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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
43 魔力解放
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肌がピリつくとか、その次元を軽く超えていた。
アレンの制御により、殺戮衝動を抑え『カレン』として生きているかの如く動いていた『殺陣魔導傀儡』は、ついにアレンの手から離れた。その有り方は神がこの世に残した遺恨そのもの。十三の魔導書からなる『神々の終焉讃歌録』の一柱を担うそれは、ついに本来の有り方を持ち、ここに再臨したのだ。
その傀儡から放たれる威圧は、まるで喉の奥に異物を押し込められているかのような、凄まじい圧迫感だった。ハーヴィンのさっきまでの余裕はどこへやら、彼の顔からは笑みが消え失せて唇を噛みしめている。
彼に捕まり、あともう少しのところで殺されかけたシルヴァも、その尋常ではない気配に朦朧としていた意識が叩き起こされ、ボロボロな体で起き上がった。そして、少し向こうに舞った砂埃から赤黒い光の柱が天へ向かって放たれているのを目撃し、息を呑む。
そんな中、シアンは傀儡の出現に驚きつつも、すぐにシルヴァのもとへ駆け寄った。何もなければハーヴィンに妨害されていたであろう。ハーヴィンの意識の全ては『殺陣魔導傀儡』に向けられており、彼女はシルヴァのもとへ妨害なく駆けよれた。
「シルヴァ、大丈夫? とりあえず、アレンのところに行こう……?」
「あ、あぁ……」
シアンの青い瞳が疲れ切ったシルヴァの顔を映した。彼女の瞳に反射した自分を見たシルヴァは、小さく笑う。笑っている場合ではないのに。いや、こんな状況だからこそ、笑ってしまったのかもしれない。
シアンの肩を借りて、シルヴァは何とかアレンのもとへたどり着く。それを見たアレンは薄く微笑んだ。
シルヴァのその覚め切った微笑みを見て、どういうわけか悲しみを感じてしまった。アレンの中では悲しみが渦巻いているような気がして、シルヴァはどうしてもいたたまれなかった。
彼の存在はシルヴァにとって、もしもの自分――両親が殺され、姉も連れ去られた過去の自分が、もしあの場所から逃げなければこうなっていたであろう、という理想像に一番近い人物だった。故に、何の根拠も謂れもないけれど、アレンは他人の気がしなかった。
「――ッ! アレンッ!!」
三人が合流したろころで、ハーヴィンがついにアレンの方へ向いて叫んだ。そして続ける。
「テメェ、自分のやってることが分かってんのか!? あの傀儡にテメェの姉の意思はなくとも、黄泉から戻した姉の魂そのものが宿ってんだぞ! テメェは黄泉に送られた純粋な魂を無理やり戻した挙句、今度は人殺しをさせるつもりかよ!?」
「分かってるさ」
ハーヴィンの喉の奥から這いずり出てくるような深く低い叫びに、アレンは釈然と答えた。その堂々たる整った態度に、ハーヴィンは不意にうろたえる。
「……俺の暴走した後悔が、色んな人を傷つけてしまった。その過去は変えられない。俺たちは、未来に進んでいくことしかできないんだ! だから俺は、今と向き合ってこの場所で救える人を救う! そして、姉貴の魂も人の血で汚してたまるか! そうなる前に俺が、魔導書と傀儡を壊す!」
「ハッ! その意味が分かってんのか!? 傀儡を壊すっつうことは、魂もまた黄泉にいく! つまりテメェは、また姉を見殺しにすることになる! そんなことをテメェが――」
「やってやるさ! そのために俺は立ち上がったんだ!」
ふとアレンの顔を見ると、濁った黒色だったはずの彼の瞳には、色彩が宿っていた。――赤。そう、彼の瞳は赤色へと変化していた。
そして左頬にあった薄い傷跡――否、傷跡のように見えたタトゥーは、紫色の色彩が入る。
アレンは右手を地面につけると、手のひらから赤色の大きな魔方陣を地面に展開し、叫んだ。
「領域召喚!」
この時点で、シルヴァはアレンに魔力が戻りつつあるのだと確信した。アレンが魔法を使えなかったわけ、それは殺陣傀儡を制御するのに使っていたからだ。そして今、その傀儡を解放した。故に、彼へとその分の魔力が戻っているのだろう。
