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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
25 過去に囚われていたのは誰
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シアンの獣耳がピンと張っている。彼女の青い瞳に映った自分の姿を見たシルヴァは、一度瞼を閉じた。
「……」
「だから……私は……」
それを聞いたシルヴァは、閉じた瞼を再び開ける。
シアンは獣耳を横にペタリと倒しながら、ぐいっとシルヴァの方へ乗り出した。
シルヴァの視界には、やはり嫌な未来図がうっすらと浮かび上がっていた。目の前の現実にいる彼女と、シルヴァの脳裏に焼き付いた彼女のシルエットが重なって、シルヴァの額に嫌な汗が流れる。
けれど、一つだけが違っていた。目の前のシアンと、シルヴァが造った夢幻の彼女。その重なり合う実像と虚像とでは、ひとつだけが違っていたのだ。
シアンの持つ、青く透き通った瞳だけは、シアンの生み出した過去の幻において、再現できていなかった。
「……そうだよなあ」
シルヴァはそんなシアンを前にして、小さく呟く。
シアンが危険に関わろうとした際に、シルヴァの脳裏に浮かぶ、彼女が看守に暴行を受けていた映像。
過去に捕らわれ、未来さえも消極的に描いてしまった脳裏の投影が、正しく映るはずがない。
ならどうして、その正しく映らないはずの投影にシルヴァは捕らわれていたのか。
それはシルヴァにとって、その方が都合がよかったのだ。
シアンが危険に触れず、安全圏で生きていくことをシルヴァは望んでいたのだから。
シアンを戦闘などの危ないところから予め遠ざけておけば、シルヴァは彼女がまた酷い目に遭うのを見なくて済む。
シルヴァにとっても、看守に少女が暴行を受ける姿は、軽いトラウマになっていた。だから彼女がどう言おうが、危険から遠ざけようとしていたのだ。
しかし、彼女には彼女の生き方がある。シルヴァにそれを曲げる権利はない。例え、彼女の今がシルヴァの助けによって成り立っているとしても、その権利は不変だ。
そして彼女もシルヴァに助けて貰った恩はある。だから、これまでのシルヴァの意見に強く反発できなかったのかもしれない。
そんな中でも、シアンはシルヴァへ、自分の意見をはっきり言って見せた。
私も、シルヴァと同じ立場で同じものを感じたい、と。
ならば、シルヴァは思う。
シアンの人生を思うのならば、彼女のこの勇気ある発言を尊重すべきである、と。
自分のエゴによって生まれた虚像を、過去に傷を負いながらも、今持っている自分の生を全うしようとする少女と重ねるなんて、誰ができるだろうか。
――幾度とシルヴァの脳裏に浮かんだ、あのシアンは、彼女ではない。
瞼の裏に潜む彼女は、シルヴァの恐怖心がシアンという身近な姿へと転化したものだ。ただの、幻。掴み取れない上に、現実には存在しない幻影だ。
「約束、して」
シアンはシアンをじっと見つめて、唸るようにぼやいた。
脳裏に浮かぶ彼女の姿は、シルヴァの恐怖心と自分自身に対する不信が生んだ膿。
あんな幻は、未来永劫来るはずがない。いや、来させるわけにはいかない。
「死ぬような無茶はしない、って。そう約束するなら」
さっきまで重かった口がその言葉を吐いた途端、枷が外れたかのように重さを失う。
本当は、もし恐怖心に侵されない領域が心にあるのなら、その場所でシルヴァは彼女と同じものを望んでいたのかもしれない。
「約束する」
はっきりとした彼女の声が、シルヴァの鼓膜を震わせる。
監獄で死んだ目をしていた少女が、今では目の前で生を感じさせる決意めいた瞳をしていた。
シルヴァにとって、例え彼女との関係がまだ一日ほどであっても、その変化には暖かいものを感じる。
「……ありがとう」
「……なんで?」
シルヴァは図らずとも口にしていた感謝の言葉。その言葉に、シアンは首を傾げた。
