足取りで去っていった。シルヴァはため息をつき、頭を抱えながら部屋に戻ろうとする。

「あっ、すみません。いただきます」

 振り返ったときに、通路の隅にお盆を持ちながら立ちんぼしているおばさんを見つけ、シルヴァは頭を下げながらお盆を受け取った。
 おばさんは愛想笑いを受けべてそれに応えると、そそくさとその場から立ち去る。それも仕方ない。兵士に真ん前からケンカを売り、結果的に退けさせた奴となんか深く関わりたくないのだろう。

 今日は最悪な日だ。シルヴァは本日二度目のため息をつくと、戸を開け部屋に戻ったのだった。
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