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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

37 不意の熱気

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 ハーヴィンが一歩足を踏み出した。シルヴァは息を呑んで、構える。

 精霊を憑依させ、大幅に全体的な強化を施したハーヴィン相手にどれだけ耐えられるか、とシルヴァは自然に考えていた。そう、シルヴァは無意識に勝ち筋の模索を放棄して、生き残るために考え始めたのだ。

 しかし、そのへっぴり腰な思考をしてしまうのも無理はない。シルヴァの本能が感じ取っていた。ハーヴィンは、これまでの敵とは格が違うと。ハーヴィンの言葉を聞く前から本能は悲鳴を上げていたのだ。

「死ね」

 ハーヴィンが地面を蹴った。そしてそのまま低空を維持し、砂埃を上げながらシルヴァへ突っ込む。一足踏み込んだだけで、まるで飛んでいるかのような移動はシルヴァの想像を超えていた。

「――っ!」

 シルヴァは咄嗟に、そこらへんに落ちている私兵たちが持っていた剣を『支配』の力で手元に持ってくる。迫りくるハーヴィンの拳を剣でかち合わせた瞬間、シルヴァの持っていた剣はいとも簡単に折れてしまった。
 驚いて目を見開くシルヴァ。それとは対照的にハーヴィンはにやりと、炎を纏わせた足でシルヴァの横腹に蹴りを入れた。

「ぐ……っ!」

 シルヴァはその蹴りを受けて、そのまま横へ吹っ飛んだ。受け身も取れず、数回地面をバウンドしながら飛ばされて、ようやく止まった。
 瓦礫のカスなどが皮膚に刺さり、長袖は千切れて肌が露出している。

 地面に這いつくばるシルヴァが見上げると、すでにハーヴィンはこちらに向かって駆け出していた。

 それを見たシルヴァは弾くように立ち上がる。そして落ちている瓦礫を操り、ハーヴィンの進路を阻む壁を造った。
 その隙に、シルヴァはまた新しい剣を『支配』の力で自分の手に持ってくる。直後、即興で造った壁があふれ出るばかりの炎に吹き飛ばされ、その炎の中からハーヴィンが突撃してきた。

 シルヴァは向かってくるハーヴィンを見据え、手の剣を構えた。

「学ばねぇな!」

 ハーヴィンはシルヴァが自分を迎え撃つ気であると悟ったのだろう。しかし、シルヴァはさっきも同じことをし、剣を折られた挙句追撃を食らった。ハーヴィンにとっては、これはバカの一つ覚えに見えたのだろう。

 けれど、無策でシルヴァが愚策を繰り返すわけがない。

 ハーヴィンの青い炎を纏った拳とシルヴァの手の剣が再びかち合う。だが、今度はハーヴィンの拳をシルヴァの剣はしっかりと受け止めた。
 その事実に今度はハーヴィンが目を見開く。その瞬間をシルヴァは見逃さない。

 ハーヴィンの足元の瓦礫を『支配』し操って、四方八方からハーヴィンに向かって放つ。ハーヴィンの体は一瞬にして瓦礫に包まれた。

「吹っ飛べ……!」

 ここで一瞬だけ、シルヴァはハーヴィンを『支配』しようとするが、やはり利かなかった。ハーヴィンの言うことはあながち正しかったみたいだ。

 シルヴァはすぐに切り替えて、ハーヴィンは直接操らず、奴を包み込んでいる瓦礫を操り、全力で彼方へと吹っ飛ばす。ハーヴィンそのものを操らずとも、奴の周りに『支配』の力で引っ付いている瓦礫を飛ばせば、物理的に干渉しているハーヴィンはそのまま吹っ飛ばせる。

 しかし、これでハーヴィンを倒せたとは到底思えない。シルヴァの本能が感じた威圧は本物だったし、奴の移動速度は尋常ではなかった。あの動きをする人間が、あの程度でやられるわけがない。

 シルヴァはすぐに方向転換し、アレンたちのもとへ駆けた。
 ハーヴィンの私兵たちは、彼がサラマンダーの精霊を出した際に生じた青い炎でほぼ全滅していると見える。けれど、彼が伏兵を忍ばせている可能性があったから、シアンが彼らに着いているとはいえ、シルヴァは気が気でなかった。

 そしてそれ以上に、ハーヴィンそのものの危険を伝えないわけにはいかない。アレと面向かって戦うなと、シルヴァの本能がずっと叫んでいるのだ。いますぐにこの場所を離れて、奴から身を隠さなければ。

「アレン! カレン! 無事か!?」

 瓦礫を飛び越え、瓦礫の山で見えなかったアレンたちの姿が見えた。
 そこでは、アレンに向かう矢をシアンが盾を使って何とか防いでいる。目視では見にくい矢をシアンはあっちこっちに跳んで、必死に弾いていた。

 恐らく彼女の聴覚で矢が風を切る音をからがら感知しているのだろう。しかし、多勢に対し短気で防ぐにはスタミナの限界がある。あのままだと、いつかシアンがミスをする。

「シアン!」

 シルヴァはシアン達に対し弓矢で攻撃する私兵たちを見据えると、残り少ない瓦礫を『支配』し、それをぶつけた。矢ごときで瓦礫の襲来を防ぐことはできず、私兵たちはそのまま押しつぶされる。

 その援護に気づいたシアンはシルヴァの方を見て、安心して小さな笑みをこぼした。

「シルヴァ……!」

「よかった、無事だね」

 シルヴァはシアンのもとに駆け寄ると、安堵の表情を見せる。が、しかしすぐに真剣な表情に変えて、シアンへ言った。

「ハーヴィンは引き離した。けど、引き離しただけだ。早くこの場所から……」

「うん。……早く逃げた方がいいんだろうけど……」

「ああ、ダメだ」

 シアンの言葉の続きを言ったのは、しゃがんでカレンの肩に手を乗っけているアレンだった。
 シルヴァの立ち位置からは、カレンの顔は隠れて見えない。アレンはその場から動かずに、視線だけをシルヴァに向けていた。

 シルヴァは訝し気に彼へ問う。

「どうして?」

「……それは」

 アレンの表情が分かりやすく曇った。瞬間、カレンの肩が大きくピクリと縦に揺れたと思うと、アレンは慌ててカレンへ視線を戻す。
 そのアレンの妖しい様子から、一旦心の隅に置いておいた彼への疑いが再び巻き上がった。

 シルヴァは彼に詳しく問おうと手を伸ばすも、その瞬間、唐突に熱気がシルヴァの頬を撫でた。

 ――熱気?

「……っ! シアン!」

 シルヴァはアレンからすぐに目を離し、シアンを腕で引き寄せた。そして『支配』の力を起動する。

 刹那、顕現した青い炎の波が四人を襲ったのだった。
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