傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

44 再始動する悪魔

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 鎖に縛られた魔導傀儡。鎖を振りほどくかのように動こうとしているのがうかがえるけれど、縛りは切れそうにもなく、それを抑える逆十字架も地面からはがれそうにない。

「……っ」

 茫然とそれを見上げていたハーヴィンだったが、悔しそうに顔を歪めるとふらふらと立ち上がった。そしてアレンの方を睨みつける。
 その視線に気づいたアレンは色彩の戻った赤い瞳で彼を見返すと、低い声で言った。

「お前と俺の差は歴然だけど……まだやるつもり?」

「……!」

 そのアレンの視線を受けて少しひるむハーヴィン。
 しかしすぐに体勢を構え、体に青い炎を纏う。そして右手を開くと、その手の中に青い炎で薙刀を形どり、それを固形化して握りしめた。ハーヴィンは顎を低く構えて決意めいた瞳でアレンを睨みつけると、薙刀を彼に向ける。

「……やるしかねぇだろ」

「止めといたほうがいいと思うけどね。死ぬよ?」

「そうなるかもな。だが、ここで引いたら俺は生きる意味を失っちまうだろうさ……。進むしかねェんだよ、俺な!」

 アレンの冷静に見つめる視線に、それとは対照的な熱意の籠った鋭い視線で対抗するハーヴィン。それを見て、シルヴァは――決して彼の行いを肯定したりするわけではないが――ハーヴィンに対する印象が少し変わった気がした。

 この状況、どう見てもアレンの実力だけが飛びぬけて高い。ハーヴィンとシルヴァが勝負では割と拮抗していたのにも関わらず、二人と直接戦闘を行わずして、アレンだけが明らかに次元が違うことが分かるほどだ。
 そんな相手に、ハーヴィンは引くことなく立ち向かった。それは単純な黒い欲望だとか、そういうものでできるようなことではない。何かその行動を括りつけるための感情が、彼の中にあるのかもしれないと、シルヴァはふと思った。

「そう。なら――」

 アレンに戸惑いはなかった。ハーヴィンへと敵意を明らかにし、いますぐにでも彼へ攻撃を行おうとしていた。それを前にして、ハーヴィンだって覚悟を決めたように噛みしめていた。
 しかしそれは、とある不吉な音と色の発光により、遂げることはできない。

「……っ!」

 アレンが魔力の鎖で縛り付けていた魔導傀儡。それがいきなり抵抗をやめたと思えば、黒い体の全域にわたるようなヒビがピキピキと音を立てながら入り始めたのだ。そのヒビの奥からは赤い光が漏れ出しており、周囲の温度が急激に下がり始めている気がした。

「この感じは……ッ!」

 やばい、とその場にいる全員が瞬時に悟れる異常事態だった。何が起こるのか具体的に理解した者は誰一人いないだろう。けれど、ヒビから赤く発光しているその傀儡を前にして、彼らの鋭敏な本能が何かを察知したのだ。

 ハーヴィンはすぐさま、自分の周りを青い炎の膜で造られた球体で包んだ。見る限り、外部の攻撃から自らを防御する何かのようだ。

「シルヴァ!」

 アレンは弾かれるようにそう叫びながら、左腕を魔導傀儡に向ける。そして瞬時に傀儡を足元から凍結させた。
 すでに氷の塊となったそれだが、アレンは止めることなく氷の層を厚くしていく。

「君の能力を氷に重ね掛けしれくれ! 君がさっき持ってた剣にやったように!」

「――疑似的に堅く、ってことだね!」

 アレンの言葉に従い、シルヴァは『支配』の能力をアレンの精製した氷に重ね掛けした。これで氷はさらにその場所へその形状を『支配』の力で維持される。ちょっとそこらの力を与えられても不変であり続けるだろう。

 その作業から瞬刻、傀儡を包んでいる氷塊が内部からの発光に照らされ、赤く染まった。

 この色の光だ。これはやばい。言葉では表しきれない不快感と不安を煽るもの。アレンは二人の前に立って、魔力による障壁を繰り出した。シルヴァも咄嗟にシアンの前に立ち、アレンの出した魔力の壁に『支配』の力をかけて、さらに強固なものにする。