魔方陣をからどっていた赤い光が、その輝きを保ちながら地面を四方八方に進んでいった。
直後、シルヴァの視界に何か透明な輪郭が背景と重なる錯覚を覚え、たまらず目をこする。地面にも瓦礫にも木々にも空にも、赤い輪郭が混同していた気がした。
それからシルヴァとシアンはあたりを見回すも、ざっと見る限りは普段と変わらない光景が広がっている。
しかしハーヴィンは今までで浮かべたことのない嫌な汗を流しながら、アレンへ問うた。
「テメェ……! まさか、この感じは……!」
「精霊を憑依しただけはあるな。万物の根源を成す祖と同化しても視えるのか」
うろたえるハーヴィンを興味深そうに見据えるアレン。そして続ける。
「俺を中心としたある程度の範囲の自然的な既存空間に、俺専用の空間を重ねた。俺にとって都合の良い空間を、な」
直後、シルヴァとシアンだけではない。ハーヴィンまでもが背筋を凍らせるような魔力の圧が、アレンから放たれた。
『殺陣魔導傀儡』とは違う。それと比べればまだ穏やかな魔力だが、それよりも重圧で濃厚な何かがアレンの放つ魔力にはあった。
言葉では言い表せないが、毒のように目の見える影響は少ないものの、目に見えないところでドンドン何かが壊されていくような不安感を、アレンの魔力は感じさせる。この感じだけは、絶対に敵に回したくないと、シルヴァは息を呑んだ。
そして恐怖なことに、アレンの魔力に共鳴したのか、さっきまで行動は比較的大人しかった『殺陣魔導傀儡』の様子に、変化が表われた。
人間とは思えないほど、精神へ苦痛を感じさせる雄たけびがその傀儡から放たれたかと思うと、上がっていた赤黒い光の柱が消える。刹那、ものすごい風圧が流れ込んできた。
「――くるぞっ!」
アレンの荒い声が聞こえる。刹那、ハーヴィンの後ろに人影がひとつ見えた。
「……っ!」
ハーヴィンはその気配に気づき、振り返るもすでに遅かった。
その人影――殺陣傀儡はすでに彼の横腹を抉る拳を振るっており、それが彼に命中していたのだ。
その余波がシルヴァたちのもとにまで飛んできて、アレンは冷静に強力な魔力の防御壁を前方に張り、その余波から三人を防御する。
それでも地面は割れて、背後の木々はなぎ倒れた。その威力にシルヴァとシアンは息を呑んだ。
それを直接食らったハーヴィンの横腹からは肉片が飛び散っていた。ハーヴィンは激痛で顔を歪ませながらも、体を青い炎に変換することでそれ以上のダメージを減らそうと試みる。――が、
「なっ……!」
傀儡の拳が炎に触れている場所から、徐々に炎が黒く薄く変色していき、消滅していった。同様に、余波で割れた地面は枯れ果て、倒れた木々は一気に腐り果てた。
ハーヴィンは慌ててその傀儡から炎になった状態で離れ、すぐに人間の体へと実体化する。それから自らの右手を動かし、正常に動くことを把握して安心したように息をついた。
「……やばい」
シルヴァはその光景を目の当たりいして、これまでに味わたことのない恐怖をかみしめた。ゴルドと戦闘を行ったときも少なからず恐怖を感じていたが、そんなものが無味になってしまうほどの濃厚な恐怖と絶望。シルヴァは目の前に奇怪に佇む傀儡に、圧倒させられていた。
「大丈夫だよ。もう捕らえた」
平然とそう言ってのけるアレンに、シルヴァとシアンは思わず目を丸くした。直後、世界が揺れたように感じた。
ハーヴィンに攻撃し、それからずっと止まっているように見えた殺陣傀儡。しかし本当は止まっていたのではなく、動けなかったのだ。
世界が揺れ動いた錯覚の後、傀儡の方を見ると赤い鎖で捕縛されていた。その周りには大人一人よりも大きな八つの逆十字架が地面に刺さっており、そこに傀儡を捕縛している鎖が巻きつけられている。
ピクピクと鎖に縛られて震えているそんな傀儡の全容を見て、シルヴァは愕然とした。この傀儡はシルヴァたちの接していたカレンそのものだったので、何となく面影は残っている。しかし全容は、前の姿とはとてもじゃないが乖離しすぎていた。
きれいな瞳は黒い球体となって瞼から飛び出て、グリグリと周りを観察するように回っていた。頬にはヒビが入っており、中身の黒く光沢のある何かが見えていて、両指の先には得体のしれないジュール色の何かがウネウネと犇めいている。
呪詛。その言葉が真っ先に浮かんでしまうような姿だった。神が遺したのは救いではなく火種――その言葉の意味を赴くままに体現している姿となっていた。