その仕草がなんともかわいらしくて、同時にどうしてだかちょっと頼もしくも感じて、シルヴァは思わず小さく綻んだ。
「なんでもないよ」
シルヴァの脳裏に、過去に捕らわれた幻想が浮かぶことは、もうないのだろう。
「……」
「だから……私は……」
それを聞いたシルヴァは、閉じた瞼を再び開ける。
シアンは獣耳を横にペタリと倒しながら、ぐいっとシルヴァの方へ乗り出した。
シルヴァの視界には、やはり嫌な未来図がうっすらと浮かび上がっていた。目の前の現実にいる彼女と、シルヴァの脳裏に焼き付いた彼女のシルエットが重なって、シルヴァの額に嫌な汗が流れる。
けれど、一つだけが違っていた。目の前のシアンと、シルヴァが造った夢幻の彼女。その重なり合う実像と虚像とでは、ひとつだけが違っていたのだ。
シアンの持つ、青く透き通った瞳だけは、シアンの生み出した過去の幻において、再現できていなかった。
「……そうだよなあ」
シルヴァはそんなシアンを前にして、小さく呟く。
シアンが危険に関わろうとした際に、シルヴァの脳裏に浮かぶ、彼女が看守に暴行を受けていた映像。
過去に捕らわれ、未来さえも消極的に描いてしまった脳裏の投影が、正しく映るはずがない。
ならどうして、その正しく映らないはずの投影にシルヴァは捕らわれていたのか。
それはシルヴァにとって、その方が都合がよかったのだ。
シアンが危険に触れず、安全圏で生きていくことをシルヴァは望んでいたのだから。
シアンを戦闘などの危ないところから予め遠ざけておけば、シルヴァは彼女がまた酷い目に遭うのを見なくて済む。
シルヴァにとっても、看守に少女が暴行を受ける姿は、軽いトラウマになっていた。だから彼女がどう言おうが、危険から遠ざけようとしていたのだ。
しかし、彼女には彼女の生き方がある。シルヴァにそれを曲げる権利はない。例え、彼女の今がシルヴァの助けによって成り立っているとしても、その権利は不変だ。
そして彼女もシルヴァに助けて貰った恩はある。だから、これまでのシルヴァの意見に強く反発できなかったのかもしれない。
そんな中でも、シアンはシルヴァへ、自分の意見をはっきり言って見せた。
私も、シルヴァと同じ立場で同じものを感じたい、と。
ならば、シルヴァは思う。
シアンの人生を思うのならば、彼女のこの勇気ある発言を尊重すべきである、と。
自分のエゴによって生まれた虚像を、過去に傷を負いながらも、今持っている自分の生を全うしようとする少女と重ねるなんて、誰ができるだろうか。
――幾度とシルヴァの脳裏に浮かんだ、あのシアンは、彼女ではない。
瞼の裏に潜む彼女は、シルヴァの恐怖心がシアンという身近な姿へと転化したものだ。ただの、幻。掴み取れない上に、現実には存在しない幻影だ。
「約束、して」
シアンはシアンをじっと見つめて、唸るようにぼやいた。
脳裏に浮かぶ彼女の姿は、シルヴァの恐怖心と自分自身に対する不信が生んだ膿。
あんな幻は、未来永劫来るはずがない。いや、来させるわけにはいかない。
「死ぬような無茶はしない、って。そう約束するなら」
さっきまで重かった口がその言葉を吐いた途端、枷が外れたかのように重さを失う。
本当は、もし恐怖心に侵されない領域が心にあるのなら、その場所でシルヴァは彼女と同じものを望んでいたのかもしれない。
「約束する」
はっきりとした彼女の声が、シルヴァの鼓膜を震わせる。
監獄で死んだ目をしていた少女が、今では目の前で生を感じさせる決意めいた瞳をしていた。
シルヴァにとって、例え彼女との関係がまだ一日ほどであっても、その変化には暖かいものを感じる。
「……ありがとう」
「……なんで?」
シルヴァは図らずとも口にしていた感謝の言葉。その言葉に、シアンは首を傾げた。
その仕草がなんともかわいらしくて、同時にどうしてだかちょっと頼もしくも感じて、シルヴァは思わず小さく綻んだ。
「なんでもないよ」
シルヴァの脳裏に、過去に捕らわれた幻想が浮かぶことは、もうないのだろう。
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