 そして、その時は訪れた。

「――ッ」

 鈍い爆発音と共に、空気が圧せられた。着ている衣類が押されるように肌にくっつき、外圧の感覚が身に染みる。傀儡を覆った『支配』の力が付与されていた氷塊は四方に飛び散って、既視感のある赤黒い光の柱が目の前でそびえ立った。その背後に、爆発音とはまた別の、不快になるような『キリ……ジジ……キ、キリリ……』という何かがこすれているような音が等間隔に一定で流れている。

 そしてその根源である中心地。そこに立っていたのは、自らを包んでいた氷塊はともかく、その前に縛っていたはずの楔とそれを留めていた逆十字架の全てを取り払った、黒い人型をした呪詛――『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』の姿があった。

「……もしや、行動不能に陥った場合の対処法が、あの傀儡には仕組まれていたのか……?」

 自らの施した封印がいとも簡単に剥がされ、驚嘆と共に呟くアレン。その発言にシルヴァは苦笑いを浮かべながら尋ねた。

「説明書の魔導書には書いてなかったの?」

「……生憎、この魔導書には人間の理解できる文字は一切書かれていないんだ。ある特殊な方法で履行できるだけなのでね……」

 魔力の半透明な壁を取っ払い、再び構えるアレンに、シルヴァもそれに従う。
 そんな中、炎の壁で自分の守っていたハーヴィンも姿を現し、あろうことかシルヴァ達の方へ薙刀の先を再び向けた。そしてシルヴァ達を睨みつけると、口元を勇敢にも嬉しそうに綻ばせながら言った。

「願ったり、だ。テメェらにアレを壊させるわけにはいかねェ」

「……アレと同時に相手をするのは……」

 赤い光の中で佇む傀儡と、薙刀を自らに向けたハーヴィンを見交わしながらアレンが呟く。その後ろにいたシルヴァがそれに応えるように、静かに笑った。

「僕がハーヴィンをやる。あの傀儡はアレンにしか対処できないでしょ」

「……いいのか?」

願ったり、なんでね。負けっぱなしだとなんかむかつくし」

 それを聞いたアレンは瞳を細めると、傀儡に向かって右腕を向けた。直後、轟音と共に佇んでいた魔導傀儡が吹っ飛ぶ。同時に赤い光の柱はバチバチと霧散しながら消えていき、アレンは踏み込むと同時にシルヴァへと一言残した。

「頼む」

 刹那、彼の踏み込んだ地面にヒビが入ったと思うと、吹っ飛ばした傀儡目指してアレンは突っ込んでいった。

 それを阻止するために、ハーヴィンが青い炎を手に纏って何かを繰り出そうとするも、突如として飛んできた二つの剣を寸でのところで後ろに跳んで回避する。それらの剣が地面に突き刺さると同時にハーヴィンは着地し、それを行ったであろうシルヴァの方を苛立ちを隠せない表情で睨みつけた。

「またテメェか!」

「貴方を止めてやるさ。さっきの仕返しも兼ねてね」

 シルヴァはそう言って不敵に笑うと、刺さった二本の剣の内の一歩を自分の手の中に取り寄せて、ハーヴィンに向かって構えた。

「し、しるばぁ……」

 不意に背後からシアンの涙の入り混じった声が聞こえ、シルヴァは思わず振り返る。そこには自分の獣耳を抑えながら、顔を赤くして涙目になって崩れ落ちている彼女の姿があった。
 しっかりとハーヴィンの方へと注意を向けながらシアンの隣に行くと、彼女は震えながら言う。

「ごめん……わたし、この音むり……っ」

「音……とりあえず、ここは危ないから遠くへ……!」

「う、うん」

 シアンは何とか立ち上がり、よろよろとシルヴァ達から離れていった。
 シルヴァはその様子に背中を向け、今にも襲ってきそうなハーヴィンを見据えながらも、彼女の体に起こった異常に何となく目途をたてていく。

