傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

24 伝えるということ

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「……急にどうしたの?」

 シルヴァは気を取り直して、冷静にシアンを見返す。その真っすぐな彼女の瞳に、真正面から視線をぶつけた。

 ここで引いてはいけない気がする。
 シルヴァに向けられているシアン視線、それはシルヴァが初めて見るものだった。決意めいたものが秘められていて、引くにも引けない粘着性の意思をシルヴァは感じていた。

 リビングを出る前とは打って変わって、とても挑戦的で前衛的な態度だ。まるで、人が変わったような。

 リビングを出てから、彼女に何か大きな変化が起こったのだろうか。あの短時間でそういう要因がシアンに降りかかるとは考えにくいが。

 シルヴァの言葉に、シアンは目を少し細めた。

「急じゃないよ」

 シアンはそう言うと、シルヴァの両手を彼女は両手で包み込んだ。
 小さくて、少し冷たい指がシルヴァの手に触れる。

「私はさっきから言ってるよ」

「……」

 シルヴァは何も答えられなかった。ただ沈黙しか選択肢はなかったし、それが返答としての正解だったようにも思う。

 シアンが言おうとしていることは分かっていた。
 分かっているからこそ、シルヴァはシアンの言葉に言葉を返せない。

「……ねえ、シルヴァ。私は、」

 途中でシアンは口をつぐんだ。
 何かを言いたそうにして、一度目を伏せる。

 その仕草を見たシルヴァは黙って次の言葉を待った。
 今度は何故か、次の彼女の口から話されるものがとても待ち遠しいように感じて、その沈黙に至っては少し心地が良かった。

 何故かは分からない。けれど、シルヴァは何だか今のそのシアンの雰囲気が限りなく好きで、これからくる言葉が楽しみだった。

 シアンは瞳を再びシルヴァに向ける。

「……私も戦いたいの」

「ダメだ」

 待ち遠しかったはずのその言葉は、前にした途端に目を背けたいそれに代わっていた。
 シルヴァは反射的に否定を口にする。そして薄っすらと、眼球の裏にあの光景が浮かんでは消えた。

「嫌」

「――」

 シルヴァの明確な否定、それを前にしても、シアンはめげなかった。
 ダメ、という一蹴に、嫌、というさらなる拒否で即座に切り返してきたシアンに、思わずシルヴァは少しうろたえる。
 シアンは瞳を反らすことなく、シルヴァに真っすぐと向けていた。

 その厳然げんぜんたるシアンの表情に、シルヴァの中で違和感が生まれる。真っすぐに否定したらシアンは引くと思っていたのに、そうはいかなかったからだ。

 そういえば、とシルヴァは思い返す。

 彼女の前で彼女に対し、その意思を明確に否定したことはなかった。ダメだと、明確に拒否したのはこれが初めてで、今までのシアンの言動から重く上からフタをしなくても折れてくれる、と高をくくっていた。

 シルヴァは思っている以上に、彼女の本質を知らないのかもしれないと、その否定に対して真っ向から立ちはばかる姿を前にして、そう思った。

「私はシルヴァの役に立ちたいの」

「……今の君の言動は、僕にとっては」

 シルヴァは一度だけその次の言葉を吐き出す前に、ためらった。言ってしまってもいいのだろうか。

 いや、それでも。言わなければ、彼女に押し切られてしまうかもしれない。押し切られれば、彼女も戦闘に参加することになる恐れがある。
 それだけは、避けなければ。

 シルヴァは一拍おくと、次の言葉を吐き出した。

「迷惑なんだよ」

 シアンの役に立ちたいという望みは、シルヴァを思ってのことだろう。そしてそれは、一種の憧れも含んでいるのではないだろうか。

 シルヴァが自分で思うのもなんだが、シアンはシルヴァに恩を感じているはずだ。
 牢獄において、看守の暴力からシアンを助けたのはシルヴァだからだ。その時のシアンの瞳に、シルヴァがどのように映ったのかは何となく想像できる。

 シアンにはシルヴァの戦う姿に憧れている。だからこそ、シルヴァと一緒に戦いたいと言っているのだ。
 しかし、その憧れはそんな輝かしいものとは違うと、シルヴァは分かっている。

 一歩間違えれば命を落とす、危ない綱渡りなのだ。
 シルヴァは才能と運に恵まれているといっても過言ではない。そのシルヴァでさえ、危険を脊髄に感じてゾッとすることがあった。

 その感覚は、憧れとは程遠い。シアンが望んでいるものは、シルヴァの隣にはないのだ。

「……君は、私にとっての『憧れ』なの。だから、隣で一緒にいたい」

 シルヴァがはっきりと突き放していくのにも関わらず、シアンはどんどん食いついて来る。シルヴァはじっとシアンを見つめた。

 やはり、というべきか。彼女はシルヴァに夢想の『憧れ』を抱いている。だからこそ、シアンを前に出すわけにはいかない。

 シルヴァは口を開く。

「君の言う『憧れ』は思っているものじゃない。その『憧れ』を手にしたところで、そこにあるのは怖気おぞけと後悔だけだよ」

 そうなることを知らないシアンに、それを背負わせるのは心苦しい。遊びにおいての戦争ごっこを体験した子供を、本当の戦争に送り込むようなものだ。

 そんなのは嫌だった。それに、やはり例の光景が浮かんでくる。その光景が再現されることだけは、絶対に避けなければならない。その再現の要因となることから、できるだけシアンを離したかった。

「……やっぱり」

「……」

 シルヴァの忠告を聞いたシアンは、小さく呟いた。
 それがどういう意図を持っているのか、シルヴァがそれを考える前に、シアンは薄く微笑んだ。

「あのね、シルヴァ。私、気づいたんだよ」

「……なにが?」

「示さないと、お互いに分からないんだって」

 そう言ったシアンは、一歩前に踏み出した。
 それから顔をシルヴァの目の前に出して、背伸びとともに、シアンは自分の額とシルヴァの額とを、優しくコツンとくっつけた。

 シルヴァは突然そんなことをされるとは当然思っておらず、まさかの事態に驚いて硬直した。
 シアンの吐息が、大きくて青い瞳が触れ合いそうになるところまで近くにきていて、心臓の鼓動がわざとらしく高揚する。

「私はね」

 シルヴァの額から自分の額を離すと、シアンはにっこりと笑った。
 そのほぼセロ距離で放たれたシアンの笑顔に、シルヴァはドキッとして変に体温を上昇させる。

 これが顔に出ていなければいいけれど、なんてくだらない考えをシルヴァは頭の隅に押し込んだ。

「君に、憧れになりたいわけじゃないんだよ?」

「……え」

 今度は自分の考えが外れていたことにシルヴァは動揺した。
 看守の一件で、シルヴァにその憧れを抱き、それを手にしたくてシルヴァの隣に立ちたい、とシルヴァはそう思っていた。

 しかしそれが違うというならば、シアンが自分に憧れているなんていうのは、何という自惚れだろうか。
 また別の意味で顔が赤くなりそうだ。

 シアンは続ける。

「私は、君の隣で、その……」

 顔を少し赤らめて少し顔を反らすシアン。
 しかし、シルヴァもシルヴァで煩悩やら羞恥やらで手一杯なため、彼女の言葉を咀嚼するのが精いっぱいだった。故に、そのシアンの仕草に気づかない。

「君の隣で、同じものを感じたり、同じものを見たり……。君と、一緒にいたいの」

「――」

 シルヴァが理解していなかったシアンの気持ちを、彼女は自らの口からシルヴァに伝えたのだった。
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