そんな怪物を当然のように捕縛するアレンに、シルヴァとシアンだけでなく、ハーヴィンまでもが茫然としていたのだった。
アレンの制御により、殺戮衝動を抑え『カレン』として生きているかの如く動いていた『殺陣魔導傀儡』は、ついにアレンの手から離れた。その有り方は神がこの世に残した遺恨そのもの。十三の魔導書からなる『神々の終焉讃歌録』の一柱を担うそれは、ついに本来の有り方を持ち、ここに再臨したのだ。
その傀儡から放たれる威圧は、まるで喉の奥に異物を押し込められているかのような、凄まじい圧迫感だった。ハーヴィンのさっきまでの余裕はどこへやら、彼の顔からは笑みが消え失せて唇を噛みしめている。
彼に捕まり、あともう少しのところで殺されかけたシルヴァも、その尋常ではない気配に朦朧としていた意識が叩き起こされ、ボロボロな体で起き上がった。そして、少し向こうに舞った砂埃から赤黒い光の柱が天へ向かって放たれているのを目撃し、息を呑む。
そんな中、シアンは傀儡の出現に驚きつつも、すぐにシルヴァのもとへ駆け寄った。何もなければハーヴィンに妨害されていたであろう。ハーヴィンの意識の全ては『殺陣魔導傀儡』に向けられており、彼女はシルヴァのもとへ妨害なく駆けよれた。
「シルヴァ、大丈夫? とりあえず、アレンのところに行こう……?」
「あ、あぁ……」
シアンの青い瞳が疲れ切ったシルヴァの顔を映した。彼女の瞳に反射した自分を見たシルヴァは、小さく笑う。笑っている場合ではないのに。いや、こんな状況だからこそ、笑ってしまったのかもしれない。
シアンの肩を借りて、シルヴァは何とかアレンのもとへたどり着く。それを見たアレンは薄く微笑んだ。
シルヴァのその覚め切った微笑みを見て、どういうわけか悲しみを感じてしまった。アレンの中では悲しみが渦巻いているような気がして、シルヴァはどうしてもいたたまれなかった。
彼の存在はシルヴァにとって、もしもの自分――両親が殺され、姉も連れ去られた過去の自分が、もしあの場所から逃げなければこうなっていたであろう、という理想像に一番近い人物だった。故に、何の根拠も謂れもないけれど、アレンは他人の気がしなかった。
「――ッ! アレンッ!!」
三人が合流したろころで、ハーヴィンがついにアレンの方へ向いて叫んだ。そして続ける。
「テメェ、自分のやってることが分かってんのか!? あの傀儡にテメェの姉の意思はなくとも、黄泉から戻した姉の魂そのものが宿ってんだぞ! テメェは黄泉に送られた純粋な魂を無理やり戻した挙句、今度は人殺しをさせるつもりかよ!?」
「分かってるさ」
ハーヴィンの喉の奥から這いずり出てくるような深く低い叫びに、アレンは釈然と答えた。その堂々たる整った態度に、ハーヴィンは不意にうろたえる。
「……俺の暴走した後悔が、色んな人を傷つけてしまった。その過去は変えられない。俺たちは、未来に進んでいくことしかできないんだ! だから俺は、今と向き合ってこの場所で救える人を救う! そして、姉貴の魂も人の血で汚してたまるか! そうなる前に俺が、魔導書と傀儡を壊す!」
「ハッ! その意味が分かってんのか!? 傀儡を壊すっつうことは、魂もまた黄泉にいく! つまりテメェは、また姉を見殺しにすることになる! そんなことをテメェが――」
「やってやるさ! そのために俺は立ち上がったんだ!」
ふとアレンの顔を見ると、濁った黒色だったはずの彼の瞳には、色彩が宿っていた。――赤。そう、彼の瞳は赤色へと変化していた。
そして左頬にあった薄い傷跡――否、傷跡のように見えたタトゥーは、紫色の色彩が入る。
アレンは右手を地面につけると、手のひらから赤色の大きな魔方陣を地面に展開し、叫んだ。
「領域召喚!」
この時点で、シルヴァはアレンに魔力が戻りつつあるのだと確信した。アレンが魔法を使えなかったわけ、それは殺陣傀儡を制御するのに使っていたからだ。そして今、その傀儡を解放した。故に、彼へとその分の魔力が戻っているのだろう。
魔方陣をからどっていた赤い光が、その輝きを保ちながら地面を四方八方に進んでいった。
直後、シルヴァの視界に何か透明な輪郭が背景と重なる錯覚を覚え、たまらず目をこする。地面にも瓦礫にも木々にも空にも、赤い輪郭が混同していた気がした。