 彼女の云う音といいうのは、あの傀儡が赤い光を出して氷塊を壊した時あたりから、かすかに流れ続けている気持ちの悪い音のことだろう。シルヴァでさえ不快感で腹の奥がモゾモゾと気持ち悪いのに、彼女の発達した聴覚でそれを捉えるのだから、その気持ち悪さは何倍にも跳ね上がっているに違いない。

「……フン。やはり、か」

 その獣耳を抑えるシアンの姿をシルヴァ越しに見ていたハーヴィンが、何かを察したように呟いた。シルヴァは警戒の色を解かずに、低く聞き返す。

「何か知っているのか?」

「教える義理はねェ。とっととテメェを下して、あいつを追う……!」

「やってみろ!」

 大声で張り合う二人。そして両者とも駆け出した。

 この二人は薄々と感じていたのだ。この二人の勝負次第で、今後の状況は変わると。
 シルヴァが勝つ、あるいは長時間持ちこたえれば、アレンは『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』を完全に破壊する。ハーヴィンが短時間でシルヴァを下すことができれば、アレンはハーヴィンと傀儡を相手にすることになり、恐らくであるがアレンは敗れることになる。

 青い炎で全身を包み込んで駆け出したハーヴィンと、剣や衣服に『支配』の力を付与して同じく駆け出したシルヴァ。

 二人はそのままかち合い、青い炎を纏った薙刀と、『支配』の力を宿した剣がぶつかり合う。刹那、ハーヴィンの薙刀が瞬時にそれを持つ腕ごと炎となって剣をすり抜けると、その刃はそのままシルヴァの首元まで迫った。

 シルヴァは前もって『支配』しておいた衣服を操作すると、振りかぶられた刃を首のすぐ先でかわすと、すぐにその場から後退する。同時に、彼を目掛けて持っていた剣を投げた。

 ハーヴィンは再び全身を炎に還元し、投げられた剣をそのまま通り抜けた。そしてその状態のまま、シルヴァへと迫る。

 それを見たシルヴァは、ハーヴィンがよほど焦っていることを理解した。恐らく彼にとって体を炎にすることはかなりのリスクがある。だから最初からその手を使わず、途中から使ってきたのだ。
 その用法から見るに、体への負担が大きすぎるところや、炎の姿で入れる時間とそのインターバル。それらがネックになっているとシルヴァはあらかじめ推測していた。 

 故に、その状態が終わるまで逃げ切り、元の体に戻ったタイミングを狙って攻撃すればいい。

「――そうか」

 『支配』の力を使い、迫るハーヴィンから一定の距離を置くシルヴァに対し、ハーヴィンはそう呟いた。同時に、目の前の空間が歪んでその姿が虚空へと呑まれていく。

 例の蜃気楼だ。しかしもう仕組みは理解している。用は光の屈折で見えないだけなのだ。

 そう思って次の行動に移ろうとしたつかの間、突然に八方から青い炎の渦がシルヴァを襲った。

「……くっ!」

 虚空から何の脈略も現れたそれに、シルヴァは思わず声を上げると、それらすべてに『支配』の力を働かせ、軌道をずらした。それらの炎はそれぞれ外側に向かって伸びていき、地面に当たると爆風を上げた。

 ――刹那、後ろから気配を感じるも、もうすでに遅し。

「――ッ!」

 青き炎をくすぶらせ、シルヴァの背後をとったハーヴィンの姿がそこにあった。彼は振り返ったばかりのシルヴァの頬に、青い炎を宿した拳を振るった。
 シルヴァはなすすべなく、その威力故に吹っ飛び、地面へと墜落する。

 ぐわんぐわんの歪む視界の中、シルヴァはよろめきながらもすぐに立ち上がった。ハーヴィンに殴られた際に、炎と拳の威力でただれた左の頬の痛みに耐えながらも、シルヴァは慄然とした様子で舌打ちをしたのだった。
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