それからシルヴァとシアンはあたりを見回すも、ざっと見る限りは普段と変わらない光景が広がっている。
しかしハーヴィンは今までで浮かべたことのない嫌な汗を流しながら、アレンへ問うた。
「テメェ……! まさか、この感じは……!」
「精霊を憑依しただけはあるな。万物の根源を成す祖と同化しても視えるのか」
うろたえるハーヴィンを興味深そうに見据えるアレン。そして続ける。
「俺を中心としたある程度の範囲の自然的な既存空間に、俺専用の空間を重ねた。俺にとって都合の良い空間を、な」
直後、シルヴァとシアンだけではない。ハーヴィンまでもが背筋を凍らせるような魔力の圧が、アレンから放たれた。
『殺陣魔導傀儡』とは違う。それと比べればまだ穏やかな魔力だが、それよりも重圧で濃厚な何かがアレンの放つ魔力にはあった。
言葉では言い表せないが、毒のように目の見える影響は少ないものの、目に見えないところでドンドン何かが壊されていくような不安感を、アレンの魔力は感じさせる。この感じだけは、絶対に敵に回したくないと、シルヴァは息を呑んだ。
そして恐怖なことに、アレンの魔力に共鳴したのか、さっきまで行動は比較的大人しかった『殺陣魔導傀儡』の様子に、変化が表われた。
人間とは思えないほど、精神へ苦痛を感じさせる雄たけびがその傀儡から放たれたかと思うと、上がっていた赤黒い光の柱が消える。刹那、ものすごい風圧が流れ込んできた。
「――くるぞっ!」
アレンの荒い声が聞こえる。刹那、ハーヴィンの後ろに人影がひとつ見えた。
「……っ!」
ハーヴィンはその気配に気づき、振り返るもすでに遅かった。
その人影――殺陣傀儡はすでに彼の横腹を抉る拳を振るっており、それが彼に命中していたのだ。
その余波がシルヴァたちのもとにまで飛んできて、アレンは冷静に強力な魔力の防御壁を前方に張り、その余波から三人を防御する。
それでも地面は割れて、背後の木々はなぎ倒れた。その威力にシルヴァとシアンは息を呑んだ。
それを直接食らったハーヴィンの横腹からは肉片が飛び散っていた。ハーヴィンは激痛で顔を歪ませながらも、体を青い炎に変換することでそれ以上のダメージを減らそうと試みる。――が、
「なっ……!」
傀儡の拳が炎に触れている場所から、徐々に炎が黒く薄く変色していき、消滅していった。同様に、余波で割れた地面は枯れ果て、倒れた木々は一気に腐り果てた。
ハーヴィンは慌ててその傀儡から炎になった状態で離れ、すぐに人間の体へと実体化する。それから自らの右手を動かし、正常に動くことを把握して安心したように息をついた。
「……やばい」
シルヴァはその光景を目の当たりいして、これまでに味わたことのない恐怖をかみしめた。ゴルドと戦闘を行ったときも少なからず恐怖を感じていたが、そんなものが無味になってしまうほどの濃厚な恐怖と絶望。シルヴァは目の前に奇怪に佇む傀儡に、圧倒させられていた。
「大丈夫だよ。もう捕らえた」
平然とそう言ってのけるアレンに、シルヴァとシアンは思わず目を丸くした。直後、世界が揺れたように感じた。
ハーヴィンに攻撃し、それからずっと止まっているように見えた殺陣傀儡。しかし本当は止まっていたのではなく、動けなかったのだ。
世界が揺れ動いた錯覚の後、傀儡の方を見ると赤い鎖で捕縛されていた。その周りには大人一人よりも大きな八つの逆十字架が地面に刺さっており、そこに傀儡を捕縛している鎖が巻きつけられている。
ピクピクと鎖に縛られて震えているそんな傀儡の全容を見て、シルヴァは愕然とした。この傀儡はシルヴァたちの接していたカレンそのものだったので、何となく面影は残っている。しかし全容は、前の姿とはとてもじゃないが乖離しすぎていた。
きれいな瞳は黒い球体となって瞼から飛び出て、グリグリと周りを観察するように回っていた。頬にはヒビが入っており、中身の黒く光沢のある何かが見えていて、両指の先には得体のしれないジュール色の何かがウネウネと犇めいている。
呪詛。その言葉が真っ先に浮かんでしまうような姿だった。神が遺したのは救いではなく火種――その言葉の意味を赴くままに体現している姿となっていた。
そんな怪物を当然のように捕縛するアレンに、シルヴァとシアンだけでなく、ハーヴィンまでもが茫然としていたのだった。
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